名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

一緒に聴いてよ、マイナー交響曲

オーケストラ

 花粉がつらい。なんで杉の乱交パーティーに巻き込まれなければならないのかという根本的な疑問が解けぬまま、毎年巻き込まれ続けている。なんだが、吹奏楽界のくだらない「批評するな騒動」に巻き込まれたのと同じ気分である。

 こういうときは、シンフォニーに身を委ねて、外出も控えるに限る。

 ということで、あれこれ書きましたが、また交響曲聴きたい症候群を発症したので、皆さんと分かち合いたいというだけの回です。5曲ほどご紹介しますので、一緒にあれこれ妄想していただけたら幸いです。あまりコメントが付くこともないのですが、ともに「批評」しあえたら良いので、思い切ってコメントしてくださったらなお嬉しいです。

 

1.Levko Kolodub/Symphony No.9"Sensilis Moderno"

 まず初めにご紹介するのは何かと最近話題のウクライナ出身の作曲家コロドゥーブの書いた第九番のシンフォニーです。書かれたのは2004年と新しく、非常に慎重にではあるもののモダニズムが入ってきます。モダン度合いはドイツ本流と比べれば1世紀ほど時代が異なっているかとは思いますが、深刻さと静謐さのコントラストが見事。途中から少しPopな要素、調性と民族性が現れるのもこの地域のモダニズムの受け取り方として納得です。タイトルは「敏感な現代」とでも言えましょうか。現代に対して感覚を尖らせているという意味と考えて良さそうかなと思います。

Levko Kolodub

 作者のレフ・ミコワヨビッチ・コロドゥーブは1930年ウクライナのキーフに生まれ、キーフ音楽院で学び、ウクライナ作曲家協会の理事長を務めるまでに出世します。
 日本では殆ど知られておらず、一部こどものためのピアノ曲集にその名を見ることがある程度ですが、実に4つのオペラ、2つのバレエ、交響曲は12曲残したという、立派なシンフォニスト。その作風は時代と共に変わりますが、シンフォニーをもっと体系的に聴くことができればもっと彼の変遷が理解できるのではないかと思います。

 さて説明が長くなりましたが曲を聞いてみましょう。サムネに使われているダリの絵画が強烈ですが、まあ気にせず音に集中してみてください。独特の折衷様式に立脚した独特との世界が聴けるはずです。

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2.Merab Gagnidze/Symphony No.65

 二曲目はジョージア出身のメラブ・ガニーゼの書いた第65番の交響曲です。交響曲をたくさん書いた作曲家というのはハイドンを除いて案外マイナーだったりするのですが、それにしてもすごい数です。
 ジョージアの作曲家の音楽は、旧スターリン体制下の影響が遅くまで残り、民謡性と社会主義リアリズム路線が残り続けることが多いのですが、ガニーゼの音楽はそこから脱却しています。65番の交響曲は終始、抽象的で静かな印象の曲ですが、ポツポツと散発的に置かれる和音が独特な効果を与えているように思います。不思議な雰囲気ですが、飽きることもなく聴けてしまうのは音に対する感性の強さと構成力にあるのかもしれません。かなりオーケストラも扱い慣れている印象で、静謐ながら極めて立体的な音楽構成が図られているように感じます。

Merab Gagnidze

 作者のメラブ・ガニーゼは1944年ジョージアトビリシに生まれ、トビリシ音楽院を卒業・作曲はダヴィッド・オレクサンドロビッチ・トラーゼに師事、その後モスクワに渡って活動します。
 モスクワでは児童劇場の責任者として働き、自身もそのジャンルに音楽を書いていたそうです。手元の資料には交響曲は54曲発表とありますが、存命の作曲家なのでその後も書き進みこの65番は割に近作なのだろうと思います。
 その他にもピアノ曲などがyoutubeで散見され、基本的には民族性の強い作風を貫いているようでした。さて聴いてみましょう。本人の公式チャンネルの音源です。

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3.王婕/Symphony No.1

 三曲目は中国生まれの作曲家王婕(Wang Jie)の交響曲第1番です。記念すべき第一番の交響曲は2017年に書かれた新しい作品ですが、内容は中国的な民謡性と現代的なPop性も感じるものとなっています。調性がはっきりと感じられるので微妙という方もいるでしょうが、譚盾の作ったラインにある作曲家と考えると、モダニズムもしっかり入り折衷的であるところなど、今の世代的な音楽と言えるかもしれません。
 中国的なポルタメントの多様と、アメリカで吸収したと考えられる金管楽器の大胆なら仕方がありそうでない雰囲気で、どちらの文化もしっかり吸収したということがわかります。また交響曲としては小ぶりで聴きやすく、疲れないのも良いところかなと思います。
 文革以降の中国の作曲家の動静は注目しなければならないものでもあり、若い世代の作曲姿勢を垣間見られるこの曲は重要な存在と言えると思います。なんとなく日本でやっても人気が出そうな気がしますね。コープランドアメリカっぽさをしっかり取り入れられているのが素晴らしいなと感じます。

王婕

 王婕は1980年に中国の上海生まれ。5歳でピアノの天才として知られる才能の持ち主で、2000年からマンハッタン音楽学校に渡り、リチャード・ダニエルプールなどに作曲を師事、学生時代に発表したオペラですぐに話題となりました。重鎮であるジョン・コリリアーノにも激賞されるなど、アメリカでの活躍は凄まじいものがあり、世界的にも紹介される作曲家になっていきました。
 様々な音楽の折衷様式を確立していますが、コリリアーノの言葉によれば、それらは単純なモチーフから紡ぎ出されており、今の音楽シーンでは珍しいとのことです。
 第1番の交響曲「目覚め」と題されていて、これは非常に広い意味をもった、主張のある作品になっていることを暗示しているように感じます。
早速聴いてみましょう。

