名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

快活の「ミュージックチャンネル」のアニソンがすごい

暑い日がまだまだ続きますがいかがお過ごしでしょうか。お久しぶりです、ぎょくしです。

こう暑いと、外出先で暇になった際に行き場を失って困ってしまいますね。ということで、私は時々インターネットカフェへしばしば足を運んだりするのですが、この間快活CLUBへ行ったときに面白いサービスを見つけたのでご紹介します。それは...

 

「ミュージックチャンネル」

 

ミュージックチャンネル快活CLUB自遊空間などのインターネットカフェでのみ利用できる音楽チャンネルです。同じくインターネットカフェでのみ利用できる映画視聴サイト「シネマチャンネル」がサービスを提供しており、様々なジャンルの音楽がそれぞれ50曲用意されて、それが順番に垂れ流されているチャンネルです。

 

用意されているジャンルJ-POPから洋楽、演歌、クラシックと豊富で、なんと、私の好きな「懐かしアニソン」枠も準備されていました!!!!ホクホクの気分で「どんな曲があるかな~」と覗きに行ってみると...

なんか結構マニアックじゃねぇか?

『ドラゴンボールGT』OPである「DAN DAN 心魅かれてく」『妖怪人間ベム』OPである「妖怪人間ベム」のような誰でも知っていそうなアニソンも入ってはいますが、タイトルすら聞いたことのないアニメの曲も山ほど入っていますし、何より特撮作品もごっちゃになって入っていますので、リスト中半分くらいは何の曲かわかりませんでした... うーんまだまだ未熟!反省!

というわけで、このリストからアニソンを何曲かピックアップして紹介してみようと思います。

 

もっとフレンド

『新メイプルタウン物語 パームタウン編』 ED

一時期シルバニアファミリーを凌ぐ勢いのあった子ども向け人形玩具『メイプルタウン物語』のアニメ二期のエンディングテーマです。歌は、このシリーズのOP曲である「メイプルタウン物語」や「南の国のパームタウン」も歌っている山野さと子さんが歌っています。山野さと子さんは他にも『オズの魔法使い』や『とんがり帽子のメモル』で主題歌を歌っていますが、柔らかな歌声で大好きなんですよね〜 ED曲はあまり知識のカバーができていないので、この曲は知りませんでしたが、やっぱり良い曲や...!

just think of tomorrow

『無責任艦長タイラー』 OP

吉岡平さんのライトノベル『宇宙一の無責任男』原作のアニメ。私はすでに視聴済です。なんでもかんでも無責任な男「ジャスティ・ウエキ・タイラー」がその運の強さだけで宇宙でのし上がっていくストーリーです。作画・音楽・ストーリー、どれをとっても本当に素晴らしく、アニメのラストに「音と映像を愛するすべての人にささげます」と表示されることからも、当時のスタッフの本気度が伺いしれます。ちなみにこのアニメの劇伴である川井憲次作曲の「銀河無責任音頭」はダウンタウンのコント「アホアホマン」のBGMとしても有名ですよ。

 

いつか春が・・・
『少年徳川家康』 ED

このアニメについては、私はタイトルすら知りませんでした。 1975年放送。制作は東映動画。山岡荘八の小説『徳川家康』の少年時代のパートを元に、全20話で放送された作品...だそうです。ニュースタジオシンガーズの歌うこの曲は、渋くてなんだか心に沁みますね。ちなみにこの番組の後継番組がかの有名な『一休さん』だとか。

 

明日もお天気

『若草物語ナンとジョー先生』 OP

youtu.be

ちゃんと世界名作劇場作品まで押さえているのがこのミュージックチャンネルのすごいところです。世界名作劇場の第19番目の作品です。私は名作劇場作品は「ロミオの青い空」と「ペリーヌ物語」しか観たことがありませんが、知人でこの作品をモーレツに推している人がいるため、気になっています。小坂明子さん歌うこのオープニングは、明るくてなんだかキラキラしていて、曲として私も大好きなんですよね。早く観なきゃ。あ、ちなみにED曲である「青空のDing-Dong」も名曲ですよ。

youtu.be

おわりに

と、いうわけで今回は快活クラブで利用できる音楽サイト「ミュージックチャンネル」で聴けるアニメソングをご紹介しました。皆さんも快活クラブを利用した際はぜひ一度「ミュージックチャンネル」の音楽に耳を傾けてみてくださいね。

ちなみにこのサービス、音楽は時々更新されているようですので、時々快活に足を運んでチェックしてみようと思います。次はどんな曲が入るのかな?

 

ではまた!

横浜みなとみらいホール「歌を忘れて泣いた」レビュー

どうも、トイドラです。

7月17日、横浜みなとみらいホールで行われた梅本佑利さんの公演「歌を忘れて泣いた」を聴いてきました。

今さらですが、今回はそのレビューを書こうと思います。

yokohama-minatomiraihall.jp

 

この公演は、横浜みなとみらいホールと梅本さんのプロジェクト第2弾。

昨年の公演「梅本佑利~音MAD」については、このブログで過去にレビューしてます。

nu-composers.hateblo.jp

ありがたいことに、昨年に続き招待していただき、横浜へ参じました。

今回のテーマは「合唱」。

というのも、梅本さんは子供の頃にNHK東京児童合唱団に所属していたそうです。

変声期にうまく歌えなくなり、最後には歌を覚えられなくなって、泣きながら合唱団を辞めた、という思い出が今回の公演の背景になっています。

 

公演では、梅本さんがキュレーションしたエリック・ウィテカーやベン・ノブトウなどの作品も演奏されました。

前回もそうでしたが、彼のキュレーションはとても素晴らしいです。

彼が紹介する作品はどれも面白く、かつ作品の間に意味付けがなされていて、それらの作品を同時に味わうことで新たな意味が生まれてきます。

今回も、なんと合唱のコンサート会場でヒップホップ楽曲を流すということをしていたのですが、それがなんともコンセプチュアルで最高でした。

 

ただ、今回僕が書きたいのは梅本さんの新作、

《dumb trick》
《歌を忘れて泣いた》
《I can't sing》

についてです。

 

正直言うと、……今回の新曲に対する僕の感想はかなり批判寄り

「これがブーイングされないのは、日本だからなのでは???」

と思っちゃいました。

 

さて、僕は過去に梅本さんとYouTubeで対談をしており、面識があります。

www.youtube.com

www.youtube.com

それで、彼には感想を素直に言っていいだろうと思い、

「今回の曲、ヨーロッパならブーイングされてたんじゃないですか?」

と本人に直接聞いてみました。

(ひでえ奴だ!と思われるかもだが、信頼してるからこそです)

面白いことに、返ってきた答えは

「そうだと思う」

というもの。

僕としては、「やっぱそうだよね~」と思いました。

彼ほどのアーティストが、今回のような作品に満足してるワケがありません。*1

 

というのも、アフタートークでも彼自身

「今回の作品はテキトーに作った」

というようなことをあっけらかんと言ってたからです。(!!!)

