名大作曲同好会

“音楽”を創る。発信する。

我が国の作曲家シリーズ001 「細川碧」

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がしょ~ん!

皆様あけましておめでとうございます。
どんな年末年始をお過ごしになられましたでしょうか。
私はいつものように、酒に酔いしれ友と語り合う良い時間を過ごせました。
本年も名作同を始め、あちこちでしっかりと仕事をしてく気持ちを新たに臨んでまいりますので、よろしくお願い致します。

 

さて私の年明け1本目の記事は、新シリーズ「我が国の作曲家」を開始してみようと思います。


我が国の作曲家と聞いて何人くらいが頭に浮かぶでしょうか。
少ない人で2~3人、一般的には10~20人というところでしょうかね。


Wikipediaの「日本のクラシック音楽の作曲家一覧」の項を見ると伝統音楽の作曲家を除いて428人ほどの名があり、さらにその他のジャンルの作曲家を含めるとその数は1000人を超えるのは間違いないものと思います。


もちろん、ぱっと聞かれて頭に浮かばないだけで、作曲家の名前を聞けば思い出すということも多いと思いますが、それでも多くの人の認識よりも日本の作曲は多くいるのは間違いないところだろうと言えるでしょう。


このシリーズでは、その中でも超有名な人はあまり扱わないシリーズにはなるかもしれませんが、自身の研究や、文章として残しておきたい人などを中心に随時書いていってみようかなと考えています。

 

 

さて第1回として取り上げるのは「細川碧」です。

「ほそかわみどり」と読みます。男性です。
どうでしょうご存じの方はいますか?

 

簡単な略歴を紹介しましょう。

1906年5月15日東京府牛込区に生まれます。
1906年というと明治39年です。皇紀では2566年らしいですね。
東京府牛込区というのは現在の東京都新宿区牛込にあたります。

 

東京府立第一中学校在学中に梁田貞に作曲を学び、1923年に東京音楽学校本科声楽科に入学します。
東京府立第一中学校は現在の東京都立日比谷高等学校にあたります。日比谷高校の偏差値は現在70-75程度、文武両道の進学校として有名です。
東京音楽学校は言わずと知れた東京藝術大学の昔の名前ですね。

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梁田貞

 

高校時代に師事した梁田貞先生は童謡、唱歌の巨匠として知られ、黎明期日本の有力教育者として名高く、多くの門弟を輩出した名伯楽です。

 

東京音楽学校入学後は声楽をHanka Schjelderup Petzold、Margarete Netke-Löweという二人のソプラノ歌手に師事し、作曲は信時潔の門に入ります。

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信時潔


信時潔はこの時代の最有力作曲家の一人で、最名門の呼び声高い門弟からは下総皖一、橋本國彦、髙田三郎、大中恩など錚々たる顔ぶれが輩出されています。
まあ言ってみれば非常に名門を渡り歩いたエリート中のエリートだったわけですね。
加えてこの節に補うなら、信時潔の作曲の師はGeorg Schumannですから、直系の細川もドイツ系の系譜に位置する作曲家ということができると思います。

 

その後順調に研鑽を積み同校研究科作曲部に入り、信時門で作曲の勉強に集中することになります。

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Franz Schmidt

1929年(昭和4年)には同校を卒業し、文部省(現文部科学省)在外研究員として、ウィーンに渡り本場の音楽を5年間に渡って学ぶ経験をします。
このときにドイツでついた師はFranz Schmidtであったということなので、あのマーラーシベリウスは伯父にあたるという系譜になります。
ともあれこのことで細川の作風はガッチリとしたドイツ様式のものになっていくことになります。

 

細川碧はこういった経歴もあって、作品はオーケストラ作品に軸心を置き、重厚なドイツ様式に支えられた作風をを確立、どっしりとした本流の音楽を志向していたようです。
ウィーン時代には交響詩「法の夕」という楽曲がウィーンフィルによって演奏され、日本へ中継される予定でしたが、この計画は残念ながら中止され、叶わぬものになってしまったようです。
この作品は現存していないようですが、師のシュミットは「日本のストラヴィンスキー!」と激賞したそうです。

うーん他の曲から感じられる作風からはぜんぜん違う気も…。
ともあれ一度聴いてみたい曲ではありますね。

 

1936年(昭和11年)帰国。母校東京音楽大学の教授として迎えられ、團伊玖磨芥川也寸志といった巨匠の師の一人として活躍。

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團伊玖磨

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芥川也寸志


自身の作品発表も活発に行い、重鎮の道を歩んでいたかに思われたが、この時代特有の忌まわしい風潮に翻弄されることになってしまいます。


戦争責任問題というのがそれで、この忌まわしき事態により橋本國彦、平井康三郎とともに東京音楽学校教授職を追われてしまいます。


このことは大きな心労になったのでしょうか、その後すぐ1950年(昭和25年)に44歳の若さで世を去っています。


と、細川碧の略歴を振り返ってみると、名門のエリート、本場への留学、作品の成功とこの時代の作曲家にあっては異例なくらいの活躍でしたが、なぜこの作曲家の名前を聞かなくなってしまったのでしょうか。


実はそれにも彼の「不運」が影を落とします。

 

細川の死後、彼が得意としたオーケストラを中心とした楽曲の楽譜は、弟子であった竹内昭一が預かったとのことですが、どういう経緯からかこれらの楽譜は紛失されてしまい、時代的なこともあって生前の出版や録音がなく、そもそも彼の音楽を論評することすらできない状況となってしまったのです。

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バレーと音楽


この竹内氏というお弟子さんについてはあまり詳しい資料がないのですが、古田徳郎との共著「バレーと音楽」という書籍が国会図書館に蔵書されているのが確認できました。
しかしこの行方不明の経緯というのは一体どういったことだったのでしょうか。非常に気になるところです。

 

では彼の作品には全く触れられないのでしょうか?
実はそんなことはないんです。

 

Wikipediaにも「録音が一つもない」と書いてあるのですが、辛くも一つだけ音源が残っていたことがわかりました。

 

1941年(昭和16年)に日本への外国人の観光誘致用の映像音楽として書かれた後、組曲として編纂され直した交響組曲「富士」という曲があります。
この楽曲を昭和35年山田一雄指揮するところの東京フィルハーモニー交響楽団が放送ように録音しており、これがNHKアーカイブスに残されていたことがわかりました。
現在この曲は細川の書いたオーケストラ曲で唯一音源のある楽曲ということになります。

早速その音楽を聴いてみようと思います。
ニコニコ動画のアカウントが必要です

www.nicovideo.jp

 

なるほど噂に聞く通り、非常に重厚な響きを中心とした音楽で、いかにもドイツ系本流の響きですね。
ストラヴィンスキーは当てはまらない気がしますが、後期ロマン的でリヒャルト・シュトラウスの軽量版と言った印象があります。
しかしその中に日本情緒が立ち上ってきて、ウィーン的な描写と微妙なバランスを構成、あまり聴いたことのない雰囲気になっているように感じます。
録音状況もオーケストラの技術の問題もありますが、非常に貴重な細川の作風を伝える音源に触れられるのは研究者冥利に尽きます。

 

しかし本当に他に細川の曲は聴けないのでしょうか。

Youtubeで「細川碧」「Midori Hosokawa」と検索しても何もヒットはしません。

 

 

しかし彼の曲は失われてしまっているのかと落胆するのは少し早いようです。


実は細川の作品で出版実績のあるものがいくつかあります。
一つはピアノ曲、残りはいくつかの歌曲です。


細川はそもそも信時門の作曲家ですから、歌曲は信時門の代名詞でもあり、もちろん細川も歌曲を残しています。
そして当時結成されていた日本作曲家協会の会員であったことから、その会員の作品発表として出版された楽譜集に彼の作品を見つけることができます。
しかしこれらの資料は発刊年代が非常に古く、すでに絶版であり入手も難しい古書となっています。
研究にはつらい状況ですが、これらの資料は国立国会図書館に所蔵されていることがわかりました。
さらに、これらの資料は国会図書館に赴かなくても国立国会図書館デジタルコレクション」に収載され、図書館送信限定ではあるもののネットを介して閲覧、複写ができるようになっています。

 

国立国会図書館デジタルコレクション

dl.ndl.go.jp

 

上のサイトに接続し「図書館送信資料」にチェックを入れて「細川碧」と検索してみましょう。

19曲あまりの歌曲と合唱曲、1曲のピアノ曲がこのサービスを通じて閲覧することができるようです。
これは素晴らしいことです。

早速これらをここで紹介したいのはやまやまなのですが、遠隔複写資料の利用規定に「許可なき公開を禁ずる」という規定があるので、遠隔入手したものをここに掲載するのは問題があります。
そこでこれらの資料の内、個人的に入手できるものを古書サービスで探し、実際にいくつか手に入れてみました。

