名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

リコーダー三重奏のオリジナル曲解説

6月9日、名古屋大学の学祭「名大祭」にて、リコーダー三重奏のライブを行いました。

@一緒に演奏してくれた二人 まじでありがとう!

本記事では、そこで演奏した曲たちについて解説しようと思います。

 

 

 

作曲にあたって

まず、リコーダー三重奏で手頃な難易度、内容も良い感じの曲はそうそうその辺に転がっているものでも無いので、自分で曲を作ることにしました。

曲を作るにあたって、レギュレーションを整理します。

 

・使える楽器:ソプラニーノ、ソプラノ、アルト

(テナー以降、低音になればなるほど楽器の値段がみるみる上がっていくので、アルトまでしか用意出来ませんでした)

・難易度:アマチュアが週一合わせ練習して1ヶ月で仕上げられるかな、というくらい

 

そしてさらに、リコーダーという楽器自体の特性も考慮しなければいけません…

 

・音域が狭い

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安定して出て、安心して楽譜に書いてもいいかなーという音域は、大体ド~オクターブ上のラくらいまで。

さらに、低い音は息をゆっくり入れないと鳴らないため、発音に時間が掛かってしまいます。(いや、上手い演奏者なら低音だろうと問題なく発音できるが?という古楽研究会の方やリコーダープレイヤーの方がいらっしゃいましたら、ぜひ一緒に企画をやらせて下さい)

 

・低音が聴こえない

持っている楽器のラインナップから、アルトリコーダーにベース楽器の役割を任せたい所ですが、リコーダーの低音はマジで聴こえないのに加えて発音に時間も掛かるので、エレキベースみたいなシャキシャキしたベースラインをやらせようものなら、曲が崩壊してしまいます。

必然的に、リコーダーアンサンブルを作ると音楽全体が高音域に偏る形にどうしてもなってしまいそうです。

 

・#♭の付いた音が出しにくい→転調が限られる

リコーダーで#や♭の付いた音を演奏しようとすると、難しい運指や穴を半分抑えるみたいな微妙な運指が要求されるようになったりします。

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そのため基本的にはトーナルな音を中心に音楽を作るのが無難なので、使える調も大体#2つ、♭2つくらいまでに限られてしまいます。

リコーダーアンサンブルというとなんとなく簡単そうで親しみがある感じがしますが、実際の所は、音域が狭いためボイシング的に広がりを作れない一方で自由な転調も難しいという、非常にシビアな制限の中で頑張らないといけないジャンルと言えそうです。

 

さて、そんな制限のある中で、私は3曲のリコーダー三重奏を作りました。

 

 

 

五月の風

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一曲目なので正攻法でリコーダーに挑戦しようと思い、普通に良い感じの爽やか曲を書きました。

特に思い入れが無いので、どこかで聞いたようなタイトルを付けました。

 

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5月ということで、一応5月にまつわる唱歌「鯉のぼり」と「茶摘」をベースに曲全体が構成されています。分かるかなーと不安でしたが、一部の人から曲中に鯉のぼりや茶摘をちゃんと聴き取って指摘してもらい、嬉しくなりました。

 

編成はソプラノ2台とアルトにしました。敢えて音域的に厳しい編成でやってみようとソプラニーノ抜きで作ってみましたが、対位法を上手く使うことで意外と身のある音楽に出来たように思います。

 

曲に広がりを持たせるために、なんだかんだ転調や#♭の音を結構使用しちゃったんですが、ここは長年リコーダープレイヤーをやってきた私の経験が活きた所でした。

#♭が付く音は確かに入れると運指が難しくなるんですが、入れるタイミングを上手に選べば実は意外と使い所があったりします

楽器の演奏に精通していないと、その楽器の可能性を引き出した曲は絶対作れないんだな、と身をもって実感しました。

 

 

 

EUPHORIA ~The paradise we desire is only a holy ritual away. The mother of the savior is... Byakuya Rinne!?

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タイトルからも曲調からも分かる通り、イロモノです。

 

とはいえ、リコーダーにはこういう原始的、マテリアル的な魅力もある楽器だと思うので、真面目に書いたつもりでもあります。

 

この曲は、Euphoria」というアダルトゲームのアニメ版の第六話「目指す楽園は神聖なる儀式の先に。救世主の母は……白夜凛音!? 編」が元ネタになっています。

救世主の母になれる喜びで笑顔になる白夜凛音ちゃん

 

アニメ版は、ゲームの設定やストーリーを引き継ぎつつも、ほとんどストーリーの説明はカットされており、とにかく出てくる凌辱シーンのみを出来るだけたくさん抜き出して繋ぎ合わせた、いわばEuphoriaエロシーン切り抜きチャンネル」の様相を呈しています。

しかも、各話がゲームのそれぞれ異なるルート分岐に沿った内容になっているので、話を見進める度に全然違う事実や展開を説明され、訳が分からなくなっていきます。

 

かくしてアニメ版はもはや元のゲームとは異なる狂気的な空気を醸すことに成功しており(とたぶん私だけが思っている)、この構造美自体をリコーダーアンサンブルで表現出来ないかと考えて作ったのが、本曲です。

異なる分岐が節操無く並行しながら、不穏だが腹落ちしない空気を纏い進行していく様子を、三重奏の中で色々表現してみました。

編成はソプラノリコーダー三本、そのうち一本は事前に管を抜いてピッチを50centほど下げた状態で演奏するよう指示しています。

三曲の中では、最も演奏効果的に上手くいったと感じた作品でした。

 

 

 

Starry Phonon (Festival Edition)

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最後の曲は、冨田悠暉作曲「Rainy Phonon」と榊原拓「星色の水面」のマッシュアップです。

 

「Rainy Phonon」は名作会初代会長の冨田悠暉…愛称トイドラくんが大学生時代、作曲の授業で作った曲です。

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(トイドラくんはこの授業、堂々の成績「S」を収めました!)

 

この曲の「Phonon」というのは、当時名大に存在していたカフェの名前で、文化的で面白い店長がいると、知る人達の間では知られていたようです。

しかしその後カフェPhononは閉店してしまいました。トイドラくんはそれを受けて、失われていく過去と続く未来への手向けとしてセルフアレンジ「good-bye edition」を作曲しました。

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このgood-bye editionで曲中に登場した詩は、その後のトイドラくんの作品で何度も使われることになります。

 

次に「星色の水面」、こちらは名作会副会長の榊原拓、愛称拓くんがピアノコンサート《四季を巡る》に寄せて作曲したピアノ曲です。

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こちらは、自然豊かな水面で夜光虫を見た自身の経験を基に、文明の発達に伴う破壊と希望を表現した作品になっています。

文化や社会構造的なものに自分を結び付ける拓くんの思考回路に明確に触れたのは、この曲が最初だったような気がします。本人的にはなんでこの曲を今?という感じかもしれませんが、私的にはなんとなく印象深い一曲です。

 

さて、これらの全く異なる文脈を辿って作られた二曲をマッシュアップし、「失われていくものへのレクイエムと祈り」として名大祭の舞台に今一度蘇らせる、というのが「Starry Phonon (Festival Edition)」のコンセプトです。