 

皆さん、ちょっと聞いてみたいんですが。

アーティストが生み出したアートアーティストが生み出したラクガキとを、どうやって見分ければいいんでしょうか????

今回の公演を聞いて、僕は

「ずいぶんと聞き手が試されてるな~~~」

と思いました。

 

そういうわけで、前置きはこの辺までにして、レビューを書いていきます。

 

最初に言っておくと、今回のコンサートは面白かったです。

コンサートという体験は、良い曲を聞いたら楽しい、良くない曲を聞いたらつまらない、なんて単純なものじゃないと思います。

別の場所でも何度も言ってることですが、現在進行形のアートの面白さは、

「まだ評価が定まってないものが、目の前で繰り広げられる」

「自分の素直な感想が許される」

ということだと思います。

美味しい料理だけ食べたい人には向かないかもしれませんが、僕はウマい料理もマズい料理も好きです。

一番つまんないのはウマくもマズくもない料理。

《dumb trick》

《dumb trick》は、チェロ独奏による短い小品をいくつも連ねた作品です。

コンサートの中で、全10曲がちりばめられる形で演奏されました。

 

で、これを聴いたとき、僕は最初

「どういうコンセプトなんだろう?」

と考えさせられました。

というのも、調性的なフツーのメロディをチェロが弾くだけの曲だったからです。

2曲、3曲と進んでも、メロディの雰囲気は変わるけど、ずっとそんな感じ。

何か仕掛けがあるんだろうか……と探りつつ聴いてたんですが、最後まで見えてきませんでした。

 

で、いやな予感がしてくるわけです。

そもそも、タイトルが《dumb trick》、つまり「下らない仕掛け」。

ライナーノーツには、こんな意味深な内容が書かれてます。

なにをやっても最高だと言われる状態(中略)それってズルなのか、ズルでもかっこいいなら最高なのか、(中略)
とにかくぼくはそれを避けようと頑張っていたけど、ある日、ほんとうに馬鹿げたことをしてしまった。

 

これって要するに、この曲は手抜きですって言ってるようなものでは???

実際、アフタートークでは次のようなエピソードが紹介されました。

  • この曲は、納期に追われてパパっと書いた
  • コンサートの演奏時間が足りなかったので、埋め合わせとして書いた

彼があっけらかんと語っていたので、アフタートークでは笑いが起きていました。

……が、お前ら笑ってる場合か??!?!?

見掛け倒し感を隠そうとすらしてない作品、まさしく《dumb trick》というわけです。

《歌を忘れて泣いた》《I can't sing》

《歌を忘れて泣いた》と《I can't sing》は、どちらも合唱を中心に、短いテキストとかなり単純な和声を反復していく作品です。

冒頭に書いた梅本さんの合唱経験がコンセプトになっており、《dumb trick》と比べると明確なコンセプトがあります。

なので《dumb trick》とは違って、「何についての曲なのか」は分かりやすい。

 

ところが、実際に鳴っている音楽を聴くと、僕はまた困ってしまいました。

「I-V」とか「I-IV」みたいなコード進行の上で、短い歌詞を何度も繰り返すだけ。

非常にシンプルで、お世辞にも描写的とは言えないものでした。

 

いちおう言っとくと、僕は

「シンプルな音楽はダメだ!」

とか

「調性音楽はダメだ!」

などと言いたいわけではありません。

 

今回引っ掛かったのは、以前の梅本作品にあった作曲上の工夫や描写的な表現まで消滅しているように聞こえたことです。

 

特に今回の《歌を忘れて泣いた》や《I can't sing》なんて、タイトルからして激エモですよね。

背景となっているエピソードは、梅本さんの原体験となっている切なくも大切な記憶。

それを描写しようと思えば、ロマンティックな表現がいくらでもできたと思います。

 

……が、実際に演奏された曲からはそのエモさが全然感じられませんでした。

説明的・説得的な要素が一切なかった、と言ってもいいかも。

かなり拍子抜けしました。

 

で、僕はここで逆に今回の公演が面白くなってきました

少なくとも、今までの現代音楽のコンサートでは見たことない光景だったからです。

これがブーイングされないのは悔しい

ここまで書いた通り、作品を普通に現代音楽として聴くなら、率直に言って内容不足だと思います。

ところが、このコンサートで僕がとりわけ面白いと思った出来事があるので、今からそれを書きます。

 

終演後、梅本さんにかなり熱心に賛辞を送っている人がいました。

今回も素晴らしいものを見せてもらいました~~新しい表現がナントカ、みたいな感じです。

それを横で見ているうちに、僕はだんだん悔しくなってきました。

「こんなに手抜きな曲を出して、アフタートークで本人の口からもそう言ってたのに、結局みんな褒めるのかよ!!!!」

という。

 

このへん、作品単体の出来とは別に、このコンサートで起きていること自体が妙に面白く見えてきました。

 

クラシック音楽って、作品をかなり神聖視する文化があります。

ベートーヴェンが一音一音を苦悩しながら書いて、この一音には作曲家の魂が宿っている!!!みたいなやつです。

そんな世界で、極端に言えば

「納期とか色々あったので、今回はパパッと作りました」

みたいなものを堂々と世界初演して、それでも拍手をもらって帰る。

そこまで含めて眺めると、急に公演全体がコンセプチュアル・アートみたいに見えてきたんですよね。

クラシックの世界では許されない禁忌を、逆にあっけらかんと犯すことで、やってのけちゃった。

これが1つ面白い出来事だったのは間違いありません。

 

一方、今回のコンサートに苦言を呈する人がいるのも事実です。

いくら聴衆の過半数がアホとは言え、全員がアホということはないわけです。*2

SNS上では、

「締切に追われて生まれたタイプの曲に聞こえた」という感想もあれば、従来の梅本作品に比べて物足りないという反応もある。

こうなってくると――つまり、単に出来の悪い曲を書いて普通に批判されただけということになってくると、さっき僕が感じた面白さも的外れということになってきます。

ここは、今でも結論が出てません。

現代音楽とhip-hopを接続する熱意

ただ、今回の作品については、もう一つ別の見方もできるんじゃないかと思っています。

きっかけは、アフタートークで梅本さんが言っていた、

「最近めちゃくちゃクラブに入り浸っている」

というような話です。

最近の梅本さんのSNSやファッションを見ている人なら、納得するところがあると思います。

ここ最近、彼はかなりクラブカルチャーに親しんでいるようです。

 

それを考えているうちに、今回の作品の「適当さ」も少し違って見えてきました。

もしかするとこれ、ヒップホップとか商業音楽にある制作態度を、そのまま現代音楽に持ってきたとも言えるんじゃないでしょうか。

 

現代音楽って、とにかくコンセプトをガリガリ練ります。

なんでこの音なのか、なんでこの楽器なのか、なんでこの構造なのか、みたいなことを延々考える。

一方で、商業音楽ではあんまりコンセプトを練らないことが多いです。

今こういう音が流行っているから使うとか、最近これにハマっているから入れるとか、納期が近いからパパっと完成させるとか。

ウケたらそれでいい的な世界観が、商業音楽ではフツーです。

 

今回の梅本さんも、最近クラブにハマっているならその影響がそのまま出るし、納期に追われているなら、納期に追われた状態のまま作品を作る。

そのときの自分の状況を、いちいち立派な「芸術的必然性」に変換してから作品にするなんて、エラそうなだけのカッコつけだろ!