 

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古き様式のフーゲより

これはピアノ曲「古き様式のフーゲ」と題された作品の冒頭です。D-Durに於けるドーリヤ調とサブタイトルに書かれており、旋法を題材にしたフーガであることがわかります。
主唱を弾いてみると、ちょっとよくわからないテーマになっていて、本当にこれでフーガになるのだろうかと心配になります。
日本作曲家協会刊「日本作曲年鑑1936」に収載されている作品で、作曲年はこの頃のものだろうと思います。

 

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悲歌より

こちらは「悲歌」と題された歌曲の冒頭です。
大野守衛の詩につけられた楽曲ですが、しばらく歌が出てこず、ひたすら重厚なピアノの響きで書かれています。
この曲の詩は短く、歌が登場する部分自体がわずかで、後はひたすら重苦しいピアノで埋め尽くされているというちょっと変わった構想の曲です。
しかしながら、ピアノパートはなるほどオーストラの響きを彷彿するもので、細川自身がオーケストラの響きを念頭に書いたことがうかがわれる内容と言えるのではないでしょうか。
こちらも日本作曲家協会刊「日本作曲年鑑昭和13年度」収載でこの頃作曲されたものだろうと考えられます。

 

ただこれらの楽曲はまだ録音がなされた痕跡はなく、演奏されることも無いか非常に稀であろうと思われます。
しかし楽譜があれば演奏することはできるのですから、もっと多くの演奏家がこれらの楽曲を知り、音にしてみることが望まれます。
特にこの「悲歌」を代表とした歌曲は、今の若い日本人の感性で再解釈されたらどうなるか、考えただけでも興味深いとは思いませんか。

 

今後名作同の公演私の個人的な活動でもこういった作品の再演、音源化を重要な役割の一つと考えて扱っていきたいと考えており、この細川碧の作品もそのリストの筆頭に入っています。
こういった活動を通じて、同じような思いの演奏家や制作者が繋がっていくことができたらどんなに良いことでしょうか。
そしてそれが今の文化の源流を培った先人への、今の世代としての敬意の表し方だと思えてなりません。

 

ところでネットで細川碧について検索してもまったく顔写真が出てきません。
おそらく殆ど残っていないのだろうと思いますが、さるやんごとなき方のご落胤と言われるそのお顔立ちが少し気になるかと思いますので、前述の日本作曲家協会の写真名簿に発見した氏のご尊顔をご紹介したいと思います。

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細川碧

うーんたしかにやんごとない雰囲気をお持ちですね。

 


さて最後にWikipedia記載の作品リストに、国会図書館所蔵の作品を加え、細川碧の作品一覧として掲げて本稿を閉じることにしたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。


細川碧作品一覧
Wikipedia掲載のものに国会図書館デジタルコレクション検索結果を付加

組曲「日本の物語」(1933)
ピアノ協奏曲 ハ長調(1933)
混声合唱管弦楽のための「法の夕」(1934)
交響楽詩「明治天皇御製組曲」(1937)
2人の独唱者と管弦楽のための交響楽詩「大和路」(1940)
交響楽詩「から松」(1940)
交響組曲「富士」(1943)
日本的バレエ組曲(1946)
歌劇「仏陀」(未完)
ピアノのための「古き樣式のフーゲ D Durに於けるドーリヤ調」
歌曲「カスタニエの」(川上嘉市 詞)
歌曲「悲歌」(大野守衛 詞)
歌曲「旅の日の山寺」(久保田宵二 詞)
歌曲「野の幸」(正木つや子 詞)
歌曲「湖國の春」(飯田龜代司 詞)
歌曲「山百合」(河井醉茗 詞)
歌曲「白ばら」(富原薫 詞)
歌曲「青丹よし」(小野、海犬養 詞)
歌曲「大和路」(佐藤一英 詞)
歌曲「牧場の春」(飯田龜代司 詞)
歌曲「春の野に」(良寛 詞)
歌曲「櫻」(風卷景次郎 詞)
歌曲「かもめ」(吉屋信子 詞)
歌曲「極熱の」(柳原白蓮 詞)
二部合唱「惜春」(風卷景次郎 詞)
二部合唱「象徴」(風卷景次郎 詞)
二部合唱「天・日」(明治天皇 詞)
二部合唱「夕月夜」(藤原秀能 詞)
日華提携の歌(小林愛雄 詞)

「君が代」はハ長調ではない 〜日本音楽の真実を暴く〜 その③

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「君が代」はハ長調ではない 〜日本音楽の真実を暴く〜 その② - 名大作曲同好会

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今回は、日本固有の音楽がどのように損なわれていったのか、実例を見つつ追っていきましょう。

特に、今回は「演歌」というものに注目したいです。

演歌は日本の民俗音楽の雰囲気を引き継いで発展していきましたが、ある時代からは純粋な日本民謡を完全に逸脱してしまっているのです。

 

 

演歌の歴史

まず、演歌の簡単な歴史を見ていきましょう。

1880年代の終わりごろ、川上音二郎によって謳われた「オッペケペー節」が流行りました。

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なんつーかかなりレジスタンスな歌詞ですが、そもそも初期の演歌にはこのように政治性・風刺性が強いものが多いです。

 

また、1900年代に入ると、作者不詳の「東雲節」(別名「ストライキ」)が流行りました。

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これもなんつーか直接的なタイトルですね。

しかしそんなことより大事なのは、この時点ではまだ音楽に日本民謡性が残っているということです。

メロディラインや和声を見てみると、日本民謡の聴感に立脚していることが分かります。

 

ところで、1900年ごろ日本はすでに明治時代でしたが、明治と言えば日本に西洋音楽が広まりつつあった時代でもあります。

山田耕作滝廉太郎が活動していた時代が、ちょうどこの時期とカブっていますね。

滝廉太郎は1900年、ピアノ曲の「メヌエット」を完成させています。

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メヌエット」は西洋音楽の語法で書かれていますが、たまに明らかに日本的な響きが香る箇所があって面白いですね。

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赤線で囲った箇所が日本民謡っぽいメロディになっています*1

たぶん狙ってやったのではなく、無意識のうちに日本っぽくなっちゃったんでしょう。

 

というわけで、当時の日本人にとって西洋音楽ナウでヤングなカッチョイイものでした。

もっと言えば日本民謡は後進的でダサいとも言われていました。

1914年、中山晋平は作詩家の島村抱月から

「学校の唱歌ともならず、西洋の賛美歌ともならず、日本の俗謡とリードの中間のような旋律を考えて欲しい」

と依頼を受けて、かの有名な「カチューシャの唄」を作曲します。

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この歌は、メロディラインがヨナ抜き音階で作られており、日本っぽい雰囲気を残しつつも音楽的にはまごうことなき西洋音楽になっています。

つまり、「日本の俗謡とリードの中間」という島崎の注文に対して出した答えこそが、

日本民謡の音階を西洋音楽的に変化させて使う

ということだったのでしょう*2

 

また、1918年に発表されて流行った「パイノパイノパイ節」こと「東京節」は、なんと、ヘンリ・クレイ・ワーク作曲「ジョージア行進曲」の替え歌です。

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著作権もクソもない時代だったからこそできた芸当ですが、ここでもやはりメロディは少し変更されており、「東京節」のメロディは完全にヨナ抜き音階になっています。

 

さて、これ以降の時代になると徐々に日本民謡が怪しくなってきます。

1921年中山晋平作曲の「枯れすすき」、別名「船頭小唄」が発表されましたが、これはもはや日本民謡とは言えなくなっています。

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西洋的な和声進行が用いられ、メロディラインを見ても明らかに純粋な形の陽旋(や陰旋*3)ではなくなっています。

具体的には、「どうせお前も枯れすす~」のところでメロディがⅠの和音の根音(主音)に進行していますが、この動きは日本民謡には見られません。

この歌は短調のヨナ抜き音階で書かれていますね。

1932年の古賀政男作曲「影を慕いて」も、同様に短調のヨナ抜きで書かれています。

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東海林太郎が歌った1933年「キャラバンの鈴」、1934年「赤城の子守唄」も同様に、もはや日本固有の音階は捻じ曲げられています。

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日本民謡西洋音楽」の転換点は?

