名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

つい人の作品をパクってしまわないために

こんにちは!なんすいです。

 

突然ですが、皆さんは人の作品をパクったことがありますか?

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いいえ、確実にあるでしょう。 生きることはパクリの集積みたいなものですからね。

己のパクリを認めることから、全てが始まります。

 

 

 

なんすいのパクリエピソード

私は小・中学生時代、貴重な時間をほとんど何かをパクることに使っていました。いくつか挙げると、

 

 

他にも色々やっていたと思います。

このうち特に「夢水清志郎」のパクリ小説については、私のオリジナル小説として学校のみんなに定期的に読んでもらっていて、かなり好評を受けていたのですが、ある時一人の友人に「これパクリだよね?」と指摘されました。

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指摘を受けた時の、「俺終わったわ」と全身の血の気が引く感覚は、今でも鮮明に覚えています。何と言い返してその後どう収拾したのかについては、さっぱり記憶がありません。

 

なぜ、パクってしまうのか

さて、こんな恐ろしい事態を避けるために、人の作品をパクるということは出来るだけやりたくないですよね。

でも、どうして人はパクリをしてしまうのでしょうか。

名古屋市内に在住の100人に聞いてみました!

 

  • 世の中には思わずパクリたくなるような優れたアイデアがいっぱい存在するから
  • 人のアイデアをパクることで手軽にウケたい
  • わざとパクるつもりは無くても、その作品が好きすぎた結果、無意識にパクってしまうことがある

 

いかがでしょうか。

特に最後の「無意識パクリ癖」は厄介ですよね。身近な所では、ユーモアを言ったりする時にこの無意識パクリは発生しやすいと思います。

自分が言ってウケたユーモアがそっくりそのまま何かのパクリだった、なんて知れた日には、その場で腹を切って死ぬべきです。

 

パクるとどうなるか

では、パクると(パクリがバレると)どうなってしまうのでしょうか。

名古屋市在住の100人に聞いてみました!

 

  • 原作者に怒られる
  • みんなに怒られる
  • 他の創作物についても何かのパクリじゃね?と疑われる(創作者としての価値が下がる)
  • 原作者を超えられない

 

youtu.be

 

これはミャンマーのThu Kyaw Thu HD Production というアーティストの曲なんですが、なんかどこかで聴いたことがありますね。

 

YouTubeのコメント欄では案の定パクリとしてめちゃくちゃ叩かれています(主にミャンマー人から)。

また、Thu Kyaw Thu HD Productionのこの曲以外の曲にもちらほら「これも何かのパクリか〜?w」といったコメントが寄せられています。一つパクリをしてしまうと、全部疑われてしまうんですね。

そして、日本の人達のコメントを見ると、パクリに対して怒っているというより、むしろ面白がっているコメントが多いです。確かに、大流行したラップの曲をミャンマーの人がミャンマーすぎるMVとともに堂々とパクっているのは面白いですが、同時に「この曲が原曲を超えていない」故の余裕もあると思います。

パクリがパクリである限り、原作のレベルを超えることは有り得ないのです。

 

パクらないために

では、うっかりパクってしまわないためにはどうすれば良いのでしょうか。

私なりの答えを挙げておきます。

 

①幅広いコンテンツを常に吸収し続ける

パクリであったとしても、何かを作って形にするのには相当の労力を使います。

その労力を要してまでパクってしまうということは、それほどに一つの作品に心酔してしまっているからだと思います。

ということは、一つの作品にハマってしまう前に、色々摂取しまくれば良いということです。

思わずパクリたくなるような素敵な作品を10個、20個とどんどん発掘していきましょう。パクリたいものが多すぎて、訳が分からなくなってしまうはずです。

そして、そのうちにあなたは、これまでに見つけた素敵な作品達の素敵だと感じた要素をキメラ融合させた一つの作品を書き上げます。

それはもう、立派なあなたの創作の芽なのではないですか。(どうでしょう。)

 

②逆に、刺さった作品を飽きるまで何度も何度も鑑賞し直して、最速で飽きる

先程の理屈だと、一つの作品に心酔している状況から抜け出せば良いので、逆にハマった作品を飽きるまで舐めまわし尽くしてしまうのも有効だと思います。

下らない二番煎じを産んでしまう前に陳腐化させてしまいましょう。

 

③堂々とパクる

そもそも、パクリが悪だと誰が決めたのでしょうか。

 

nu-composers.hateblo.jp

 

榊山先生の過去記事で、「良いパクリ」の例が紹介されています。

良いパクリとは?…それは、パクることに意味があり、思慮があるということではないでしょうか。

あなたがパクリを恐れる時があるとしたら、それはやましい気持ちがあるからです。堂々とパクリましょう。

 

では具体的にどうすれば、良いパクリが出来るのか?

パクリ伝道師の私が、特別に一つライフハックをお教えしましょう。

それは、「全然違うジャンルでパクる」ことです。

  • 古典音楽の手法を現代音楽でパクる
  • クラシック曲の手法をポップスでパクる
  • 打楽器曲での手法をピアノ曲でパクる
  • 絵画での手法を音楽でパクる

など…

ハマった作品の「良いなぁ」と思う要素を抜き出し、それを別のジャンルに渡らせてパクるのです。

もちろん、あるジャンルの作品はそのジャンルの特性に縛られながら作られているので、必ずしもそっくりそのまま別ジャンルでパクることは難しく、工夫を要することがあります。

しかし、その工夫によって、単なるパクリだったものはオリジナリティの輝きを持って新しい価値を持つのです。

 

例えば、オーケストラ曲で真似したくなったかっこいい展開をピアノ曲でパクリたいと思って分析したら、楽器の数ありきの展開だった。となると、パクりたい要素をピアノ曲の形でどう実現させるか頭を悩ませる必要があります。少なくとも、原曲の手法をそのまま流用させるだけでは使い物になりません。しかし、もし実現させるための工夫を思い付ければ、それは新たな手法の発見と言って差し支えないものです。

このように、別のジャンルに渡らせてパクってみると、上手くいけばオリジナリティの獲得に繋がるのでおすすめです。(これはもうほとんど、立派な創作アプローチの一つだと思いますが)

 

 

いかがでしたか?

みなさんもパクリとは上手に付き合っていきましょう。

ポップスの世界においては、「Remix」という概念がありますね。

これは、原作者に対するリスペクト、つまりこの曲はこれのパクリですよ、と宣言した上で発表する、いわばパクリのメインストリームです。

Remixの世界では「良いパクリ」と「悪いパクリ」が混在しているのが特徴です。Remix曲を色々聴いてみると、クールで新鮮なパクリがどのようなものなのか結構発見があると思います。

 

nu-composers.hateblo.jp

 

というわけで、最後に私のおすすめRemix/アレンジ作品を挙げておきます。さようなら!