 

……みたいな、ある種の身軽な態度。

クラシック界隈ってこういうの一番嫌いそうですが。

 

そもそも商業音楽と縁遠い現代音楽の世界で、こういう態度で作曲している人っているんでしょうか。

かなり新しいですね。

 

ただ、僕はそれを必ずしも高評価しているわけではありません。

商業音楽のノリを現代音楽に持ち込むこと自体は新しいけど、その結果として音楽が単純につまらなくなっているのであれば、芸術的にはシンプルに後退なんじゃないかとも思う。

「新しい」ということと「芸術として優れている」ということを仮に分けるなら、そういう評価になる可能性もあります。

他の人の意見

そういうわけで、僕の感想はここまでです。

みなとみらいホールさんの公演を続けざまに見て思ったことは、

「今アートに求めるものは、面白い作品より面白いアーティストなのかも知れない」

ということでした。

これは言い換えれば、
「今すでに面白い作品より、将来おもしろい作品を生み出してくれる可能性」

のほうが大事ということです。

 

そういう意味で、梅本さんはその理想形だと思います。

次に何をするのか予想できず、しかも多分新しいことをしてくれるだろう、という信頼が置けますから。

また、メチャクチャ意欲的な公演をしてくれた横浜みなとみらいホールさんの慧眼も素晴らしいと思います。

現代において、ウマいかマズいか分からないが、それでいて確実にどちらかではあることが信頼できる、というようなアート体験の価値は計り知れません。*3

そういう中から、今後1000年残るアートが生まれるのかもしれません。

みんな勘違いしてますが、1000年後に残るものは、今すでに価値が定まってるものでは到底ないんじゃないでしょうか。

 

さて、最後に、今回のコンサートに関する他の人の意見をわざとらしく貼っ付けておきます。

許可を得て貼ってるわけでもなく、僕の知り合いでもなく、有名な音楽家なのか、普通の一般市民なのかも分からない方々の意見です。

気づかないうちにツイ消しされたり、リンク切れたりするかも知れません。

これで今回の記事は終わりです。

*1:単に梅本さんが僕に話を合わせただけの可能性もゼロじゃないが……そこは信頼させてもらいたい!!

あと、個人的な会話の内容を公開するのも気が引けるので、実際の言葉からは多少変えています。

*2:本当にアホな聴衆は、自分はアホではないと思っているので、この意見に反論してくることがありません。

*3:これ、純粋に褒めてるんですが、もし褒めてるように読めない人がいたら残念だなと思います。

「ぽこ あ ポケモン」のBGM考察と、ストーリーとの関係

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失われた音楽、さらに続々。

 

『歴史に埋もれてしまった、貴重な楽曲を公開する』という信念のもと、今年2月に開催しました「失われた音楽」コンサート。

大反響を受けこの度、第2回の開催が決定しました!

 

詳報は随時、名作会のTwitter(現X)アカウントを中心に発信していきます。
お見逃しなく!

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青春の残り香を追い続ける悲しき社会人、Southernです。

 

先週まで久々に大学時代の友人・知人たちと会う機会が重なり、地元の良さと関係値をあらためて強く感じました。
私個人としては懐かしいメンツと顔を合わせる機会も少なくなるように思うので、なるべく人とのつながりを継続できるようにしていきたいものです。このブログはお盆の最終日に公開されていることと思いますが、皆さまはどうでしたでしょうか?

 

 

前置きはこのくらいにして、今回は私が最近どハマりしている「ぽこ あ ポケモン」(以下:ぽこポケ)について触れて行こうと思います。内容上多少のネタバレは含まれますので、なんの情報も得たくないという方はブラウザバックしてくださいね。

 

 

そんな世界だったとは思わず……

 

去る2026年8月5日、ぽこポケの追加コンテンツ第1弾として「ブクブク うみぞこの街」が解禁されました。やったぜ!

 

△お腹を空かせている蒼海の王子

 

一応説明しますと、このゲームは「すこしずつ、すこしずつ。作ろう、みんなで暮らす街。」というコンセプトの通り、荒廃しきってニンゲンもポケモンもいなくなった世界を主人公のメタモンが復興していくという、マイルドにポストアポカリプス要素の入っているサンドボックスゲームです。

初報のPVではポストアポカリプスはなかったものと記憶しており、思いの外攻めたなぁという印象でした*1

 

△?

 

ただ実際には(少なくとも当面は)ポケモンだけで暮らしていく世界として復興が進んでいき、その世界観を作り出す前提情報としては極めて真っ当、それでいて想像力を掻き立たせられる極めて秀逸な設定と言えるでしょう*2

 

なお「ぽこ あ ポケモン」の「ぽこあ」は先述したコンセプトからも察されるとおり、『少しずつ』を意味する音楽記号「poco a poco」から来ていると、ファミ通様によるインタビューにて言及されています。

 

 

街とともに、音楽も

 

当作のBGMは実に特徴的で、街の修復・復興が進むにつれ、元の街でかつて流れていた曲の主題がはっきりしていくというなんともアツい演出が含まれています。

このゲームが面白いのは、その「元の街」の具体的な名前に言及して(=その街がどこなのか確定させて)いるセリフはストーリー中に1回しか出てこないところです。しかも、ストーリーで4カ所の街に赴くうちの1カ所のみの言及であり、残りの地はいまだ確定した情報が出てきておらず不明なままです。

 

△どこかで見たことある建物でも、あくまで「巨大ビル」と呼ばれる

 

実際にはその1カ所の街がわかればそれがある地方がわかり、そこから街名も……と連想できるようにはなっています。
しかし、あくまでもゲーム中では公式な言及を避ける*3ことで

  • 「その地方」を知らないプレイヤーでも、背景にある作品をやらずとも楽しむことができる
  • 「その地方」に愛着があるプレイヤーは、ポストアポカリプスが確定していないことへの想像も、希望も膨らませることができる(ほぼ確定したシュレディンガーの猫状態だが……)

……と、あらゆるプレイヤーが遊ぶことへの障害を取っ払う役割が果たされているのではないかなぁ、と考えています。

 

 

「復興」すなわち……

 

また個人的に耳についたのは、ポケモンセンターで回復する際のSE」がかなり印象的に楽曲へと組み込まれている点です。

ひっそりと伴奏に入っていることもあれば主題としての使用もあり、なかにはブレイクの直前という盛り上がるところへの大胆な起用もあったりと、街や昼夜が異なるだけで使われ方が多様にわたっています。
「復興」とはつまり「回復」するって意味であり、こう言った使われ方は納得です。公式インタビューでは「良く聴いたら」とか言及されてましたがやりすぎで気持ちいいです

 

ちなみに全体的には「昼は主題が多用されている、夜はアレンジ多めor使用箇所が少なくわかりづらい」という印象を受けています*4
夜こそ疲れた体を癒す時間(実際多数のポケモンは夜になると寝ています)だと思うのですが、そうではなくきっと昼が活動時間(=復興へ力を割ける時間)という意味なんでしょう。ニンゲンと変わらないですね……と書いてから、実際そういうことなんだろうと思い至りました。

 

△生活をしているんです

 

という感じでぽこ あ ポケモンは、BGMひとつをとっても本編と絶妙にリンクしたネタの多い、ポケモン30周年を飾るにふさわしい作品であることは間違いありません。これを読んだ夏休み後半の子供たち、今すぐ買おう! そしてこうしたところから音楽に興味を持とう!