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4.Julian Anderson/Symphony No.2"Prague Panoramas"

 四曲目はイギリスの作曲家ジュリアン・アンダーソンの近作、交響曲第二番「プラハの風景」です。作曲年は2021年でごく最近の作品ということがわかりますが、古典的楽章構成、サブタイトルも古典的と今の時代に書かれるべき作品なのかと疑問になりますが、聴いてみるとその疑問はたちどころになくなります。
 美しい交響曲としての美と、現代的折衷様式が非常に高度な書法で結実しており、現代から交響曲というものを見直そうという気概をはっきりと感じ取れる名作だと思います。日本にはこういう仕事のできる人がほとんど居なくなってしまいました。交響曲というハイドン以降はスタイルではなく美学そのものになってゆくものであり、哲学体系的にそれを理解せず、形だけ取ったJ-POPシンガーの駄作などを生み出してしまったのは国際的汚点と言わざるを得ませんね。またそれをゴーストライティングした人間も、まったく畑違いでありましたし、交響曲などファッションのようなものだとでも思っているのでしょうか。この曲を聴いてその理解度の違いと気概に気が付き、今すぐ馬鹿な行為はやめてもらいたいものです。圧倒的美しさと、構成力、さらに深い伝統愛に最新語法への研究とこの曲が示した現代の交響曲像は、もう無視できるものではないはずです。

Julian Anderson

 ジュリアン・アンダーソンは1967年にイギリスのロンドンで生まれました。英国王立音楽院で、ジョン・ランバートケンブリッジ大学でアレクサンダー・ゲーアに、加えて個人的にトリスタン・ミュライユにも師事しており、またメシアン、ノアゴー。リゲティのコースでも学んだというキャリアを持ちます。その後母校の英国王立音楽に奉職し、ハーバード大学を経て、ギルドホール音楽演劇学校で教鞭をとっているそうです。
 このあたりでピンとくる人は少ないと思いますが、バーミンガム交響楽団クリーブランド管弦楽団付きの作曲家を努めていたことから、吹奏楽作品も書いています。なんだか某日本のつまらない交響曲とも被ってきますが、全く土台が違うことがわかります。
 モダニズム・スペクトル・電子音楽を柔軟に使い分け、極めて感度の高い美しい音響を構築する作風で知られています。ときにはPopsの語法さえも取り上げ、とにかくその響きの世界は官能的にすら聞こえます。多くの師からの影響がはっきりわかり、充実した作風を形成し世界で高い評価を得ています。
さて聴いてみましょう。これぞ現代のシンフォニーといえるでしょう。

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5.Willhelm Killmayer/Symphony No.3

 さて本日最後に紹介するのは、最近で最も感動した一曲で、ドイツの作曲家ウィルヘルム・キルマイヤーの書いた第3番の交響曲です。聴いてみると同音の連打と突然の三和音、民謡的メロディの断片と、混沌とした和声などに満ちており、構成も何だ支離滅裂なようですが、これでいて極めて純粋な保守主義の作曲家なんです。ただメロディの作り方、全体の構成法が馴染みがないだけで、古典音楽とストラヴィンスキー的な音楽エッセンスをミックスして得られた真にオリジナルなものなため、我々は保守性を認識するのに時間がかかるのです。
 この作曲家は原始主義的な作風を持っていることから、オルフの系統を純粋に引き継でいると知ると、今度はなるほど曲が理解できてくると思います。三和音が躊躇なく現れ、無論旋法性、調性を持つ音楽です。ただトゥッティーよりも独立的に楽器を使う事が多く、巨大な編成の割にダイナミクスは抑えめにできています。
 本当に個性的で似た作風を採る人に心当たりがありません。キルマイヤーは3曲のシンフォニーを書いていますが、この3番はもっとも長大で20分、その他のものはごく短く、2番などはなんと8分ほどです。内容も充実しているので今回は3番を選びましたが、この独特の世界は他では味わえません。おすすめです。

Willhelm Killmayer

 ヴィルヘルム・キルマイヤーは1927年ドイツのミュンヘンに生まれ、基礎を学んだ後合唱指揮者となり、声楽作品を書くようになります。この作品がカール・オルフの目に止まり激賞され、彼に師事した後、アマチュアへの作品提供を主戦場とする独自の道を歩みました。
 一方でミュンヘン音楽大学で長年指導に当たり、先程来述べている古典と原始主義に立脚する作風を確立、保守作曲家の代表として独自の作風を構築しました。惜しまれつつ2017年に亡くなりましたが、徐々に作品の録音もなされてきているようで、もっと多くの曲が自由に聴けるようになると良いとの希望を持ってしまいます。
さあ聴いてみましょう。交響曲への先入観が吹っ飛びます。

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 さて今回も5曲ユニークだなと思った交響曲を紹介しました。いずれも劣らぬ傑作揃いだと思いますし、私もこういう次元で音楽をかければと思うばかりです。それと同時に優れた音楽は、現代日本のまずさも強く教えてくれるもので、狭くみっともない世界でだけスターになれることを、プライドと思ってやっている音楽の多さに辟易します。今後も力強く音楽の大海を紹介し、日本の狭さを打倒していきたいと思うばかりです。