名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

私の愛した吹奏楽作品-邦人編1

夏だ、吹奏楽だ。

 いつも私といえばアンチ吹奏楽発言をしている「うるさいおぢさん」の一人なのだが、そもそも私自身は吹奏楽部出身だったりする。初めてそれらしきものに触れたのは小学校のクラブ活動で、はじめの楽器はTubaだった。しかしそれまでリコーダーが得意だった自分には、同じ指使いで様々な倍音を得ることで演奏をする金管楽器がどうにも馴染めなかった。
 中学校に入ると「ブラスバンド部」に入部した。当時は、ブラスバンド吹奏楽、すなわちウインドオーケストラの違いが明確に認識されておらず、ブラバン吹奏楽と同義語だったわけだ。もともと木管志望でFluteを吹いてみたかったが、吹奏楽あるあるで人数が足りていた事もあって、打楽器パートにスカウトされ打楽器を担当することになった。そのときパートにいた先輩が優秀だったのと、ちょうどその中学では新入部員が多くなり、講師の先生を立てることになったのも幸いして、自分は現代音楽と吹奏楽に強く惹かれていくことになった。ちなみにいまは活躍されている中原朋也先生がお若いときに指導されに来てくれていた。まあ当時の話は黒歴史でしょうから黙っておきます(笑)
 すっかり打楽器で気を良くしたのでそのまま音大へ進むことを考え始めたのもこの頃だった。作曲は趣味で小学校3年から始めていたが、このときは打楽器で進むことしか頭になかった。
 高校に入ると「吹奏楽部」を志望し、当然打楽器経験者ということで優遇され、そのまま打楽器パートへ。良い先輩と仲間にも恵まれ好き放題できたのも、音楽好きへ拍車をかけた。この頃になると自身の作品も書いて演奏をするということもやっていたし、打楽器を本格的に学ぶべく佐野恭一先生に弟子入したのもこの頃であった。今考えると、部活動でやっている曲を佐野先生のレッスンに持っていっても、全く教えてくれないどころか、そういうものに集中するくらいなら基礎練をするように言われた。当時はその意味がわからなかったが、先生は吹奏楽における打楽器の在り方に疑問を持っておられたように感じる。
 そして念願かなって桐朋学園大学音楽学部演奏学科打楽器専攻に入学したのだが、入学して早々に打楽器への熱が失われていってしまった。一つには作曲行為への情熱が高まったこと。もう一つは自分がさして演奏がうまくないことを知ったからというのが大きい。最も決定的だったのは、将来食っていくことを考えたときに、音大という機関がその役割を果たしきれていないことに危機感を感じたというのもある。なんだかんだあって、作曲方面に軸足を移し、校外での活動に力を入れるようになって、気がつけば作曲家、事業家として身を立てることになっていった。
 とはいえ、まだ吹奏楽との因縁は続いていて、仕事で指導に回ることが多くなってきた。打楽器パート以外に指揮も振れ、楽曲解釈もできるということで結構たくさんの学校にかかわらせていただいた。その一つに母校の高校があったが、そこでどっぷり吹奏楽の世界にひたり、多分世の中の吹奏楽人口の多くが経験するような、およそ音楽の真の姿とはかけ離れたガラパゴス経験を深めてしまったのだ。
 しかし時はたち、Popsのアレンジャーとしても活動をする頃から、部活動の指導におけるギャラのやすさも災いし、学校と多くトラブルを抱えるようになってこの世界に疑問を覚え始めた。
 まず第一に指導者にプロが少ない。せいぜい学生のバイトと、専門外上がりの趣味人が指揮をしている環境で、正しい音楽教育がなされておらず、教員で作られる吹奏楽連盟という組織自体の問題や腐敗、一部の学校への利益誘導に辟易させられた。そしてなによりこの頃から、ブレーン社、カフア社、フォスターミュージック社など一部の大手出版社が、レンタルという方法と、一部の作曲家を神格化してブランディングを行うようになって、内容ではなくビジネスモデルとして吹奏楽の世界を自分たちの利益源として搾取し始めたことに苛立ちを隠せなくなってきたのだ。
 かくて、吹奏楽で育った青年はこの世界のアンチとなり、もっと本格的な音楽を吹奏楽で演奏できるようにしないと、この世界は閉じきって潰えてしまうという焦りを感じ、「うるさいおぢさん」となって行ったのであった。

 と、自分と吹奏楽の関係をまとめて無駄な自分語りをしてみたが、上記に指摘した通り、今の吹奏楽はただの商業音楽が芸術音楽のフリをして歩く、一種のアパレル業界と似た構造になっていると思っている。そしてそれが、青春ポルノのを地で行き、コンクールでの感動という偽善を中心に、一部スター作曲家(日本の吹奏楽の世界でだけスターで、実際には時代遅れの落ちこぼれがほとんど)を神格化し、また一部強力な指導者の権力の掌握によって腐敗していくだけの完全に閉じた世界に成り下がった原因だと考えている。これは正当な音楽文化とは言えず、上記3社等が行った機会剥奪と文化蹂躙は、他に類を見ないほどの悪辣ぶりであると断じざるを得ない。
 一方で、ちゃんと書かれていると感じる曲ももちろんあるのだ。そこで今回は邦人作限定で私が好きな吹奏楽作品をあえて紹介してみようと思う。良し悪し、好き嫌いは所詮主観で、音楽に正解など無いのだから、本来どうでもいいが、作曲家もファイティングポーズをとれないどころか、権威迎合と虎の威で全く戦おうという姿勢のない状態、そしてそれらを神と崇めてしまう構造の歪さは、あえて誤りであると指摘し、もっと広く大きな世界を若者に知ってもらいたいとの願いを込めて、コンクールたけなわのこの時期にこの記事を捧げたい。

 さてこの手の記事を書こうとすると、どうしても古き良き作品ばかりになってしまう。それは今の「吹奏楽作曲家」諸君があまりにも情けなく、拙い知識と筆で書くから必然的にいい曲が生まれにくくなっているからに違いないが、まあそこをあえて新しい方の作品にも目を向けて語ってみようかなと思っている。
 その理由は若者が多く触れる分野で昔語りばかりでは、到底理解は得られないだろうということと、芸術だと思っていたものが歌謡曲以下の価値しか無い世界から、一気に芸術作品に触れても理解が追いつかないだろうから、段階を経て行きたいという理由があるからだ。

なにはともあれ、軽めのピースから結構良いじゃんと思ったものを。


メルヘン/酒井格

酒井格

写真引用:大阪音楽大学Web

 酒井格は1970年大阪市出身。自身が吹奏楽経験者であり、代表作「たなばた」は高校在学中に書かれた。その後大阪音楽大学に進み、田中邦彦、千原英喜に作曲を師事、現在も吹奏楽を中心に活動している人気作曲家である。

 2024年度吹奏楽コンクール課題曲IIIの当曲。私がこれを選ぶのはだいぶんと意外な気がするかもしれない。しかし酒井氏はもともと無町的な響きには抵抗があり、一貫してどの編成でも調性音楽、それもかなりロマンティックなものを書き続けた人であることを考えてみよう。どうしても初期の名作「たなばた」ばかりになり、それを超えられていないなどと言われがちだが、この曲は課題曲として重要な点、もともとたなばたの頃にあった吹奏楽を好きでたまらないという氏の目線が復活したような作品だと思えはしないだろうか。そして吹奏楽に関わり続けてきた作曲家としての経験は、課題曲という制限の強い中でこそちゃんと生きてくる。難易度設定、審査ポイントの明瞭さ、そして共感しやすく理解しやすい音楽に、ちょっとだけひねった和声がにくいではないか。昔からメルヘン好きと公言する作者の創作の哲学がそのまま表題となったことで、ものの見事に酒井格ワールドとなっている。勢い、芸術と呼ぶにはやはり圧倒的に軽い。しかし課題曲としたらこれほどにぴったりな曲も少ない。なによりもこれですぐ酒井作品とわかる作風があるのが良い。
 若手「吹奏楽作曲家」はどの人も作風形成が弱く、はっきり言って誰の作品を聴いても同じ味がする。そんなものは音楽ではないし、単なるジャンクフードの量産である。しかし酒井氏の作品はその点、ちゃんと手作りのお弁当の味がする。家庭の匂いがする。そんなアットホームさを真似た量産品とはやはりどこかが違うのである。

