名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

RMCチャンネルとリアルなピアノ演奏の関係

四分音ピアノ

 私の個人研究と名古屋作曲の会の活動を繋げ、協力という形で運営していただいているYouTubeチャンネル「RMC」は、このブログの読者の皆様ならすでに登録していただいていることと思う。
 基本的には今は日本の作曲家に焦点を当て、忘れられたり、極端に演奏回数の少ないものをデジタルの打ち込み技術を使って再現し、なるべく低コスト運営でありながら、聴取に耐えるクオリティのデータとして皆様に聞いていただこうという趣旨のものだ。
ちなみにあまり言っていないのだが「RMC」とは「Rare Music Collections」の略である。
 そのうち諸外国の楽曲も発表していくと思うが、今は研究範囲が日本の作曲家なのでそこに注力しているというわけだ。

 ところでそのチャンネルに上がる音楽を楽しんでいただいている皆様は、実はここに乗せている音源にはかなりのこだわりを持って作っているということにお気づきだろうか。
 その代表的例が「ピアノ音源」の選定である。世界には無慮山のようなピアノメーカーがあり、それぞれのピアノメーカー、さらにモデルによっても音は違う。またその音が楽曲に合うか合わないかという非常に厄介な問題も実際にはあるのだ。
 本来はその「溝」はピアニストの腕によってカヴァーされるものなのだが、打ち込みとなると「演奏の腕」は存在しなくなってしまう。それなので、他の方法でそれを穴埋めしなければならなくなる。もっと言えば音楽というのは楽譜に示されているものは、基本的な曲のあらましであって、その上位に「解釈」というものが大きなファクターとなっているものである。その楽曲の背景や、作曲家の性格、あるいは時代などを考え、一つずつのフレーズやハーモニの意味を考え、それをより表現に加えるべくテクニックを駆使する。しかしこれも打ち込みとなってしまえばテンポにはめて、ただ流れる音の羅列になってしまいがちだ。Popsにおいてはそれもまあ当たり前であり、出た音を以下にして混ぜ、以下にして仕上げるかという点に、クラシックより大きな比重が置かれている。それが正しいかどうかは問題ではないが、打ち込みを使ってクラシックを音源化するというときには、この哲学の違いが強く表面化して障壁となってしまうのだ。

 当チャンネルを運営する前から私は打ち込みを行っていたこともあり、また生録の時代も現場でたっぷり経験させていただいていた。ましてクラシックの演奏会の企画や運営、場合によっては下手くそながら演奏だってしていたから、どちらの哲学もよく分かる。ではそこに架け橋をかけて、なにかいい方法を構築できないだろうかと考えた。そしてその技術の確立は「日本人作曲家の研究」を始めたことと、ネット上での多くの方々との出会いなどを経て急務となった。

今日はRMCチャンネルの音源制作に関するこぼれ話を紹介しようと思う。

 

Notion

 まず曲の打ち込みについてだが、私は五線譜を正確に打ち込んでから色付けするスタイルを採用しているので、はじめのプロセスはPresonusというメーカーのNotionというソフトを用いている。これで追いつかない複雑な曲の場合はAVIDのSibeliusも併用することになる。

 

クラシック音楽の譜例


 なぜそうするかというと、Popsでは馴染みがないかもしれないが、Classicの曲は強弱やテンポ変化が楽譜に記載されているので、これを正確にそのまま打ち込んでいきたいという理由からである。強弱も作曲家によっては、例えばクレッシェンドや、デクレッシェンドなど、どのレンジからどのレンジまで変化させるのか詳しく書かない人もいる。このままでは使えないので、解釈を加えだいたいこの位の量の強弱変化にしようか決めて、空白を補完していくようにする。

 

基本的な打ち込みの例


 そうして打ち込んでいったものを基本データとする。

 

アルペジオを加えた例

 この基本データにさらに解釈を更に加える作業を行う。解釈を加えるというのは、言い換えれば人間の感性と知識による演奏への反映を、打ち込みの各種パラメーターに置き換えて譜面に加える作業と言える。
 例えば大きな手の作曲家の作品には、しばしば普通には届かない和音が書かれているが、そういった場合演奏者はアルペジオにして弾くのが通例だ。なのでこのアルペジオを入れることをするだけでグッとリアル感が増すわけである。