以上のような流れを経て、演歌の世界から純粋な日本音楽の響きが失われて行きました。

しかしはっきりとした切れ目があるわけではなく、1935年に同じく東海林太郎の「野崎小唄」には日本民謡の響きがかなりはっきりと見られます。

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それでも、敢えてどこかに区切りをつけるとしたら、おそらく

「カチューシャの唄」

ではないでしょうか。

「カチューシャの唄」を区切りにして、日本音階がヨナ抜き音階へ、日本民謡西洋音楽へと切り替わっていったように思います。

 

ちなみに、1945年に第2次世界大戦が終戦しましたが、これが日本音楽に対するとどめの一撃になったと考えています。

終戦後の日本では、戦前の文化は軍国主義に通ずるものとして自粛の機運が高まりました。

そうでなくとも、国民主義的な文化や愛国主義の芽が摘まれていくのが敗戦国というものですね。

すなわち、西洋音楽に切り替わりつつあった状態で敗戦を迎えたので、もはや日本民謡を再興することが実質不可能になってしまったのだと思います。

 

そしてこうなった

それ以降の歴史は簡単ですね。

こうなって、

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こうなって、

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こうなって……

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こうなってこうなってこうなってこうです。

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というわけで、もうヨナ抜き音階はそれ自体新たな日本文化として定着してしまったとも言えます。

上に挙げた曲たちはどれもヨナ抜き音階をベースに作られていますが、時代を追うごとにヨナ抜き音階の形も変わっていき、最近の歌ではもうハッキリとヨナ抜きした形では使われないことも増えてきました。

こうして進化を重ねた結果生まれたヨナ抜きっぽさは、最近のJ-pop全体にかなり浸透しています。

 

とはいえ、上に挙げたようなヨナ抜きっぽさが純粋に演歌の流れを汲んだものなのかというと、それは判然としません。

なぜなら、ヨナ抜き音階自体は世界各国でフツーに使われている音階だからです。

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民族音階としてヨナ抜き=ペンタトニックスケールを持っている国は数多くあるようで、アジアだけでなくヨーロッパやアメリカでもこの音階は見られます。

だから日本におけるヨナ抜きの定着も、実際のところは

「演歌からの影響を基礎としつつ、洋楽の影響も混ざり合う形で定着していった」

というのが実情かも知れません。

 

次回予告

さて、なんだか話が君が代から逸れまくってしまいました。

次回は再び「君が代」に立ち返り、「君が代」編曲のいきさつを掘り返してみましょう。

全ては僕の執筆意欲次第。

気長に待て!

*1:ここの旋律は陽旋ではなく、もう一つの日本的音階である「陰旋」に似てる。陰旋とは、「ミ・ファ・ラ・シ・レ」という音階のことで、陽旋と対を成す日本音階。これも陽旋と同じく曲解を受けて演歌などでよく使われている。詳しくはググってください。

*2:もちろん、これを中山氏が狙ってやったのかは分かりません。

恐らく、当時の人々が西洋音楽に慣れていなかったせいで無意識にこうなってしまったんじゃないかと僕は考えています。

*3:脚注1を参照

本家紅白歌合戦がゴミクソつまらないので「ぼくのかんがえたさいきょうのこうはくうたがっせん2019」を発表する

こんにちは。突然ですがですよね。毎年大体同じ人間が出るし、というか故・ジジイのアイドルグループが幅をきかせているし、曲はつまらないし、演歌歌手が出てきたかと思えば歌唱中にけん玉やったりなんだり。嗚呼視聴率嗚呼視聴率!音楽を聴かせる気は無いんすね......という気持ちになります。先日出場歌手が発表されましたが、案の定しょーもねー面子だなあ!と思いました。

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しょーもねー面子

ということで2019を開催します。そうです自己満足です。

 

〜ルール説明〜

その一:基本的に2018年~2019年に発表された曲から選ぶ

本家紅白歌合戦の出場歌手発表が11月で、その周辺に発表された曲や上半期に発表された曲は選考から漏れやすい。僕はそれを大変嘆かわしく思い、報われない曲の存在をなくすために期間を二年にもわたってダブらせている。

 

その二:基本的に日本人から選ぶ

紅白歌合戦は日本を代表する歌手が大勢出演する番組である。日本国は単一民族国家である(一応)ため、今回は日本を代表する歌手=日本人とする。

 

その三:基本的に若い人から選ぶ

本家紅白歌合戦は、視聴率狙いのためか利権のためか、確実に現在の音楽シーンを反映するものではない。新しい音楽を作るのはおいぼれではなく若者である。このことを念頭に選ぶ。

 

まああくまでも基本なのでたまにそれます。

なお異論は認めません俺が選ぶので。異論がある人は「おまえのかんがえたさいきょうのこうはくうたがっせん2019」でも公開すればいいと思います。

 

それでは準備が整ったようなので、紅白歌合戦を開始します。総合司会は私榊原が行います。

 

白組

長谷川白紙「草木」

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FANTASMA期の小山田圭吾を彷彿とさせる過剰さが良いです。それ以上に、ようやくインターネット音楽シーン(ボカロ含む)がちゃんとしたポップスに昇華された感があって感慨深いです。これはインターネットの発達抜きには語れない音楽であり、2020年代の音楽を象徴している、かもしれないです。

今現在粗削りであることは否めないものの、10年もしたらいい感じに洗練されるんじゃないかなあと勝手に期待しています(誰目線?)。

 

君島大空「午後の反射光」

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 君島大空はシンガーソングライターですが、そんじょそこらのシンガーソングライターとは違って、音が編集されまくってますね。こっちもこっちで過剰ですが、長谷川白紙とは違って霞や乱反射した光を想起させる静かな過剰さです。「午後の反射光」という題は彼の音楽を表すのに非常にうってつけで、これ以上の言葉はないんじゃないでしょうか。ということで多くは語らず次へ行きましょう。

 

松木美定「実意の行進」

 

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ジャズの意匠をそこかしこから感じます。ジャズマンがやるポップスはとっつきやすいのに凝りまくってて良いです。J-POPは基本的に焼き増しの焼き増しみたいなのが跋扈してて現状最悪なんですが、こういうのが一般受けするような未来が来てほしいです。

最新作残り火と椅子も(最後の和音以外は)なかなかによろよろしゅうございます。ただ急にかわいらしく終わるのでゑ!?ってなります。

 

Answer to Remember「RUN feat. KID FRESINO」

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Answer to Rememberというのは石若駿というドラマーのソロプロジェクトです。ここ数年の日本のポピュラー音楽の盛り上がりは、この石若駿の功績が大きいと思います。というのも彼はジャズドラマーなんですが、ジャズに限らずありとあらゆるジャンルで叩きまくってる、いわばハブみたいな存在なわけです。この石若駿を中心にした、若手ミュージシャンの緩~い横のつながりが良い相互作用をもたらしているように見えます。

あとこの曲に関してですが、KID FRESINOのラップが上手すぎますね。FRESINOは現代日本を代表する凄腕ラッパーだなあ、とcoincidenceのときから思ってはいました。が、このトラックに乗せて違和感なしにラップできるのかマジか......ってなりますねさすがに。

 

 Xwaves「Fantango」

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Vaporwave という「80年台のハイエナジーとかをがっつりサンプリングして再生速度・ピッチを落とす」ジャンルがある(すごい適当な説明。そうで無いのももちろんあるし、近年はそうでない方が主流)んですが、僕はこんなの何が良いんだろう?とずっと思ってました。

まあ、食わず嫌いはよくないので今年初めてちゃんと聴いてみたんですが、良い曲も多かったです。食わず嫌いはよくないな。ちなみにVaporwaveは曲よりどっちかというと思想の方に共鳴しました。その話もいずれしたいです。

Fantangoはアーティスト*1の名前とジャケットがヤバめですが、見た目に反して曲はポップで聞きやすいです。特にサビのシンセがカッコイイですね。クッソ跳躍してるのにちゃんと聴けるメロディっていいなあと思います。

多分日本人ではないのですが、VaporwaveのPopシーンへの浸透は2018-2019の象徴でもあるのでチョイス。後でVaporwaveを輸入したロックバンドもでてきます。

 

Suchmos「In The Zoo」

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SuchmosといえばMで待ってる人たちにグッナイしてる人達っしょ?と思っていたが、いつのまにか超ドサイケなロックバンドになっていて驚いた。ファンの友人曰く、ライブでもこんな感じでぶっ飛ばしてるらしい。にしても振り切り方が思い切りが良すぎる。どうしたらジャミロクワイリスペクトが3年でこうなるんだ。

そういえば日本ではゆらゆら帝国以降、サイケデリックロックが表舞台に立ったことがない気がします。Suchmosの急なサイケロックへの転換が音楽シーンにどう影響を与えるかは結構見物なのではないでしょうか。

Suchmosはかなり泥臭いサイケロックですが、後程サイケロックを現代的に解釈した(と思われる)バンドが出てきます。実はサイケ寄りのバンドはぽつぽつ現れてきているのです。

 