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シンフォニア/木下牧子

木下牧子

写真引用:本人公式Web

 木下牧子は我が国を代表する作曲家の一人、とりわけ合唱の世界ではスーパーレジェンドと言っても良い大きな仕事を数々成功させている。
 1956年東京都生まれで、都立芸術高等学校から東京芸術大学へ進み、作曲を石桁眞禮生、黛敏郎、浦田健次郎、丸田昭三に師事した。師のひとり浦田健次郎も吹奏楽作品を残しているが、木下もまた合唱にとどまらず、吹奏楽、オーケストラ作品とジャンルを問わず活躍している。
 和声感には独特のものがあり、特に四度圏に拡大していくS進行を巧みに織り交ぜ、無調ではなく拡大された調性の枠内で極めて独自の響きを導き出すことに成功している。吹奏楽作品では課題曲ともなった「序奏とアレグロ」「パルセイション」をはじめ、こちらも見事に自身の作風を表現しきっている。

 シンフォニアはまだ木下の若い頃の作品であり、1988年に書かれている。もともと合唱ではなくオケ作家と自負するほどの器楽作家であったが、方舟のヒットで一気に合唱階のスターとなってしまったのは、一方で木下のある一面だけを強調する形となってしまったのかもしれない。
 この吹奏楽作品は、木下の吹奏楽作品の中では近年演奏は少なくなっている。しかしハーモニービルダーとして一線を画すそのテクニックが遺憾なく発揮された名作だと言えるだろう。特に吹奏楽でしか味わえないSAXを中心とした木管ハーモニーに動的なフレーズを乗せる展開は味わい深い。
 このように巨匠の作品ではその作風がちゃんと貫き通されたうえで、その編成の良さを引き出そうとする手腕が見て取れるのだ。これはいわゆる「吹奏楽作曲家」や「吹奏楽作曲家になってしまったゲーム音楽作曲家」のような存在では味わえない醍醐味と言える。その編成に合わせた楽曲、そして自身の作風という部分を両立しながら、またこの曲もそうだが、基本技術、例えば対位法の見事さなどもまたレベルが違う。そのうえでこの曲もまた多くの人に受け入れやすい顔をしている。だからこそ、もう一歩世界を広げるには最適な楽曲なのではないかと思う。ちょっとだけ背伸びしてみたら、そこには芸術の入口がちゃんと用意されているのだ。無論絶対音楽を演奏するからには、指揮者や指導者はその哲学を理解してないといけないのは言うまでもない。

―君に、できるかな?

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瑜伽行中観 吾妻鏡異聞/天野正道

天野正道

写真引用:日本現代音楽協会

 


 天野正道は言わずとしれた吹奏楽界のヒーローである。としてしまうのはあまりにおかしい。天野正道は劇伴においても歌謡曲においてもその足跡を残しており、吹奏楽作曲家の枠組みで語ろうとすること自体が誤りである。
 1957年秋田県出身、国立音楽大学に進んで首席で卒業した。またいち早くコンピューターミュージックを学び、コンテンポラリーアートからPopsまで幅広く活動を展開している。
 天野は吹奏楽では芸術性を追わない旨の発言をしている他、在学中を知る人によれば、昔から器用で作風を固定しないのが作風というところがあったというほどにその多様性は群を抜いていたという。作風は明らかにクロスオーヴァーを中心とした折衷主義であり、Popsの語法と民族音楽、伝統音楽、現代音楽の技術を自在に取り混ぜ、しなやかで柔らかい音を特徴としている。

 この長い漢字のタイトルは日本の伝統的な奇書と言ってもいい「吾妻鏡」を題材に邦楽の伝統的なサウンドと、現代的な作曲法に、Popsまでまぜこんだ天野らしい作品である。昨今の吹奏楽界には曲の内容をほぼクソ長いサブタイトルで説明しきってしまっている味気ないものが多いが、その走りとなってしまった感があるのは慚愧に堪えないところだが、天野のそれはしかしあまり曲の内容に関係しないことが多い点で他と異なる。言ってみれば思わせぶりなタイトルでも、案外親しみやすかったり、その逆だったりとこの辺も一筋縄ではいかない。日本の古典に取材するという姿勢も、難しくなく理解しやすく噛み砕かれており、演奏者はやった気になるという意味で天野の音楽は特別な性格を持っているように思う。
 実際に若い頃の吉原すみれと電子音でコラボした動画などをみると、その先鋭的な前衛語法は本物であり、ちゃんと書けるのだが、あえて目線を演奏する人々に合わせに行って書いているという姿勢が感じられるのも、教育的な目線としては特筆すべきことだろう。配慮というか慈愛に満ちた眼差しという点を他の有象無象に真似してほしかったところだが、どうにもその折衷法やパフォーマンス性にばかり目が奪われて、天野の骨組みを理解していない作曲家が大量に生まれてしまったのはもっとも残念なことである。
 一方演奏する側には現代的表現の入口をしっかり提示しており、普及の意味でも一役買っている。そういう意味では「現代音楽意味わからん」とざっくりと切り取った動画がうるさがたに叩かれた最近の炎上をみると、天野の音楽の本質と何が違うのかうるさがたがどう語るのかその「申開き」を私はぜひ聞いてみたい。
 天野の吹奏楽における活動のおかげで、音楽の入口はたしかに下がったし、吹奏楽の人気も上がった。しかしそれには本質を理解しない有象無象の出現というありがたくない副産物を生んだことについて、今後の天野自身の態度を注視していきたいものだ。

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吹奏楽のための詩曲「永訣の詩」/名取吾郎

名取吾朗

写真引用:グループ「蒼」Facebookページ

 名取吾郎は1921年生まれ、戦争経験を経て池内友次郎、小船幸次郎に作曲を師事した作曲家である。陸軍軍楽隊の出身でいささか古い世代の作曲家であるが、その語法は今の軟弱な音楽に喝をいれる実に力強いものだ。基本的には12音列を中心とした作曲法を採用しており、吹奏楽作品も多く書いた。それ以外にも合唱やピアノ曲と幅広い創作分野で作品を発表しているが、その作風はいつも重く、厳しく、そして深刻さを持っている。1992年にその生涯を閉じたが、最近めっきり名前を見なくなってしまったのは残念でしか無い。

 どの吹奏楽作品も傑作と言えるので選ぶのは難しかったが、やはり私はこの「永訣の詩」がもっとも名取の仕事らしい作品だと言えると思う。
 永訣とは永遠の別れであり、それはまさに名取の戦争体験から来るものだろう。非常に重々しく、また覚悟に満ちた音楽であり、適当に記号化された「HIROSHIMA」だとか「FUKUSHIMA」だとかそういた表題の作品を吹き飛ばす力強さがある。この作品は我が国の吹奏楽史を超えて、音楽史上の傑作として語られるべきであり、大木正夫の音楽にも一脈通ずるところがあると思う。
 天野の音楽を通じて、不協和音や複雑なリズムの面白さ、美しさに気がついた諸君は、是非こういう曲を深く深く掘り下げ、我々日本人が真に日本人たる何かを掴みとり、曲にぶつけてみてほしいと思う。そう音楽とは闘いの語句でもあるのだ。

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ライフ・ヴァリエーションズ~生命と愛の歌/鈴木英史

鈴木英史

写真引用:御本人X

 

 鈴木英史は1965年東京都に生まれた。東京藝術大学に進み、作曲は間宮芳生、遠藤雅夫に師事している。また意外なことに尺八の演奏にも通じている。
 現代作曲家としてのキャリアを積み上げて行き、間宮芳生、吉川和夫、藤家溪子、寺嶋陸也などと「MUHELY」を結成し活動したことからも、そのキャリアが非常にアカデミックで先進的なものであることがわかる。
 吹奏楽作品を多く書いており、この世界ではレジェンドの一人として知られているが、いささか吹奏楽の世界に浸りすぎてしまったきらいがあるのは彼にとって良かったことなのかどうか考えてしまう。普及用の商業的な作品も多いが、そのキャリアが示す通り、実際の作曲の技術は高く大きな曲でその力を垣間見ることができる。願わくばその力でいまの風潮への迎合を辞めて、本来の鈴木イズムをもっと聴かせてほしい。