 

最後に、「おそらくぽこポケのストーリーで出てきている街」の元BGMはこちらから聴いてみてください。

あらためて聴くとアレンジの幅も多く、どこがどうアレンジされているかはわかりづらかったです。ここは自分の腕と作品のやりこみを進めて改善していきます*5
なお重ねてではありますが、(前述の言及された一カ所を除き)あくまでもその街そのものだと確定はしていない点に留意するようにしてください。

 

 

機材は揃えるべき

 

めちゃくちゃに余談ですが、直近のAmazonプライムデーセールでキャプチャーボードを購入しました。

私はPCからオーディオインターフェースを生やしているという環境の制約上、これまでSwitch2で遊ぶ際は音をモニターから直接聞くしか出来ていませんでした。それが、購入したキャプチャーボードを通してPCの環境内でSwitch2のゲームをプレイできるようになり、ヘッドフォンを使ってより解像度高くゲーム音が聞こえる環境を構築できたのです。おかげで伝説ポケモン登場の曲がかなり重厚なことに気づくのが遅く……

 

金をかけて環境を作ることの重要性を、年を重ねるたびに感じずにはいられません。QOL向上のためにも、望むままの世界に出来るところはしていくべきと思いました。

そうして私の財布は軽くなっていくのです。

 

それではまたいつか。

 

 

 

*1:なおこの機に初報以降の公式紹介映像、ならびに公式サイトを確認したら、ガッツリ書いていました。私は初報だけ見て購入を決意していたのであとは全く見ていなかったのです。信者か?

*2:ところで、海外では当作が「Pokémon Pokopia」の名で売られています。「Pokopia」というのは「Pokémon + Utopia」からの造語のようで、より直接的な表現になっているのも面白いところです。

*3:雑誌などの配置について言われたら、「たまたま特定の地方のものが固まっておいてあるんだったらどうするつもりなんですかね???」と言う天邪鬼おじさんになって切り抜けます。

*4:そもそもダイヤモンド・パールど真ん中の世代としては夜のBGMがはっきり区別されていることが嬉しくてたまらないです。

*5:なんせ、この地方が舞台の作品はプレイしていませんので……。

情報ちょい出し 第2回RMCチャンネルコラボピアノコンサート

RMCチャンネル

 まずはじめに、令和8年熊本地震で亡くなられた方の御冥福と、被災者の方々へのお見舞いを冒頭申し上げたいと存じます。
 この酷暑続く夏の被災、本当に大変と存じますが、どうかこれ以上の被害の拡大なく、早くの復興がなされることを心からお祈り申し上げます。以下に義援金の窓口を貼らせていただきますので、読者の皆様のお力を熊本へお届け下さい。

熊本県令和8年熊本地震に係る義援金の受付について

www.pref.kumamoto.jp

 

 さて、大きな災害がまた起きてしまいましたが、こういうときに綺麗事を言うつもりはなく、音楽など無力であると思い知るだけと思っていますが、かつて北野武氏もおっしゃっていたように、芸能や笑い、音楽が本当に必要になるのは、復興に向かい始めた時なのだろうと私も思います。今はとにかく暑い中大変でしょうが、いずれ音楽を欲したときに、私たちのコンサートのアーカイブが力になることを信じて、私たちも自分たちのやるべきことに向かっていくだけだと思っています。

 と、冒頭をお借りして今回の災害への言葉を書きました。今回の内容は、タイトルにもありますように先日行った「RMCチャンネルコラボピアノコンサート」がお陰様で好評のうちに終了し、そしてメディアに取り上げられましたことを期に、多くのメディアから取材が入ることとなり、世の中を見れば類似企画も増えてきたということもあいまって、名作会の制作班ではすぐに第二回を企画しようということになりました。
 そして私が候補曲を出し、演奏者や会員、今回は某大手メディアのディレクターさんも交えて選曲会議を行い、内容が決定、そして開催日も決定しました。

 まだ公式からの発表前ですので、詳細な情報をお出しする段階ではありませんが、今回はちょいだし話ということで、取り上げる曲のいくつかにまつわるエピソードや、メディアに取り上げられている状況などについて軽く書いてみようと思います。

 

 そもそもRMCチャンネルの取り組みというのは、ただマイナーなだけの作品を列挙することではありません。内容のない作品や、あまりに素人くさい作品などを取り上げてはいないのがその証拠であり、一定の功績と、楽曲の内容があり、未来に残すべき遺産と考えられる楽曲を紹介しています。そんなチャンネルの在り方にもさまざまなご意見を頂いているのもまた事実で、マイナー曲というのはすべからくマイナーである理由があるというものすらあります。しかしこの論理はまさにいじめられっ子にも原因があるという論調とことを同じにする、極めて危険な論法であることは言うまでもありません。そしてまた、音楽が好きというのに、マイナーもメジャーもあるはずがなく、どの曲も聴くべき価値があるという点から、曲に相対する気持ちがなければ本来の愛好家でも、研究者でもないと断言できると思います。そして現在同様の企画があちこちで見られるようになったことは、ひとえに私が小さな主張を持ってチャンネルを開始したことに賛同する人が多くいたことを証明するものであり、先程のようなことを軽々に述べる偽愛好家の敗北を強く意味するものと思います。

 

 しかし一方で動画の在り方に対して大手楽譜出版社さまより、著作権違反の指摘があったりなど、まだまだチャンネルの運営には改善点が多くあることも事実です。今後はこのあたりを改善し、肖像権の問題はAIを活用してクリアし、楽譜面の一部掲載は基本は取りやめ、保護期間終了作品、無信託状態でかつ継承者不明のいわゆる難民楽曲に限るというふうにしていこうと思っています。このことに関してはご迷惑をおかけした関係各所にお詫びを申し上げたいと思います。

 