 

 

完PAPA宣言(PPAPA)/ピコ太郎

youtu.be

さだまさしの「関白宣言」のアレンジです。

 

ラジオ体操第一ハンガリー風味(短め版)/animebrass

www.nicovideo.jp

 

オウミ住宅フレデリカ/伯方

www.nicovideo.jp

 

 

劇場版「若おかみは小学生!」/高坂希太郎(監督)

eiga.com

令丈ヒロ子による小説「若おかみは小学生!」のRemix。アニメ版は主人公おっこの若おかみとしての成長を丁寧になぞるが、対して劇場版はおっこが両親の死を受け入れ成長する過程をメインに据えた構成になっています。

 

EUPHORIA(魔人制作)

アダルトゲーム「EUPHORIA」のRemix。ほんとにRemixされてるのでストーリーがまるで分かりません。

 

 

 

 (本当に優れたRemixは、誰かに教えてもらうのでは無く、あなた自身の手で掴み取るものです)

我儘な病、ミソフォニア

名古屋作曲の会ブログをご覧の皆様、はじめまして。

Niynuh(にーぬ)と申します。

(私がどういう人間なのか気になる方は以下のウェブページをご一読頂ければと思います)

会員紹介 | 名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

 

さて、今回始めて名作会にブログ記事を寄稿することに相成ったわけですが、何について書くべきか決めるのに長い時間がかかりました。

なぜなら私は作曲初心者の中の初心者。音楽の好き嫌いも激しく、うまいことを語れる素養もない。なんなら人の声すら憎んでいます。

にーぬに電流走る

「人の声を憎む理由」について書けばいいのでは?

 

と言うわけで、表題にある通り、私の持っているミソフォニア(とミソキネシア)について書くことにしました。

 

 

ミソフォニアとは

そうは言ってもミソフォニアについて知っている方は多くないと思いますので、簡単に説明を引用します。

音嫌悪症 (misophonia) は、他者が発する音に対して嫌悪や怒りの情動が惹起され、回避的あるいは攻撃的な行動を表出する症状です。ASMRとは対照的に、音嫌悪症は聴覚情報によってネガティヴな情動が誘発されます。

https://www.chukyo-u.ac.jp/news/2022/06/020966.html#:~:text=%E9%9F%B3%E5%AB%8C%E6%82%AA%E7%97%87%20(misophonia)%20%E3%81%AF,%E3%82%82%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%81%AF%E5%A4%9A%E3%81%8F%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82

中京大学プレスリリースより抜粋)

 

昨今YouTubeをはじめとする動画サイトで咀嚼音やタイピング音を高感度のマイクで収録した動画が再生数を集めていますが、このブームに私を含むミソフォニアは嫌悪感を持っているのです。

 

症状を引き起こす音の例

ミソフォニアの症状を誘発する音のことを「トリガー」と総称することがあります。

私の例を示しますと、

  • 咀嚼音
  • 啜る音
  • 呼吸音
  • 唾を飲み込む音
  • 咳払いの音
  • 鼻歌
  • タイピング音
  • マウスのクリック音
  • 鼻をかむ音
  • 紙をめくる音
  • ペンをノックする音
  • 足音
  • プルタブを開ける音
  • 笑い声
  • ため息

どれも生活の中で日に一度は耳にするような音ばかりですね。

こういったトリガー音を聞くと、破壊衝動の後に自己嫌悪がやってきます。

私の症状は(自分の認識では)軽い方なのですが、過去にX(旧Twitter)でストレスのあまり家でハンガーを引きちぎってしまう、という方を見たことがあります。

 

ミソフォニア当事者の日常

ところで、ここまで読んでこう思われた方もいるのではないでしょうか。

 

そんなんで生活していけるのか??

 

これは本当にその通りで、実際私はノイズキャンセリング機能付きイヤホンの上にイヤーマフを付けていないと外出することが難しいです。

(外出自体はもちろんできるのですが、例えば電車などの閉鎖的で音から逃げることのできない空間に上の装備をして行かないとストレスで狂いそうになります。大学受験や英語の資格試験の際にはお世話になっている心療内科の先生に診断書を書いていただいた上で別室受験させてもらったこともあります)

加えて、私は現在両親と実家で生活しているのですが、一緒に食事することを避け、自室で一人で食事を摂らせてもらっています。

ここで冒頭に戻ります。私が人の声を憎む理由、それは人から出る音を嫌悪するミソフォニアにあったという訳です。

 

ミソキネシア

以上原稿用紙4枚ほどの分量でミソフォニアについてだらだらと書いてきましたが、私にはミソキネシアという別の症状もあります。

ミソフォニアと比較してこれはさらに知名度が低いためインターネットで日本語の文献を探すのが難しいのですが、「ミソフォニアの動作版」と考えていただいて問題ないと思います。

先ほどと同様に私のトリガー動作の例を上げると、

  • 脚をブラブラさせる
  • 貧乏ゆすり
  • 扇子で扇ぐ
  • 歩く
  • 片足を上げる
  • 脚を組む、交差させる
  • 口を開ける
  • 髪を触る
  • 物を食べる
  • 杖や傘を地面に突く

などが挙げられます。

 

ミソフォニア・ミソキネシアと音楽

ここは名古屋作曲の会のブログですので、最後に音楽に関連したことを少しだけお話したいと思います。

当会では今後「打楽器アンサンブルの演奏会」を開催する云々という話が持ち上がっています。その際にミソフォニアとミソキネシアに関連する曲を演奏することはできないだろうかと考え、

 

すでに書き上げております。

 

演奏会が開かれた際にはまた解説記事などを書こうと思っているので、気長にお待ち下さい。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。それではまたいつか。

 

P.S.

この記事を読んで「もしかして自分もミソフォニアかもしれない」と思った方は以下のサイトを訪れてみるといいかもしれません。

misophonia.support

KNOWERのライブに行った

行きました。

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思えば私はライブによく足を運ぶほうだと思うんですが、ロックバンドとかにはあんまいかず、ジャズとかファンクとかその辺をよく見に行ってる気がします。その辺のロックバンドって、ライブ音源とCD音源にいい意味での違いがほとんど見られないんですよね。せめてライブに合わせて再編曲してくれ(映像とか演出に凝っているのならショーとして見に行きたい気持ちはありますが)。とまあそんな感じなので、私はライブに対して、音源からは想像もつかないインプロの応酬を期待して見に行ってるのかもしれません。あるいは全く音を知らないまま聴きに行くこともしばしば。

そういう意味では今回のKNOWERのライブは非常に満足でした。

 

いかれたメンツを紹介するぜ!

Louis Cole (Dr.)

ルイス・コール(Louis Cole)『Quality Over  Opinion』超絶技巧にしてマルチなセンスと演奏力の持ち主が完成させた4年ぶりのアルバム | Mikiki by TOWER RECORDSドラマー。KNOWERは実質彼のバンドでしょう。

 

Geneviave Artadi (Vo.)

Genevieve Artadi (@genevieveartadi) / X

プレジデント。Louisの家に住んでいる(ほかにもあと二人住んでる)。

Thom Gill (Gt.)

Thom Gill trio at Saporiカナダ在住のギタリスト。アンコールのOvertimeではまさかの口笛ソロを演奏してくれました。どうやら日本最終公演から披露されたようで、いいもん見れたなと思います。


10年くらい前にはTHOMAS名義でソロ活動をしていたようですが、今どうなってるかは不明です。ソロはこんな感じ。

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弾き語りかなと思いきやビートが入ってきたりと、結構渋くてかっこいいです。
後述するSam WilkesやChiquita Magicとはよく組んでたようですが、KNOWERで演奏するのは今回のツアーが初めてのようです。

 

Sam Wilkes (Ba.)