 そんな鈴木の作品から一つ選ぶなら間違いなくこの曲だ。愛を堂々とテーマにしており、その中には生と死をともに織り込んでいる点で、三善晃的な円環思想的世界に、法悦を加えて愛こそがすべてを繋ぐ最も尊いものと打ち出してくるようである。
 この曲の二楽章には「法悦の詩」とサブタトルがつけられ、これはもちろんスクリャービン交響曲の表題の引用であるのは間違いない。法悦とは良い訳語だが、いわゆる愛の絶頂、エクスタシーのことであり、これを真ん中に据えている点、また第1楽章に「誕生と死」とサブタイトルを付け、これらが本質的に同義であることを印象付けている。誰かの死は誰かの生なのであるというメッセージに、愛の絶頂、そして最終楽章は堂々と「愛の歌」と題している。こういった音楽の捉え方は、先ほど経歴紹介で触れたように、左派的な思想から来る平和主義の影を強く感じる。そしてその平和をなすものは人類のお互いを愛する力だと行っているのかもしれない。先鋭的な方法ではなく、じっくりとロマンティックに聴かせる語法でこの人類永遠のテーマに真っ向挑んだ姿勢は、作曲家として尊敬できるものであるし、そんじょそこらの筆では挑めない題材だったと言えるだろう。聴き応えの面ではもう少し長くてもよいが、こんな大きなテーマをアマチュアでもちゃんと演奏できる形にまとめ上げた功績は素直に評価しなければいけないのではないだろうか。しかし人員不足の現代にあって、なかなか演奏されていないのはあまりに惜しい。

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トーンプレロマス55/黛敏郎

黛敏郎

写真引用:Wikipedia

 

 黛敏郎は我が国を代表する大作曲家である。1929年に神奈川県に生まれ東京藝術大学の前身である東京音楽学校に入学、橋本國彦、池内友次郎、伊福部昭に師事した。また大学在学中にはJazzバンドのピアニストとしても活動をしたことが、彼の経歴のすべてを決めたとも言える。ことに伊福部昭早坂文雄の音楽の影響を語り、その原初の光のような音楽への感動を口にする一方、NHKのスタジオでいち早く電子音に取り組み、スペクトル楽派のさきがけのような方法で傑作「涅槃交響曲」を書き上げた。
 早くにフランスに留学し、トニー・オーバンに学ぶが、対立して中退、すぐに帰国した。意外なことに若い頃は左派の論客として音楽も先鋭性を持っていたが、その後日本会議の創設に携わり、極右の姿勢から政治活動を展開したことで楽壇から距離を置かれ、晩年は作曲活動が減っていた。
 極めて多彩な音楽様式を使いこなし、それらを独自の視点で折衷させた音楽、全く新しいアイディアと新鮮さを讃え、常に衝撃的な作品を書いていただけに、晩年の円熟の作品が多くないのは残念の極みである。数々の名作を残し、我が国の音楽史に名を刻み1997年に絶筆となった「パッサカリア」を書きかけでこの世を去った。

 こんな大作曲家だが、実は吹奏楽曲の傑作を残したことでも知られる。この曲はまだ黛の若い頃に書かれた作品で、タイトルが示すように1955年に書かれた作品である。いまの若い人にこそ聴いてほしい凄まじい楽曲だ。タイトルの示す通り力強さを持っているが、その音楽にはミュージカル・ソー、サイレンなど極めて特殊な楽器が用いられている他、日本伝統音楽のイディオムと、なんとマンボの引用まで現れる。
 黛の折衷主義はこの他、「饗宴(バッカナール)」でもはっきりと見られるが、この曲もエドガー・ヴァレーズの影響や、自身のJazz経験をそのまま直截に混ぜ合わせるも、全くただのごちゃまぜにならない凄まじい筆致でまとめ上げられているのだ。
 こういったある種の狂気性を持った曲は昨今少ないし、この曲はその特殊な楽器の利用から再演のハードルが極めて高くなってしまっていることは否めないが、我が国屈指の吹奏楽の名作としてちゃんと語り継がねばならないのではないだろうか。
 こういった曲を気持ち悪いとか、わかりにくいとか言ってしまいがちな風潮こそ唾棄されるべきことで、本来はこういった曲こそ受け継がねばならないのだ。今の吹奏楽作曲家にこんな野心はあるのか、いや全く無いだろう。

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 と、今日はここまであまりにも好きな曲が多くとっても語り尽くせないので、また書く気になったら続編を書こうと思う。もちろんありがたくない皮肉とともに。

YouTubeの高評価動画一挙公開

こんにちは、なんすいです。

今回は、私がYouTubeで高評価した動画を大公開します。

私は本当に良いと思った時にしかなかなか高評価を押さないタイプなので、珠玉の動画が揃っていると自信を持って言えます。

ただし、やっぱり名作会会長、音楽をよく聴くので、必然的に音楽の高評価が多くなっています。

そこで、オリジナル曲の高評価についてはまた別記事で紹介することにして、本記事はそれ以外の動画作品を紹介しようと思います。(歌ってみた、MADなどは音楽とも言えますが、今回紹介します)

 

それではお楽しみください!

 

うたえバンバン/ついなちゃん・夜語トバリ(SynthesizerV・NEUTRINO)カバー

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小学校の教科書に載っていたことでもお馴染み「うたえバンバン」のボカロカバーです。

非常に味があります。

 

セイキン  音ハメ  moonlight

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HIKAKINやSEIKINの音MADは多数作られていますが、唯一高評価を付けたショート作品です。

他のMADと比較して何が良いかと言われると何も良い所は無いんですが、世界のタイミングとバランスによって高評価に至りました。

 

Seansキン(マリオの地上BGM)

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HIKAKINやSEIKINの音MADは多数作られていますが、唯一高評価を付けたショート作品です。

歌っているヒカキンやセイキンの音源を切り貼りして無理やり下ネタの羅列を言わせる「Seansキン」という界隈があります。(?)

Seans とは、セックス、愛液、H、抜ける、射精の頭文字を取った、淫語のGAFAみたいなものです。

さて、ここからさらに派生して、Saensキンで歌を切り貼りしたことで偶発的に生じた音程のみでミームを成立させる「Saensキンピッチ界隈」なる界隈が生まれました。

その代表作が上の動画です。マリオのBGMを切り貼りしてSaensキンをインストで奏でています。系譜を知らない者が見ても何も分かりません。

 

【Remix】アクセルホッパー バカテンポ(Okera Remix)

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バカテンポのRemixです。

 

【徹底解説】これ一本で大体わかる古代エジプト音楽・楽器・歴史!【紀元前3000年~】

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古代エジプト音楽について30分で解説しています。

巷で聴く「エジプト音楽」と言われているものは、後世の人が資料から推測で作り上げたスタイルだそうです。知りませんでした。

 

隣の子供が好きな虹の飴❤️🧡💛💚🤍

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虹の飴を作りながら「アイドル」を奏でています。

 

Give me a bocchi, bartender

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有名なミーム「give me a drink, bartender」のぼっちざろっくverです。

 

【本家】美少女無罪♡パイレーツ×HIKAKIN&SEIKIN【音ハメ】

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HIKAKINやSEIKINの音MADは多数作られていますが、唯一高評価を付けたショート作品です。

これについては結構本気で優れた作品と思っていて、優れた音楽を書くためのヒントが詰まっていると感じます。

 

風船飛ばしたら負け

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ヒカキンのショート動画です。

 

いきなりフワちゃんに乗ったらまさかの…

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ヒカキンのショート動画です。

コラボ動画の微妙な距離感(やそれについての邪推)って、なんか良いですよね。

 