 しかし作曲家というものは自身が書いた作品が世に残ること、演奏されることは基本的には嬉しいこととと思っていますので、そういう作者本人の気持ちを利権側が邪魔するようなことになってはいけないとも思うのです。そしてこういった研究が在野からなされていることを、専門機関はもっと重く受け止めるべきだとも思っています。本来果たすべき責任が果たせなくったらそれはもう専門機関ではありません。こういった文化継承の意思が専門機関から薄れ、模倣と劣化の新作の作り方や、オリジナルの秘技を受験に使って身内を保護する方針に転換しているようでは、日本の音大などというものは早期に消えてなくなるでしょう。そして我々のような在野授産機関はこれから第2の音楽家へのルートとしてより大きくなり、確実なプロ養成機関となっていくのは間違いないでしょう。

 こんな思いを実はあのチャンネルや、名作会という団体の設立にあたって私は心に秘めていました。そしてその活動がいまメディアに取り上げるまでになったのです。これは正直に言って本当に感無量です。自分が音楽大学現役生のときに思った疑問と不満が、やっと世の中に通じるようになってきた。これは大きな変化ではないでしょうか。

 

 そういう思いから立ち上げた団体が、また同じような思いで作ったチャンネル発信企画を制作し、コンサートにつなげた事自体私にとってはとても大きな出来事でした。そしてそれが一部の人に喜んでもらえれば良いと思っていた矢先、共同通信社の瀬尾記者から「この企画を記事にしたい」と連絡をいただいたのが前回のコンサートのときでした。
 その内容はもちろん我々やこのチャンネルの活動の意義や意味、そして特に成田為三の未発見作を再発見したという部分に集まりました。そして有料媒体への公開を経たあと、無料媒体へ記事の提供がなされ、多くの人の目に止まることになりました。それがこれです。

 

よみがえる幻の音色 消えた楽譜、市民が発掘 -共同通信

news.yahoo.co.jp

 

 ここで紹介された成田為三の曲は「Rondo」と「Fuge」という2つの作品で、その詳細はかつて述べたとおりなのですが、前回のコンサートのアーカイブがあるので、せっかくなので素晴らしい生演奏で振り返ってみましょう。


Rondo/成田為三 pf:石原なつみ

www.youtube.com

 

Fuge/成田為三 pf:石原なつみ

www.youtube.com

 

 なおこのコンサートでは上記に曲と同じくらいに価値のある蘇演がなされました。それが細川碧の「古き様式のフーゲ」という、細川の唯一楽譜の残った器楽曲である。この曲の演奏も生で聴く機会は今後ほぼありえないというほどに貴重なものであろうと思いますので、せっかくなので一緒に振り返っておきましょう。

 

古き様式のフーゲ/細川碧 pf:深谷亜希

www.youtube.com

 

 再三になりますが、これらが忘れ去られてしまった経緯は作品が劣っているからではありません。戦災、震災による消失、そして楽譜掲載物が未発見となったことで、その存在が忘れられ、演奏がなされないものを評価することができるわけもなく、マイナー楽曲に甘んじることになったのです。そういうものを十把一絡げに駄作のように言うような人にはこのコンサートには来てほしくはありません。むしろ文化の再発見と再評価から、未来遺産にしていきたいと思う方にこそ、来ていただきたいし、作曲者が存命なら御本人や、あるいは故人であったなら、そのご遺族をご招待し、人と人が音楽を通じて再び触れあえるような企画になったらそれはどんなに素晴らしいことかと思ってなりません。
 そして若い作曲家に多い独りよがりな態度もよくありません。君たちが作曲をしていられるのは全てこういった多くの先輩方のご苦労の上に成り立っている。そのことに思いを馳せることなく自分の音楽は自分だけの努力の代物だなどと言うような態度は全く許されるものではないのです。藝大作曲家諸君、細川碧が貴方方の学び舎の礎を築いた人ということを知っていますか?そこに尊敬と感謝の念はもっていますか?君の音楽は君だけが編み出したものではないのです。音楽は経験芸術であり、そして学びの場は先輩方が繋いできた場なのです。

 

 こんなふうにコンサートの反響が得られること自体、在野の我々にとっては極めて珍しいことであり、嬉しいことなのですが、今回は本当に驚きました。先程の共同通信さんの記事が出たことからつながって、まずBSよしもとというBSテレビ局から取材と番組出演依頼が来ました。そして去る7/24に無事オンエアされました。あとまもなくにはなりますが、見逃し配信がFANYチャンネルというサービスによってなされています。「小倉淳の47フォーカス」という番組で、15分ほど共同代表の清水と、私榊山の二名が出演し、このコンサート企画についてなど、話してきました。スタッフの方々も、司会の小倉淳さんもとても良くしていただき楽しい時間でした。

 

BSよしもと動画配信

video.bsy.co.jp

 

※上記サイトにFANY IDを取得してログインし、7/24放送分の「小倉淳の47フォーカス」を検索してご覧ください

 

 そして取材はそれだけにとどまりませんでした。次にお声がけいただいたのは、某超有名テレビ局なのですが、こちらはまだ詳細があかせません。現在担当ディレクターの方が長期取材に入ってくださっており、担当番組での5分ほどの告知をしていただけることになりましたが、さらにその方の上司さんからは、長期取材して1番組にしてみる意義もあるのではないかとおっしゃって頂いているようで、そうなれば名作会発の番組企画になる可能性も出てきています。詳細は発表の許可が出ましたら順次お知らせいたします。なお、ここだけの話第2回のコンサートにはおそらくそちらの取材が入っている予定です。

 

 さて、長くなりましたが前回から今までにあったメディアの取材や、私たちの企画の意義や意味について書いてみました。ここでやっと第二回コンサートに話を移そうと思います。

 

第2回RMCチャンネルコラボコンサート
開催日 2026年11月7日(土)
場所 美サイレントホール
愛知県名古屋市千種区本山町4丁目55(前回と同じ会場です)

 

 実はまだ公式から特設ページなど出ていないので、情報の発信には慎重でないといけませんが、Xアカウントなどから広報が始まっているので、最低限の情報に限ってちょい出ししようと思います。上の日時はぜひ空けておいて、足をお運び下さい。ここでしか出会えない曲に出会えることをお約束いたします。

 

 前回のコンサートではおもに成田為三の再発見曲、そして細川碧の唯一残された器楽曲が話題の中心となりました。制作としてもそこに注目と価値が集中すると考えて企画していましたので、これは狙い通りでとても良かったのではないかと思っています。では今回はどうでしょうか。

 

 今回の再発見曲には「San Tan」という名義で雑誌の付録に楽譜が載せられた「Primula Sinensis」という曲を演奏することが決まっています。この曲の作者は長く謎でしたが、掲載雑誌を隅から隅まで読み直してみると、小松耕輔という作曲家が「友人の三谷が、自分の名前をもじってSan Tanという名義でピアノ曲を送ってくれた」と書いてあります。これまではこの先深く研究されることも顧みられることもなかったようですが、私はこの記事から深く探求をしていきました。その結果このSan Tanなる人物が、ピアニスト、作曲家、教育者、指揮者、オルガニストとして米国で活躍した三谷俊造という人物であることが判明しました。私の発見以降Wikipediaの日本語記事も整備され、どうやら水面下で研究され始めているようです。アメリカでははじめての日本人教育学博士という肩書を持ちながら、第二次世界大戦で失脚、自宅の火災で殆どの作品が失われたという悲劇の作曲家でもあります。タイトルの「Primula Sinensis」は「寒桜」のこと。ほんのり日本の情緒を香らせ、故郷への思いを書き綴った小品です。おそらく初演級の発見だと思います。