Sam Wilkes & Jacob Mann|イベント詳細|ビルボードライブ東京|Billboard Live(ビルボードライブ)激やばベーシスト。
一秒ごとに表情がめちゃくちゃ変わる。大体常に爆笑しています。

www.youtube.com最近だと長谷川白紙の曲に参加していましたね。

 

Paul Cornish (Key.)

Paul Cornish — Metropolis Ensemble

普段は結構ちゃんとしたジャズスタンダードを演奏しているみたいです。

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上品なソロ回しがKNOWERのハンドメイドな(B級な)雰囲気と絶妙に乖離してて、逆にぴったりあってて面白いです。
Samとは逆に全く表情が変わりません。

 

Chiquita Magic (Key.)

Chiquita Magic - Songs, Events and Music Stats | Viberate.com

本名はIsis Giraldo。LouisやGeneviaveのソロではコーラスとしておなじみです。
元々はIsis Giraldo poetry Project名義で生音中心のアンサンブルをしていましたが、思うところあってかChiquita Magicに名義を変更。今はソロで打ち込み中心の音楽を製作しています。

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www.youtube.com今回のライブではSam Gendel (A.Sax)が抜け、代わりに入っていますね。キーボードが増えた影響で、テクノっぽいサウンドの再現度が向上してました。

 

肝心のライブですが、アンコールのOvertimeがヤバいです。もうなんか全部それに持っていかれるし何ならお釣りもでる。

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改めて見ると
・ノリがめちゃくちゃ良い
・口笛?!?!??!??!
・Keyのソロの応酬がアツい

という具合にアンコールピースとして完璧ですね。
というかThom Gillの口笛ソロが面白すぎる。なんか音量が落ちて観客が不安になってシン......としたぐらいで口笛でインプロしていることに気づき歓声が上がるのが、完全にギャグなんだけど、実際に見るとこんなに楽しいことはないですね。
そして2番サビ後のKeyの応酬は、色々テイクがある中で、このソウル公演のが一番アツいですね~。技巧的に優れているテイクはほかにもあるんですが、アンコールで見たいのってこんな感じのやつかも。

そしてなによりベースとドラムのインタープレイが強烈ですね。他のテイクを見ても結構毎回ちゃんと違うのが驚きです。

 

前座がすでにヤバい

ヤバさのイメージ

 

今回の来日公演には前座があったのですが、前座が馬場智章グループでした。前座......?

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このメンツもだいぶ熱いので、その中から二人をついでに紹介していきましょう。

馬場智章(T.Sax)

一般的には報道ステーションのテーマ曲の演奏で有名だと思います。最近では、映画BLUE GIANTでテナーサックス奏者の主人公の演奏を担当したことでも話題でしたね。
彼曰く馬場智章グループの略称がBaba Bandらしいんですが、それだと違うBaba Bandが引っかかってくるので別の略称を考えてほしいです。

渡辺翔太(Pf.)

愛知県が誇る凄腕ピアニスト。コロナ禍でつぶれる直前のBlue Note名古屋で彼のライブを見たことがありましたが、本当にいい演奏をします(書く曲もすごくいい)。当時、愛知県でジャズやってる人間で知らないやつはモグリくらいの人気だったのですが、まさか4年の時を経てKNOWERの前座で合えるとは、感慨深いものがありました。

 

そんな感じで割とドリームメンバーがそろっていたので、正直前座でお腹いっぱいみたいなところはありましたね。本当にこれを前座として見ちゃって大丈夫なんですかね?みたいな不安も。会場だった梅田トラッドはおそらく二階に演者控えがあって、そこの窓からSam WilkesとThom GillがBaba Bandの演奏をずっと見てました。Samは終始笑顔でノりまくりでしたね。YOUずっとそれなのか。

 

ルイスコールの今後を予想

今回のライブはやたら編成が大きかったのも特徴でした。


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ホーンセクションがおる。しかも馬場バンドの面々とLouis Coleソロ来日公演で来てたメンツが!じゃあそれLouis Coleのソロライブと何が違うの?

実際最近のLouis Coleの曲と最近のKNOWERは違いがあんまり判りません。同じ人間が曲を書いているのである意味当然といえば当然なのですが、昔はソロは人力、KNOWERは打ち込みというように、ある程度差別化していました。今ではどちらも人力で演奏可能な範疇に収めようという意志を強く感じます。というか、Geneviaveが歌ってる/歌ってない以外の違いを感じることがかなり難しいです。

 


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この方向性が面白くないとは別に思わないのですが、じゃあ全部一緒でよくね?と思ってしまいますね。

 

そして編成は拡大する一方です。
Louis Coleの新作はオーケストラとの共作です。さらに40人の合唱団のための曲も発表されました。


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もう来るところまで来てしまったという感じがしますが、そもそもLouis Coleは昔の曲でもオケっぽい編曲をしていたり、ビッグバンドを引き連れて興行したりと大編成自体にはもともと興味があるようでした。

そもそもLouisはマルチプレイヤーですが、本当は大編成で演奏したいけど人が呼べなかったからマルチプレイヤーになって全部自分で録音していたのではないか?とすら思ってしまいますね。

 

音の質感や編成について、持ってるプロジェクトで全部同じような状態に移行しているので、どうやら彼はやりたいことが一つ決まったら全部にそれを適応してしまう癖があるようです。

 

さて、オケや合唱団と作品を作ってしまったLouis Coleが次にどのような編成で曲を書くのか予想してみたいと思います。

 

パターン1:へらす

流石に増やし過ぎるのもなんか違うなと反省したLouis Coleは、原点回帰して一人で音楽制作を始めます。KNOWERの次のアルバムは二人による宅録打ち込みアルバムです。

 

パターン2:そのまま

この編成が最善だと確信したLouis Coleは、オーケストラでの世界ツアーを開始します。KNOWERの次のアルバムは当然オケものになり、Louis Coleは第二のJeff Millsになります。

パターン3:もっとふやす

全然足りないとおもったLouis Coleは、際限なく編成を拡張していきます。その途中で仏教思想に邂逅し、梵我一如、すなわち全人類、全世界、全宇宙が自身と等しいことに気づき、太陽信仰トランスに移行します。そして77人のドラム奏者を集め、即興演奏主体の演奏形態を形成します。


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いかがでしたか?