【リアルポケモン】森で野生のピカチュウが現れた…

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ヒカキンのショート動画は面白いものが多いです。

ピカチュウに扮したセイキンをヒカキンが捕まえます。

 

日本が世界に誇る最高のバーテンダー!【BAR CENTIFORIA】

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最近の有名な動画ですが、まっすぐ面白いです。

 

【ボイストレーナーが歌う】愛包ダンスホール / HIMEHINA【シアーミュージック本厚木校Ryoga】

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これまではやや抽象的な面白さによって高評価した動画でしたが、これに関しては歌ってる人のビジュアルがタイプ過ぎて高評価しました。

 

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最近増えてきた、ひろゆきが好き勝手言わされている広告動画です。

広告で「検索しても出てきません」と言っている通り、リンクから見ないと出てこない動画公開設定になっていましたが、広告側もまさか私にリンクを保存されているとは、盲点だったでしょう。

 

スカイツリーのエレベーターでちいかわ撮ってる時に屁こいたおっさんまだ許してない

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得も言われぬとはこのことですね。世界的なミームになってほしい。

 

〇〇ミク

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ひときわ気に入っている動画です。作者はこんな感じの動画をいくつも作っていて、最後には「俺くん」も出てきます。

 

しまむらイージーパンツ&ユニクロスリムフィットダメージジーンズ

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おじさんの服紹介動画です。

 

Mario Underground Theme

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叩くと音程が出るチューブでマリオのBGMを奏でています。

 

ブラックゲームオーバーやりました😊🎮スプラやりてえ

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抽象的な心の動きで高評価をした動画ばかりなので、なかなかコメントが難しく、とにかく動画を見てくれとしか全体的に言えないんですが、この動画もその筆頭です。

 

Аку сая!😜Зняла коллаб з

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何の動画なのか全然分かりません。

 

【何個までいける?】目玉焼きフライパン返しチャレンジ🍳

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こういう動画の効果音とかから作曲の着想を得ていたりするので、最近自分の作風がナンセンス寄りになっているのかもしれません。

「アレンジ」って、どこまで変えたら「アレンジ」になるの?

はじめまして、Southernです。

 

誰?」ってなる人も多かろうと思いますが、2018年に"Inoyu"として加入させていただき、今年に入って現活動名に改名した者です*1
まだまだ作曲家としては未熟なところばかりですが、今後ともよしなに。

 

そんな私の改名前最後の活動が、2024年4月に配信開始された東方アレンジアルバム『Enigmatic Tributes』。私が初めて経験した「楽曲アレンジ」の企画になります。

名作会の一員として曲を出すのはこれが3回目になりますが、提出した3曲はいずれも最終的には満足いく仕上がりになりました。
『待ちわびた逢魔が時』に至ってはなんすい会長からもお気に入りだと言われて舞い上がったりしています。


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自分で宣伝すんのちょっとはずかちい……

 

ただ、この企画への参加は最初かなり迷っていました。

 

その理由が、「アレンジってどこまでやっていいの?」という根本的なものがわかっていなかったから。

この悩みは私だけでなく、初めてアレンジに挑戦してみる作曲初心者の方が結構直面する問題だと思います。
当ブログを読まれている方々はもうとっくに通り越したレベルの話かもしれませんが、作曲初学者が思ったこととして、どなたかの救いになればと思い書かせていただきます。

 

参考音源を探してみたが……


さて、私が思いつく楽曲アレンジの例はゲームミュージックばかりです。

例えばモンスターハンターシリーズのメインテーマともいえる『英雄の証』

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下側『MHXX Version』のほうは、上側のオリジナル版をアレンジしたものと言い切って良いと思います。ちなみにXX Versionは結構好きです。

 

ほかにはドラゴンクエスト序曲とか。

※下の動画2本は序曲の部分から再生されますのでご安心を。

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上記2曲を比較して、「イントロは違うけどなぁ……アレンジって言えるのか?」って思った人、私だけではないと信じてますよ。

 

で、「アレンジってこの英雄の証くらいやらないといかんのか?」と思った自分がいたわけです。

加えて私は原作が至高だと思っているフシがある厄介オタクなので、なかなかうまいこと手が出せないんじゃないか? と不安になっていました。

 

手元にいい資料があった


……そんなこんなで悩んでいたところ、ふと「そういえばアレンジアルバム1枚持ってんな」と思い出しました。

引用元: https://morisato.jp/archives/468


それが、同人サークル"MintJam"が2009年に頒布した『Vivid Colors』。

ジャケットにも書いてあるとおり、ゲームブランド"Key"の作品に使われた音楽のトリビュートアルバムです*2
すでに絶版のようなのですが運良く中古品を見つけ、購入していました。


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そんなアルバムの収録曲のひとつである、『AIR』主題歌の『鳥の詩』を聴き比べてみました。上が原曲、下がMintJam版です*3

全体的に雰囲気がガラッと変わっているという感想を私は持ちました。

同時に最初に聴いたとき、「すげえアレンジだなぁ。曲調が全然違うのに楽曲がすぐわかる」とも思ったものです。

 

……が、調べていると面白いことを発見しました。

 

知られざる真実

www.mintjam.net


こちらはMintJam当時のメンバー3名が、Vivid Colors収録曲について解説しているページになります。

その中にこんな表記がありました。

引用元: http://www.mintjam.net/mj/taidan_2009_m3/

 

これカバーらしいわ。

 

初めて見たときに結構驚いたのを覚えています。「こんなにオリジナルのフレーズあるのに!?」みたいな。

ただ読んだうえであらためて聴き返してみると、一聴しただけで原曲がわかるという展開はやはりカバーの類に入ってもおかしくない……のかなぁ、なんて思ったりもしました。

上記の動画では聴くことのできないMintJam版『鳥の詩』のサビ部分についても「和音をなんの楽器の音で発しているのか?」程度の違いが多く、『英雄の証』のようなリズム・和音の変更も少ないんじゃないかと気づけもしたのです。

 

でも、自分の基準は


という感じで『鳥の詩』以外の収録曲もひと通り聴いてみたのですが、やっぱり自分の中では「これカバーじゃなくて、アレンジだよなぁ………」という思いが捨てきれませんでした。

そもそもですが私の認識では、

  • (転調を除き)限りなくアレンジャーのエッセンスを排し原曲通りになぞったものがカバー
  • 多少でも元の曲にないフレーズが入っていればアレンジ

……のつもりでいました。
そういった意味では、元の曲と比較して「コード進行や和音が異なる箇所がある」というレベルの差異があるだけで、私自身に生まれた「原曲から離れている」という認識がどうしても拭えなかったのです。

 

最終的には、その考えを逆手にとって「カバーもアレンジの一種」と思うようにしました。

そして私の施したアレンジはこの考えをもとに、「メロディラインや和音の構成の改変は最低限」「演奏する楽器を変更」程度に収めた、私の認識では「カバー」にあたるレベルのものにしているつもりです。
そして、カバーはアレンジの一種なのでこれはアレンジということになります。

 

……「当たり前すぎて草」と笑う方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。
しかし当初「大幅なアレンジは、事実上新たに作曲しているのと同じなんじゃね?」とまで思い込んでいたのが、この割り切りによって「じゃあこうしたらええやんか」と筆が進み始めたのもまた、私にとっては大事なことでした。

あるいは、結局のところ何事もシンプルに考えるべきだととることもできるかもしれません。「原曲と違うところがある? バカ野郎、そいつがアレンジだ!」くらいでちょうどいいのかも。

 

いずれにせよ私自身の「アレンジ」への認識がこうして改められたことで、今までで最多の3曲を企画に提出することができたという点においては、私自身の成長を阻害していたモノのひとつが判明し、それが解消されたことを示しているように思います。あと初めて締切を守れました。会員の皆様、いつもすみません。

 

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ということで、初学者の楽曲アレンジにまつわる話でした。

リリースから4か月経過してしまいましたが、『Enigmatic Tributes』、個人的にも結構思い入れのあるアルバムです。全く聴いていないという方はこの機会にぜひどうぞ*4