 

さらに、名作会で過去に行ったハンドフルートコンサートに寄せて私が書いたハンドフルートプレイヤーのための『ロマンス』」という作品、これはまさに「失われていくものへのレクイエムと祈り」そのものと言って良いコンセプトの曲でした。

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この曲には、移り変わっていくものの「記録装置=Recorder(レコーダー)」として、リコーダーが使われています。

同様に、記録装置としての役割をリコーダー三重奏に持たせる意味で、「Starry Phonon」には「ロマンス」からの引用もされています。

 

Starry Phononが私にとって何かを引き継ぎ、また次の何かへ繋いでいく曲になればいいなー、と思います。

 

 

 

まとめ…リコーダーアンサンブルを作るコツ

やっぱ、対位法ですわ。

こんなまとめで申し訳無い所ですが、広がりを作りにくい編成で曲を作る時は、対位法が信じられないくらい強力な助けになってくれると実感しました。

そもそもリコーダーはバロックの産物ですし、対位法が馴染むのは当たり前かもしれませんが。

 

リコーダーは音が重なるとめちゃくちゃ倍音が聴こえるので、複雑な和声には向いていません。その代わりに、旋律の絡み合いの妙、あるいは思いっきり平行させてみたりといった対位法的コントラストで魅せると、いい感じのリコーダーアンサンブルが出来るんじゃないでしょうか。一連の作曲を経て、私はそんな気がしましたよ。

 

皆さんも、小学生が吹いてる楽器と思って侮るなかれで、ぜひリコーダーアンサンブルの作曲に挑戦してみて下さい。さよなら!

「インターヴァルサイクル」を通じた現代音楽の分析その1

はじめまして,今年度新規加入させていただいたかものはしペリー(@klavier3652)と申します.

 

今回は最近出版された本で個人的に興味のある本でもある,「20世紀音楽を分析する」(Paolo Susanni,Elliott Antokoletz著,久保田慶一訳,桃井千津子訳)について個人的な見解も述べながら概観していこうかなと思っております.(通常の和声法に関してはほぼ初心者ということをご了承ください,なにか違う点があればご教授お願いします.)

 

章立ては次のようになっています.

1.基本となる考え

2.単純インターヴァルサイクル

3.複合インターヴァルサイクル

4.転回によるシンメトリーと軸の概念

5.旋法

6.旋法とインターヴァルサイクル

7和声構造,音細胞,テトラコルドのサイクル構造

となっております

 

見ての通り,謎の「インターヴァルサイクル」という概念を中心に現代音楽(印象派ドビュッシーからメシアン,ジョンケージといった現代音楽作者まで)を分析しようとする意欲的な試みのように思えます.

 

今回のブログでは文字数の都合上この1について中心的に説明していこうと思います

その前に重要となる概念「インターヴァルサイクル」についての定義を行いたいと思います.

まず「インターヴァルサイクル」の定義ですが.

「定義(巻末用語集より):「音程循環」のこと.ある音を出発点として,これに一定の音程で上下方向に音を並べていき,それを元の音(厳密には同一のピッチクラス=音の高さが違う同音)にふたたび回帰するまでつづけられる一連の音列を指す.」

 

また,複合インターヴァルサイクルについても定義があるので見てみます.(これが出るのに関しては3章以降なので今回はでません)

「定義:複数の音程から作り出されるインターヴァルサイクルのこと.例えばCを出発点として,半音と全音を交互に繰り返した場合,[C-C♯-E♭-E-F♯-G-A-B♭-C]逆に,全音と半音を繰り返すと,[C-D-E♭-F-F♯-G♯-A-B-C]といった半音-全音階(?)のインターヴァルサークルが上のようになります」

 

「後者はわかりやすいが,前者の例を一つ上げておくと,五音音階[G-A-B-D-E](-G)などでは,複数の音階で定義はされておらず,また同じ音に再び回帰するまでの音列が与えられているため,これはインターヴァルサイクルといえます.」

 

また,本題に入る前にいくつかのインターヴァルサイクルの例を見ましょう

1.「増3和音[C-E-G♯]と減7の和音[F♯-A-C-E♭]を見てみる.便宜用上方向と下方向に積み重ねる場合は→を使います(ここは本文中に書いてなくてかなり不親切だと思いました)これらはサイクル」(前者は長3度が積み重ねられた和音で,後者は短3度が積み重ねられた和音のサイクルになっています)(注:これがインターヴァルサイクルだとあるが,定義とは反しているような気がしていて少し気持ちが悪いです.)

「ここでF♯をG♭と読み替えて,下の方に短3度を積み重ねると[G♭→E♭→C→A]となり,これもまた減7の和音になる,」という意味でサイクルに操作を施すとサイクルが出る,といった例になっています.また,和音に対してもサイクルを用いて操作を施すといったことをやっていることに注意しましょう.

 

「2.全音階[C-D-E-F-G-A-B]に対して本書でいう"ローテーション"をおこなうと,[D-E-F-G-A-B-C]...が得られますが,確かにこれらはインターヴァルサイクルになっていて,イオニア,ドリア,フリギア...といった教会旋法に対応します.」

 

「3.五音音階[C-G-D-A-E-B-F♯-C♯-D♯-A♯-E♯-B♯]から五音例えば[F♯-C♯-G♯-D♯-A♯]を抜き出して,それ以外の七音を抜き出すと,全音階のインターヴァルサークルになっている」という説明があったが,(個人的にこの説明を入れる意味がよくわからなかったです,後々インターヴァルサークル間の統合といったものが出てくるのでそういう操作の布石として導入しています?)

 

まとめると,(インターヴァル)サイクルを用いて和音を表現可能ですし,教会旋法や(今回は抜き出しという操作のみでインターヴァルサークルを統合してより複雑なインターヴァルサークルにするということはなかったですが,)恣意的に抜き出して五音音階から全音階を見出すといったことも可能であることがわかります.

 

さて,インターヴァルサークルについての説明も長くなってきましたし,本文中の分析について,特に気になるところだけピックアップしつつ,どのようにインターヴァルサイクルが使われているのかを見ていきましょう.

 

1基本となる考え

ここで譜面を用いて説明してある曲は以下の様になってます

ハイドンピアノソナタOP30-1,ウェーベルン,ピアノ曲遺作,ドビュッシー,沈める寺,メシアン,幼子イエスの口づけ,シェーンベルグ,3つのピアノ曲,リスト,ダンテを読んで,バルトーク,二声の練習,モーツァルトピアノソナタKV331,クラム,スパイラルギャラクシー

です.全部概観するのは厳しい上,ウェーベルンやシェーンベルグの十二音技法,ピッチセルなどは言わずともわかる人が多いと思うので,特にインターヴァルサークルの観点で興味深い例を上げつつ,どのようにインターヴァルサイクルを使って曲の構造を理解しようとしているのかをまとめたいと思います.

(その前にちょっとした愚痴:本文中に小節番号書くなら,その部分の楽譜も引用してください!!)

 

まず教会旋法から12音技法までの流れを概観する.