3パターン考えたので、どれかはあたるんじゃないかな~と思ってます!それではこのへんで。

コンテンポラリーの回廊 俺の視聴部屋5

コンテンポラリーの回廊

 皆様GWエンジョイしましたか?
 私はGWは嫌いなので出かけたりしません。人の多いところにわざわざ行ったり、他人と同じ行動しかとれないって正直人間に生まれた意味なくないですか?もっと自分の「好き」を探求したらいいんだと思います。「考えることを放棄して選択する権利だけ主張する」というのは、ある知り合いの発言ですが、とても的を射ていますね。まず考えることをすれば自ずと自分の思考がどういうものか見えてくるってわけです。
 そんなこんなで、私の嗜好を皆さんにも聴いてみて頂いてどう感じられるのかと同時に、新しい世界レベルの音楽文化をご紹介する今シリーズも5回目です。今回も気になる作曲家と音楽がいくつか出てきたのでご紹介がてら聴いてみたいと思います。

 

Tatjana Kozlova-Johannes

1.Lovesong/Tatjana Kozlova-Johannes

 まず初めにご紹介するのはエストニア出身の作曲家、タチアナ・コズロワ=ヨハネスの「ラブソング」です。
 作者は1977年エストニアに生まれたロシア人で、エストニアで音楽教育を受け、ヤーン・ラーツ、ヘレナ・トゥルヴェに師事しています。なるほど一聴にして彼女の音楽に引き込まれたのは、私がヘレナ・トゥルヴェの音楽が好きということも関係してきそうです。その後もダルムシュタット夏期講習などで様々なマスタークラスを受講、イタリアにわたりファビオ・ニーダーにも支持しています。現在は母国に戻り、タリン音楽院で教鞭をとり、師の一人であるヘレナ・トゥルヴェとともにマスタークラスを開いているとのことです。母国での受賞が多く、国際的に知られ始めたのは2004年に「Made of Hot Glass」がパリ国際音楽賞3位受賞となったことからのようですが、その後は一気に国際的な賞を多く獲得していきます。
 今回選んだ「Lovesong」は2010年に書かれたヴァイオリンとフルートのための作品で、静謐な音空間に漂うエロティシズムが魅力的です。
 最近私自身の音楽の思考に若干の変化が現れてきており、静かで影響されやすく、鈍い色合いを散発的に生み出すような音楽に強く惹かれるようになったことで、この曲に魅力を感じたわけです。
 この頃の作曲シーンは微分音の再解釈が進んでおり、この曲も微分音を多用しています。しかし単に微分音を使ったというだけの作品や、響きの展開に必ずしも影響させるために微分音を使っているわけではない作品も多く、それらには若干嫌悪感を感じます。この曲のように、微分音がその音楽表現に必要不可欠で、さらに色合いのある空間に大きく影響するタイプの音楽は心地よくその響きに身を委ねられるように感じます。
 作者の世界観は出世作から変わらず、狭い音程を往復するモチーフと、ノイズ感、時折見せるメロディーと折衷的な語法ながら、弱奏にこそ力を発揮する音楽です。そしてこの「Lovesong」はそれを凝縮したような音楽になっていると感じます。
 こういう音楽浸るのは私にとっては快適な時間です。毛嫌いされずにいちど浸ってみると良いものですよ。

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Conrad Winslow

2.A Likeness/Conrad Winslow

 2曲目はアメリカ出身の作曲家コンラッド・ウィンズロウの書いた「A Likeness」です。
 ウィンズロウは1985年アラスカ生まれ、自然の中で育つ中で両親が家を森の中に自力で立てていく姿に強い影響を受け、一から物を作る行為に強いあこがれを持ったそうです。このことは彼の音楽がその後、むしろ建築のあり方をヒントに構築されるようになったことと無縁ではなく、彼は音楽の構造の建て方を家を建てる方法から構築しているとのことです。
 アメリカの音楽でもアラスカ出身の人、在住の人の音楽はやはり寒さのニュアンスがあり、聴いていてももたれてこない良さがあると勝手に思っているのですが、ウィンズロウの作品もそういう良さがはっきりとあります。
 彼はジュリアード音楽院でジョン・コリリアーノに、ニューヨーク大学ではジャスティン・デロ=ジョイオに学んでおり、コンテポラリーと映画音楽の両面の影響を受けているようです。確かにそれらの言語が構造的に混ぜ合わされることで、新しい安定感とも言える不思議な世界観を形作っており、特にこの「A Likeness」はバス・ヴィオラ・ダ・ガンバとピアノのために書かれており、その特異な編成を彼の作曲技術はうまく乗りこなしているように感じます。古楽器は普通はメロディ的なものを求められることしかないわけですが、この曲ではガンバのもつ不安定さをうまく倍音に付加させ、ピアノの鳴らすモード・クラスターと良い相乗を作り出しており、単純でありながら奥深い作品になっているように感じます。古楽ではなくてもこんな活かし方があるのだとびっくりさせられる、なかなかの良曲だと思います。

www.youtube.com

 

Alan Hilario

3.pakikisama/Alan Hilario

 3曲目はフィリピン出身の作曲家アラン・ヒラリオの書いた「pakikisama」です。作曲年は1995年とやや古いですが、とても面白い曲だと感じましたので紹介しようと思います。
 アラン・ヒラリオは1967年フィリピンのマニラに生まれ、その後ドイツを拠点に活動しています。はじめはヴァイオリンを学んでいたそうですが、フィリピン大学に入ると作曲を専門にします。そして作曲家としてのキャリアを積むべくドイツにわたり、フライブルク音楽大学でマティアス・シュパーリンガーに、電子音楽をメシアス・マイグアシュカに支持し、特殊奏法によるノイズ性を活かす作風に到達したようです。
 すぐに頭角を現しIRCAMやダルムシュタット夏期講習にも招聘されベルリン芸術性も受賞するなど、大きな活躍をしていきます。しかし出身国の影響は彼のテーマとして強く打ち出されることになり、貧困と人種差別や芸術と投資の関係などをテーマに講習会を開くなど、社会的活動の面でも注目される存在になっていきます。
 この曲もそんなヒラリオの思想がテーマになっており、音楽は散発的でノイズの多いものですが、タイトルの「pakikisama」はフィリピン人の特性、友情や強調という意味だそうで、自分のルーツとその特性を国際社会に投げかけたときのギャップや抑圧などを描いていると思われます。打楽器をソロに据えた21人編成の室内楽として書かれており、1996年に初演されています。
 こういった散発性とノイズを中心とした音楽は、ややもすると音楽の本質自体が散逸していくような、崩壊の音楽になってしまいますが。多数のストップを効果的に用いることで、崩壊をせずしっかりと最後まで聴かせる音楽になっています。シュパーリンガーの影響は顕著ですが、もっと薄いテクスチャーであり、どことなくアジアの匂いを湛えているように感じます。

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Eliška Cílková

4.String Quartet No.4/Eliška Cílková

 4曲目はチェコ出身の作曲家エリシュカ・チルコヴァの作品です。伝統的なスタイルの弦楽四重奏で書かれている、曲の内容も現代においては極めて穏健です。
 チルコヴァは1987年にフラハに生まれ幼少期からピアノと作曲をはじめていた天才だったようです。ヤロスラフ・イェジェク音楽院で指揮と作曲を学び、その後ブラチスラヴァの無体芸術アカデミーで作曲を、ウィーンに渡りウィーン音楽大学ではメディア向けの音楽を学んだとのことです。作曲はボジヴォイ・スーチー、ラインハルト・カルガー、ハヌシュ・バルトンなどに師事したとのことです。
 この経歴からもわかるとおり、彼女は芸術音楽と映画音楽を両立して活動しており、奏法の作品にそれらの影響が混在する作風となっています。映像との関わりも強く、インスタレーション的な作品も多いようですが、短いながらこの弦楽四重奏は純粋な絶対音楽に挑んでいます。しかしその響きはたしかに映像的であり、心地の良い自然の風景のようなものを感じるのも事実です。民族的な雰囲気を持つ長いドローンの上に、倍音グリッサンドが散りばめられ、サウンドスケープとしての雰囲気を持っていると感じます。

www.youtube.com

 