ペダリングの例

 次に人間のテンポの揺れをこの時点で加えていくこともしてしまう。この部分は人によっては後でDAW上で書き込んだほうが良いという人も多いと思うが、あえてここですることであまりにナチュラルに変化することをやめ、人間の不器用な側面を強調することでリアル感を加えている。
 そして極めて難しい、フレージングとペダリングの問題だが、これもNotionなどはその記号を打てばある程度反映は手軽にできるので、解釈しながらこれも加えていく。

StudioOne

 ここまでで一次処理が終了する。この後はソフトをPresonusのStudioOneというDAWにうつしての作業となる。ただこの先は、案外自分の仕事の核心に近い部分もあって、企業秘密が多くあるので、見せられる範囲のことを紹介していこうと思う。

 まずは楽器の選定だ。解釈の結果、どのような場所でどのような楽器を使うかという像を想像する。そしてぴったりなシチュエーションと音色を決定していくことになる。
例えば下記の例はプレイエルのピアノの音源を利用している。

 「ショパンの真似っこ」と作曲者の岡本正美先生が書いていることから、ショパンの愛用したプレイエルの音で、小規模なホールで演奏させるのが良いと判断したからだ。

 

ショパン/岡本正美

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使用した音源はこちらである。
acoustic samplesのOLDBLACKGRANDというものである。

https://www.acousticsamples.net/oldblackgrand

 懐かしさとぬくもりを感じられ、倍音成分に高音のピークをランダムに含んでいる印象がある。金属質とこもった木のぬくもりの両方を持ち合わせており、なるほどに室内での演奏に映える音だと感じる。


 そこで今度は演奏場面を考える。

 打ち込みでは演奏場面を再現するのはリバーブと呼ばれる言ってみれば余韻や奥行きなどを作るソフトを用いることで再現していくことになる。特にその中でもIR系と呼ばれるものは、その場所自体の反響をデータ化して反映するので、実際のシチュエーションを再現するのに楽である。
 ここで用いるのは基本はAudio Ease社のAltiverbだが、実際の反響と言っても聴いてみると案外かかりすぎたりするので細かく修正して使う。

https://www.audioease.com/altiverb/


 また単純にIR系だけでは、案外その場所で響いてきてほしい倍音が出ないなどということもあるので、ここはMixでもう一種類、マスタリングでもう一種類のリバーブを混合させて作っていく。後者2つは私の音の核心なので企業秘密とさせてほしい。

 上記のようにシチュエーションと、聴衆の距離や楽器を決めていくのだが、上記とは違う楽器と設定を用いた例も聴いてみよう。

 

ピアノのための悲歌/平吉毅州

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 この曲はシャープでありながら響きの中から染み出す美しい倍音がほしい。そこで私はNative Instruments社のNoireを用いた。この音源は大変良くできており、少し設定をいじって現代的なピアノの表現に向くテンプレートを作ってある。

https://www.native-instruments.com/jp/products/komplete/keys/noire/

 そしてシチュエーションはやや大きめのホールで、ホールの残響が美しく残るように設定している。ここではIR系は用いずに倍音付加系のリバーブを中心に作ってある。
おそらく違いがはっきりわかるのではないだろうか。

 

 もう一例紹介してみようと思う。

 

松木/小学唱歌「故郷」の主題による10の変奏曲

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 この曲は大変生真面目な変奏曲であり、教育者として活躍した作者の像そのものを感じるものとなっているように思った。そこで学校に多いYAMAHAかKAWAIを選ぼうと考え、今回は後者のKAWAIのピアノの音源を選んだ。この音源は一般的に普通に感じるピアノの音をちゃんと出してくれるのが特徴で、acoustic samples社からKAWAI EX PROという名で発売されている。

https://www.acousticsamples.net/kawai-ex-pro

 ちょっとした欠点として、ノイズがしっかり収録されているため、ペダルノイズや打鍵の音がかなり強く出る設定になっているので、これを適宜調整するのがなかなか大変である。そして教室的な場所か体育館的な場所というイメージをカラーリングで作ることのできるリバーブを用いて表現してみた。