「初期キリスト教の時代からバロックの時代までは全音階的な教会旋法の体系に基づいていて,主音との関係で特徴づけられていました.この時の転調は,旋法の構成要素が変化して別の旋法に移行することであります.

バロック時代から後期ロマン派の時代においては,全音階や短音階に基づき,長旋法から短旋法,また逆の遷移を転調とみなしていたが,これではⅢ度とⅣ度が入れ替わるだけで調的機能に変化はおこらず,導音のようなものを常時変化させれば,属和音から主和音への進行を変化させることになり,調性的に変化が出始めたという主張である.

一方で,ワーグナーバルトークなどの調性音楽最後の時代だと,半音階の多用によって調整が弱められ,最終的に均等な12音による作曲は新ウィーン学派バルトークストラヴィンスキーリゲティー.タワーに二分されるような主題そのものとして使っているグループと,順序なしで音階として使っている人々に分けられてつかわれた.」

さて,この中で印象派については言及がないですが,実際にどのような曲の構成をしていたのでしょうか?ドビュッシーの沈める寺を見ながら,インターヴァルサークルを活用しつつ分析してみたいと思います.

ドビュッシー:沈める寺

沈める寺1

沈める寺2

沈める寺3

沈める寺4

沈める寺5

以上は僕が独断と偏見でインターヴァルサークルを利用しつつ楽曲分析をしてみた痕跡です,手書きのメモなので以下説明しておきます(mm=小節番号),(楽譜出典imslp)
1.mm1とmm3,mm5は同じ構造を持っており,よく見ると[G-D,A-E,E-B]という完全五度の構造と[GABDE]というインターヴァルサイクルをもっていることがわかる.

2.mm8-12においては(この本では記述されてないが)[C♯D♯G♯],[EC♯G♯],[G♯A♯,D♯][BG♯A♯][DC♯D]という(インターヴァル)サークルが現れ,全体を通して統合すると[C♯DD♯EG♯A♯B]という音階をつかって全体の和音を構成していることがわかる.

3.mm14,15においては,mm1等と同様に,[GABDE]というインターヴァルサイクルと完全五度(例えば[G-D]間の)で構成されている.

4.mm16-18は同じ構造を持ち,どれも[C♯D♯F♯G♯B]のペンタトニックで和音を作っていることがわかる.mm18の最後の右手の和音が逆になっている理由はよくわからなかった.(スラーがついてるため,次の和音に繋げるための布石?)

5.mm19は[CE♭FGB♭]のインターヴァルサイクルで構成されており,和音もペンタトニックとなって,左手もこの音列に従い動いている.

6.mm20-21は変ト短調(?)に従い,これによる和音進行を2小節に渡り続けている.

7.mm24-25は本によるとFリディアと書かれていたが,Dドリアの間違いなのかどうかよくわからなかった(おそらく,mm23最初の和音の一番上がFの全休符から始まるので,それをもってFリディアと判断しているのかと最初は思いました.)

8.mm26は[CDEFGAB]Cイオニアの構成音がすべて出ていた.

9.mm29ここから,同じ形の和音の連続となるmm33からはB♭が出るが,構成的には変化がない

10.mm42-44-47[CDB♭A♭]で構成されているが,mm46でいったんそれが途切れてE音が追加された,すなわち,大局的にみると[CDEA♭B♭]という全音階のような形が出ていて,そのような意味でインターヴァルサイクルに対して音を追加することで[CD]というCイオニアンの構成音から[CDB♭A♭]となり,最終的に[CDEA♭B♭]という形がでて全音階と近くなり調性が次第に外れてくるということの表現がインターヴァルサイクルへの操作を通じて理解することが出来ると思う.その意味でこの場面は重要なところである.

11.mm50-54は[C♯D♯EF♯G♯A♯B]という嬰ト短調(?)の構成音で展開されている.

12.mm55からは嬰ハ短調(?)に戻る

13.mm63の最後から,[CDEA♯]→[CFGB]→[DFAB]→[CG♯BE♯]というように,構成音について隣接する音がいくつか半音ずつずれながら展開している.

14.mm64からは,[D♯F♯G♯B♯]で構成される和音と[C♯D♯GA♯]で構成される和音の後,[D♯F♯G♯B♯]から,[C♯FG♯B]で構成される和音に移り,若干解釈に困ってる.

15.mm74は,構成音のインターヴァルサイクルが[CDG][DEA][CEG(BC)][CDG][DEA]...とループする和音になっている

 

 

結論

と,ながくなってしまいましたが,一番伝えたかった部分は1.2.7.10あたりで,印象派音楽では確かにFリディアといった教会旋法をつかっていたり,完全5度の和音の連続を多用してたり,インターヴァルサイクルに音を追加していき,Cイオニアから全音階にだんだんと近づくといった意味で調性の崩壊を表現していたのではないかと少なくともこの曲からは推測されます.後はお気持ち分析なので適当に見流していただけると嬉しいです.

まだ基本となる考えという章なので,インターヴァルサイクルという概念が出て,実際に利用したときに調性の崩壊をどの程度表現できているかを観察するといった段階ですので,あまり本質的なことはしていないかもしれませんが,ご了承ください

最初はこの本を読んで一通りレビューしようと思ったのですが,端的に書けるほどのものでもないので,今回はこのような形でのレビューになってしまいました.もし次書く機会があれば,この続きや,先の章の古典派音楽におけるインターヴァルサイクルの解釈,また現代音楽におけるインターヴァルサイクルの応用などを書いていければと思います.

 

ご精読ありがとうございました.

ジャケ買いした

ここ一枚のCDがあります。

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あなたにはこのCDの正体が分かりますか?

 

経緯

昨日は第65回名大祭でした。

名大祭では古本市が開催され、古本に紛れて古CDが格安で販売されています。この古CDの質は本当に玉石混淆で、大量の乃木坂46のシングル、英語リスニング教材、ユーロビートリミックス、ベートーベンなどの王道クラシック、現代音楽、などがごちゃ混ぜになった状態で売られています。私の趣味は、この中からジャケットの情報だけを頼りに1枚買うことです。そこで今年買ったのが、さっきの写真にあったCDというわけです。なんかラテンっぽい雰囲気が感じられ、曲がイマイチだったとしても面白CDにはなるんじゃないかという淡い期待が込められています。

 

調査

ミュージシャンの名はLos del Rio。スペインのアンダルシア出身の男性二人組のユニットだそうです。そしてタイトルは「FIESTA MACARENA」。これをGoogleで調べるとものすごい数のページがヒットしました。何か凄い有名なアルバムらしいです。

 

どうやらこのアルバムに収録されている「macarena (Bayside Boys remix)」という曲が大ヒットしたようですね。

www.youtube.com

1993年に発表され、1996年にアメリカで大ヒット、現在ではNBAでこの曲をBGMにチアが踊っていたりするそうな。たしかにエレクトロでダンサブルな雰囲気が強く、アメリカ人ウケしそうです。

相当ウケたからなのかアルバムでの押しも強く、オリジナルバージョンに加え、リミックスが3パターン収録されています。味を占めすぎでは?