 

 また菅原明朗「断章」とそのお弟子さんの服部正「2つの前奏曲」も演奏予定です。実はこれらの曲はエピソードがたくさんあり、そもそも前者は資料の混乱があって、ある資料に「6曲からなる」と書かれたことで、4曲は見つかっているが残りは未発見なのではないかと言われていたようです。私はこの掲載譜をあたって研究をした結果、楽曲の掲載方式の特徴から、未紹介曲はないだろうことを確信し、6曲説は誤りで4曲であるとして、独自に校訂し、チャンネルにアップしたところ、共通の知人を通じて菅原氏のお孫様から連絡がありました。どうやら菅原明朗作品の復活コンサートを企画している中で、同じ曲を取り上げることになって、研究されていたところに、私がネットに曲を上げたことからちょっとした騒ぎになったようです。

 この件を期に関係者との御縁を頂き、現在も色々と教えていただいています。おそらくご遺族さまの企画でも校訂がなされたのではないかと思い、現在連絡を取っているところでもあります。再演を回数重ねることで再評価の機運は高まります。私もお礼とばかりにやってみたいと思っているところです。


 そしてそのつながりでもう一人、御縁をいただくことになったのが服部正の御子息さまです。これも私がラジオ体操第一の作曲者のピアノ曲があると発見し、独自に校訂を行いチャンネルにアップしたところ、共通の知人の方からご子息様をご紹介していただくことになり、メールで何度かやり取りをさせていただくことになりました。なんでも服部自身はピアノ曲を書くのが苦手で、この曲を書くのに四苦八苦したというエピソードもお聞かせいただくことが出来ました。せっかくならこの曲も現在の版権者と連絡が尽くし、さらに師弟の作品を演奏する機会になるのは面白いとおもい、今回演奏を決定したところです。

 

 その他にも盛りだくさん、現在様々な方面に許可を得て回っていますが、おおよそ10曲ほどのコンサートとなる予定です。もちろん有名な作曲家の隠れた名曲も用意しました。服部隆之さんのピアノ曲、久石譲さんのあまり知られていないピアノ曲なども・・・おっと話しすぎましたね。公式に怒られてしまうのでこの辺にしましょう。

 

 そんなわけで第2回RMCチャンネルコラボコンサート、ぜひ足をお運び下さい。前回と同じメンバーでお送りします。今回は公的にはレセプションは用意していませんが、流れで打ち上げをするのもいいんじゃないかと思います。そのあたりも楽しみにしつつ、文化の香りに満ちた一夜を過ごせたらと思っています。

 

 あらためて公式より発表がありましたら、順次情報を解禁していこうと思いますので、お楽しみになさって下さい。また名作会のチャンネル、RMCチャンネルともにこの際、是非登録をお願いします。それぞれの公式Xアカウントへのフォローも合わせてお願いいたします。

 

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ではまた。

fripSideの歌詞を分析してみる【colorless fate】

はじめに

こんばんは。Niynuh Swidffelです。

今回の記事では、アニメやゲームに数多くの楽曲提供を行ってきた日本の音楽ユニット「fripSide」の楽曲の中で、オリジナルを含めなんと4つものバージョンが存在する楽曲である『colorless fate』の歌詞の差異について分析してみようと思います。

この楽曲は、第1期から第2期へと15年以上の歳月をかけて改稿・セルフカバーが重ねられてきた、ユニットを代表する冬のバラードソングです。

制作時期やボーカル、楽曲の構成が異なる4つのバージョンが存在します。

4つのバージョン

バージョン名 ボーカル 主な収録CD / 発表年 備考・用途
① Colorless fate nao(第1期) 『first odyssey of fripSide』(2003年) 原曲(2002年発表)
② colorless fate -erica 2007- (DEMO) nao(第1期) 『Unpublished side3』(2009年) PCゲーム『erica -先行版-』主題歌デモ
③ colorless fate -ver. Luna 2011- nao(ゲスト) 『fripSide PC game compilation vol.1』(2012年) PCゲーム『現在もいつかもふぁるなルナ』挿入歌
④ colorless fate -version 2018- 南條愛乃(第2期) 『infinite synthesis 4』(2018年) 第2期カバー・歌詞・構成の確定版

1. 原曲版『Colorless fate』(2002年)

ボーカル: nao

2002年12月に音楽配信サイト「muzie」で公開され、週間1位を獲得したfripSide最初期の代表曲。翌2003年発売の1stインディーズアルバム『first odyssey of fripSide』に収録されました。(タイトル1文字目のCが大文字になっているのはこのバージョンのみであることに留意してください。)

2. デモ版『colorless fate -erica 2007- (DEMO)』(2007年)

ボーカル: nao

PCゲーム『erica』の主題歌として制作されたデモ音源です。ゲームの開発中止に伴い長らく未発表でしたが、後に『Unpublished side3』に収録されました。

3. 『colorless fate -ver. Luna 2011-』(2011年)

ボーカル: nao(ゲストボーカル)

PCゲーム『現在もいつかもふぁるなルナ』の挿入歌としてリメイクされたフルサイズ版です。すでに第2期(南條愛乃期)へ移行していた時期ですが、第1期ボーカルのnaoがゲストとして歌唱しています。

4. 『colorless fate -version 2018-』(2018年)

ボーカル: 南條愛乃

第2期5thアルバム『infinite synthesis 4』に収録された南條愛乃によるセルフカバー版です。

 

イントロ

イントロ

イントロの言葉づかいはほぼ全版に共通しており、「広いこの世界を白く染めあげてく」という主題提示は最初から一貫していました(唯一、ver. Luna 2011のイントロの末尾にだけ「Wow…」という短い声が挟まれており、他の版にはありません)。この冒頭の一貫性があるからこそ、リスナーは以降に現れる差異を「揺らぎ」ではなく「同じ核を持つ別の解釈」として受け取ることになります。

Aメロ

Aメロ(1番)

早くも一番Aメロの結句で差が出ます。「鍵をかけないまま大切に抱き続けてる」(erica 2007デモ)は、思い出を封じずに開いたまま抱えているという像であるのに対し、「誰にも知られずに大切に抱き続けてた」(それ以降の版)は、他者から隠して守っているという像であり、文法的な時制も現在進行から過去へと変わっています。歌い出し直後のこの一行だけで、思い出との向き合い方の印象がすでに大きく違って聞こえますね。

Bメロ

Bメロ(1番)