 

Bergrún Snæbjörnsdóttir

5.Strange Turn/Narwhal / Bergrún Snæbjörnsdóttir

 最後に紹介するのはアイスランド出身の作曲家ベルグルン・スネビョルンスドッティルです。
 作者は1987年にアイスランドの郊外に生まれ、その後ミルズ大学などに学び、作曲はジョン・ビショフ、フレッド・フリス、ジェームス・フェイ、ジーナ・パーキンスなどに師事したとのこと。まだ売出中の作曲家ではありますが、世界的歌手のビョークのツアーレコーディングミュージシャンであるなど、音楽家としてのキャリアはすでに大きなものになっています。
 この作曲家も映像と不可分の作曲姿勢をとる事が多く、インスタレーションやパフォーマンスを伴う表現が主体であるようです。現在は母国のアイスランド芸術大学助教を務めているとのこと。
 今回紹介する曲は弦楽三重奏とハープシコードのために書かれ、楽器には様々な細工が施され、特殊な音が出る仕様にしてあるようです。最近はこういったスタイルをもつ作曲家も増えてきましたが、彼女の音楽は極めて静かな空間にノイズが満ちるという独自性があり、アイスランド出身の作曲家の特徴であるドライなサウンドがここでも堪能できます。シンプルな素材を構造的に練り上げていく作風のようで、素材は必ずしも多くはないものの、しっかり聴かせる音楽になっていますし、何より透明感がある点が美しいと感じます。
 私は個人的にアイスランド出身の作曲家の音楽が好きで、多くの作曲家を追いかけていますが、また一人そのリストに加わったと言う感じです。皆様いかがお感じでしょうか?

www.youtube.com

 

 というわけで、最近気になったコンテンポラリー作品を5つ紹介いたしましたが、やはり常にアンテナは高く広く持っていないとだめだなと痛感します。こういった作品が楽に聴けるのは現代のありがたさにほかありませんから、文明の利器を最大限使ってこれからも探求続けていきたいものです。

 

オリジナル曲「月食(eat me)」「Diana」紹介

こんにちは、なんすいです。

最近打楽器アンサンブルを書く練習をしています。

その習作を兼ねた新曲2曲を名作会YouTubeチャンネルから発表したので、紹介しようと思います。

 

 

月食(eat me) -for percussion duet」

youtu.be

 

・木質の音高楽器としてシロフォンマリンバ

・身近な楽器としてスネアドラム、シンバル、トライアングル

・身体を使う楽器としてフットスタンプ、ボーカル

 

という三層構造な編成になっており、適宜持ち替えしながら二人で演奏出来るようにしています。

 

打楽器アンサンブルとしては、ボーカルパートがあるのが珍しいかもしれません。しかもコーラス、歌詞のある歌、ボイスパーカッションとあらゆるボーカルをやらせています。

これは、「打楽器奏者たちは日々特殊奏法、楽器魔改造などが当たり前に横行する中を生き抜いてきているため、楽譜に書いてあることは大体やってくれる」という榊山先生の情報を鵜呑みにしたことによります。*1

 

なお、動画ではボーカルパートを初音ミクに歌わせていて、人間の声では無いので全体的におもろい感じになってしまっています。

 

 

月のような女の子

月食(eat me)」は、知人のある女性をイメージして作りました。

好きな人とかではなく、むしろどっちかというと嫌いなタイプで、3ヶ月前くらいにひょんなことから一方的に罵倒したきり会っていません。連絡も取っておらず、SNSで断片的に近況が流れてくるのみです。

 

知人について詳細に書くことはなかなか出来ないんですが、とにかく女性的な図太さと脆さに満ちた性格の持ち主です。

それを私は「月のような女の子」と喩えてみて、彼女が周囲に影響しながら日々を過ごす様子を曲に映してみようと試みました。

大体の設計図はこうです:

 

①彼女を表すモチーフをうっすら曲全体に散りばめる

身近な楽器、大衆的なリズムなどのモチーフを使う

③無神経さと脆さの共存の表現として、極端で荒削りの曲調で構成する

④断片的に彼女を捉えている表現として、空白(Stop)を多用する

 

特に③④を合わせたことによって、「複数の極端な曲調が空白などの断裂を伴いながら、テレビのチャンネルを変えるようにパラパラ変化していく」という構成が導かれました。

このような構成を持つ作曲家として、藤家渓子の作品を参考にしました。(なんならモチーフとして使いました)

 

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彼女も女性性を押し出した曲を多く発表されていますが、対象の年齢的な成熟度からか、「月食(eat me)」の方がより固く落ち着き無い印象に仕上がっています。

 

 

「Diana -for marimba duet」

そして、もう一曲はマリンバ二重奏です。

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月食(eat me)」の一部を発展させた、普通にポップかっこいい感じの短い曲です。

この曲の役割は、月食(eat me)」のコンセプトを一面的なものにしないということです。

 

一昨年開催した名作会のコンサート「名古屋の作曲家たち」では、同じ「初虹」というタイトルの曲を二曲演奏しました。

これは、元々田代萌さん作曲の「初虹」原典版があって、それを二通りに編曲したためです。

一方は田代さんの原曲のイメージを素直に発展させたもの、もう一方は編曲者(榊山先生)独自のコンセプトのもと大幅に改造したものになっています。

 

「初虹」の場合は二つの間でコンセプトは全然違ったわけですが、同じことを同一のコンセプトのもとでやってもいいんじゃないかと思い、今回二曲を同時に作って発表してみました。

あるコンセプトがあったとして、そのもとにただ一曲だけが作られた場合、方向性がただ一つに決まってしまう。そこで全然表現の違うものを合わせて出すことで、一方向的な主張の無いコンセプチュアル・アートになるんじゃないか。

例えれば、サバ寿司を食べながら水族館で泳ぐサバを見る、みたいな。(伝わってます?)

 

今までも実は、過去の曲で使った主題を変形しながら新しい曲に使い回していく、という方法で似たようなアプローチをずっと試みてきていたんですが、今回はその流れにある新しい試みをやってみたわけでした。

将来ポップスを勉強したら、月食デスメタルバージョン とかも出そうかな。

 

打楽器アンサンブルおもしろい

という感じで、打楽器アンサンブルを書いてみている日々ですが、打楽器の曲を書くのは他の弦楽器とか管楽器の曲を書くのとは全然違う世界で面白いなーと感じています。

あと楽器や奏法がやたら多いので、どれだけそれらの音を知ってるかによって書ける幅が全然変わってきてしまう。生涯掛けてもインプットが事足りる日は来ないでしょう。

一方でこうした性質上、書けば書くほど自由になれるジャンルだとも思うので、今後も色々書いてみようと思います。次回作にご期待下さい。

*1:本当はもっと恥ずかしい指示とか記譜してみたかったですが、今回は常識的な範囲に収めました。今度やります

クラシック音楽という呪い ~ ピアノ小品の出版に寄せて

作曲家のトイドラ、もとい冨田です。

私事ですが、僕のピアノ小品集「夜の窓辺にて」が先日発売されました!