 

さらなる調査

ここでAmazonのレビューで「本来のLos Del Rioの作品はスペインの伝統音楽に対してかなり忠実なスタンス」という興味深い一文を発見。

普段の彼らの音楽も聴きたくなってきたので聴いてみました。

 

www.youtube.com 

www.youtube.com

たしかにAmazonのレビュー通りです。Amazonのレビューが正しいところ初めて見ました。こっちの方が明らかに良くないですか?????

 

みたいな感じで、ジャケ買いすると普段なら知りようがないところにリーチできて楽しいのでした。

夜にまつわる東西の怪異

 早くも初夏の陽気も終わり始め、梅雨の匂い漂う今日このごろですが、皆様サイド増加傾向のコロナなどに罹らず、お元気に暮らしてらっしゃいますでしょうか。
 私は先日、糖尿病と白内障が発覚しましたが、幸いにも薬でのコントロールも効いていて、落ち着いております。

 さて、夏が近づくと思い出すのが「怪談」ですね。

 最近は呪物ブームなども相まって、怪奇の流行が来ているとも言いますが、大抵の怪談は夜の世界が舞台になっています。昔から人間は暗闇に恐怖を感じ、あるいは子供に危険な場所に近づかせない教えとして、妖怪話や、怪奇話を伝えていったといいます。
音楽でも「夜」は神秘の象徴、そして東西で別の文脈を持ってミステリーの舞台として扱われてきました。そんな夜の音楽を日本と世界でちょっとだけ聴き比べてみましょう。結局宗教観が違ってもそこは人間同士、恐怖や不思議といった文脈でわかり合えるのがこのテーマの良いところでもありますし、そもそも夜は副交感神経が有利になることから想像力が働き、創作に向く時間ですからね。

 

 まずは日本の例をひとつ。

 

 長谷川良夫の書いた夜をテーマにしたピアノ曲です。長谷川良夫は理論家として高名ではありますが、作品を聴く機会は少ない作曲家です。

長谷川良夫

 1907年に東京に生まれ、作曲は信時潔と、クラウス・プリングスハイムに支持しています。現在の東京藝術大学の前身である東京音楽学校師範科をを卒業後、ドイツに渡って研鑽を積んだ経歴の持ち主です。「管弦楽のためのバラード」といった代表作も、今日あまり顧みられることがなく、再評価の待たれる作曲家です。
 そんな長谷川が書いたピアノの小品に「夜の歌」という曲があります。こちらも現在全く忘れられており、音源もなかったのでRMCチャンネルで再現してみました。

(夜の歌/長谷川良夫)

www.youtube.com

 

夜の歌

出版:春秋社

 茫洋として掴みどころのないメロディに、怪しい響きを作り出す伴奏という構成で書かれていますが、調性は保たれており、解決した瞬間に少しだけ安堵感を感じます。しかしその調性感はすぐにモダンな響きに飲まれてゆき、不安定ななかに玄妙な心象風景を描いています。夜に対する東洋人的な「恐怖」や暗さからくる音の深さの表現が秀逸ですね。

 このような玄妙さや、暗さのコントラストのようなものは東洋的な夜の表現の一つの手本と言ってもよいのかなと思います。逆に西洋的な夜の表現というと、昔はモーツァルトのEine Kleine Nachtmusikのように、ポジティブな題材として描くものが多かったのですが、やはりそういう表の姿に対して、単純に夜といえば恐怖を感じていたことは言うまでもありません。このモーツァルトの作品のタイトルをオマージュし、それぞれの感じた夜が描かれていたりします。

 西洋的夜の表現の代表例というべき、ジョージ・クラムの例を聴いてみましょう。

George Crumb

 クラムは1929年アメリカはウェストヴァージニア州チャールストンに生まれ、イリノイ大学で学んだ後、ドイツに渡り、その後ミシガン大学で博士号を取得しています。作曲はボリス・ブラッハー等に師事していますが、初期はバルトークリゲティの作風を手本にすることが多く、後年は数字と音列を駆使しながら、特殊奏法と変則編成の音楽を武器に、あの世を描くという独特のスタイルを確立しました。
 特に電気増幅された弦楽四重奏のための「ブラック。エンジェルズ」はエクソシストのBGMにも使われ、極めて難解であるのにもかかわらず、再演の絶えない名作として知られています。そんなクラムは夜の音楽の名手ですが、上述のようにモーツァルトの名作タイトルをオマージュした、Eine Kleine Mitternachtmmusikという曲を書いています。

(Eine Kleine Mitternachtmusik/George Crumb)

www.youtube.com

Eine Kleine Mitternachtmusik

出版:EDITION PETERS

 ピアノの内部奏法を駆使し、実に悪魔的な表現をするのはクラムの得意とするところですが、東洋的なそれとは恐怖の対象が少し違うようです。
 キリスト教文化圏では、昼と夜という二項対立をそのまま神と悪魔という二項対立の象徴とみなす節があり、これはまさに悪魔の時間の覗き見と言った面持ちで描かれているのです。クラムの多彩な音響術が、西洋における夜を完全に描ききっていて秀逸な音楽ですね。日本ではホールでの内部奏法が禁止されていることがほとんどで、こうった作品を演奏する機会が得にくいのは実に問題であると言わざるを得ません。


 さてはなしを日本に戻してみようと思います。
 では日本人的夜の表現として更にピッタリ来る曲と言ったら何でしょうか。個人的には細川俊夫の「Nacht Klänge」ではないかと思います。

 

細川俊夫

 細川俊夫は日本の現代音楽の水準を大きく高めた一人として極めて重要な作曲家です。1955年に広島に生まれ、国立音楽大学に入学するも中退、その後にドイツに渡って尹伊桑、クラウス・フーバーといった重鎮に師事し、西洋最先端の前衛音楽を秋吉台で紹介するプロジェクトで若手作曲家を牽引し、秋吉台世代と呼ばれる一群を生み出すに至っています。
 作風は故郷に由来する反戦的、左翼的視点をもった作品と、アダージョの作曲家とも言われるゆっくりと動く響きに、衝動的なフレーズを被せる作風で、私にはあるシュのロマンティシズムを持っているように感じます。二度堆積とも言われる和音ですが、武満徹からの影響も大きく、また西洋的と言われることも多いですが、実は作品には巧妙に東洋的、日本的な表現が満ちているのも重要です。
 「Nacht Klänge」は「夜の響き」と訳される2001年作曲のピアノ曲ですが、10分ほどの中に濃密な東洋性と夜へのいびつなロマンティシズムが満ちています。

 

Nacht Klänge/細川俊夫

www.youtube.com

Nacht Klänge

出版:SCHOTT

 極めて広い音域を使い、ペダルによる倍音の残響を聴かせる工夫から、まさに暗闇にこだまする怪しげな存在をイメージさせます。この恐怖はまさに幽霊的な超自然的なものへの恐怖であり、そこには子供の頃から植え付けられた伝統的な日本の教育的背景、民族的背景を表したものと言えるのではないでしょうか。
 この曲もクラムと同じく内部奏法が使われており、こういった奏法が、表現にとって不可欠なものという事がよくわかります。なんとか日本のホールにおける内部奏法アレルギーが無くなってほしいと願うばかりです。