PSYQUI「Still in my heart feat.ぷにぷに電機」

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世の中にはfuture bassというジャンル(こういうやつ)があるわけですが、それにhard core(たしかこういうやつ)が悪魔融合したfuture coreというジャンルがあるらしいです。

で、この曲はそのfuture coreにあたるらしいですが、たしかにドロップ後の展開がhard coreっぽいです。それでいてスッと聴けるのはたしかにfuture bassっぽい健全さがある証拠でもあります。新鮮で面白いなあ。なんかここ数年future coreのコンピが出続けてるっぽいです。

で、僕は「〇〇 core」とつくジャンルの曲があまり好きではない(全体的に大味だから)んですが、これはちゃんと聴けたのですごく不思議だったんですね。で、それはたぶんぷにぷに電機のなせる技だろうと思うわけです。

www.youtube.com

氏は割とこういうジャズテイストの曲を書くので、そのノウハウでStill in my heartでも大味さを緩和したんじゃないかなあと思います。実際PSYQUI氏単体で作る曲は割と大味だったりするので。

 

明日の叙景「Dear Coldness」


Asunojokei - Dear Coldness

 僕は普段メタルとか全然聴かないんですけど、これは聴けます。なんででしょうね。よくわかりません。次。

 

Tempalay「どうしよう」

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MVが完膚なきまでにダサいんですが、曲はサイケロックの現代的解釈というか、今流行りのヒップホップとのクロスオーバー的な香りを感じます。サイケは基本的にダサいんですが、ダサさを微塵も感じさせないのはやはりそういうところに起因しているのでしょう。

新作のそなちねもなかなか良いです。MVは北野武監督の映画「ソナチネ」のオマージュでしょうね。たまたま知ってたのでMV見たとき声が出ちゃいました。

 

若手を中心に見てきましたが、せっかくなので中堅・ベテラン勢の新曲も見てみましょう

 

坂本慎太郎「小舟」

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 元ゆらゆら帝国のリーダーで、解散してソロになってからというもの、気でも狂ったんじゃないかというような曲ばかり発表していた(通常運転)坂本ですが、ここにきてソロデビュー以来のストレートな歌ものを発表しました。一体どうした。それとも僕が坂本慎太郎の曲に慣れたせいで「まともな曲」の閾値が下がったのか......?

昔はハードロックでブイブイ言わしていた坂本ですが、現在は極々最小限の音数・言葉で表現することに美を見出しているようです。また彼はメロディに合わせた作詞能力がずば抜けて高く、日本語のアクセント・イントネーションとメロディの起伏を合わせるのが大変上手いです。

 

石野卓球「関西電気保安グルーヴ」

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 相方のオラフがすっぱ抜かれたせいで電気グルーヴ関連の印税収入が絶たれてしまった石野卓球ですが、騒動直前にこんな曲を出していました。あの騒動で完全にかすんでしまったのが惜しいです。やっぱメディアってクソだな。久しぶりにアッパーな曲を出してくれたのが個人的にうれしいポイントです。調性のぶっ壊れたような謎の上行リフが気持ち悪いながらも癖になります。

 

HASAMI group「すずらん(2019年版)」

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HASAMI groupはインターネットアングラ界を代表する音楽"グループ"(彼ら曰く、バンドではない)です。そんな彼らの代表曲が10周年記念でリメイクされました。原曲はもう少し陰鬱とした感じでしたが、リメイク版は近年の作品らしくポップさマシマシです。HASAMI groupの曲は、まあ大して作りが上手いわけではないんですが、独特の耽美さを湛えています。Vaporwaveが80年代回顧主義ならば、彼らは00年代回顧主義。あのころのインターネットがここにはあります。

 

番外編

 そういえば紅白って紅組白組以外にもなんかありますよね。ということで選考基準にはまらなかったりなんだりしたものをここで紹介します。

ポケモン音楽クラブ「ポケモンしりとり」

https://youtu.be/AZNnx5CMQxI?t=1358

 そういえば紅白って子供用の枠がありますよね。ということで本編からは外しましたが、なかなかに良い曲なんじゃないかと思います。というかポケモンにパソコン音楽クラブが起用されたのが驚きです。今の小学生がパソコン音楽クラブ謹製のテクノでポケモン見れるの、純粋にうらやましいです。

 

DC/PRG「Hey Joe」

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ジミヘンドリクスの「Hey Joe」という曲を魔改造したものです。どうしてこうなった。

この前DC/PRGのライブ見に行ったんですが、あり得ないくらい上手かったです。この後に立て続けに2,3本ほかのミュージシャンのライブ見たんですが、完全にかすみました。プロでもかすむんやな。

なんか2019年で25周年だったらしいので、これを機に活動活性化してほしいなあとか思ったり思わなかったりします。

 

ビクターMKII「see you again / 私に気づいて」

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 これは単純にlo-fi hiphopが個人的に好きだからという理由で選びました。

ぶっちゃけlo-fi hiphopは展開もないし全部おんなじに聞こえるので曲なんてなんでもいいんですが、この曲を選んだ理由をあえて挙げるとすれば冒頭のアニメのサンプリングが瞬時に判別できたからです。これはハイスコアガールROUND6冒頭の日高小春のセリフですね(オタク特有の早口)。

 

崎山蒼志「感丘 (with長谷川白紙)」

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 これは崎山蒼志の曲なんですが、見てわかる通り長谷川白紙が作ってるから実質長谷川白紙の曲なんですよね。正直ここに崎山蒼志的な意匠は声以外存在しないので崎山名義としてはどうなんだろうと思いますが、個人的に好きです。

まず冒頭のとりとめもなさが好きですし、七連符で歌詞を無理やりメロディに詰め込んだりするのも好きです。この曲の話になると好きしか言葉が出てこないので次行きましょう。

 

Schnittke「Symphony No1.」

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僕の作る曲にサンプリングが加速度的に増えていく原因になった曲です。西洋音楽史が無秩序に再現されていきます。まあそれくらいならば、まああるよな、という感じですが、何の脈絡もなく急にジャズのアドリブが始まったり、曲の一部分まるごと引用しまくってるのには驚きました。まじかいな。

あとこれ有名らしいですね。全然知りませんでした。クラシック(の部類に入るのかは疑問だが)無知すぎるのでたくさん聴いていきたいです。

 

 それでは本題に戻りましょう。

 

紅組

sora tob sakanaflash

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正直アイドルには興味はない*2ですが、変態マスロックバンド・ハイスイノナサの照井がプロデュースしてるので曲は結構良いです。売り出し中っぽいのでそのうち売れるかも。ただ声が絶望的に人を選びます。楽曲で勝負してくる系のアイドルってなんかそういうとこありません?同じく楽曲系のMaison Book Girlとかも顔面はそんなによろしくないですし。

 

the mellows「Plastic Time」

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Vaporwave輸入バンド。楽曲からだけでなくMVからもVaporwave臭がむんむん漂ってきます。とはいえ現代のバンド、ひいてはUKロックとかそこらへん特有の陰鬱さもほんのり香っていて、一概にVaporwave輸入バンドだねえ!とは言い切れないところでもあります。ただMVとか全体丸々ひっくるめてVaporwaveに寄せちゃって商業的にはニッチな層に受けていいんだろうけど、バンド的にどうなの?とは思いますが。

 

Chocolat「迷子の鳥」

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今年はRei Harakamiの楽曲がサブスクで全面解禁されるという衝撃の年でした。おかげで僕が中古CD屋を駆けずり回っていた日々はほぼ無駄になったのですが、編曲やremixはまだまだ入手困難なわけです。

この曲はそんな入手困難な曲の一つで、編曲をRei Harakamiが手掛けています。彼が曲を手掛けると、その手掛けられたミュージシャンの曲を完全に食っちゃうんですが、この曲も完全に食われています。アルバムの中でめっちゃ浮いてる。ちなみにChocolat住友林業のCMのキコリンの声の人です。まじかよ。

 

キャロル&チューズデイ「Polly Jean」

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キャロル&チューズデイというアニメの主題歌。このアニメはなぜだか忘れましたが異様に音楽が豪華で、国内外問わず、超豪華ミュージシャンによる曲がドカドカ投下されていました。アニメはそんなに面白くなかったのでちゃんと見てませんが。

この曲はサビが変拍子、Aメロで転調、ふわっふわ浮きまくるシンセという、もうこんなの作るの小山田圭吾しかいないじゃん......と思ったら本当に小山田圭吾が作ってました。これ以外でサビが変拍子のアニメOP、空耳ケーキくらいしかほかにしらね.......。

 

 

カヒミ・カリィ「One Thousand 20th Century Chairs」


Kahimi Karie - One Thousand 20th Century Chairs

全然最近の曲でないが、この曲が好きで好きでCDを5年くらいずっと探していたのを今年見つけたので、出場(設定は大事)してもらいました。いつ聴いてもカッコいいです。ロックでここまでカッコいいのなかなかないんじゃないかと思うくらいです。隙がなくてよ。