5年前に書いた曲集を改訂し、このたび正式に出版していただけることになったのです。

しれっと榊原副会長の曲も出版されている

bridge-score.com

楽譜は Bridge Score 社様のホームページから買っていただけるので是非覗いてみてください。

 

それはそうと、僕はこの曲集のまえがきにこんな言葉を書きました。

この曲集では、そんな“輝かしき闇”を 28 曲ご紹介する。“闇の音楽”は、“光の音楽”とは運指や響きが少々異なっているので、はじめは戸惑うかもしれない。しかし、きっとすぐに慣れるだろう。なぜなら、闇や陰は常に光とあるものだから。

光の音楽」と言うと、僕の頭に真っ先に思い浮かぶのはクラシック音楽です。

長い歴史を持ち、格式高く、正統な音楽。

芸術としての音楽を語ろうと思えば、現代でもなおベートーヴェンやバッハのようなクラシック音楽を話題に挙げる人は多いのではないでしょうか?

ヨーロッパを舞台に連綿と紡がれた音楽史が、クラシック音楽には詰まっています。

 

しかし、よく考えてみてほしいのです。

なぜ日本の我々が、いや日本だけでなく世界中のたくさんの国の人々が、ヨーロッパの狭い地域で発達した音楽をずっと至高の芸術であるかのように扱っているのでしょうか。

ふと見渡してみれば、世界中の音楽は今やほとんど西洋クラシック音楽を母体としたものに塗り替わってしまっています。

今回は、そんな僕のピアノ曲集の裏テーマについて話していこうと思います。

 

もくじ

 

日本民謡の消滅

僕が運営しているYouTubeチャンネルで、先日ある動画を出しました。

童謡「てるてる坊主」をめぐる日本音楽史のナゾ解き動画です。

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この動画では、明治に日本で起きた「新民謡運動」の話に触れています。

この時代、世界は列強諸国による帝国主義で満ちていました。

ヨーロッパ諸国は、"遅れた発展途上国"に対して"進んだ自国の文化"を教えてあげようと、海を渡りキリスト教を世界中に宣教していたわけです。

そういった流れの中で日本も開国を迫られ、いきなりもたらされた西洋文化によって「文明開化」を迎えます。

 

動画の中では、こうした西洋音楽流入に揉まれて、少しずつ日本音楽が西洋的に捻じ曲げられたのではないか?ということを示唆しています。

「文明開化」の価値観では、西洋のものなら何でもハイカラでカッコよかったわけですから、西洋音楽は当然すばらしくカッコいいものだったのでしょう。

当時の日本は、山田耕筰や成田為三といった作曲家を西洋に留学させ、最先端の音楽を持ち帰らせていました。

列強と対等な立場を得るため、着物を捨ててスーツをビシッと着込みます。

どうやら「国歌」というものも制定しなくてはならないぞ、ということで急いで作りましたが、西洋風の音楽を作れる人がいなかったせいで何やら奇妙な国歌になってしまいました。

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こんな調子で、日本はせっせと西洋化していったわけですが、西洋の真似をしたからと言って完全にヨーロッパになれるわけではありません。

当時流行っていた愛唱歌なんて、今では考えられないほどドギツい民謡調でした。

僕は、これは「文化的自殺」なのではないかと思います。

ちょっと言葉が強いですが、当時の日本は西洋に追いつくために嬉々として自国文化を解体していったのです。

こうした例は枚挙にいとまがありません。

 

文化的他殺

日本は嬉々として西洋化しましたが、そうではない例もたくさんあります。

例えば、西部開拓時代のアメリカではネイティヴ・アメリカンたちとその文化が害獣駆除のように殲滅されていきました。

日本でも、北方のアイヌなど少数民族は「文化的に遅れている」とされ、本土の文化にむりやり矯正されたり、やはり殲滅されたりしました。

大航海時代にヨーロッパが行った侵略も、語るべくもないほどの文化的死を伴っていることでしょう。

 

悲しいことに、そうして自分の文化を押し付けて他国の文化を殺していった人々は、たぶん悪気があったわけではありません

「進んだ自国文化を、遅れた他国に」

こういう動機の延長線上に、文化的他殺は起きたのではないでしょうか。

 

音楽は音楽でしかない

ここまでの話は文化全般にいえる話でした。

しかし、こと音楽に関して「西洋文化への偏り」はとりわけ極端な気がします。

アフリカの発展途上国や一部のアジアを除き、ほとんどの先進国はもはやクラシック音楽をベースに発達した音楽しか聴いていません

ド・ミ・ソの3和音を軸に、4拍で1小節のまとまりがあって、メロディは美しく3度でハモって、長調短調教会旋法で書かれていて…………

こうした特徴は全てヨーロッパの文法です。

これが「光の音楽」であり、ヨーロッパの人々は自国の音楽を「光だ」と思ったのです。

 

しかし、僕の考えでは、音楽は音楽でしかありません。

したがって、闇も音楽だといえるでしょう。

事実、西洋クラシック音楽に対するアンチテーゼも、実はかなり長い歴史がある音楽の文化です。

ただ、やはりそういった潮流、所謂「現代音楽」もけっきょくヨーロッパに端を発していることが、僕には不満でした。

 

「音楽が音楽でしかない」以上、歴史あるクラシック音楽も、今ここであなたが歌っているハナウタも、少なくとも「音楽である」という意味では同じだけの価値があります。

一旦それくらいフラットな目線に立てば、西洋の古典的な音楽をタキシード姿で演奏することにどのくらいの価値があるのか、今を生きる我々が個人で考え、感じることができるでしょう。

 

なんだか大風呂敷を広げてしまいましたが、僕のピアノ小品集では「闇の音楽」を画策しています。

これは怖い音楽とか暗い音楽ということではなくて、「今まで目を向けられなかったものに対して眼差しを向けたい」ということです。

日本の伝統的な音楽をベースに、もしこの音楽が今のクラシック音楽と同じくらいに発展していたらどんな響きになったか、試してみたつもりです。

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というわけで、僕の曲集の裏テーマをもとにちょっと語ってみました。

あくまで「裏テーマ」なので、別の大きなテーマもあるし、個別の曲に込められたテーマは様々です。

皆さんもぜひ聞いて、弾いて、いろいろ想像を巡らせてみてくださいね。

新曲「Δ/Replication」が初演されました(出版もあるよ)

大変ありがたいことに、わたくしの新曲「Δ/Replication」が初演されました。

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移植していただいたBRIDGE SCOREの佐々木裕健氏と演奏してくれたその息子さん、楽器準備を手伝ってくれたご家族、なんかよくわからない曲を演奏させてくれたピアノの先生、および聞いてくれた人たちには感謝の気持ちでいっぱいです。