 次の例はヨーロッパと言ってもちょっと辺境のラトビア出身のペーテリス・ヴァースクスの例をご紹介します。

 

Pēteris Vasks

 ヴァースクスは1946年ラトビアのアイズプテ出身。牧師の家に生まれたことが彼の音楽の根幹を支えているように思います。様々な事情から隣国のリトアニア国立音楽大学で学び、その後ラトビアを代表する作曲家になっていきます。初期は前衛的な作風を取り、クラムの影響も顕著でしたが、ラトビアの多くの音楽家がそうなように民謡性や保守性に回帰し、印象的な響きの住んだ音楽を書くようになります。また多様式主義者と言っていいほど多くの手法を用いることでも知られ、環境問題を訴える姿勢もまた彼の創作の中心となっています。
 ヴァースクスの音楽というと弦楽四重奏やシンフォニーが有名ですが、今日はピアノ曲「Eine kleine Nachtmusik」をご紹介します。タイトルはそのままモーツァルトの作品と同じですが、クラムの影響も受けたヴァースクスは一体どう描いたのでしょうか。

Eine kleine Nachtmusik/Pēteris Vasks

www.youtube.com

Eine kleine Nachtmusik

出版:SCHOTT

 特定の音列の繰り返しから生まれる闇の描写に、かなり調的なメロディ感がありますが、クラムの影響という点では表現の方向性が同じな気がします。牧師の家に生まれたことから、夜に対して悪魔的なものを感じていることがわかりますが、しかし北国の出身であることからクラムのそれよりももっと夜が身近なものであるようにも思います。
 またミニマリズム的手法を駆使していながらも、アメリカの潮流とは大きく異なり、表現手法としてのツールというところまで薄められているのも特徴的です。
 この曲においての悪魔は一体誰のことなのでしょうか。あるいはそれは人間の欲望に対する憎悪なのかもしれませんね。


 さて後二曲ご紹介しますが、残りはすこしピアノから離れてみようと思います。

 はじめは日本の大木正夫が書いた管弦楽曲「夜の思想」です。

大木正夫

 大木正夫は1901年静岡県の現磐田市に生まれ、尺八をたしなみながら育ち、現大阪大学で応用化学を選考し一般職に就職しました。しかしすぐに退職し長野県で教職につくも、これも辞め、石川義一などに師事しながらもほぼ独学で作曲を身に着け、教鞭をとるに至ったという経歴の持ち主です。もともとは保守派で民族主義的な作風でしたが、戦争で国に尽くしたことを後悔し、左翼に転じて徹底的な反戦姿勢を打ち出した作風に変わります。そして代表作であるグランド・カンタータ「人間をかえせ」や交響曲第5番ヒロシマ」を書き上げていきます。しかしその評価は遅れており、大半の曲が未出版未紹介状態であることには嘆きと怒りを感じざるを得ません。
 大木はその後も自責の念やまず、晩年は宗教に救いを求めるほどだったといいます。これほどまでに反戦を作風とすることを許された作曲は他にいないと思います。戦後生の表層的な反戦などバカバカしいの一言で吹き飛ばす力強さ、そして民族的には日本への愛情を捨てなかった点から、反日色の強い左翼作曲家とも一線を画しています。彼の作品はもっと演奏されなければならないし、教科書で学ぶべき一人と思えてなりません。
 さてそんな大木の初期作品に「夜の思想」(「夜の瞑想」)があります。日本的な世界と尺八に親しんだ作者の民族音楽への思いが垣間見られる幽玄な曲となっています。

夜の思想/大木正夫

www.youtube.com

夜の思想

出版:新興楽譜出版社

 これこそ日本の夜の風景そのものであり、日本の宗教観が投影された名曲と言えるのではないでしょうか。夜の玄妙さと、その中に尺八とともに佇み無を探求しようとする。月明かりに照らされた虚無僧の姿が浮かび上がるかのような音楽です。
 西洋では神と悪魔の二項対立がはっきりありますが、日本では仏教と神道が混ざりあった独自の宗教観に二項対立がありません。正確に言えばそれらは淘汰されていってしまったものです。例えば神道においては「祝詞」と「呪」が対立しているはずですが、後者は当然タブー視され、二項対立であったことも忘れられています。仏教においては救済と攻撃は一体的で、さらに無我の境地をめざす方向性を持つものが多く、生と死のみが二項対立として残るだけになっているわけです。
 なんでも日本は自分たちの文化に他の文化をうまく組み入れる天才ですから、もともと悪の大王であっても祀ってしまえばその力を守りに使えると考える独特の宗教観をもっています。そしてその中に、廃された対立部分として妖怪や幽霊の存在が残るのでしょう。しかしそれをも浄化せんとする民族的な考え方は大木の作品にも内在しているように感じます。


 最後にちょっと変わった夜の作品を一つ挙げてみようと思います。
 それはアストル・ピアソラの「ブエノスアイレス午前零時」という作品です。

Ástor Piazzolla

 ピアソラは日本でも大ブームとなったアルゼンチンタンゴの鬼才にして、バンドネオン奏者です。1921年にアルゼンチンのマル・デル・プラタに生まれたイタリア系の作曲家です。その後ニューヨークに移り住んでいた頃にジャズに触れたことが音楽を志す動機になったと言われます。母国に戻ると、バンドネオン奏者として活動を開始し、アルベルト・ヒナステラに師事し作曲を学びました。師匠がクラシックの作曲家だったため、純音楽の作品を多く残すこととなったのは極めて異質で面白い点ではないかと思います。
 しかし保守的な単語業界に嫌気が差し、新しい音楽を求めてパリに渡り、ナディア・ブーランジェについて、クラシック作曲家を志したものの、ブーランジェの指摘は鋭く、タンゴを改革するという夢を持って帰国し、ブエノスアイレス八重奏段で早速その改革に着手しました。当然その姿勢は攻撃の対象となり、ニューヨークに活動拠点を求めたことで、新しいタンゴが一大旋風を巻き起こすことになったわけです。
 そんな彼の曲は今では世界中で愛され「アディオス・ノニーノ」や「リベルタンゴ」は様々な編成にアレンジされて演奏されています。しかし「ブエノスアイレス午前零時」はあまり演奏回数は多くない曲の一つとなっています。実にユニークな曲なのでまずは聴いてみましょう。

Buenos Aires hora 0/Ástor Piazzolla

www.youtube.com

Buenos Aires hora 0

引用:Musescore

 街を歩くようなオスティナートにノイズが兼ねられ、なんとも独特のムードです。途中にタンゴらしいメロディが現れますが、雰囲気は極めて怖い感じです。この怖さは何でしょうか。宗教観ですか?あるいはおばけの類?いいえ違います。治安の悪さではないでしょうか。結局のところ夜の住人で最も怖いのは人間なのでしょう。そんな危ない夜街を歩くひとりきりの自分。犬の鳴き声や、風がなにかを揺する音、そして不穏な空気。まさにその状況を知っているからこそ欠ける作品で、しかもその印象はユーモラスに聞こえます。夜の描き方も千差万別だなと思わせられる一曲ではないかと思います。

 

 


 いかがだったでしょうか。
 作曲家にとってよくあるお題「夜」について現代の例を紹介していきましたが、あなたが夜を描くならなにをどう描きますか?今日ご紹介した曲の中に共感できる作品はあったでしょうか。他にもたくさん「夜の曲」はあります。皆様も探してみてはいかがでしょうか。

つい人の作品をパクってしまわないために

こんにちは!なんすいです。

 

突然ですが、皆さんは人の作品をパクったことがありますか?