 

相対性理論「NEO-FUTURE」

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初期はラブずっきゅんとか言ってた相対性理論も、遂にここまで来ました。三十路になってラブずっきゅんとか言ってたら正直引いてたんですが、相対性理論らしさは残しつつ、ちゃんと年相応の表現になっててよかったです。まあベースが脱退して以降バンドっぽさが抜けてやくしまるのソロ化が著しいですけどね。

ちなみにやくしまるえつこ単体だと放課後ディストラクションも良かったです。


やくしまるえつこ『放課後ディストラクション』360°MV / Yakushimaru Etsuko - AfterSchoolDi(e)stra(u)ction

 

Sweet Williamと青葉市子「からかひ」

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 最近、作成した時報が怖いとのことで一部炎上した青葉市子ですが、こんなに叙情的な曲もあるんだぜ、ということでひとつ矛を収めていただきたい。たしかに彼女の声にはどこか死を彷彿とさせるところがあるし、死を題材にした曲が散見されるので、怖いのはわからなくもないですが。

Sweet Williamはおしゃんなトラックメイカーです。基本的にラッパーとよろしくやってるイメージがあるのでこの二人のコラボは意外でしたが、聴くとかなり親和性が高いですね。青葉市子の叙情的なガットギターと歌声、Sweet Williamのつくるビート。環境音を入れたのはどちらのアイデアか定かではありませんが、誰にでもある「存在しないはずの過去に対する望郷」みたいなものをひしひしと感じます。

 

中村佳穂

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 中村佳穂もシンガーソングライターです。2014年くらいから活動しているようですが、2018年に発売されたAINOUというアルバムあたりで火が付いたっぽいです。

彼女はとにかく歌と楽器が上手いですね。そして現代版矢野顕子なんじゃないかと思ってしまうくらいアイデンティティがあります。

GAPの少年アシベのコラボもめちゃくちゃよかったです。こちらもぜひ。てかさっきlo-fi hiphop全部同じに聞こえるって言いましたけど全然そんなことないですね。誰か僕を打ってください。

 

CRCK/LCKS「Kiss」

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 Answer to Rememberの石若駿とDC/PRGのキーボーディスト小田朋美が在籍する激ヤババンドがCRCK/LCKS(クリックラックス)です。初見でバンド名が読めないですね。

小田朋美東京芸術大学作曲科卒業、つまり坂本龍一の後輩にあたる人物なので当然作曲技術がとんでもなく高いです。このバンドの曲はかなりキャッチーでありつつもコード進行が完全に王道のそれを逸脱してることが多々あります。この曲なんかまさにそうですね。現代ジャズかな?

 

ということで一通り、平成の終わりから令和のはじめまでの日本のポップスシーンを見てきましたがいかがだったでしょうか。かなり恣意的な選考なので、各々自分の聴いてきた曲を振り返って比較してみるとまた違った発見があるかもしれません。

 

反省

なんか男女比が均等じゃない気がしますが、まあいいでしょう。そもそも男女という二元論が疑問視されてる現在、あえて紅白にこだわる必要はないのです。来年はRGB歌合戦(256^3=16,777,216‬色の組に分かれて歌を競い合う夢の祭典)でも開きましょうか。

それより自分で選んどいてなんですがあまり意外性がないです。面白みに欠けるというか、まあ当たり障りのないものを選んでしまったなあという気がします。

あと今回はポップスに重きを置いて選曲しましたが、芸術音楽なんかで選んでも面白そうですね。

 

蛍の光窓の雪

最後にこの曲をみんなで歌ってお別れです。

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―それでは皆さん良いお年を。

 

*1:Vaporwaveはその成り立ち上、音楽というよりはコラージュなどのポップアートの性質が強いです。したがってミュージシャンという呼称は適切でない気がするので、あえてアーティストと呼んでいます

*2:センターと思しき人物はそれなりにかわいい

私とクリスマス ~榊山の場合~

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陰陽五行説

ある人には幸せな家族の群像の象徴、ある人にはひねくれた思いを持つに至った元凶の日
そして巷には「不安を懐きつつもそれを埋め、あるいはそれから目を逸らしながら」24日、25日を迎える。
懊悩享楽と、欲望のまにまに聞こえる喘ぎ声の協奏曲が現代のミサだと言うにはあまりに低俗すぎるだろう。
しかしいつしか祝福されるべき日は、恋人たちの讃歌へ、そしてそれに群がる商売人のギラリと光る目に埋め尽くされる日に成り下がったのだ。

今年も様々なストーリーがそこかしこで展開されたに違いないし、享楽の裏には同じ以上の悲しみと空虚があるのもまた事実なのだろう。

私はそのどちらも経験したかもしれないし、そこまでディープな思いに至らなかった程度の経験しかないのかもしれない。

 

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温かい家庭


私は一人っ子である。
親の愛情を、家族の愛情を一身に受け、よくある「特別な存在」と勘違いしながら幼少期から青年前期を過ごしたのは間違いない。
だからクリスマスプレゼントだってかなり奮っている。
天体望遠鏡顕微鏡図鑑セットCDコンポなど大抵の欲しい物はもらってきた気がする。
そのたびにサンタさんというのは、何でもお見通しだし、あのクソでかいものをストーブの換気用の細い煙突からどうやって運び込むのかななどと考えていた。

その中でもちょっと変わったプレゼントとして記憶に残っているものが二つある。

 

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ペルシャ

一つは猫のぬいぐるみだ。
大人の女性のインテリアにありそうな、実物と見まごうようなリアルなぬいぐるみだ。
猫の種類はよくわからないが、多分ペルシャ猫だろうとお思われるぬいぐるみを、父方の祖母の家の近くのショッピングモールで見つけて惹きつけられた。
ついには始終通うまでになり、最後はプレゼントしてもらったのだ。
今でも薄汚れてしまったが実家にちゃんと座っている。あのぬいぐるみを見るといまでもホッと心が暖かくなる、私にとっては幸せの象徴になっているのかもしれない。

 

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タイプライター

もう一つはタイプライターだ。
変わったリクエストを「サンタさん」にしたものだと思うが、その時の私はタイプライターに夢中だった。
文字が打てること、音、構造、その全てに何故か強烈に惹きつけられていた。
当然手に入ってしばらくは片時も離れずインクと紙を消費し続けていた。
無論すぐ壊れてしまったが、これもおそらく実家のどこかにとってある気がする。

 

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幼稚園



私は不自由は感じない典型的な中流家庭の出身である。
家族は幼い時は同居が私を含めて6人、別居が1人、親戚も実際にはかなり多く、社交的な祖母の関係で来客も多かった。
明治生まれの曾祖母の畑仕事にくっついてまわり、なぜか換気扇マンホール、そして鉄道が好きな子だった。
幼稚園では先生の後ろにすぐ引込み、全く活発なタイプではなく、そのへんに生えた草やきのこを眺めたり、裏のお寺のお墓をこわごわと遠目に眺めるような、今からは想像のつかない純真無垢な子そのものだったのだが、様々な成長期の経験から、どんどん性格が歪んでいって、音楽に没入するとすぐに現代音楽の虜になって行き、ますます性格の歪みを加速させていった。

そして世の中はそう甘いものではないとまざまざと知ったのは大学生の時だっただろう。

 

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絶望


中流の群像は私がとんだ放蕩息子化して行く過程で徐々にくすんだものになり、学費の高い大学に進んだことで一層それが加速していった。
そして私自身も人生で初めてといえるどん底を経験することになった。

それまで天才だの何だのと言われてきた自分が大したこともない、実にくだらないタンパク質の塊だと知ってひどく落ち込んでしまっていた。
やることなすことうまく行かないので、逃避をしてばかりになった。
そんなことをしてるとろくなことにならないのが世の中の常と言わんばかりに、自分自身を持ち崩してしまっていたのだ。


このままではいけないなどと奮い立ったわけではなく、なんだか成り行きで下積み生活を初めたのもこの頃。
舞台のバイトをしていた。その御蔭で今も舞台が仕切れるし、多少PAもできるのだが、クリスマスと関係するのはもう一つのバイトである。

 

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飯テロ


その頃埼玉県の某所に友達が見つけてきた美味しいステーキショップがあって、何かにつけてはその友だちの車に乗って食べに行っていた。
学生のポケットには多少重い金額だったが、当時の私には見栄を張っても食べに行く価値を感じる店であった。