そしてこの楽譜は出版されたので、買ってくれるであろう貴方にも感謝の気持ちがいっぱいになる予定です。

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BUY RIGHT NOW

 

こんな機会は(私には)あまりないと思われるので、せっかくなので依頼から初演までの流れを時系列順に追っていきます。

 

①委嘱がくる

2023/1/1

名古屋作曲の会はハンドフルートコンサートの配信を行いました。私はハンドフルート+手回しオルゴール+電子音響という編成の「エア」という曲を出しています。

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その後なぜかBRIDGE SCORE社長の佐々木氏と配信をした我々は急速に接近していき、

冨田悠暉の「Requiem No.1」やなんすいの「組曲『新栄』」の出版が決まりました。

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(新栄はまだ出版されていません)

私はと言えば内心うらやまし~~と思っていましたが、ヒューマンフレンドリーな曲を全く書いていなかったので、まあそうだよなとも思っていました。

 

2023/1/18

そんなある日、1件のDMが来ました。

(佐々木)

榊原様

こんばんは。あらためまして、年始では突然の配信の企画にお付き合い下さり、本当にありがとうございました。遅くなりましたがお礼申し上げます。

 榊原さんの公開されてる作品を聴きながら、一つご提案したいことがございまして、電子音源+アコースティック(具体的にはピアノ、打楽器)のアンサンブルを作ることにご興味はありませんか?

毎年春に、息子の通うピアノ教室の発表会がありまして、そこでは現代作品も演奏してきました。(弊社のYouTubeチャンネルでも公開しています) そこで、榊原さんの新作を初演したら面白いのではないかと考えています。

時間としては3分ほど、ピアノは息子担当なので簡単めに、打楽器は私が担当し、家で揃えられる打楽器なら基本なんでもOK(ただし、車に積み込ませることができる範囲で) (中略)

初演は来年4月なので、出来上がりは今年10月頃が望ましい… ざっとこんな条件なのですがいかがでしょうか? お忙しいところを恐縮ですが、お時間のあるときにでもお返事を頂けますと幸いです。勿論、質問や要望なども承ります。

合同会社BRIDGE SCORE 佐々木裕健

よっしゃ~と思いました。

ということで、9歳児がピアノ発表会で演奏するためのピアノと打楽器(佐々木さんが担当)と電子音響の小品を書くことになりました。なんだそれは。

 

佐々木さんは先ほど述べたハンドフルート曲「エア」を聴いて委嘱を決めたようです。

youtu.be

普通にエアを出版することを一瞬考えたようですが、記譜が困難なので断念したそうです(そりゃそうだ)。そこで「ピアノと打楽器と電子音響のための新作を委嘱して、息子のピアノ発表会で演奏すればいいのでは?」と思い至ったそうです。普通そうはならんのではないか? でもまあ普通ではないからな。
なにはともあれ、委嘱は大変ありがたいことです。

さて、この依頼で重要視するべきポイントはなにかなあと考えました。

考えた結果

1.子供のピアノ発表会のための曲であること

2.自分がピアノや打楽器を演奏できないこと

3.電子音響の使い方

4.出版されることを悪用すること

5.締め切り

を念頭に置いて書くことにしました。

ちなみに演奏する際に参考にしてもいいですし、参考にしなくても一向にかまいません。*1

 

1.子供のピアノ発表会のための曲であること

ピアノは簡単めに、という注文をいただきました。子供用ですからね。

(佐々木)

ピアノだとなんとか頑張って《エリーゼのために》が弾けるレベルです。
あと、片手で掴める音域は7度が限界です。

ただ今回の場合、「エリーゼのために」よりは難しくないと、あまり弾いてもらう意味がありませんね。多少難しくしましょう。

さらにピアノ(息子)+パーカッション(佐々木)の親子共演という点ですが、ピアノ発表会ということであくまで子供が主役であるべきでしょう。が、その舞台に親が出てくるので、ある種のゆがみが生じてしまいます。ここに言及しないとウソになると思いました。腐心した結果、電子音響をコンダクターとして活用し、ピアノは打楽器を全く聴かなくても淡々と弾き続けることが可能な譜面にしましょう。打楽器はピアノの演奏を聴かなければならないが、分離したような演奏を強制されるようにしておきましょう。というようにパーカッションよりもピアノが優位な状況を保ち、来るべき反抗期を予見したような内容にしてみたらどうか。このことは意識しないで演奏したほうが面白い気がするので、初演が終わるまで秘密にしておきます。

ピアノ発表会なので当然時間制限もあります。この場合3分でした。
3分でなにをやろうかな~と思い小曲を3曲くらい下書きしたんですが、普通過ぎたので全部没になりました。この時点ではピアノ発表会にふさわしい曲を書こうと思っていたのです。でもそれは驕りでした。そもそも「エア」を聴いて委嘱してきたんだから、そんなものは望んでいないはずです。ちゅうか、ピアノ発表会で急に意味不明な曲が演奏されたら会場の空気が変になっておもろい。もう全部ぶち壊そう。
ということで、おおよそピアノ発表会で演奏されないような曲を書くことにしましょう。

さらに言うと転換も高速で行う必要があるので、大量の打楽器を使うとかはできません。必然的に簡素なセッティングを目指しました。とすると使用する打楽器の制約が結構あります。使用する打楽器が少ないというところでClown Coreを思い出してしまいました。


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結果的にスカムミュージックっぽい音響に向かうことになります。

 

2.自分がピアノや打楽器を演奏できないこと

特にピアノですが、技術的な意味で「子供のため」に書くことは、ピアノが弾ける人間と比較して難しい。ということで、(一応技術的な面にも配慮はしつつ)非技術的な側面から子供のための曲を書くことを目指しました。
じゃあどうするか。というところで地方のピアノ発表会(出たことはないので想像でしかありませんが)に思いをはせてみたんですが、大体クラシックの名曲かポップス、たま~にやばい超絶技巧を披露する人がいるとかそんな感じじゃないでしょうか。違ったら教えてください。ここにないものはなにかわかりますね?ヤバいポップスです。
よくよく見るとBRIDGE SCOREから出版されている楽譜はかなり幅広いとはいえど、ヤバいポップスはありません。ここに非常に異質な曲を置いて悪目立ちしたい。

ということで、全く非アカデミックなポップス的アプローチをとることによって、音楽(や文化)の多様さを認知してもらうことを狙いに盛り込みました。私の好きな曲の要素を色々ぶち込んでみましょう。別にこれを好きになってもらう必要はなく、あるいは自分の好きなものを全く別で見つけてもらえてもそれはそれでうれしいですね。

 

3.電子音響の使い方

(佐々木)

ちなみに、電子音源はiPadにスピーカーを着けて流すような形になると思います。

ここから察するに、ミキサーを介した音量調節、イヤモニを装着してのクリックとの同期演奏はおそらくできないでしょう。クリックがない状態で演奏するには電子音響自体にクリック的な要素を入れる必要があります。普通に困ったので、いろいろリファレンスを探しました。最近の現代音楽は電子音響との同期演奏が多いので結構助かります。


