さて皆さんは楽譜をよく読まれるでしょうか?
あるいは作曲行為をするでしょうか。
今はDTMが盛んなのでどんどん薄れてゆく概念に「強弱記号」があります。DTMでは「Velocity」というパラメータに統合されていて、これを適当に弄って調節しますよね。
しかしこれは本来的には誤りです。
強弱記号が示す大まかな作者の指示をもとに、演奏解釈がなされ、さらに人間のランダム性を加味して付加されるのがVelocityなのであって、これは相対的なものであるはずです。
またもっと踏み込んで言うと、強弱記号自体が歴史的に誤りを含んで理解されており、実は混乱しているものなのです。
ためしにあなたは以下強弱記号の意味をどう訳しますか?
はじめをきっと「強く」と訳しますね。
次のものは「その音を強く/その音を強調して」とかですかね。
これは誤りです。
この二つの強弱記号はそもそも別のパラメーターに属するもので、はじめのものを強弱記号本体と見れば、アクセントは付加記号で、本体の他のものと組み合わせて使うことができます。
では以下のものはなんでしょうか。
これは「F」という強弱記号本体に、アクセントのような意味合いの付加記号「sz」が付け加えられたもので、結果的に付加記号の一種になります。なので初等教育で習う「その音を特に強く」という訳は適切ではありません。
ではどう解釈すべきか。
私の打楽器の師匠である佐野恭一先生が良いことを言っておられました。
曰く「強弱記号本体は大きさ、付加記号は鋭さを表す」
なるほどそうなると強弱記号本体は「大きさ」なのでえ「loud」ということになりますね。そこに付加記号が「息の吹き込み、弓の速度、打楽器なら打ち込む速度」などとして機能してくる。つまりは「鋭さ」の付加要素と理解できます。
であるなら最初の記号Fは「大きく」と訳すべきでしょうし、アクセントは「その音を鋭く」と訳したほうがわかりやすいわけです。そうなると「sFz」は「その音を特に鋭く」ということになるでしょうかね。
では強弱記号本体にはどんな物があるかざっと見てみましょう。だいたい以下のものは初等教育で習うので見たことがあるでしょう。
次に付加記号を見てみましょう。これは他のアーティキュレーション記号と同義に解釈されるべきものですが、難しくなるのでアクセント用記号のみを切り出してみます。
これらを相互に合体させて色々な「強弱記号」が作曲家によって使い分けられており、中にはちょっと変わり種もあるのです。
今日は肩の力を抜いて、妙な強弱記号(慣用的な表記法が本来の言語を超えたもの、細かすぎてよくわからないもの、やりすぎなど)を見てみようと思います。
・やり過ぎ(f/pはどこまでつくのよ)
意外に身近な名曲にやばい強弱が隠れていたりします。
その代表例とよく言われるのが、かの有名なチャイコフスキーの名作、交響曲第6番「悲愴」の第1楽章です。
上のページをよーく見てみましょう。
なんとpが6つの記号がありますね。ピアニッシシシシシモと読めばよいのでしょうか。
これ以上は流石にないだろうという風に思いたいのですが、あるんですよね。
これもよーく見てみると…
うーんありますねpが8個、8Pですよ。にぎやかですねいや聞こえませんね。
じゃあ大きい方は?
まあ当然そういう流れになりますね。実は「もう滅多でっかくしてね」ってときは「Tutta Forza」と書けば済むのですけどね…。
やっぱりリゲティがやっちゃったんですよ。
よく探してください。
ありますね。フォルテッシシシシシシシモぐらいですかね。上と同じ練習曲に使われてるので探してみてください。
・微妙すぎてわからないやつ
上の方で強弱には付加記号としてアクセントの系統があるといいましたが、もう一系統その強弱に微妙なニュアンスを付加する記号があります。
piú より~
poco 少し~
mezzo やや~
meno より少なく
とこういうたぐいのものです。これが各強弱記号と混ざり合います。
上記のような感じに整理できるそうです。
基本的にはあまり多くの強弱記号とは併用されず、f/pそれぞれに付くぐらいが殆なのですが、ごく細かい指示をする作曲はこの常識を超えていきます。その代表格は私は武満徹だろうと思っています。
彼は自身の曲に極めて細かいニュアンスを書き込みます。その結果、異常にバランスの難しい曲が仕上がってきて、演奏者はその曲の優しさに比して、極めて強い緊張を強いられます。なんでも外向的な音を極度に嫌ったという彼の美学から来ているのだそう。
彼の話をする前にもう一つ、強弱記号同士の複合の話もしておきましょう。
この様に合体させると「大きく、直ちに小さく」という意味になってきます。そして上記のような普通はfとpの混合体で使われることが殆です。