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いいえ、確実にあるでしょう。 生きることはパクリの集積みたいなものですからね。

己のパクリを認めることから、全てが始まります。

 

 

 

なんすいのパクリエピソード

私は小・中学生時代、貴重な時間をほとんど何かをパクることに使っていました。いくつか挙げると、

 

 

他にも色々やっていたと思います。

このうち特に「夢水清志郎」のパクリ小説については、私のオリジナル小説として学校のみんなに定期的に読んでもらっていて、かなり好評を受けていたのですが、ある時一人の友人に「これパクリだよね?」と指摘されました。

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指摘を受けた時の、「俺終わったわ」と全身の血の気が引く感覚は、今でも鮮明に覚えています。何と言い返してその後どう収拾したのかについては、さっぱり記憶がありません。

 

なぜ、パクってしまうのか

さて、こんな恐ろしい事態を避けるために、人の作品をパクるということは出来るだけやりたくないですよね。

でも、どうして人はパクリをしてしまうのでしょうか。

名古屋市内に在住の100人に聞いてみました!

 

  • 世の中には思わずパクリたくなるような優れたアイデアがいっぱい存在するから
  • 人のアイデアをパクることで手軽にウケたい
  • わざとパクるつもりは無くても、その作品が好きすぎた結果、無意識にパクってしまうことがある

 

いかがでしょうか。

特に最後の「無意識パクリ癖」は厄介ですよね。身近な所では、ユーモアを言ったりする時にこの無意識パクリは発生しやすいと思います。

自分が言ってウケたユーモアがそっくりそのまま何かのパクリだった、なんて知れた日には、その場で腹を切って死ぬべきです。

 

パクるとどうなるか

では、パクると(パクリがバレると)どうなってしまうのでしょうか。

名古屋市在住の100人に聞いてみました!

 

  • 原作者に怒られる
  • みんなに怒られる
  • 他の創作物についても何かのパクリじゃね?と疑われる(創作者としての価値が下がる)
  • 原作者を超えられない

 

youtu.be

 

これはミャンマーのThu Kyaw Thu HD Production というアーティストの曲なんですが、なんかどこかで聴いたことがありますね。

 

YouTubeのコメント欄では案の定パクリとしてめちゃくちゃ叩かれています(主にミャンマー人から)。

また、Thu Kyaw Thu HD Productionのこの曲以外の曲にもちらほら「これも何かのパクリか〜?w」といったコメントが寄せられています。一つパクリをしてしまうと、全部疑われてしまうんですね。

そして、日本の人達のコメントを見ると、パクリに対して怒っているというより、むしろ面白がっているコメントが多いです。確かに、大流行したラップの曲をミャンマーの人がミャンマーすぎるMVとともに堂々とパクっているのは面白いですが、同時に「この曲が原曲を超えていない」故の余裕もあると思います。

パクリがパクリである限り、原作のレベルを超えることは有り得ないのです。

 

パクらないために

では、うっかりパクってしまわないためにはどうすれば良いのでしょうか。

私なりの答えを挙げておきます。

 

①幅広いコンテンツを常に吸収し続ける

パクリであったとしても、何かを作って形にするのには相当の労力を使います。

その労力を要してまでパクってしまうということは、それほどに一つの作品に心酔してしまっているからだと思います。

ということは、一つの作品にハマってしまう前に、色々摂取しまくれば良いということです。

思わずパクリたくなるような素敵な作品を10個、20個とどんどん発掘していきましょう。パクリたいものが多すぎて、訳が分からなくなってしまうはずです。

そして、そのうちにあなたは、これまでに見つけた素敵な作品達の素敵だと感じた要素をキメラ融合させた一つの作品を書き上げます。

それはもう、立派なあなたの創作の芽なのではないですか。(どうでしょう。)

 

②逆に、刺さった作品を飽きるまで何度も何度も鑑賞し直して、最速で飽きる

先程の理屈だと、一つの作品に心酔している状況から抜け出せば良いので、逆にハマった作品を飽きるまで舐めまわし尽くしてしまうのも有効だと思います。

下らない二番煎じを産んでしまう前に陳腐化させてしまいましょう。

 

③堂々とパクる

そもそも、パクリが悪だと誰が決めたのでしょうか。

 

nu-composers.hateblo.jp

 

榊山先生の過去記事で、「良いパクリ」の例が紹介されています。

良いパクリとは?…それは、パクることに意味があり、思慮があるということではないでしょうか。

あなたがパクリを恐れる時があるとしたら、それはやましい気持ちがあるからです。堂々とパクリましょう。

 

では具体的にどうすれば、良いパクリが出来るのか?

パクリ伝道師の私が、特別に一つライフハックをお教えしましょう。

それは、「全然違うジャンルでパクる」ことです。

  • 古典音楽の手法を現代音楽でパクる
  • クラシック曲の手法をポップスでパクる
  • 打楽器曲での手法をピアノ曲でパクる
  • 絵画での手法を音楽でパクる

など…

ハマった作品の「良いなぁ」と思う要素を抜き出し、それを別のジャンルに渡らせてパクるのです。

もちろん、あるジャンルの作品はそのジャンルの特性に縛られながら作られているので、必ずしもそっくりそのまま別ジャンルでパクることは難しく、工夫を要することがあります。

しかし、その工夫によって、単なるパクリだったものはオリジナリティの輝きを持って新しい価値を持つのです。

 

例えば、オーケストラ曲で真似したくなったかっこいい展開をピアノ曲でパクリたいと思って分析したら、楽器の数ありきの展開だった。となると、パクりたい要素をピアノ曲の形でどう実現させるか頭を悩ませる必要があります。少なくとも、原曲の手法をそのまま流用させるだけでは使い物になりません。しかし、もし実現させるための工夫を思い付ければ、それは新たな手法の発見と言って差し支えないものです。

このように、別のジャンルに渡らせてパクってみると、上手くいけばオリジナリティの獲得に繋がるのでおすすめです。(これはもうほとんど、立派な創作アプローチの一つだと思いますが)

 

 

いかがでしたか?

みなさんもパクリとは上手に付き合っていきましょう。

ポップスの世界においては、「Remix」という概念がありますね。

これは、原作者に対するリスペクト、つまりこの曲はこれのパクリですよ、と宣言した上で発表する、いわばパクリのメインストリームです。

Remixの世界では「良いパクリ」と「悪いパクリ」が混在しているのが特徴です。Remix曲を色々聴いてみると、クールで新鮮なパクリがどのようなものなのか結構発見があると思います。

 

nu-composers.hateblo.jp

 

というわけで、最後に私のおすすめRemix/アレンジ作品を挙げておきます。さようなら!