そしてこの記事が、かつての私と同じようにアレンジに迷う皆様の救いになればうれしく思います。

 

それではまたいつか。

 

 

*1:改名の理由は「匿名性を高くしたかったから」。個人的すぎますね。

*2:ちなみに収録曲のひとつである『リトルバスターズ!』主題歌の『Alicemagic』は、原曲のアレンジをMintJamが担当しているそうです。

*3:この動画はMintJamギター・a2cさんご本人が「弾いてみた」をしているものです。それにしても、公式音源がこれしかないのは失礼ながら惜しい……『メグメル』とか『Alicemagic』とかも結構好きなんだけどなぁ……

*4:全くの余談ですが、Twitter(現X)に上がっている宣伝動画は私が制作しました。そういった意味でも。

2024年聴いてよかった曲 [上半期暫定版]

今までは年末に一回やっていたんですが、そうすると文章も長大になり、かつ派手な曲に追いやられた地味目な曲を紹介し損ねるということもあり、ということで今年は上半期暫定版を作ってみました。詳しい解説は年末に取っておきたい(書くことがなくなる)ので、一言コメントを添えるような形式で、どうぞ。

 

↓去年の年末にやったやつ

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Cornelius / MIND TRAIN


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活動30周年記念作であろう本作。30年間分のエッセンスを感じる大作に仕上がっており、ちょっと感動ものです。途中歌になるところとかは完全に新しいモードに突入したことを感じさせますし、30年たっても新しいモードに突入できるのはシンプルにすごいです。

 

長谷川白紙 / 行っちゃった


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こちらはこちらで完全に新しいモードに突入しましたね。というか、これを聴いて楽しめる人間がどれだけいるのか大分気になります。本当にほとんどの人間が振り落とされているんじゃないか?というか、ファン以外の層にもう全く刺さらない領域に到達してしまったのではないかと思うのですが、そんなことはどうでもいいから好きにやってくれとも思います。

 

武田理沙 / ユメミルヒツジ


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長谷川白紙が好き勝手やるせいで(?)、インディー・ポップス界はなんでもありのバーリ・トゥード状態になっており、武田理沙はその急先鋒なのではないかと思います。

武田理沙 / 狂想・未来・ロマンチカ


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前はもっと大人しめな作風だったのですが、近作はもうずっとこんな感じです。どうなってしまうんだ。

 

Tomggg & 中村佳穂 / ドラゴニア


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中村佳穂の書く詩のいい部分が出ていると個人的に思います。Tomgggのトラックもマジで意味の分からないリズムしてますよね。あとMVがかわいい。

 

棕櫚 / Satellite View


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元々Oranngeadeという名前だったバンドが、メンバーの変遷を経てConteになり、さらにメンバーの変遷を経て棕櫚(しゅろ)になりました。人が減ったからか、昔と比較してずいぶんエレクトロニックな仕上がりになりましたね。ただし作曲の佐藤望ピチカート・ファイヴライクなお洒落な雰囲気は健在。

 

Louis Cole / Life


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オーケストラを使ってやることがこれかい!みたいな脱力感はあるものの、いつも以上にグルーヴィーな新曲に心躍ったのは事実でした。アルバムも楽しみです。

 

water / C子あまね


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なんて言ったらいいかよくわからないですけど、こういう復調ポップスってなんかちょうどいいですよね。この前調べたらC子あまねは解散していてちょっとショックでした。

 

Rocket of Chiritori / Tokyo Young Winner


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全く記憶に残っていませんが、なぜかYouTubeでお気に入り登録していました。90年代に出版された宅録の何かだったはずですが、宅録過ぎて面白いです。こういうのがここ数年で続々と発掘されてきており、情報化社会の旨味といった感じです。

 

Kasai Takara / ガードレールトーク


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全編サイン波のみで作られた曲です。アルバム「やさしい聴覚検査」も全編通してそう。潔いですね。こんなかんじで20曲くらいのアルバムに仕上がっていたので、純粋に作曲うめ~と思いました。

 

doctorn0gloff / 15 Shimmering Shapes


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SoundCloudに転がっていた謎の微分音コンピに収録されていました。これは17平均律の曲らしいです。微分音の曲というより、いい感じのローファイとして私は受容しました。

 

清水チャートリー / SATBのための≪金魚オブセッション


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これはもうなんかやったもん勝ちみたいな曲ですが、悔しいことに面白く聞けてしまいました。清水チャートリーって川島門下っぽくないよな~と思っていましたが、全然川島門下っぽい曲もあるんですね。とはいえ普段の作風とは通底するものがあり、全然色物ではないともまた思います。

Alex Vaughan / Idol Factory


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まず編成が完全に狂っている(バスフルート、バスクラリネットバリトンサックス?!??、!?)のですが、使われているあらゆる楽器が完全に打楽器的な扱いを受けているのもまた衝撃でした。ピアノは特にひどいですね。なんというかDTMの影響を強く感じますが、それ以上に楽器法もまた全然うまいです。

 

Jan Esra Kuhl / fur gleichstufig gestimmte Orgel und Tonband


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なんか長谷川白紙がレコメンドしていたのを聴いたかなんかで知った気がします。徐々に変調していって響きがめちゃくちゃキモくなる(が不思議と綺麗)ので確かに長谷川白紙好きそうと思いました。

 

Boite a musique for piano / Pierre Sancan


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Sancanのフルート独奏曲かなんかを聴いて、そこから色々聴いた結果たどり着いた気がします。Boite a musiqueとはつまりMusic box=オルゴールのことですが、まさにそれを体現したような小曲ですね。私はこういうのに弱いです。

ピアノでも弾いてみようかな

ピアノ

 私は作曲家・編曲家とともに鍵盤奏者を名乗ることもあるのだけど、実はちゃんとピアノを弾くのは苦手なんですよね。
 井口基成先生の系譜にある孫弟子で、母の無二の親友である小宮隆子先生に入試前に師事、桐朋学園入学後は最近お亡くなりになられた小森谷泉先生に師事したものの、やはり本科ピアニストのように弾けるわけではありません。
 そもそも指が滑らかに動かないので、速い曲は苦手、基礎訓練がおろそかなので子どものための曲でも嫌らしいやつやツェルニーなってまっぴらごめんです。
 しかし即興演奏だけは昔から特技でして、鍵盤の前に座れば勝手に曲を弾けるというのと、打楽器科出身者の強みで、変拍子や難解なリズムは大の得意です。なのでピアノを弾くのはPopsか現代音楽ということになるのが通例というわけです。

 10年ほど前から実家を離れていて、ピアノが弾ける環境になかったので、普段適当に即興演奏するという機会もなくなり、コロナ禍以降はますますそれも少なくなって、ピアノアレンジの収録くらいしか鍵盤に触れていないという状態になって、すっかり腕も化石になってしまいました。
 しかし父が亡くなり、貧血発作持ちの母を一人にしておくのは危険と、世界一の親不孝者を自負する私が唯一の孝行なんてことを考えて実家に戻ったのを気に、ピアノ弾きたいなという欲求が顕在化してきました。

 母が使っていた頃から数十年ノーメンテナンスで放って置かれたYAMAHAのグランドピアノがあり、昔私が誤って弦を切ってしまったままに転がっています。もともとピッチもずれていたのですが、改めて測ってみると半音と1/4音ほど低くなっています。

 自分は舞台のスタッフを経験したり、制作で舞台を仕切ったりという仕事を結構していたので、小屋でピアノモノのコンサートがあるときに調律師さんと話す機会が多くありました。だいたい舞台の明かりなんかを仕込んでるときにいらっしゃって調律作業を始めるので、手が空くと覗きに行ったり、どうやってやったりするのか質問したりしていました。そういう経緯で自己流ではありますが、弦の張替えとピッチ合わせくらいはできるようになっていたので、せっかくなら自分の家のピアノを調律してみようということになり道具を購入してみました。

https://www.amazon.co.jp/dp/B08B1GYLFF

 タッチ感の調整とか難しいことは出来ませんが、最近は道具も手に入りやすくなったので、早速一日かけて調整してみたら、ちゃんとなるようになりました。こうなるとますます弾きたい欲求というものが出てきます。

