名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

様々な協奏曲①

協奏曲

 皆様は協奏曲と言うと何を思い出しますか?

 ・ピアノ
 ・ヴァイオリン
 ・チェロ

 確かに王道ですし、名曲も多いですよね。これは作曲家の目からするとこれらの楽器がオーケストラを伴奏に従えたときに映える楽器だからなのだろうと思います。
 しかし楽器というのはたくさんあり、昔は書かれなかったようなコンチェルトも現代になるに従って増えていきました。一体どんな物があるでしょうか。書いた作曲家の略歴を添えて楽しんでみましょう。


・タップダンス協奏曲
 最初から相当の変わり種です。この曲以外に例を知りませんが、書いたのはアメリカの作曲家モートン・グールドです。

 

モートン・グールド

 モートン・グールドは1913年ニューヨークのリッチモンドヒル出身で、後のジュリーアドオン学院になんと8歳で入学し、研鑽を積みます。折悪しく不況の世の中で様々な映画館などでピアニストとしてバイトに励んだことがのちの彼の作風を決定づけることになります。彼は純音楽だけでなく、ミュージカルやポップスなども手掛け、あらゆるジャンルの作品を書くマルチ作曲家となりました。
 そんな中生まれたのがこの曲です。なるほど経歴を見るとちょっと納得という感じですね。


では聴いてみましょう。

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いやあ面白い曲ですが、これを踊りこなすソリストにもびっくりですね。

 

口琴とマンドーラのための協奏曲
 これもショッキングな編成による協奏曲ですが、実は現代の作品ではないんです。 書いた作曲はジョハン・ゲオルグ・アルブレヒツベルガーという古典派の作曲家です。

 

ヨハン・ゲオルグ・アルブレヒツベルガー

 もともと多くの協奏曲を書いたアルブレヒツベルガーは、1736年ウィーンの出身、ベートヴェンの師匠としても知られる作曲家ですが、アルト・トロンボーンの協奏曲なども書いていて、一部では定番作品となっています。
 口琴とは非常に原始的な楽器で口腔内に共鳴させ音と音階を得るもので、ジューズハープとも呼ばれます。 マンドーラはリュート属の撥弦楽器で今日見ることは稀でしょう。
 さて気になるその曲を聴いてみましょう。

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古典的な伴奏なのにビヨーンビヨーンと極めて異質なコンチェルトですね。生で見てみたい曲です。

 

・ゴミ協奏曲
 最早ふざけてるとしか思えませんが、要は打楽器協奏曲の亜流みたいなものです。
 そこらへんのガラクタで打楽器アンサンブルをして、その伴奏にオーケストラをおいたという感じですね。
 作曲したのはヤン・ヤルヴレップというカナダの作曲家です。

 

ヤン・ヤルヴレップ

 ヤルヴレップは1953年に生まれたカナダの作曲家で、ヨーロッパとアメリカの音楽、更にはロックやジャズのイディオムを取り込んだスタイルを特徴としているそうです。
 カリフォルニアで学び、作曲をルイス・デ・パブロ、アルシデス・ランザ、ウィル・オグドン、ロジャー・レイノルズに師事、その後カナダに戻ってオタワ交響楽団を活動の拠点としているそうです。

 

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 コミカルで楽しい曲ですね。これがガラクタで作られているというのもユニークです。 でも小さなお子様に見せると真似しそうでちょっと怖いですね。

 

アコーディオン協奏曲
 さて今日最後は日本人の手による作品です。アコーディオン協奏曲は歴史的にも何曲か書かれておりそこまで珍しくはないのですが、日本人による作品として紹介したくて選びました。
 作曲したのは菅原明朗、好奇心の強い作曲家で最晩年まで旺盛な創作活動を展開、近代日本の音楽普及に尽力した作曲家です。

 

菅原明朗

 菅原明朗は1897年に兵庫県の明石に生まれ、改宗カトリックとなり、その後ホルンなどを習得して上京しました。多くの資料で作曲は大沼哲に師事となっていますが、ご遺族により明確に否定されていて、大沼とは親友のような間柄だったとのことです。
 唯一師として挙げられるのは瀬戸口藤吉で、その後はイタリアの作曲家ピッツェッティなどとの交流から独特の音楽観を深めていったそうです。またマンドリンオーケストラの普及に尽力しましたが、これを捨て、その後は名伯楽として多くの弟子を育てたことでも知られています。

 

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日本の叙情性、聖歌性を兼ね備えた独特の響きですが、大変印象的ですね。

 

 他にも紹介したい協奏曲はまだまだありますので、いずれ次回にでも。
 秋の夜長にコンチェルトに浸るのも悪くありませんね。