その店はステーキが美味しいのは言うまでもないが、生ピアノが置かれていて、入れ替わり立ち代わり演奏者がいっときも絶やさずにBGMを生演奏している。
正直そのムードが本当に好きだった。
自分もちょっとJazzを齧っていたし、何しろ作曲家を目指していたくらいだから即興が得意だった。

ステーキの音とともにこのスタイルの「仕事」に憧れるようになった。


今のように「便利なアプリ」もなかった時代なので、いろいろな人のつてをたどって似たような形態のお店でピアノが弾けることになったのだが、すでにクズになっていた私は週何日も駆り出されるスタイルが嫌で、担当者とトラブルになってすぐに放棄してしまった。


しかしひょんなことからある「おばさま」と知り合うことができた。

 

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ピアノのバイト

その人は多くの「他の演奏者」が楽譜を持参したり、暗譜をして有名な曲を弾く中、一切の仕込みなく即興だけで弾いている私を面白いと思ってくれたようだ。
その人はそういった「社交の場」を提供する制作会社の関係者で、その後主にクリスマスのときを中心に私をBGM演奏者として呼んでくれるようになった。

当時はまだバブル景気の影が薄っすらと社会に残っていて、というよりバブルが忘れられない馬鹿な人達が、現実から目を逸らしていただけなのだろうが、そういったタイプの「パーティーが結構数があったらしい。
私が指定された会場に行くと、だいたいグランドピアノ付きの結婚式場を小さくしたような部屋があって、そこには列席の人が着座し、料理が運ばれてくるという流れが多かった。
BGMは余興の出し物以外の時はずっと弾いていなければならず、いろんな音大の学生が「お小遣い稼ぎ」に来ていた。

私も適当なクリスマスキャロルやクリスマスソングを弾いて見たり、完全に雰囲気に合わせた即興をしたりと、色々試すことができて、それが今の仕事にも間違いなくつながっている。
大体4時間くらいの拘束時間で7000円~12000円はもらえたので嬉しかった。
一見良い仕事のように見えるが、一つだけきつかったのは、目の前を美味しそうな料理が通り過ぎていくことだった。
食いしん坊の私は、いい匂いを立ち上らせ目の前を過ぎていく料理に目を奪われて演奏をトチったり、空腹でイライラしてBGMなのに不協和音を連打したり肘が入ったりとなって怒られることも結構あった。


しかし時代の流れは人々の願い虚しく一向に好転しない。
不景気を痛感する時代へと突っ込んいくことになる。

 

「今年はお願いする現場がないの」
「そうですか。またよろしくおねがいします」

 

そんなやり取りをしたのはそれからすぐだった。
その会社も先述のステーキショップもなくなっていたことを知ったのは、それから随分してからだが、なんだか自分の青春の一部が「潰れた」気がして虚無感を感じたのを覚えている。

 

その後なんとかかんとか作曲家の端くれとして仕事をするようになった私には前の記事にあるように、機会音楽のシーズンになっていった。

 

nu-composers.hateblo.jp

 

今までにアレンジしたクリスマスピースはかなりの数になると思うのだが、それも最近はすっかり減っている。
積極的に取りに行っていないのでなんとも言えないが、ピークでは毎年3曲は委嘱をもらっていたものが、この頃は数年に1本くらいだから、これについても需要は低迷しているのかもしれない。
その代わり、年末シーズンもののアレンジが増え、さらにこうやって弟子の企画に参加したりして、なんだかんだこの時期の過ごし方は年を追うごとに変わっていっている。

 

本当なら街のイルミネーションの様に、あるいは人々の数だけ幸福に包まれる時期であればよいのだが、そんな生易しい夢見話は童話だって書かないだろう。
私にとって、いつしか幸せの群像だったこの季節は、ただ世知辛い社会の鑑たる日に変わり果てている。
そして今後も、如実に社会を反映する時期になっていくのだろう。

願わくば一応日本人として、文化的ななにかに携われる日のままであってほしいものだ。

 

メリークリスマス。人々に幸あらんことを。

クリスマスにまつわる回想ができない 〜榊原の場合〜

クリスマス。それは幼気な子供たちが、赤い服に身を包んだ老人が枕元にプレゼントを置くのを楽しみに待つ行事であり、男女がキャッキャウフフと過ごす日であり(死ね)、イエス・キリストが生まれたとか生まれてないとか、セント・ニコラウスがどうのこうのという日である。かくいう私は12/24にも12/25にもそれらしき予定が入っておらず、入っているのはバイトのシフトと、電気ブランを片手に一人空しくレポートをこなす予定のみである。それに加えクリスマス、クリスマスと過去の幻影を模索しているうちに、自分はクリスマスに何の憧憬をも抱いておらず、抱いているのは世のクリスマスムードに対する憎しみだけということに気が付いてしまった。このままではクリスマスの回想などできるわけもあるまい。責任者はどこか。

 

当然ながら責任者は自分である。仕方がないのでクリスマスにまつわる現在のエッセイを書くとしよう。

銀河系は太陽系第三惑星日本国愛知県名古屋市栄、座標にして北緯35度10分2.41秒東経136度54分15.32秒ではあの憎きクリスマスの祭典が繰り広げられていて、どうしたことか私もその場にいた。栄のテレビ塔はご存じだろう。あのなんの変哲もない電波塔の根元には大通りに沿って細長い公園が整備されており、そこでは毎週のように何かしらの催し物が開かれている。今月は12月ということもあり、クリスマス関連の何かが行われていてもおかしくない。そんな栄に私のような幸薄い者が足を踏み入れたら最後、周りの人間との"幸福格差"があまりにも大きすぎて時空に亀裂が生じ、亜空間に閉じ込められ一生日の光を見ることができなくなることは確実であろう。この季節には栄のメインストリートには近づかないよう自分なりに気を付けていたつもりであった。

ではなぜその私がそんな場所にいたか、それは名古屋駅「青年の意識調査」と称して謎のアンケートを取られそうになって怖くて逃げたら、いつの間にか栄にいたからである。その時私は全身真っ黒という、ベムもびっくりの闇に紛れて生きる妖怪人間コーデ、かつイヤホンという、超絶根暗陰キャ不審者オタクのような恰好をしていた(あくまでも"ような"恰好である)ので、こんな不審な人間に「青年の意識調査」的なサムシングが声をかけるはずがないと思っていたので大変に驚いた。しかもその声をかけてきた人間、名古屋学院大学とかのスポーツ系サークルとかにいそうな感じ(偏見)で笑顔を振りまいてきたのでどんどんイライラが募ってきた。

私「時間がないんで~」

男「2分くらいのアンケートなんで(スマイル)」

イラッ「うるせえな時間ねえつってんだろ(私)」*1

とかなんとか適当な問答の末、事なきを得た。そう思ったのだが、そいつは私の視界にヌルっと侵入し、「あなたのことを、応援してます!」と言いながら、満面の笑顔で、頭上に両手でおおきな輪っかを作った。

何何何何~~~~~~~~~??????????????????????????

なんだこれは?新興宗教か、自己啓発セミナーか、キンコン西野の公演で感銘受けちゃうような薄っぺらい考えの持ち主か何かかお前は????私の理解できないことを目の前でするな。ていうかそれ以前にそれ薄気味悪いからやめた方がいいっすよ。

今まで経験したことのない薄気味悪さから逃避し、この季節客引き及びそれに準ずる行為する人間増えるからマジでクソ、客引きやるような人間は全員精神に欠陥があるから血管に空気注入して絶命させた方がいい、など思ってはや足で歩いていると、なんと栄に着いてしまった。しまった。亜空間に閉じ込められる(亜空間には光源がないので一生暗闇という恐怖に耐え忍ばねばならない)。

 

着いてしまったものは仕方がない。亜空間覚悟でいっちょ突入と洒落込もうじゃないか。そう思って入ってみたら、木という木にはイルミネーションがつけられ、インスタ映えしそうな写真スポットがあり、屋台が多数出展しており、当然のことながらカップルがたくさんいた。忌々しきカップルどもめ、早急にここで痴話喧嘩をして己の醜悪さを衆目に晒すか、浮気相手と偶然出会い、たまたま手に持っていた注射器で血管に空気を注入され絶命するがよい。などと思ってたら、なんか周囲からチラチラ見られてる、気がした。そりゃ一人でいたら浮くよな~と思ってたら、そういえば全身真っ黒という、ベムもびっくりの闇に紛れて生きる妖怪人間コーデ、かつイヤホンという、超絶根暗陰キャ不審者オタクのような恰好だったことを忘れていた。まずい。亜空間の前に留置所送りになってしまう。捕まる前に、私は早急に栄の街を脱出した。

 

結論

栄はクソ。

 

 

 