より耳に残りやすいのは一番・二番Bメロの入れ替えです。「絡んでくあなたとのこの赤い糸」で始まる糸のイメージと、「あの時に見上げてたイルミネーション」で始まる情景描写は、erica 2007デモ・ver. Luna 2011では後者が先に置かれ、2018年版/正規版では前者が先に置かれます。「赤い糸」は運命の赤い糸という馴染み深い言い回しを踏まえたものであり、これを一番Bメロの冒頭に置く版では、曲名にも含まれる「fate=運命」のモチーフが早い段階でリスナーの耳に触れることになります。イルミネーションを先に置く版では、まず記憶の情景(鐘の音・懐かしい歌)を提示してから「なのに…消えていくの?」という喪失の予感へ接続され、リスナーは色褪せかけた記憶に寄り添う形で歌へ入っていきます。対して赤い糸を先に置く版では、まず「距離や断絶があっても想いは消えない」という能動的な宣言が示されたうえで記憶の情景が続くため、宣言してから揺らぐという起伏のある運びになります。同じ素材でも並び順ひとつで、歌い出しの説得力の方向や、運命というモチーフが立ち上がる速さが変わって聞こえてきますね。この一節の結句が「なのに恋人の時音もなく静かに消えていくの?」(2007デモ)から「なのに今色褪せて音もなく静かに消えていくの?」(ver. Luna 2011以降)へ差し替えられた点も大きいです。「恋人の時」は関係そのものを名指す直接的な言葉ですが、「色褪せて」は曲名"colorless fate"やサビの「白く白く染めてくれたなら」という色彩・光のモチーフに直結する語彙です。この置き換え以降、曲全体を貫く「色」のイメージ系列がBメロにも及び、リスナーは意識せずとも曲の質感がより統一されたものとして耳に入ってくるはずです。

サビ

サビ(1番)

サビでは、2007デモの一番サビだけが際立って異質です。「ずっとずっと今も あなたの宝物」「透明に光った宝石のままでいたかったよ」という、他のどの版のどのサビにも存在しない言葉がここにだけ現れます。デモ自身も二番以降のサビでは既に「ずっと願っている あなたとの未来が」という後年に定着する歌詞を採用しており、一番サビだけが取り残された旧バージョンです。興味深いのは、この一度は葬られた「ずっとずっと今も」「透明に光った」という一節が、以降すべての版のアウトロに(「freeze, am waiting for you/me」という英語句とともに)生き残り続けている点です。「透明に光った」という語だけを取り出して見ても、サビの「凍りついたままの私」や「粉雪」と同じ透明・氷のイメージ圏に属するため、由来を知らないリスナーにも違和感なく馴染みます。複数版を辿って聴いてきたリスナーにとっては、これは曲そのものが抱える初期バージョンの記憶であり、思い出を大切に抱き続けるという歌詞内容と、版を重ねるごとの改稿史とが二重写しに聞こえてきます。

2A

Aメロ(2番)

二番Aメロの長さの変化も、聴感上の対称性に影響します。2007デモ・ver. Luna 2011では「新しい明日は強い私になりたい」「生まれ変われるならもう一度あなたのもとへ」の二行のみですが、2018年版/正規版ではその前に「あたたかく優しい 想いだけを抱きしめた」「冷たい風が吹く 街は迷いを隠していた」の二行が加わります。これは一番Aメロの街や気温のイメージと明確に対句をなし、一番と二番が同じ枠組みで呼応する構成に組み替えられたことになります。短い版では二番が決意へ性急に進む印象を与えるのに対し、拡張版では一番と同じだけの助走を経て決意に至ります。

補足

なお、2018年版とオリジナル版は歌詞上ほぼ完全に一致しており、裏を返せば、2007年から2011年、2011年から2018年という二段階の改稿を経て言葉が磨かれていった過程そのものが、この曲が掲げる「きれいなまま」の思い出を抱き続けるという主題と、相似形を成しています。複数版を聴き比べるリスナーは、歌詞が描く記憶の風化と保存というテーマを、曲そのものの十年越しの改稿を通じて追体験することになるはずです。

underground music+fashion in '20s

初めまして。今年度から新しく名古屋作曲の会に入会させていただきました、荒木です。よろしくお願いします。

今回の記事ではunderground musicとそのプレイヤーたちを中心としたファッションの動向について書かせていただきました。

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昨年、Belenciagaでクリエイティブディレクターを務めていたデムナ・ヴァザリアが退任を発表しました。彼はブランドに勤めていた当時、極端にシルエットの大きなアイテムを提案し、その波はストリートとラグジュアリー両方を飲み込み、まさに一世を風靡しました。そんな彼がブランドを離れるということで、その波の反動なのか、細身のシルエットが再び注目を浴びています。

まず象徴的なものとして、ファッションデザイナー、Hedi Slimaneが勤めていた時代のdior hommeやyve saint lauren parisのアーカイブアイテムを挙げられます。

youtu.be

こちらはhedi期dior hommeの当時のコレクションの映像ですが、今見返してもやはりLook5は息を呑むほどの美しさを持っていると思います。かっこいい!!

Hedi Slimaneのような細身スタイルへの再注目のトレンドを作り出した人物の一人としてイギリス出身のラッパー、phreshboyswagがいます。彼は、2023,4年頃からのunderground hip hopのニュームーヴメントであるjerkシーンを牽引した一人で、その当時の活動からHedi Slimaneのスタイルを想起させるような細身のスタイルをバチバチに決めていました。

phreshboyswag on ig (18/1/2024)

また、日本においても、ラッパーのyveが曲中でアイテムに言及しています。

「Ysl」=Yves Saint Laurent
(友達と今度、彼の出演する予定のライブに行きます。26年7月現在はかなり複雑な状況ですが。)

Hedi boyと半ば揶揄されながら呼ばれる彼らに加えて、細身のスタイルとしてお兄系、マルイ系、ヴィジュアル系のファッションも注目されています。お兄系、マルイ系は、当時Hedi Slimaneのスタイルの派生のような形で日本にて生まれたスタイルですが近年のy2kの流行と共鳴するように、2023,4年ごろからリバイバルとして再注目を集め始めています。

www.fashionsnap.com

youtu.be

昨年、Mixtapeをリリースしその素晴らしい内容で注目を浴びたラッパー、lucy bedroqueはsoundcloudにて今年リリースした楽曲のジャケ写にがっつりヴィジュアル系のアートワークを用いています。

undercoverもアーカイブとして非常に人気で、bug、85、scab、などなどバリエーションが豊富で遊び心のあるデザインのデニムはストリート(に限らずですが)における"制服"と揶揄されることもあるほどよく目にします。

これまでに挙げたブランド以外にもアーカイブ/現行、国内/国外を問わずbazo119、carol christian poel、14th addictionなどなど、新世代のプレイヤーたちは様々なブランドによって新たなスタイルを作り出し続けています。

 

