名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

コンテンポラリーの回廊 - 俺の試聴部屋1

f:id:nu-composers:20220131002816p:plain

コンテンポラリーの回廊

 どうも榊山です。アイキャッチ画像とタイトルからピンとくる方も多いでしょうが、NHK-FM片山杜秀先生のお送りされるところの「クラシックの迷宮」の「私の試聴室」のパロディをやってみようと思いつきではじめてみました。
 まあ内容は私が研究で最近聴いた曲の中から印象に残るものをいくつか紹介するという単純なものですが、はっきり行って日本の作曲シーンは世界に20年は遅れ始めてきているとも言える部分があり、そういった意味で自国の文化の再評価とともに、海外の最新音楽事情を捉えることは重要極まりないことだと思います。
 昨今の作曲家は研究不足否めないと個人的には感じています。全員が全員近藤譲先生のような知の巨人になれるわけではないでしょうが、それでもその域を目指して研鑽に励むべきではあります。私も弟子たちに口を酸っぱくしてい言っていますが、まだまだ伝わってるのかどうかという感じです。しかし教える側が怠惰を極めていては全く話にも何もなりません。
 音楽は感性ともいいますが、それより前に経験芸術であることを忘れてはいけません。経験芸術の最も核となる部分は研究に他ならないのではないでしょうか。

 とやや口うるさい立ち上がりではありますが、早速最近私が聴いて研究したものの中からいくつかご紹介しながら、皆様とその音楽について考えを深めていけたら幸に存じます。

 

1.Soaring Souls/Bernhard Gander

f:id:nu-composers:20220131003005j:plain

Bernhard Gander

 はじめにご紹介するのは1969年オーストリア出身の作曲家ベルンハルト・ガンダーです。若い頃にギター、ピアノ、ドラム、サックスに触れたことが彼の人生に強い影響を与えたようです。その後グラーツで、ベアト・フラーについて作曲を学び、現在はウィーンを中心に活動している作曲家です。
 出で立ちからメタルミュージシャンかと思った方も多いかと思いますが、ほとんど正解です。ナパーム・デスのシャツを着てますからまあ当たり前ですね。しかし彼は紛れもなくコンテンポラリーミュージックの作曲家でもあるわけです。平たく言うとメタルとコンテンポラリーのクロスオーバー的な作品を特徴とする異端作曲家という評価をされています。
 しかしその異端視はどうなんでしょうか。クラシック側の驕りとでも言えるようなつまらない蔑みの感情が隠れているように見えて非常につまらなく感じます。彼の音楽は紛れもなく、ある意味で泥臭く独特の方角に向かって先鋭化することである種の洗練を獲得したと言えるのでは無いでしょうか。メタル的なマナーを使ってはいるものの、曲を書く方法はパラメーター的でありしっかりとコンテンポラリーの手法で書かれています。この絶妙な境界線の突き方は、私からすれば楽音と騒音の境界を絶妙に突いてみせたハヤ・チェルノウィンとなんら変わらない価値を感じます。事実として彼の作品は名門エディション・ペータースから出版されているのですから。
では聴いてみましょう。

www.youtube.com

 

2.Dialogue with the Ghost/Debra Kaye

 

f:id:nu-composers:20220131003227j:plain

Debra Kaye

 デブラ・ケイは1956年生まれのアメリカの作曲家で、ピアニストでもあります。世界中の民族音楽やジャズをも自分の言語として取り込み、自由に言語を組み合わせてニュー・オリエンタルな雰囲気の作風を確立しました。これまでにBruce Hungerford Edith Oppens Ruth Schonthal Todd Briefらに学び、New York Composers Circleのメンバーとしても活躍をしています。
 今回ご紹介するのは無伴奏チェロの独奏曲なのですが、そういった彼女の作風が全面に出た非常に面白い曲だと思います。控えめな特殊奏法や奏者が発する声が効果的に使われ、音楽全体は非常に聴きやすい旋法性の強いものになっています。しかしその音楽が表現するのは前時代的なオリエンタリズムではなく、しっかりと独自の言葉で新しく形作られたものとはっきりわかり、その眼差しと感度の高さを物語っているように思います。それでは聴いてみましょう。

 

www.youtube.com

 