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まあこいつらイヤモニしてるんですがね。

クリック音(ぽいもの)が楽音として機能するという点でBen Nobutoの曲は大いに参考になりました。

 

4.出版されることを悪用すること

これまでの話とは別で「せっかく出版されるんだから、絶対にこの機会を悪用した~い」と思いました。ということで、こどものために~とはまた別でテーマを設定しました。ということで呪いをテーマに書いています*2

当時の私は人を呪い殺してみたかったので人を呪い殺す方法を調べていました。中二病だからそういうことをしたくなってしまいます。

曲紹介についた引用

調べた結果、この世には多種多様な呪殺方法が存在し、時代によっても変遷するため、ステレオタイプ的な呪殺にこだわるのはナンセンスだということがわかりました。つまり大事なのは「人を呪う心」そのものであり、儀式はその心によって成立しているわけです。心は十分にあるので、そのための儀式として曲を作り上げてみましょう。

そして今回はオンライン出版なので、ネットを介していくらでも伝播することが可能です。黒沢清の「回路」みたいだったので、その内容も儀式に取り込みました。非常にポップに虚飾されているせいで演奏と聴取、頒布が儀式であることに気づくことは困難ですが、私の(デルタ像の)人を呪う心は確かに増幅され伝播していくはずです。そのためにも買ってください。

 

5.締め切り

なんかいろいろ書きましたが、これが一番大事です。相手がだいぶ上手ければちょっと慢心できますが(しませんが)、子供相手に何か月も遅れると普通にまずい。どの面下げて子供のための曲と言ってるのかわけわかんなくなってしまう。なので今回に関しては特に締め切りを守ることはマストでした。いつもマストです。

今回、1月18日に依頼を受け10月締め切りなので、大体9か月くらいは時間をいただきました。実験や書類に忙殺されているので締め切りが長いのは助かります。が同時にちゃんと書けと暗に示されているわけなので、気が引き締まります。

こんなに時間があることも珍しいのでコンセプトしっかり練るぞ~と張り切った私ですが、就活やら学会やらでなんか時間が無くなり、実際にコンセプト練り始めたのは6月ごろだった気がします。そして作曲に取り掛かったのが9月なので普通にお馬鹿さん。

ただ、忙しいことを理由に書けないのはダサいし、何らかを犠牲にしながら何とかすればいいんじゃないでしょうか。

 

というようなことを考えながら書き、

 

2023/9/30

できました。

 

 

テンポ240で遠隔調転調しまくる変拍子の曲がな!!!!!!!

 

(佐々木)

ピアノだとなんとか頑張って《エリーゼのために》が弾けるレベルです。
あと、片手で掴める音域は7度が限界です。

 

(ピアノは8分音符までしか登場せず、かつ七度は厳守しました)

②頑張って練習してもらう・頑張って校正する

エリーゼのためにとは程遠いものができたので、「弾けるかな?」と大変心配していました。なんすいや冨田にも聞かせたんですが、同じことを口にしていたので相当大変なんだと思います。

(佐々木)

息子にも聴かせてみましたが、マシンガンみたいな音がする、ロボットが壊れてるみたい、などのイメージをもって受け入れられそうです。

マシンガンかもしれねえ。

 

(佐々木)

ちなみに、バイエルレベルなら比較的苦もなく譜読みできる息子が、本作には大苦戦しておりましたw

予想通り大苦戦されてしまい、終わった......と思いました。

 

この時点で不安はマックスだったのですが、なんだかんだ好ましく受容され、転調に対応するための全調音階練習をすることになり結果的にピアノが上手くなるというミラクルも発生しました。要するに私は子供の可塑性をなめていたアホです。今までさんざん子供のために書いたことをアピールしてきましたが、正直だいぶおこがましいと書きながら思っています。

 

これと並行して校正を行いました。今回の曲では、五線譜で作曲したものを一回DAWに取り込んで編曲して編曲した結果できたものを五線譜に落とし込む、みたいな回りくどい作業を延々としていたので、結構記譜に揺れがあったりなかったりしました。今はないはずです。あったら教えてください。本当はそこまで含めて10月までにできればよかったのですが、10月は学会みたいなもの(若手の会)で出張しなければならず、ないよりはましだろうということで提出してしまいました。よくないですね。

なのでミスが色々......

 

③初演される

2024/4/7

いよいよ初演されるということで香川に行きました。

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だいぶ無茶な楽譜でしたが、ちゃんと形にしてくださり、奏者のお二人には頭が上がりません。

練習風景

この曲は電子音響を使うということもあり、相当がDTM的発想によって作られています。なので、中間部を除く全編にわたってグルーブ感を殺すよう指示しました。奏者にとってはあまりない発想だそうです。たしかにそうかも。

 

そんな感じで初演されました。

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これもまた意外なことに、そこまで会場はお通夜みたいな雰囲気になりませんでした。好ましく受容されたのか、佐々木親子またやってるよと思われたのかはわかりませんが、どちらにしてもあの空間には意味不明な新曲を受容できる何かがあったということなので、希望のある話だと思います。

という感じで初演までこぎつけたのでした。この後すぐに微妙な校正を経て......。

 

④出版される

出版されました。

bridge-score.com

委嘱から初演、出版まで、佐々木さんには大変お世話になりました。この場を借りて改めてお礼申し上げます。

そしてすでに誰かが買ってくれたそうです!
誰かも、ありがとう。

そしてこれから買う誰かも、ありがとう。

 

 

そして本筋とは一切関係ありませんが、名作会の新作アルバムもでてますんで、よかったらぜひ。

songwhip.com

おわり

*1:自分のこういった演奏者優位な姿勢はどこから来ているんだろうと考えたのですが、自分が大学時代にコンボジャズなどの即興性の高いポップスを通過したことに由来している気がします。あの辺はプレイヤーがコンポーザーなわけですが、クラシック畑の人間にも同じような心持で演奏してほしいのかもしれません。

*2:ということを生放送で言ったら「軽率に呪うね~(意訳)」と言われてしまったのですが、人を呪う心それ自体はだいぶカジュアルなんじゃないかと思うし、大仰な儀式ではないだけで実は毎日のように行われているのではないか?そして創作の世界ではモキュメンタリーを介した呪いの拡散をテーマにしたメタフィクションが流行しており~と思いましたが、そう答える前に話題が進んでしまいました。会話って難しいですね。それはそれとして私のテーマ設定は割と軽率(と客観的には見える)なんですが、本人的には軽率なつもりもなく、なんで軽率(と捉えられてしまう)んだろう?と思っています。思った結果、科学実験と同じノリでやっているからそう見えるのだろうと一応結論付けています。私は普段植物を使って実験していて、目的遂行のために葉っぱや茎を切り刻み、遺伝子を破壊するんですが、それはあまりにも当然のこと過ぎて何も思うことがありません。それと全く同じ心持で人の心に踏み込むので、人文系の素養がある人々には軽率に見えるのかもしれません。ある意味で、神の視点に立とうとしていると言えます。でもサイエンスに神は不在なので、恐れがなく驕りがあるのかもしれませんね。