「久しぶりに練習再開するか」

 とまあこうなるのは必然ですよね。問題は何を弾くかです。難しいのは無理だし見たくもないので、好きな曲で、かつ自分の得意なものといろいろ探し回ったので、それらの曲をご紹介がてら記事にしてみようと思ったというわけです。
 同じようにあまり難しいのは無理だけど、現代曲は結構好きよとかいう稀有な人がいれば、いっしょに触ってみても良いのではないでしょうか。加えて能動性のない演奏家の方のレパートリー探しの一助になれば幸いです。

 

1.Adagio/Samuel Barber

Samuel Barber

 言わずとしれた大名曲です。
 とくに映画プラトーンに使われて、その悲劇的なシーンの背景に流され多くの涙を誘った感傷的な曲です。
 この曲はそもそもはバーバーの弦楽四重奏曲ロ短調の第2楽章として書かれたものを、本人の手で弦楽オーケストラに編曲され、これが世界的に愛される作品となりました。
 自分はもともと原曲原理主義者なのでアレンジは嫌いなのですが、この曲は昔から聴くたびに涙が出るほど大好きなので、やはり弾いてみたいなと思いピアノ版を探しました。もちろん複数の版があるのですが、もともとが基本的に4/2という拍子で、見慣れない人には読みにくいということもあって4/4に直されていたのが大きく気に入りませんが、曲そのものはしっかり尊重されうまくアレンジされているものを見つけました。弾いてみるとデュナーミクのコントロールが思ったより難しく、繊細な場面で音が立ってしまったり、感情の高ぶりのシーンで鳴らせないなど情けない限り。しかし曲自体の難易度は低いので、じっくり向き合えばモノになりそうです。せっかくなのでピアノ版の演奏を聴いてみましょう。

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2.Adagietto/Gustav Mahler

Gustav Mahler

 ドイツロマンは私の苦手ジャンルだったりします。未だにブラームスブルックナーもリヒャルトもその良さにたどり着けません。なぜか合わないんですよね。でも数年前にマーラーは克服したのです。今では交響曲の真の金字塔はマーラーしかないとさえ思っています。そしてその中でも極めて完備で感傷的なことで知られるAdagiettoのピアノ版がYoutubeで偶然レコメンドされてきました。

あーこれは弾いてみたいとなったわけです。

 今更書くほどのことではありませんがAdagiettoはマーラーの大傑作交響曲第5番の第4楽章のことです。こちらも映画「ベニスに死す」に使われたことでも有名ですね。
調べてみるとこの曲もプロ・アマ問わず多くピアノ版が書かれているようです。その一つ、はじめにレコメンドされてきたものを味わってみましょう。

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3.10 Miniatures/Helen Grime

Helen Grime

 ここからは現代曲です。私の好きな作曲家の一人にスコットランド出身の作曲家ヘレン・グライムがいます。
 1981年生まれで作曲はアイスランド出身のハフルディ・ハルグリムソン、ジュリアン・アンダーソン、エドウィン・ロクスボロに学んでいます。スペクトル的な手法と音列的な方法論を用いているように見えますが、その曲は案外平易でわかりやすく、暗い影のあるトーンに満ちており、カラフルではないですが、とても心象的です。
 もともと彼女の管弦楽曲が好きだったわけですが、ピアノ曲はないのかと探したところ、少ないもののいくつか書いていました。この「10の小品」と題されたピアノ曲は、ごくごく短い10の部分からなっていますが、すべて通して演奏されます。多少難しいところもあるのですが、何故かこういうタイプの曲は弾けてしまうんですよね。
 とても響きへの直感に溢れた良い曲です。ちなみにグライムはオリヴァー・ナッセンサイモン・ラトルの指示を得て極めて有名になり、その功績を称えられ若くしてMBEに叙せられています。

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4.Reminiscence/Anna Thorvaldsdottir

Anna Thorvaldsdottir

 こちらも好きな作曲家のピアノ曲ということで選びました。どうも私はアイスランドの作曲家に強く共感するところがあるようで、その代表がこのアンナ・ソルヴァルドスドッティルです。
 彼女の管弦楽曲のMetacosmosは現代の生んだ傑作の一つと思って疑わないのですが、擦過音の中からリリカルな調性感に満ちた響きが立ち上がるところは、本当に美しく自分の感性にぴったりなのです。
 1977年生まれでアイスランド芸術大学を経て渡米し、ランド・スタイガーとレイ・リャンに師事しています。「自分のことを書く」というように自身が語るとおり、個人的な音楽ですが、その世界はとても映画的な印象を受けるものでもあると感じます。
 ちなみにこの曲は内部奏法が多用されていますが、自宅のピアノなので怒られる心配もないので楽しんで弾かせてもらっています。

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5.Night Pieces/Peter Sculthorpe

Peter Sculthorpe

 オーストラリアを代表する巨匠スカルソープの曲も弾きたい曲に選びました。スカルソープも日本ではあまり聞きませんが、1929年に生まれ小さいときから楽才を発揮し、シドニー大学に奉職し2014年に亡くなった作曲家です。管弦楽曲の「アース・クライ」が特によく知られ、環境問題への切込みと、アボリジニー文化を積極的に取り入れ、ディジェリドゥという長い筒でできた民族楽器を多用したりしています。非常に広大な音楽を得意にしており、オーストラリアの風景そのものを切り取る名手でした。弦楽四重奏を多く書いており、世界中の四重奏団のレパトリーとなっています。
 ピアノ曲ももちろん残しており、この「夜の音楽」の他にも「山の音楽」なども極めてスカルソープらしいスケール感で好きな曲です。こちらの「夜の音楽」は難易度が低く設定されており、私向きの内容です。調性は手放していませんが、非常に幻想的でスケール感のある美しい小品群からなっており、レゾナンスに耳をすますとそこはもうオーストラリアの大自然の只中です。

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6.彼岸花の幻想/八村義夫

八村義夫

 日本のクラシックを研究してるのに海外の曲ばかりだと怒られそうなので、最後にもう一つ。これは子どものために書かれた世界一の難曲といってもいい「彼岸花の幻想」です。このブログでも何回か扱いましたが、弾いてみると本当に難しく、全く歯が立っていません。
 しかし八村の世界に触れるだけで、自分は幸せなんです。もし自分がギターを弾けたなら、武満徹のギター編曲作品に触れられたらどれだけ幸せだったか。武満のそれに及ばずとも、八村の苦悩のほんの少しは共感できる自分としては、彼の自滅的な美学の追求はある種の理想論です。私はそこまで踏み込めない臆病者なので、あこがれと尊敬を持ってこの曲に触っていけたらと思っています。

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 そんなわけで自分で直したピアノで好きなように好きな曲を弾く時間は、普段の音楽の仕事とは違って体中で音楽に浸れる喜びと同時に、名手たちの書法の凄まじさに恐れおののく時間となって、新たに私の日常に組み入れられました。ウイスキーを飲みながら、スティーリー・ダンを聴くのと同じくらいに幸せな時間なのです。
 みなさんも楽器を演奏するのはとても良いことですし、それが仕事でなければ誰に文句を言われることもない聖域ですから、難しいことを考えないで触れてみるだけで、人生が充実すると思いますよ。
 あ、仕事にしてる人はだめです。あなたの音は責任の塊ですから、深い洞察をしてくださいね。

リコーダー三重奏のオリジナル曲解説

6月9日、名古屋大学の学祭「名大祭」にて、リコーダー三重奏のライブを行いました。

@一緒に演奏してくれた二人 まじでありがとう!