 

 どうだろう、3つの全く違う楽曲の個性が強調されて響いてくれているのではないだろうか。


 次に人間的というものを考えねばならない。人間が演奏したときに起き、普通の打ち込みでは起き得ない事がある。それは演奏のばらつきである。打ち込みではすべてがぴったりになる。実際には和音を弾いたつもりでもそれは細かいばらつきを含んでいて均等ではない。また強弱もはじめにつけたものを基準としながらもばらつくのである。
 これを再現するのが「ヒューマナイズ」という機能であるが、この設定はかなり結果に直結するため、相当に気を使って作る必要がある。

ヒューマナイズ

 これが私の使うヒューマナイズの設定なのだが、各パラメーターの値は企業秘密ということでご勘弁願いたい。ピアノの打ち込みに悩む方はこの設定を細かくいじって、何が自分のほしい音なのかをはっきりさせておくと良い。
 しかしこの処理をすると、音の尻尾が伸びすぎて次の音に干渉するなどのトラブルも起きてくるので、これらをこの後手動で調整していく。


 さあ大体これで狙った音になってくるので、次にMixの処理をしていく。
 

 私はここまでで音を作り込んであるので、ここからはEQの処理を基本としてMixをする。

 

EQ

 一般的にはここでは突出した部分や、他のパートと干渉する部分を削り、足りない部分を持ち上げるなどするのだが、私は全く違う考え方でEQを用いる。すなわち、その楽器やシチュエーションの特徴をさらに補うという意味でEQを用いるということだ。
 この結果、Mixとしては悪い音と評価される要素が際立つこともあるが、それがその曲にあっているなら良しとするのが私のこだわりだ。
 数値的なバランスの良さは音楽の核心には直結しない。いくら数値が良くとも、いくら素晴らしい機会をくぐっていても、生きていない音であればそれは意味を成さないと思うからである。
 ということで上記の例は割にシャープな現代曲の例だが、あえて高音のピークを切っていないのがポイントになっている。実際にピークが切られていないので強く響いてしまうのだが、そのキンとした音がこの曲には必要だったからである。

 他にいくつかの処理を行うが、ここまで決まればマスタリングである。

 マスタリングは一般的な観点からするとかなり特殊な方法を用いるのでここでは割愛したいが、一つだけ言えるのはメーターはごく品質の良いものを使い、常に音を観測しておくということは忘れないようにしているということだ。その上で大まかに処理をまとめると、マスタリングリバーブダイナミクス、マスタリングEQ、ダイナミックEQ、ステレオワイダー、ノイズクリアといった処理を中心に行っている。
 このときに逆にノイズを付加したり、アナログ感を出すためにリールシュミレーターやレコードを通すこともある。そういった場合は特殊な狙いを持っているので、クリアに仕上げるプロセスは省略する。

 こうやって出来たのがRMCの音源データである。

 とことん生っぽさや、解釈にこだわったナチュラルな音を心がけて作っている。
 ちょっとだけ秘密を言うと、あえて間違えた音を加えることもある。これは偶発的なミスタッチを加えてリアル感を増すという方法で、難曲に行うと正確性の観点はなくなるが、より曲が生きる場合があったりする。
 作曲者には申し訳ないが、リスナーがその世界に浸るために必要ならそこまでする事が重要だという価値観を持って臨んでいるので、平にご容赦願いたい。

 案外手間暇かけて、さらに音源やプラグインも揃えて臨んでいるので、利益化しないようでは苦しいには苦しい。しかしそんなことより、私は文化をつなぐバトンを大切にしたいので、これら購入したものは他の仕事でペイして、なるべく永続的に続けられるようにしていこうと思っている。そして一人でも多くの人が当チャンネルを発見して、興味を持っていただけたら望外の幸せである。