 

 

完PAPA宣言(PPAPA)/ピコ太郎

youtu.be

さだまさしの「関白宣言」のアレンジです。

 

ラジオ体操第一ハンガリー風味(短め版)/animebrass

www.nicovideo.jp

 

オウミ住宅フレデリカ/伯方

www.nicovideo.jp

 

 

劇場版「若おかみは小学生!」/高坂希太郎(監督)

eiga.com

令丈ヒロ子による小説「若おかみは小学生!」のRemix。アニメ版は主人公おっこの若おかみとしての成長を丁寧になぞるが、対して劇場版はおっこが両親の死を受け入れ成長する過程をメインに据えた構成になっています。

 

EUPHORIA(魔人制作)

アダルトゲーム「EUPHORIA」のRemix。ほんとにRemixされてるのでストーリーがまるで分かりません。

 

 

 

 (本当に優れたRemixは、誰かに教えてもらうのでは無く、あなた自身の手で掴み取るものです)

我儘な病、ミソフォニア

名古屋作曲の会ブログをご覧の皆様、はじめまして。

Niynuh(にーぬ)と申します。

(私がどういう人間なのか気になる方は以下のウェブページをご一読頂ければと思います)

会員紹介 | 名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

 

さて、今回始めて名作会にブログ記事を寄稿することに相成ったわけですが、何について書くべきか決めるのに長い時間がかかりました。

なぜなら私は作曲初心者の中の初心者。音楽の好き嫌いも激しく、うまいことを語れる素養もない。なんなら人の声すら憎んでいます。

にーぬに電流走る

「人の声を憎む理由」について書けばいいのでは?

 

と言うわけで、表題にある通り、私の持っているミソフォニア(とミソキネシア)について書くことにしました。

 

 

ミソフォニアとは

そうは言ってもミソフォニアについて知っている方は多くないと思いますので、簡単に説明を引用します。

音嫌悪症 (misophonia) は、他者が発する音に対して嫌悪や怒りの情動が惹起され、回避的あるいは攻撃的な行動を表出する症状です。ASMRとは対照的に、音嫌悪症は聴覚情報によってネガティヴな情動が誘発されます。

https://www.chukyo-u.ac.jp/news/2022/06/020966.html#:~:text=%E9%9F%B3%E5%AB%8C%E6%82%AA%E7%97%87%20(misophonia)%20%E3%81%AF,%E3%82%82%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%81%AF%E5%A4%9A%E3%81%8F%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82

中京大学プレスリリースより抜粋)

 

昨今YouTubeをはじめとする動画サイトで咀嚼音やタイピング音を高感度のマイクで収録した動画が再生数を集めていますが、このブームに私を含むミソフォニアは嫌悪感を持っているのです。

 

症状を引き起こす音の例

ミソフォニアの症状を誘発する音のことを「トリガー」と総称することがあります。

私の例を示しますと、

  • 咀嚼音
  • 啜る音
  • 呼吸音
  • 唾を飲み込む音
  • 咳払いの音
  • 鼻歌
  • タイピング音
  • マウスのクリック音
  • 鼻をかむ音
  • 紙をめくる音
  • ペンをノックする音
  • 足音
  • プルタブを開ける音
  • 笑い声
  • ため息

どれも生活の中で日に一度は耳にするような音ばかりですね。

こういったトリガー音を聞くと、破壊衝動の後に自己嫌悪がやってきます。

私の症状は(自分の認識では)軽い方なのですが、過去にX(旧Twitter)でストレスのあまり家でハンガーを引きちぎってしまう、という方を見たことがあります。

 

ミソフォニア当事者の日常

ところで、ここまで読んでこう思われた方もいるのではないでしょうか。

 

そんなんで生活していけるのか??

 

これは本当にその通りで、実際私はノイズキャンセリング機能付きイヤホンの上にイヤーマフを付けていないと外出することが難しいです。

(外出自体はもちろんできるのですが、例えば電車などの閉鎖的で音から逃げることのできない空間に上の装備をして行かないとストレスで狂いそうになります。大学受験や英語の資格試験の際にはお世話になっている心療内科の先生に診断書を書いていただいた上で別室受験させてもらったこともあります)

加えて、私は現在両親と実家で生活しているのですが、一緒に食事することを避け、自室で一人で食事を摂らせてもらっています。

ここで冒頭に戻ります。私が人の声を憎む理由、それは人から出る音を嫌悪するミソフォニアにあったという訳です。

 

ミソキネシア

以上原稿用紙4枚ほどの分量でミソフォニアについてだらだらと書いてきましたが、私にはミソキネシアという別の症状もあります。

ミソフォニアと比較してこれはさらに知名度が低いためインターネットで日本語の文献を探すのが難しいのですが、「ミソフォニアの動作版」と考えていただいて問題ないと思います。

先ほどと同様に私のトリガー動作の例を上げると、

  • 脚をブラブラさせる
  • 貧乏ゆすり
  • 扇子で扇ぐ
  • 歩く
  • 片足を上げる
  • 脚を組む、交差させる
  • 口を開ける
  • 髪を触る
  • 物を食べる
  • 杖や傘を地面に突く

などが挙げられます。

 

ミソフォニア・ミソキネシアと音楽

ここは名古屋作曲の会のブログですので、最後に音楽に関連したことを少しだけお話したいと思います。

当会では今後「打楽器アンサンブルの演奏会」を開催する云々という話が持ち上がっています。その際にミソフォニアとミソキネシアに関連する曲を演奏することはできないだろうかと考え、

 

すでに書き上げております。

 

演奏会が開かれた際にはまた解説記事などを書こうと思っているので、気長にお待ち下さい。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。それではまたいつか。

 

P.S.

この記事を読んで「もしかして自分もミソフォニアかもしれない」と思った方は以下のサイトを訪れてみるといいかもしれません。

misophonia.support

KNOWERのライブに行った

行きました。

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思えば私はライブによく足を運ぶほうだと思うんですが、ロックバンドとかにはあんまいかず、ジャズとかファンクとかその辺をよく見に行ってる気がします。その辺のロックバンドって、ライブ音源とCD音源にいい意味での違いがほとんど見られないんですよね。せめてライブに合わせて再編曲してくれ(映像とか演出に凝っているのならショーとして見に行きたい気持ちはありますが)。とまあそんな感じなので、私はライブに対して、音源からは想像もつかないインプロの応酬を期待して見に行ってるのかもしれません。あるいは全く音を知らないまま聴きに行くこともしばしば。

そういう意味では今回のKNOWERのライブは非常に満足でした。

 

いかれたメンツを紹介するぜ!

Louis Cole (Dr.)

ルイス・コール(Louis Cole)『Quality Over  Opinion』超絶技巧にしてマルチなセンスと演奏力の持ち主が完成させた4年ぶりのアルバム | Mikiki by TOWER RECORDSドラマー。KNOWERは実質彼のバンドでしょう。

 

Geneviave Artadi (Vo.)