でもやっぱりリゲティはこれを越えていきます。
プレビューデータで申し訳ないのですが、上の方になにか見切れていますね。
スフォルツァティシシモメゾピアノと読めばいいのでしょうか。色々な混合体なので意味は混沌としますが「非常に大きく鋭く直ちにやや弱く」という感じでしょうね。
さてこうやって混合させることができると知ったので、武満徹に話を戻しましょう。
以下は武満の晩年の大傑作「系図」のスコア冒頭です。
ここから色々探してみましょう。
こんな珍しい記号がいきなり山盛りです。どれも非常にニュアンスが難しいですね。
他のページに行くとこんなものも見つかります。
これは三善アクセントと呼ばれ、三善晃が多用したことで知られる記号ですが、日本では橋本國彦、海外ではメンデルスゾーンも使っていて、必ずしも三善晃が初出では内容ですが、ここではそれにpocoをつけています。
ポコ・メゾスフォルツァンドですかね。「少しやや鋭目に」ぐらいでしょうか。極めて演奏至難です。
ポコ・スフォルツァンド・ピアニッシモですね。非常に微妙な強弱記号です。
これは三善アクセントにテヌートが加わったもので、それをp-ppとハイフンを入れて区切っているので「弱く直ちにより弱く」となるのでしょうか。もうどうやったらその表情がつけられるのか見当もつきません。
じっくり読むと枚挙にいとまがないので、探索はこれくらいにして、素晴らしい曲なので聴いてみてください。
・そんなにレアじゃないけどあまり見かけないやつ
付加記号にまだ紹介していないものがあります。それが「r」を「f」の前につけたものです。
これはリンフォルツァンドと読み「その音を突然強く」という意味とされています。見たことない方が多いと思いますが、中高でよく歌われる合唱曲に用例があります。
非常にポピュラーな曲で、松井孝夫が作詞作曲した「マイバラード」という曲です。
彼のデビュー作でもあったそうですがちょっと見てみましょう。
よく見ると下の方にありますね。
これ普通のフォルテかsfと思って見過ごしている人がほとんどじゃないでしょうか。学校の音楽の先生、貴重な記号なので正しく教えてあげてくださいね。
・もはや読み方がわからない
これまで見てきたように、強弱記号というものは案外体系化されておらず、実はグチャグチャなカオス状態にあるということがわかりました。
その強烈な例を発見したのでご紹介します。あの新しい複雑性を代表する鬼才ファーニホウの楽譜の中にあります。
これは打楽器独奏の曲なのですが、どうやって叩くんだというぐらいに難しいですね。連符が読めません。
しかしその中に気になる記号が…。
なんとメゾピアノにzを付けてしまいました。
確かにzをfの後ろにつければアクセント系の記号fz(フォルツァンド)になります。しかしForte+zandoなのでFortsando→Forzandoと活用されて成り立っていると思うので、pに付けたら読みがわかりません。おそらくPiano+zandoなのでPianzatoかPianandoになるのかと思いますが、定かではありません。ここまで見てくると意味はわかるのですが、これは衝撃的な記号です。
どうせ現代音楽だからでしょ?普通は使わないけどパラメーター操作の結果できたやつだよね?
まあそんな声が聞こえてきそうですが、なんと非常に有名な曲に同じ記号を見つけてしまいました。
吹奏楽経験者でこの曲を知らない人は絶対いないという超有名曲、アルフレッド・リードの書いた「アルメニアン・ダンスPart1」がそれです。
早速それが登場するページのスコアを見てください。
見つかりますか?
ありました。なんとリードが使っていたなんて!衝撃でしかないですね。しかしこれ正確にはなんて読むのでしょうか。識者がおられたらご教授願いたいところです。
さあ皆さん、実はカオスな強弱記号、堪能いただけましたか?すでにあなたの頭の中は、今まで教わってきた常識が崩れ、ものすごく自由に細かくなったでしょう。
今日紹介した意外にも色々見つかるものがありますが、それぞれ「何だ適当にやろう」なんて思ったらだめですよ。それは作曲家からの大切なメッセージなんですから。
ちなみに「mpz」がアルメニアンダンスPart1にあるのだから、不思議になって調べた人がいるかと思ったのですが、質問箱に1件あっただけでした。回答者は皆、回答をパスしていたという次第。それ以外はなんの文献も、ブログの端書すらも見当たらず、ああ吹奏楽なんて所詮こんなもんかと改めて嘆息した次第です。
「繰り返しになりますが、皆さん、ちゃんと楽譜読んでますか?」
-どなたとは申し上げませんが、小さな旋法の世界に拘泥して理論を掘り下げていては、大海はおろか、水溜りすら見えないで一生終わりますよ。それで音楽を知ったことになるんですか?