*1:マジ時間ないんで

自作曲「Holy Night Solitude」解説 ~コンセプト設計、作曲から反省まで~

僕はクリスマスが嫌いです……。

いきなり何だよって感じですが、まあとにかく嫌いなのです。

みんな俗っぽくウカレているし、街は人々の欲望でパンパンに膨れ上がるし、電車も店も混むしバカップル共が目に障るしで、良いことなんかありませんよ。

確かに、子どもの頃ならプレゼントがもらえるとかパーティーをするとか、そういうワクワクするイベントもありました。

でも、成人男性になった僕の心はもはや酒と金と女にしか揺さぶられなくなったので、

「ママーッ、今年もサンタさんからのプレゼント届くかなあ!」

などと瞳を輝かせている少女を見かけようもんなら

「おう、きっと着払いで届くぜ!」

と気を利かせた返答をしたくなってしまいます。

年を食うのってイヤなもんですね。

 

こんなことを言いながら、実は僕はクリスマス・キャロルがとても好きです。

「ジングルベル」、「赤鼻のトナカイ」、「ママがサンタにキッスした」、「ホワイト・クリスマス」など、聞いていると実に心があったかくなってきます。

前の記事にも書きましたが、こういったキャロルを聞いていると幼い頃の楽しい気分を思い出し、なんだかクリスマスもそう悪くないんじゃないか??というような気さえしてきます。

 

クリスマスは嫌いなのにクリスマス・キャロルは好きだなんて、我ながら大した矛盾です。

しかし、慌てることなかれ。

人間とは往々にして矛盾を抱えて生きる動物なのです。

僕のこの「クリスマス心底好きなんじゃないか問題」も、実に人間らしくて良いではありませんか。

そういうわけで、

  • 大人になった今の自分の感性で
  • 子どもの頃の郷愁を呼び覚ましながら
  • キャロルをふんだんに使った曲を書こう!

と、僕は考えたのでした。

そして2年前に完成したのが、この

「Holy Night Solitude」

なのです。

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というわけで、今回はこの「Holy Night Solitude」の楽曲解説をしていこうと思います。

自作品の本格的な解説をするのは初めてですが、ちょうどクリスマスで時期に合っているし、作曲者目線の解説を聞くというのはあまりない機会だと思うので、そういった意味で読者の方々にも楽しんでいただければと思います。

 

楽曲の解説

1.コンセプト設計

作曲をする上で、まずは全体的なコンセプトを設計せねばなりません。

何の設計もないまま作曲を始めると、最終的にシッチャカメッチャカでまとまりのない曲になったり、そもそも完成までこぎつけなかったりする可能性がとても高いからです。

そこで、どんな曲にしたいのか考えてみることにしました。

 

小さい頃はクリスマスと言えば、石油ストーブの香るリビングで家族みんなで過ごしていました。

しかし、大学生にもなった僕はふらふらと夜の名古屋を一人で歩きながら、やたらと目に痛いイルミネーションの電飾を眺めてから

「ああ、もうこんな季節かね」

と初めてクリスマスの足音に耳を澄ますほど、季節の行事には無頓着になっていました。

目をブスブス突き刺す名古屋栄のイルミネーションは、上の動画の背景画像にも使われていますね。ブルーライト100%はマジで止めた方がいいと思う)

幼い頃の暖かな団らんに対して、大人になってからのクリスマスは寒さや孤独がテーマのように感じました。

しかしそれが悪い訳ではなく、孤独や寒さの中にもどこか心の沸き立つような、「特別な日」という感じがして、僕はそこに暖かい趣を感じていました。

 

また、この時期僕はrei harakamiというアーティストの音楽を研究していました。

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原神 玲

この人は僕が最も好きな作曲家の一人なのですが、この人の音楽にはどこか「孤独感や寒さの中にある暖かさ」を感じます。

ちょうどいいので、実験的にrei harakami の作風を引用して作曲しようと決めました。

 

というわけで、コンセプトは次のように決まりました。

  1. 「クリスマスの街を一人で歩く」というストーリーで曲を仕立てる。
  2. 実験的に rei harakami の作風を引用する。
  3. クリスマスキャロルをたくさん引用する。

 

2.作曲する

コンセプトが決まったので、次は作曲に移ります。

この時、くれぐれも設計したコンセプトから足を踏み外さないようにしないと、結局シッチャカメッチャカになってしまうので注意が必要です。

 

イントロ(冒頭~0:52)

まずは冒頭部分、エレピのソロで柔らかなイントロに入ります(0:00~0:52)。

この部分は、分かりやすく「もみの木」の編曲になっていますね。

当時覚えたてだった和声法をここで生かし、聖歌である「もみの木」をリハモ*1してみたのでした。

また、このシーンは幼い頃の暖かなクリスマスの記憶を再現したシーンでもあります。

一通りメロディが終わると、パーカッションが「もみの木」のリズムを模倣しつつリズミカルに入ってきます。

このリズミカルなビートは、街を歩いている歩調のリズムとして以降ずっと引っ張られます。

 

前半部(0:52~1:51)

 イントロが終わると、「ジングルベル」のメロディが奏されます(0:52~1:12)。

“ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る”

の部分が2回繰り返されますが、ハーモニーが大幅に変えられているので原曲とはかなり雰囲気が変わっていますね。

1:21からはメロディが消え、つなぎの部分に入っていきます(1:12~1:51)。

メロディの断片がちらっと挿入されたりしていますが、これは街中で流れているクリスマスソングがちらほら聞こえてくるイメージです。

 

また、都会らしい瀟洒な感じを出すために、ここではテンション・ノートとして#15thを通すという技を使っています(1:28~1:40)。

この曲は長調ですが、ふつうメジャーコードに対してテンションとして通る音は 7th・9th・#11th・13th だけだと考えられていますね。

しかし、実はもっと上にテンションを積むと #15th#19th あたりまで使えるようになります。

これを使いこなすにはちょっとしたコツが必要なのですが、慣れれば違和感なく通せるようになる上、とてもオシャレな響きがして良いのです。

なお、このテクニックは楽曲全体を通して使われています。

 

後半部(1:51~2:55)

そんなこんなあって、曲は後半に入っていきます。

歩調のリズムを取り戻した後、伴奏のリズムパターンが少しだけ変わり、クリスマス・キャロルの断片が次々と奏されます(1:51~2:23)。

がやがやした街の雑踏がサンプリングされており、ここはまさに繁華街を歩いているシーンです。

ちらほら聞こえてくるキャロルも、ほんの断片だけなのでとても分かりにくいですが、実は結構な数のキャロルが使われています。

具体的には、

  1. 「みつかいくだる」より “みつかいくだる ユダヤの空から~” (1:57~)
  2. あわてんぼうのサンタクロースより あわてんぼうのサンタクロース~” (2:01~)
  3. 「さあかざりましょう」より “さあ かざりましょう~” (2:05~)
  4. おめでとうクリスマスより おめでとうクリスマス~” (2:07~)
  5. 「前歯のない子のクリスマス」より “ぼくだけついてない~” (2:07~)
  6. 「クリスマス・ディ」より “おさなごたちの~” (2:11~)
  7. 「赤鼻のトナカイ」より “真っ赤なお鼻の~” (2:13~)
  8. もろびとこぞりてより “もろびと こぞりて~” (2:16~)
  9. 「サンタが町にやってくる」より “サンタクロース・イズ・カミング・トゥ・タウン~” (2:18~)
  10. 「あらののはてに」より「“Gloria~”」(2:21~)
  11. 「ママがサンタにキッスした」より「“それはきのうの夜~”」(2:26~)

というわけで11曲ものキャロルがこのシーンに詰め込まれているのでした。

使われている断片もほんの少しだし、2秒おきに次のメロディが押し寄せてくるので、聞いていてもほとんど分からないと思います。

ですが、このごちゃごちゃした感じでもってクリスマスににぎわう繁華街を描き出したかったのです。

もし全部のキャロルを聞き分けられる驚異的な人がいたら、その人には僕からクリスマスプレゼントをあげましょう裏と表が逆の珍しい50円玉でもあげるよ(適当)

 

さて、そうしてキャロルまみれに展開した後、同じ場所をもう一度リフレインします(2:23~2:55)。

2回目では少し変化を加え、2:39からリズムパターンを一気に変えています。

これは rei harakami の技法を意識した工夫です。

 

アウトロ(2:55~最後)

ごちゃごちゃしたシーンから一転、伴奏が一気に消えて静かになります(2:55~3:12)。

これは裏設定なのですが、このアウトロのシーンでは僕は次ようなストーリーを考えて作曲しました。

一人で街を歩いていると、クリスマスツリーの点灯式に偶然出くわし、足を止める。

周囲には楽しそうにはしゃぐ子供たちの姿があり、過去の思い出をふと思い出す。

カウントダウンが始まり、イルミネーションが点灯されたツリーを見て、どこか暖かな気持ちになる。

とても感傷的なメロディを2回繰り返し、ロマンティックに曲は終わっていきます。

最後のシーン(3:28~)の甘く静かな終わり方は、こういったストーリーを踏まえてのものです。

 

というわけで、何とか曲は完成したようです。

製作期間は約1か月でした。

つっかれた~~~。

 

反省

作曲した後は、曲の出来を自分で見直して反省します。

まずは褒めるべき点から行きましょう。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

1.個人的にしゅ

まあ自分で作ったんだから当然ですが、個人的にめっちゃ好きな響きです。

しゅき。最高。

 

2.都会感出てる

都会っぽい孤独感や涼しさの演出には成功しました。

テンションを過剰に積むやり方や、大胆なリハモが効いたように思います。

 

3.コンセプト倒れしなかった

一応コンセプトをきっちり踏み外さずに作れたと思います。

まあこれは当然なので、あえて褒めなくていいかもしれませんが。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

次は改善点を挙げます。

自分の曲をあんまり褒めても意味がないので、こっちの方がはるかに大事です。

ビシバシ行きましょう。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

1.ごちゃごちゃしすぎ

キャロルをたくさん引用すると決めたはいいものの、もう少し丁寧に引用できなかったのか……?