Genevieve Artadi (@genevieveartadi) / X

プレジデント。Louisの家に住んでいる(ほかにもあと二人住んでる)。

Thom Gill (Gt.)

Thom Gill trio at Saporiカナダ在住のギタリスト。アンコールのOvertimeではまさかの口笛ソロを演奏してくれました。どうやら日本最終公演から披露されたようで、いいもん見れたなと思います。


10年くらい前にはTHOMAS名義でソロ活動をしていたようですが、今どうなってるかは不明です。ソロはこんな感じ。

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弾き語りかなと思いきやビートが入ってきたりと、結構渋くてかっこいいです。
後述するSam WilkesやChiquita Magicとはよく組んでたようですが、KNOWERで演奏するのは今回のツアーが初めてのようです。

 

Sam Wilkes (Ba.)

Sam Wilkes & Jacob Mann|イベント詳細|ビルボードライブ東京|Billboard Live(ビルボードライブ)激やばベーシスト。
一秒ごとに表情がめちゃくちゃ変わる。大体常に爆笑しています。

www.youtube.com最近だと長谷川白紙の曲に参加していましたね。

 

Paul Cornish (Key.)

Paul Cornish — Metropolis Ensemble

普段は結構ちゃんとしたジャズスタンダードを演奏しているみたいです。

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上品なソロ回しがKNOWERのハンドメイドな(B級な)雰囲気と絶妙に乖離してて、逆にぴったりあってて面白いです。
Samとは逆に全く表情が変わりません。

 

Chiquita Magic (Key.)

Chiquita Magic - Songs, Events and Music Stats | Viberate.com

本名はIsis Giraldo。LouisやGeneviaveのソロではコーラスとしておなじみです。
元々はIsis Giraldo poetry Project名義で生音中心のアンサンブルをしていましたが、思うところあってかChiquita Magicに名義を変更。今はソロで打ち込み中心の音楽を製作しています。

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www.youtube.com今回のライブではSam Gendel (A.Sax)が抜け、代わりに入っていますね。キーボードが増えた影響で、テクノっぽいサウンドの再現度が向上してました。

 

肝心のライブですが、アンコールのOvertimeがヤバいです。もうなんか全部それに持っていかれるし何ならお釣りもでる。

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改めて見ると
・ノリがめちゃくちゃ良い
・口笛?!?!??!??!
・Keyのソロの応酬がアツい

という具合にアンコールピースとして完璧ですね。
というかThom Gillの口笛ソロが面白すぎる。なんか音量が落ちて観客が不安になってシン......としたぐらいで口笛でインプロしていることに気づき歓声が上がるのが、完全にギャグなんだけど、実際に見るとこんなに楽しいことはないですね。
そして2番サビ後のKeyの応酬は、色々テイクがある中で、このソウル公演のが一番アツいですね~。技巧的に優れているテイクはほかにもあるんですが、アンコールで見たいのってこんな感じのやつかも。

そしてなによりベースとドラムのインタープレイが強烈ですね。他のテイクを見ても結構毎回ちゃんと違うのが驚きです。

 

前座がすでにヤバい

ヤバさのイメージ

 

今回の来日公演には前座があったのですが、前座が馬場智章グループでした。前座......?

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このメンツもだいぶ熱いので、その中から二人をついでに紹介していきましょう。

馬場智章(T.Sax)

一般的には報道ステーションのテーマ曲の演奏で有名だと思います。最近では、映画BLUE GIANTでテナーサックス奏者の主人公の演奏を担当したことでも話題でしたね。
彼曰く馬場智章グループの略称がBaba Bandらしいんですが、それだと違うBaba Bandが引っかかってくるので別の略称を考えてほしいです。

渡辺翔太(Pf.)

愛知県が誇る凄腕ピアニスト。コロナ禍でつぶれる直前のBlue Note名古屋で彼のライブを見たことがありましたが、本当にいい演奏をします(書く曲もすごくいい)。当時、愛知県でジャズやってる人間で知らないやつはモグリくらいの人気だったのですが、まさか4年の時を経てKNOWERの前座で合えるとは、感慨深いものがありました。

 

そんな感じで割とドリームメンバーがそろっていたので、正直前座でお腹いっぱいみたいなところはありましたね。本当にこれを前座として見ちゃって大丈夫なんですかね?みたいな不安も。会場だった梅田トラッドはおそらく二階に演者控えがあって、そこの窓からSam WilkesとThom GillがBaba Bandの演奏をずっと見てました。Samは終始笑顔でノりまくりでしたね。YOUずっとそれなのか。

 

ルイスコールの今後を予想

今回のライブはやたら編成が大きかったのも特徴でした。


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ホーンセクションがおる。しかも馬場バンドの面々とLouis Coleソロ来日公演で来てたメンツが!じゃあそれLouis Coleのソロライブと何が違うの?

実際最近のLouis Coleの曲と最近のKNOWERは違いがあんまり判りません。同じ人間が曲を書いているのである意味当然といえば当然なのですが、昔はソロは人力、KNOWERは打ち込みというように、ある程度差別化していました。今ではどちらも人力で演奏可能な範疇に収めようという意志を強く感じます。というか、Geneviaveが歌ってる/歌ってない以外の違いを感じることがかなり難しいです。

 


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この方向性が面白くないとは別に思わないのですが、じゃあ全部一緒でよくね?と思ってしまいますね。

 

そして編成は拡大する一方です。
Louis Coleの新作はオーケストラとの共作です。さらに40人の合唱団のための曲も発表されました。


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もう来るところまで来てしまったという感じがしますが、そもそもLouis Coleは昔の曲でもオケっぽい編曲をしていたり、ビッグバンドを引き連れて興行したりと大編成自体にはもともと興味があるようでした。

そもそもLouisはマルチプレイヤーですが、本当は大編成で演奏したいけど人が呼べなかったからマルチプレイヤーになって全部自分で録音していたのではないか?とすら思ってしまいますね。

 

音の質感や編成について、持ってるプロジェクトで全部同じような状態に移行しているので、どうやら彼はやりたいことが一つ決まったら全部にそれを適応してしまう癖があるようです。

 

さて、オケや合唱団と作品を作ってしまったLouis Coleが次にどのような編成で曲を書くのか予想してみたいと思います。

 

パターン1:へらす

流石に増やし過ぎるのもなんか違うなと反省したLouis Coleは、原点回帰して一人で音楽制作を始めます。KNOWERの次のアルバムは二人による宅録打ち込みアルバムです。

 

パターン2:そのまま

この編成が最善だと確信したLouis Coleは、オーケストラでの世界ツアーを開始します。KNOWERの次のアルバムは当然オケものになり、Louis Coleは第二のJeff Millsになります。

パターン3:もっとふやす

全然足りないとおもったLouis Coleは、際限なく編成を拡張していきます。その途中で仏教思想に邂逅し、梵我一如、すなわち全人類、全世界、全宇宙が自身と等しいことに気づき、太陽信仰トランスに移行します。そして77人のドラム奏者を集め、即興演奏主体の演奏形態を形成します。


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いかがでしたか?

3パターン考えたので、どれかはあたるんじゃないかな~と思ってます!それではこのへんで。