本記事では、そこで演奏した曲たちについて解説しようと思います。

 

 

 

作曲にあたって

まず、リコーダー三重奏で手頃な難易度、内容も良い感じの曲はそうそうその辺に転がっているものでも無いので、自分で曲を作ることにしました。

曲を作るにあたって、レギュレーションを整理します。

 

・使える楽器:ソプラニーノ、ソプラノ、アルト

(テナー以降、低音になればなるほど楽器の値段がみるみる上がっていくので、アルトまでしか用意出来ませんでした)

・難易度:アマチュアが週一合わせ練習して1ヶ月で仕上げられるかな、というくらい

 

そしてさらに、リコーダーという楽器自体の特性も考慮しなければいけません…

 

・音域が狭い

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安定して出て、安心して楽譜に書いてもいいかなーという音域は、大体ド~オクターブ上のラくらいまで。

さらに、低い音は息をゆっくり入れないと鳴らないため、発音に時間が掛かってしまいます。(いや、上手い演奏者なら低音だろうと問題なく発音できるが?という古楽研究会の方やリコーダープレイヤーの方がいらっしゃいましたら、ぜひ一緒に企画をやらせて下さい)

 

・低音が聴こえない

持っている楽器のラインナップから、アルトリコーダーにベース楽器の役割を任せたい所ですが、リコーダーの低音はマジで聴こえないのに加えて発音に時間も掛かるので、エレキベースみたいなシャキシャキしたベースラインをやらせようものなら、曲が崩壊してしまいます。

必然的に、リコーダーアンサンブルを作ると音楽全体が高音域に偏る形にどうしてもなってしまいそうです。

 

・#♭の付いた音が出しにくい→転調が限られる

リコーダーで#や♭の付いた音を演奏しようとすると、難しい運指や穴を半分抑えるみたいな微妙な運指が要求されるようになったりします。

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そのため基本的にはトーナルな音を中心に音楽を作るのが無難なので、使える調も大体#2つ、♭2つくらいまでに限られてしまいます。

リコーダーアンサンブルというとなんとなく簡単そうで親しみがある感じがしますが、実際の所は、音域が狭いためボイシング的に広がりを作れない一方で自由な転調も難しいという、非常にシビアな制限の中で頑張らないといけないジャンルと言えそうです。

 

さて、そんな制限のある中で、私は3曲のリコーダー三重奏を作りました。

 

 

 

五月の風

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一曲目なので正攻法でリコーダーに挑戦しようと思い、普通に良い感じの爽やか曲を書きました。

特に思い入れが無いので、どこかで聞いたようなタイトルを付けました。

 

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5月ということで、一応5月にまつわる唱歌「鯉のぼり」と「茶摘」をベースに曲全体が構成されています。分かるかなーと不安でしたが、一部の人から曲中に鯉のぼりや茶摘をちゃんと聴き取って指摘してもらい、嬉しくなりました。

 

編成はソプラノ2台とアルトにしました。敢えて音域的に厳しい編成でやってみようとソプラニーノ抜きで作ってみましたが、対位法を上手く使うことで意外と身のある音楽に出来たように思います。

 

曲に広がりを持たせるために、なんだかんだ転調や#♭の音を結構使用しちゃったんですが、ここは長年リコーダープレイヤーをやってきた私の経験が活きた所でした。

#♭が付く音は確かに入れると運指が難しくなるんですが、入れるタイミングを上手に選べば実は意外と使い所があったりします

楽器の演奏に精通していないと、その楽器の可能性を引き出した曲は絶対作れないんだな、と身をもって実感しました。

 

 

 

EUPHORIA ~The paradise we desire is only a holy ritual away. The mother of the savior is... Byakuya Rinne!?

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タイトルからも曲調からも分かる通り、イロモノです。

 

とはいえ、リコーダーにはこういう原始的、マテリアル的な魅力もある楽器だと思うので、真面目に書いたつもりでもあります。

 

この曲は、Euphoria」というアダルトゲームのアニメ版の第六話「目指す楽園は神聖なる儀式の先に。救世主の母は……白夜凛音!? 編」が元ネタになっています。

救世主の母になれる喜びで笑顔になる白夜凛音ちゃん

 

アニメ版は、ゲームの設定やストーリーを引き継ぎつつも、ほとんどストーリーの説明はカットされており、とにかく出てくる凌辱シーンのみを出来るだけたくさん抜き出して繋ぎ合わせた、いわばEuphoriaエロシーン切り抜きチャンネル」の様相を呈しています。

しかも、各話がゲームのそれぞれ異なるルート分岐に沿った内容になっているので、話を見進める度に全然違う事実や展開を説明され、訳が分からなくなっていきます。

 

かくしてアニメ版はもはや元のゲームとは異なる狂気的な空気を醸すことに成功しており(とたぶん私だけが思っている)、この構造美自体をリコーダーアンサンブルで表現出来ないかと考えて作ったのが、本曲です。

異なる分岐が節操無く並行しながら、不穏だが腹落ちしない空気を纏い進行していく様子を、三重奏の中で色々表現してみました。

編成はソプラノリコーダー三本、そのうち一本は事前に管を抜いてピッチを50centほど下げた状態で演奏するよう指示しています。

三曲の中では、最も演奏効果的に上手くいったと感じた作品でした。

 

 

 

Starry Phonon (Festival Edition)

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最後の曲は、冨田悠暉作曲「Rainy Phonon」と榊原拓「星色の水面」のマッシュアップです。

 

「Rainy Phonon」は名作会初代会長の冨田悠暉…愛称トイドラくんが大学生時代、作曲の授業で作った曲です。

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(トイドラくんはこの授業、堂々の成績「S」を収めました!)

 

この曲の「Phonon」というのは、当時名大に存在していたカフェの名前で、文化的で面白い店長がいると、知る人達の間では知られていたようです。

しかしその後カフェPhononは閉店してしまいました。トイドラくんはそれを受けて、失われていく過去と続く未来への手向けとしてセルフアレンジ「good-bye edition」を作曲しました。

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このgood-bye editionで曲中に登場した詩は、その後のトイドラくんの作品で何度も使われることになります。

 

次に「星色の水面」、こちらは名作会副会長の榊原拓、愛称拓くんがピアノコンサート《四季を巡る》に寄せて作曲したピアノ曲です。

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こちらは、自然豊かな水面で夜光虫を見た自身の経験を基に、文明の発達に伴う破壊と希望を表現した作品になっています。

文化や社会構造的なものに自分を結び付ける拓くんの思考回路に明確に触れたのは、この曲が最初だったような気がします。本人的にはなんでこの曲を今?という感じかもしれませんが、私的にはなんとなく印象深い一曲です。

 

さて、これらの全く異なる文脈を辿って作られた二曲をマッシュアップし、「失われていくものへのレクイエムと祈り」として名大祭の舞台に今一度蘇らせる、というのが「Starry Phonon (Festival Edition)」のコンセプトです。

 

さらに、名作会で過去に行ったハンドフルートコンサートに寄せて私が書いたハンドフルートプレイヤーのための『ロマンス』」という作品、これはまさに「失われていくものへのレクイエムと祈り」そのものと言って良いコンセプトの曲でした。

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この曲には、移り変わっていくものの「記録装置=Recorder(レコーダー)」として、リコーダーが使われています。

同様に、記録装置としての役割をリコーダー三重奏に持たせる意味で、「Starry Phonon」には「ロマンス」からの引用もされています。

 

Starry Phononが私にとって何かを引き継ぎ、また次の何かへ繋いでいく曲になればいいなー、と思います。

 

 

 

まとめ…リコーダーアンサンブルを作るコツ

やっぱ、対位法ですわ。

こんなまとめで申し訳無い所ですが、広がりを作りにくい編成で曲を作る時は、対位法が信じられないくらい強力な助けになってくれると実感しました。

そもそもリコーダーはバロックの産物ですし、対位法が馴染むのは当たり前かもしれませんが。

 

リコーダーは音が重なるとめちゃくちゃ倍音が聴こえるので、複雑な和声には向いていません。その代わりに、旋律の絡み合いの妙、あるいは思いっきり平行させてみたりといった対位法的コントラストで魅せると、いい感じのリコーダーアンサンブルが出来るんじゃないでしょうか。一連の作曲を経て、私はそんな気がしましたよ。

 

皆さんも、小学生が吹いてる楽器と思って侮るなかれで、ぜひリコーダーアンサンブルの作曲に挑戦してみて下さい。さよなら!