後半部分にテキトー感が出てます。

 

2.キャロルの引用が曲ごとに釣り合ってない

冒頭でバーンと「もみの木」を引用してるくせに、他の曲はかなりチョロッとしか出てこず釣り合ってません。

「もみの木」に特別思い入れがあるならまだしも、特にそうでもないし。

今回は特に引用に関して、至らぬ点が多かったです。

 

3.rei harakami の研究が不十分

表面的には rei harakami っぽいサウンドになってますが、「っぽい」に終始している感じがします。

ただの rei harakami の下位互換になってしまっていますね。

この時点ではまだ rei harakami に対する研究が浅く、自分の音として獲得できていませんでした。

 

4.コンセプト設計が雑

計画の段階で楽曲の構成も決めておくべきでした。

どこにどの曲を引用するかまで決めておけば、ここまでゴチャつかなかった可能性もあります。

設計図があれでは、少々ざっくりしすぎでした。

 

5.リハモが行き当たりばったり

今回かなりの量リハモをしましたが、リハモに関しては何ら設計をしていませんでした。

そのせいで若干苦しく聞こえる場面が多いです。

ちゃんと計画しないと……。

 

6.全体的にDAWの使い方が下手

当時はDTMやって1年程度だったので、使い方が全然わかってませんでした。

マスタリングすらしてねえ……

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さて、これが2年前のクリスマスのことです。

もう随分と前のことになってしまいましたね。

てか見る限り2年前の僕クリスマスめっちゃ大好きじゃないですか。何コレ。

コンセプト設計の時点でもうしゅきがあふれてるでしょ。

自分で自分の嘘を暴いちまったよ……

 

とにかく、これにて楽曲解説は終わりです。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。

今後のトイドラの作曲活動にもぜひ期待してください。

*1:和音を付け替えてアレンジすること。

サンタクロースはもういない ~gyoxiの場合~

サンタクロースはいない。そうわかってしまった今、クリスマスというものに特別な思い入れがある訳でもなく、特に楽しさを感じることもない。

 

最近では、自分はロクに片付けも料理もできないしこのままじゃ孤独死するなぁ、支えになってくれる人が欲しいなぁ、でもクソ面倒くさそうだし一人で自由に生きたいなぁ、でもやっぱり一人は淋しいかなぁ、と寝る前にグルグル考えを巡らせて精神をゴリゴリ削らせてるので、クリスマスとなると余計に精神に悪い。

 

精神に悪い考え事をしてはいかんと、サンタクロースでも来てくれて枕元に当たり宝くじか万馬券でも置いていってくれないかしら、と代わりに妄想しようとするがそうはいかない。やっぱりサンタクロースなどいないのだから。

 

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子どもの頃はサンタクロースの存在を心の底から信じていたし、プレゼントをもらった時は心がはちきれんばかりに嬉しかった。幼稚園の時なんかは、クリスマスの朝はプレゼントを見つけるなり布団から飛び起きて、包装を引き裂いて中身を確認した後、大急ぎで部屋の窓を開けて

 

「「「「「サンタさーーーん!ありがとぉぉぉぉ!!!!」」」」」

 

と空に向かって叫んでいた。なんてピュアなんだ、過去の自分。

 

 しかし、そんなピュア・ボーイも成長してゆくにつれて真実に薄々と気づいてしまうのが世の常であり、気づかなくとも悪友が耳元で囁くのだ。「サンタさんの正体はお前の両親なのだ」、と。

私も最初は、悪友の囁きに対しても

 

「えええ~嘘だろ!サンタさんはいるよ!」

 

と相変わらずのピュアさを発揮していたが、自分にも真実に迫る時はやってくる。

 

”サンタさんは別に自分の欲しいものをくれるわけではない”

 

自分はゲーム機が欲しかった。ゲームボーイアドバンスゲームキューブニンテンドーDS......ゲームを持っていない自分にとって、それらはまるで未来のデバイスだった...!暗いところでも画面は美しく光り、鮮やかなキャラクター達は画面の中を飛び回り、壮大な物語を展開する。それが当時の自分にとってどれだけ輝いて見えたことか...!

 

しかし私の両親は教育熱心であり、アンチ・ゲームの人間であった。なので、自分がどれだけゲーム機を切望していてもゲーム機を買い与えられたことはなかったし、買ってもらえたとしても、せいぜいアナログゲームや薄暗い画面で白黒のキャラクタが点滅する程度のものであった。

 

そんな両親のもと、いくら星空の向こうのサンタさんにむかってゲームを買ってください云々とお願いしたところで無駄なのは薄々感じてはいた。事実、毎年クリスマスイブには一縷の望みをかけて星空に向かって”お祈り”していたが、ゲーム機が枕元に置かれていたことなんて一度もなかったのだもの。

 

そんなこんなで、希望とは違うプレゼントが枕元に届く年が続き、私は中学生になった。自分は中学受験をして、所謂「進学校」に進学した。

 

初めての中間テストでは学年200人中80位くらいだった。今考えてみればそこそこの成績だったんじゃないかと思うが両親は納得せず、その時から両親が一気に厳しくなった。自分も必死でそれに従った。新しい環境についていくのに必死だった。ついていかなければならないと思っていた。今思えば全てが狂っていた。家に帰りたくなかった。保健体育の授業でやったストレスチェックには20項目中17個ほど印がついた。とにかく、毎日が憂鬱だった。

 

そんな毎日でも、やはりクリスマスは楽しみなものだった。こっちは死にたくなるような日々を過ごしているんだ、別にゲーム機じゃなくてもいい、この日くらいは「サンタさん」が”なにかいいもの”でも枕元に置いていってくれるんじゃないか.........無駄だろうと考える一方で、ほのかに淡い期待を抱きながら就寝した。

 

翌朝、枕元にプレゼントが置いてあることに気づく。

緊張の一瞬。リビングに持って行き、祈るような気持ちで包み紙を開ける......

 

入っていたものは予想どおりであり、そして期待外れなものであった。大量のノート、そして効率の良い勉強云々を長々と書き記した本。ああ、やはりサンタクロースなどいなかったのだ。サンタクロースの正体はやはり、やはり私の両親であった。私の心の中のサンタクロースはそのとき、ふっと消えて居なくなってしまった。現実が、心の中の幻想を打ち砕いた瞬間だった。現実を噛みしめつつ、私は隣で笑みを浮かべている両親に向かって作り笑いを返したのであった。

 

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本当なら毎年プレゼントを枕元に置いてくれた両親に感謝の長文を綴るべきであろうし、クリスマス・イブに家族でケーキを作ったような楽しい記憶もたくさんあるはずなのだが、クリスマスというとどうしてもこのことを思い出してしまう。

 

狂った過去は、他の美しい記憶まで歪にしてしまう。歪になった記憶を元に戻すのは難しいし、消すことすらできない。そして、そんな歪な記憶ばかりがいつまでも私を追いかけてくるのだ......

 

......私はクリスマスに楽しさを感じることは無いと言った。しかし一つ大切なことを思い出した。クリスマスはハレの日だ。ハレの日は飲酒の日だ。クリスマスの名の下に、私は飲酒の口実を得ることができる。なんと素晴らしい日ではないか。クリスマスの日くらいは、迫り来る卒論の〆切を、独りの淋しさを、そして脳にこびりついた過去のしがらみを、すっかり忘れてしまってもイエス様も怒るまい。

 

サンタさん、素敵な日をありがとう。メリークリスマス。