大体ここまでが今年の6月頃に書いていた内容なのですが、そこからたった1か月ほど経った今、またトレンドは急速に変化を見せています。

2000年代のゴス/パンクのファッションのような服装が現代的なアーカイブの文脈でまた注目を集めています。流れ自体は去年の暮れぐらいからインターネット/ストリートの中に現れていた印象なのですが、先月あたりから本格化してきているように感じています。アイテムとしては、トップスにはmarisrockのうさ耳のついたフーディや、フリルのついたブラウス。ボトムスにはacdc rag、comme des garconsの七分丈のボンテージパンツ、アーガイルやボーダーの白黒のソックス、Koji Kuga、Demonia、swear londonなどの厚底でボリューム感のあるシューズやthe old curiousityのhog bootsがよく見られます。また、小物類としては、craig morrisonのリュックやポーチ、angelbeats!などのアニメグラフィックのメッセンジャーバッグ、20471120の缶バッジなどもよく見かけます。

@sexadlibs on ig (5/7/2026)

ファッションにおけるアニメ文化の接近といえば、去年あたりから、「ナードコア」といった言葉が再解釈されて使われ出していました。そのときは主にバンドTシャツに次ぐグラフィック、古着アイテムとしてのアニメグラフィックのTシャツが目立っていて、個人的には商業的な香りのするムーブメントだった印象です。アニメと「ナードコア」となるとレオパルドンやシャープネル、サイケアウツなどの「ナードコアテクノ」が真っ先に思い浮かぶと思うのですが、そういった文脈への言及はあまりされておらず、その点において「ナードコア」という語が用いられることに疑問の声が上がっていました。

フロム・ザ・はあと 地獄編/高速音楽隊シャープネル (1998)

ストリートカルチャ―との接近としては2020年代underground hip hopをその独創的なスタイルから牽引したラッパー、Hi-Cの名前は欠かせません。彼はいち早く「ポケットモンスター」や「ナルト」といった前時代的な海外ライクのオタク文化を脱し、20年代的といえるような表現を取り入れていました。

彼の影響下にあるであろう新世代のラッパーたちはそれを受け継ぎ、アニメ=幼少期への懐古という図式を解体しもっとモチーフに対して連帯的な表現へと着実にシフトしていっていると言えます。それは今年7月、losangelesにて開催されたanime expo 2026にBleood、sayakoらが実際に足を運んでいることからも伺えます。

@bleood on ig 4/7/2026

@heartsayako on ig 7/7/2026

デムナがBalenciagaの退任を発表したとき多くの人が、まさに世界を支配していた大きなトレンドが失われたことにより混沌としたシーンが到来することを予見していましたが、その予見通り今現在シーンは、何かが新しく生まれようとしたその一か月後にはまた別のトレンドが生産されるといったまさに混沌としたものになっています。他のカルチャーと相互に影響しあいながらハイスピードにその様相が変わっていく今の状況に私はとてもワクワクしています!

高円寺のDEEPなイベントに行ってきました

高円寺、駅から商店街を5分ほどぽこぽこ歩くと、『ORIENTAL FORCE』に到着。

 

ORIENTAL FORCEは、Live/DJバー、クリエイティブスペースとして運営されており、自由で実験的な音楽イベントが多数開催される稀有なお店のようです。

私自身はこういうライブに行った経験も少なく、高円寺自体もろくに知らないので緊張。

今回は7/18に開催された、ジェバンニ=オノさん主催『ナイハ』というイベントに行ってきました。

 

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主催のジェバンニさんの個展を兼ねている(開催中だった)ようで、壁一面にウナギのオブジェがびっしり。一匹一匹描かれていて、形も表情も異なります。

 

 

岡田ぴサス

キーボードのソロによるパフォーマンス。

本人曰くぬいぐるみ作家をやっており、ぬいぐるみとの生活を描いた音楽とのこと。

全体的に音数が少なくかわいい印象の曲が多かったですが、技巧的なリズムや音選び、グルーヴが光っていました。サウンドにも気を遣っていて、かっこよかった。

 

MCでのふわふわしたキャラクターに反して、知性を感じる音楽でした。あるいはブレーン的なぬいぐるみが作曲に関与しているのか。

 

最近ぬいぐるみ達が『わくわくリボン』というバンドを結成したそうです。

youtu.be

『道』というタイトルですが、ずっと車のことを歌っています。

 

 

PUNSUCA

自作楽器によるパフォーマンス。終始わけがわからなくて面白かったです。

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子供の頃見た仮面ライダーの機械系統の敵キャラを思い出す風貌。身体の動きに合わせて音が鳴ったりする楽器があり、普通に欲しくなってしまいました。

 

ライトセーバー型の楽器や光るボール状の楽器など、色々出てきます。すごいバリエーション。

 

岡田ぴサスさんに続いての極北のパフォーマンスで、風邪を引きそうになりました。音楽の世界(とORIENTAL FORCEさん)がいかに自由で多彩か、改めて気付かされたような気持ちです。

 

 

いくみんモール

トライアングルの腕前が物凄いのに加えて、ドラムやらなんでも演奏出来てしまう凄い人でした。

 

パーカッション、エレキカズーによる人力トランス。

音楽の盛り上げ方が巧く、会場もかなり湧いてました。

めちゃかっこいいサウンドやリズムに奇妙な旋律線が乗っている音楽が多くて、いくみんモールさんのユーモア性も垣間見えるステージだったと個人的には感じています。

 

 

MOTCHAN × いくみんモール

ドラムとコンピュータによる2人組・MOTCHANさんといくみんモールさんのコラボパフォーマンス。

電子ドラムと生ドラムの組合せって意外と聴いたこと無かったかも。役割が被ってますからね。しかし敢えてこれらを重ねることで、それぞれの特性がよりハッキリとキャッチできるというような、面白い感覚でした。

いくみんモールさんはトライアングルでセッション。超絶技巧で30分弾ききっていて、流石の実力でした。

 

 

Chapa.didgeridoo × ジェバンニ=オノ

トリは、主催のジェバンニさんと、ディジュリドゥ奏者・Chapa.didgeridooさんのコラボ。

ディジュリドゥ初めて生で聴いたかも!生だと響きが全く違いますね。循環呼吸で音の抑揚を作り、グルーヴを出したりしているらしいです。土俗的なEDMもかっこいい。

そして、ジェバンニさんのボイスパフォーマンス。私個人的には今日一、断トツで圧巻でした。私があまりこういう類のボイスパフォーマンスを聴いたことが無かったので。本当にありえないような声やノイズの連続で、驚きを通り越して笑ってしまいました。

 

 

帰宅

会場の方々とやや歓談ののち、ラーメン食べて帰宅。高円寺やら下北沢に入り浸る人達は毎日こんなに刺激的で多幸な日々を送っているのですね。

今日のイベントは突飛な演出もありましたが、総じて基礎的な技術と音楽性に裏打ちされたパフォーマンスが多く、職人気質のある良いライブだったと感じました。

ORIENTAL FORCEさんではこのような刺激的なイベントが日々開催されています。皆さんもぜひ。