3.quatuor à cordes n°3 "Shadows"/Yann Robin

 

f:id:nu-composers:20220131003420j:plain

Yann Robin

 ヤン・ロバンは1974年生まれのフランスの作曲家です。やはりジャズも学んでおり、多面性のあるベースを持っているようです。作曲はジョルジュ・ブフ、フレデリク・デュリユー、そしてミヒャエル・レビナスに師事しており、デュリユー的で精緻な構成にレビナスの影響を落とし込んだというのは納得のできるところでもあります。極めてノイジーな音楽を書きますが、それが非常にただノイジーなだけでなく、実に軽妙洒脱にまとまっているのが彼の音楽の最大の特徴でしょう。このことで一見聴きにくい響きでもスッと聴かせてしまうカジュアルさがあり、コンテンポラリー最先端であってもファッションカルチャーとしての存在感とにたものを感じる部分があります。
 最近はすっかりアメリカにその座を奪われているコンテンポラリーシーンにあってフランスの面目躍如たる素晴らしい作品を書いていると言って差し支えないと思います。
 今回選んだのは弦楽四重奏曲第3番「影」と題されたもので、特殊奏法だらけの音楽が高速に進んでいくような構成です。ポストラッヘンマン的とも言える響きですが、どうにも癖になる音楽ではないでしょうか。では聴いてみましょう。

 

www.youtube.com


4.MOULT/Clara Iannotta

f:id:nu-composers:20220131003607j:plain

Clara Iannotta

 続いてはイタリアに1983年に生まれたクララ・イアノッタの少し長い作品を聴いてみようと思います。ミラノ音楽院、パリ音楽院、そしてIRCAMで学びアレッサンドロ・ソルビアティ、フレデリク・デュリユーに学び、ハーバードでハヤ・チェルノウィンにも師事しています。またハーバードではスティーブン・タカスギ、ハンス・トゥチュクにも師事し、ブライアン・ファーニホウ、フランク・ベドロシアン、ピエルルイジ・ビローネにも指導を受けるなどエリート街道をひた走ってきた作曲家です。
 その作風はいわゆるポストチェルノウィン世代のそれであり、ノイズのデザインとそのスペクトル分析を中心に、ノイズの倍音を楽器で再現することによる楽音の領域の拡張と、非楽音の倍音の捉え方への挑戦を主としています。
 このタイプの作風をもった作曲家多くいますが、それぞれ立ち位置が異なり、イアノッタはその中でも非常にノイズ倍音の聴かせ方が美しく、曲の構造もシリアスになりすぎない良さがあるように感じます。チェルノウィンの影響は大きいものの、やはりデュリユーの構造的音楽の影響をしっかり引き継いでいるようにも思います。
 今回紹介するのは室内オーケストラのための「脱皮」と題された曲ですが、生まれ変わり、脱皮、或いは変身といった意味合いを内包させていて、それに準じた騒音のサンプルから上手く素材を切り出して、響きによる物語を構築しいるように聞こえます。ポストチェルノウィン世代でも国際的評価の高い作曲家であることに納得がいく名曲ではないでしょうか。

www.youtube.com


5.mammal/Fjóla Evans

f:id:nu-composers:20220131003819j:plain

Fjóla Evans

 最後に紹介するのはカナダ系でアイスランド出身のフョーラ・エヴァンスです。1987年にレイキャビクに生まれエレクトロ・アコースティックのジャンルを得意とする作曲家、チェリストとして活躍しています。作風は明らかにポストミニマル的であり、これはBang on a Canのメンバーとしても有名な作曲家ジュリア・ウォルフに師事したことが非常に大きいと言って間違いないでしょう。
 少ない素材をとつとつと変化させていくのですが、変化はわりに大きく気がつくと音楽は大きく変質していくというスタイルを持っており、またその響きは極めて北国の冷たさを湛えている点にも注目が必要と言えます。
 今回はプリペアードを伴うピアノの独奏のために書かれた「mammal」という曲で、このタイトルの意味はなかなか面白く一般に「哺乳類」と約されますが転じて「母」や「胸」を意味したりもするようです。なるほど哺乳類における「母性」やその象徴としての「乳房」の意味を内包させた、とても女性的で官能性すらももった音楽と言えるでしょう。乾いた空間に響く長い変奏曲のような音楽は、なるほどそうした女性の感じ方の物語とでも言えるのかもしれません。

www.youtube.com


 いかがでしたでしょうか。

 最近はメディアが発達し、海外の最新の音楽事情がすぐに聴け、研究もできる素晴らしい時代です。しかしはじめに書いたとおり古い因習の中にしかいようとしない日本の指導層に今回紹介した作品のようなひらめきはどんどん薄れてしまっています。もっと聴き、真摯に学んでいくことが強く求められ、またコロナ禍にあってはまさにそのような研究にこそ時間を割くべきなのではないでしょうか。

 ということで新シリーズ「コンテンポラリーの回廊 - 俺の試聴部屋」ではこのような感じで時折、新しい音楽を紹介するシリーズとして続けていこうと思います。
ともに味わい、深く思考してみていただけたら幸いです。