「インターヴァルサイクル」を通じた現代音楽の分析その1

はじめまして,今年度新規加入させていただいたかものはしペリー(@klavier3652)と申します.

 

今回は最近出版された本で個人的に興味のある本でもある,「20世紀音楽を分析する」(Paolo Susanni,Elliott Antokoletz著,久保田慶一訳,桃井千津子訳)について個人的な見解も述べながら概観していこうかなと思っております.(通常の和声法に関してはほぼ初心者ということをご了承ください,なにか違う点があればご教授お願いします.)

 

章立ては次のようになっています.

1.基本となる考え

2.単純インターヴァルサイクル

3.複合インターヴァルサイクル

4.転回によるシンメトリーと軸の概念

5.旋法

6.旋法とインターヴァルサイクル

7和声構造,音細胞,テトラコルドのサイクル構造

となっております

 

見ての通り,謎の「インターヴァルサイクル」という概念を中心に現代音楽(印象派ドビュッシーからメシアン,ジョンケージといった現代音楽作者まで)を分析しようとする意欲的な試みのように思えます.

 

今回のブログでは文字数の都合上この1について中心的に説明していこうと思います

その前に重要となる概念「インターヴァルサイクル」についての定義を行いたいと思います.

まず「インターヴァルサイクル」の定義ですが.

「定義(巻末用語集より):「音程循環」のこと.ある音を出発点として,これに一定の音程で上下方向に音を並べていき,それを元の音(厳密には同一のピッチクラス=音の高さが違う同音)にふたたび回帰するまでつづけられる一連の音列を指す.」

 

また,複合インターヴァルサイクルについても定義があるので見てみます.(これが出るのに関しては3章以降なので今回はでません)

「定義:複数の音程から作り出されるインターヴァルサイクルのこと.例えばCを出発点として,半音と全音を交互に繰り返した場合,[C-C♯-E♭-E-F♯-G-A-B♭-C]逆に,全音と半音を繰り返すと,[C-D-E♭-F-F♯-G♯-A-B-C]といった半音-全音階(?)のインターヴァルサークルが上のようになります」

 

「後者はわかりやすいが,前者の例を一つ上げておくと,五音音階[G-A-B-D-E](-G)などでは,複数の音階で定義はされておらず,また同じ音に再び回帰するまでの音列が与えられているため,これはインターヴァルサイクルといえます.」

 

また,本題に入る前にいくつかのインターヴァルサイクルの例を見ましょう

1.「増3和音[C-E-G♯]と減7の和音[F♯-A-C-E♭]を見てみる.便宜用上方向と下方向に積み重ねる場合は→を使います(ここは本文中に書いてなくてかなり不親切だと思いました)これらはサイクル」(前者は長3度が積み重ねられた和音で,後者は短3度が積み重ねられた和音のサイクルになっています)(注:これがインターヴァルサイクルだとあるが,定義とは反しているような気がしていて少し気持ちが悪いです.)

「ここでF♯をG♭と読み替えて,下の方に短3度を積み重ねると[G♭→E♭→C→A]となり,これもまた減7の和音になる,」という意味でサイクルに操作を施すとサイクルが出る,といった例になっています.また,和音に対してもサイクルを用いて操作を施すといったことをやっていることに注意しましょう.

 

「2.全音階[C-D-E-F-G-A-B]に対して本書でいう"ローテーション"をおこなうと,[D-E-F-G-A-B-C]...が得られますが,確かにこれらはインターヴァルサイクルになっていて,イオニア,ドリア,フリギア...といった教会旋法に対応します.」

 

「3.五音音階[C-G-D-A-E-B-F♯-C♯-D♯-A♯-E♯-B♯]から五音例えば[F♯-C♯-G♯-D♯-A♯]を抜き出して,それ以外の七音を抜き出すと,全音階のインターヴァルサークルになっている」という説明があったが,(個人的にこの説明を入れる意味がよくわからなかったです,後々インターヴァルサークル間の統合といったものが出てくるのでそういう操作の布石として導入しています?)

 

まとめると,(インターヴァル)サイクルを用いて和音を表現可能ですし,教会旋法や(今回は抜き出しという操作のみでインターヴァルサークルを統合してより複雑なインターヴァルサークルにするということはなかったですが,)恣意的に抜き出して五音音階から全音階を見出すといったことも可能であることがわかります.

 

さて,インターヴァルサークルについての説明も長くなってきましたし,本文中の分析について,特に気になるところだけピックアップしつつ,どのようにインターヴァルサイクルが使われているのかを見ていきましょう.

 

1基本となる考え

ここで譜面を用いて説明してある曲は以下の様になってます

ハイドンピアノソナタOP30-1,ウェーベルン,ピアノ曲遺作,ドビュッシー,沈める寺,メシアン,幼子イエスの口づけ,シェーンベルグ,3つのピアノ曲,リスト,ダンテを読んで,バルトーク,二声の練習,モーツァルトピアノソナタKV331,クラム,スパイラルギャラクシー

です.全部概観するのは厳しい上,ウェーベルンやシェーンベルグの十二音技法,ピッチセルなどは言わずともわかる人が多いと思うので,特にインターヴァルサークルの観点で興味深い例を上げつつ,どのようにインターヴァルサイクルを使って曲の構造を理解しようとしているのかをまとめたいと思います.

(その前にちょっとした愚痴:本文中に小節番号書くなら,その部分の楽譜も引用してください!!)

 

まず教会旋法から12音技法までの流れを概観する.

「初期キリスト教の時代からバロックの時代までは全音階的な教会旋法の体系に基づいていて,主音との関係で特徴づけられていました.この時の転調は,旋法の構成要素が変化して別の旋法に移行することであります.

バロック時代から後期ロマン派の時代においては,全音階や短音階に基づき,長旋法から短旋法,また逆の遷移を転調とみなしていたが,これではⅢ度とⅣ度が入れ替わるだけで調的機能に変化はおこらず,導音のようなものを常時変化させれば,属和音から主和音への進行を変化させることになり,調性的に変化が出始めたという主張である.

一方で,ワーグナーバルトークなどの調性音楽最後の時代だと,半音階の多用によって調整が弱められ,最終的に均等な12音による作曲は新ウィーン学派バルトークストラヴィンスキーリゲティー.タワーに二分されるような主題そのものとして使っているグループと,順序なしで音階として使っている人々に分けられてつかわれた.」

さて,この中で印象派については言及がないですが,実際にどのような曲の構成をしていたのでしょうか?ドビュッシーの沈める寺を見ながら,インターヴァルサークルを活用しつつ分析してみたいと思います.

ドビュッシー:沈める寺

沈める寺1

沈める寺2

沈める寺3

沈める寺4

沈める寺5

以上は僕が独断と偏見でインターヴァルサークルを利用しつつ楽曲分析をしてみた痕跡です,手書きのメモなので以下説明しておきます(mm=小節番号),(楽譜出典imslp)
1.mm1とmm3,mm5は同じ構造を持っており,よく見ると[G-D,A-E,E-B]という完全五度の構造と[GABDE]というインターヴァルサイクルをもっていることがわかる.

2.mm8-12においては(この本では記述されてないが)[C♯D♯G♯],[EC♯G♯],[G♯A♯,D♯][BG♯A♯][DC♯D]という(インターヴァル)サークルが現れ,全体を通して統合すると[C♯DD♯EG♯A♯B]という音階をつかって全体の和音を構成していることがわかる.

3.mm14,15においては,mm1等と同様に,[GABDE]というインターヴァルサイクルと完全五度(例えば[G-D]間の)で構成されている.

4.mm16-18は同じ構造を持ち,どれも[C♯D♯F♯G♯B]のペンタトニックで和音を作っていることがわかる.mm18の最後の右手の和音が逆になっている理由はよくわからなかった.(スラーがついてるため,次の和音に繋げるための布石?)

5.mm19は[CE♭FGB♭]のインターヴァルサイクルで構成されており,和音もペンタトニックとなって,左手もこの音列に従い動いている.

6.mm20-21は変ト短調(?)に従い,これによる和音進行を2小節に渡り続けている.

7.mm24-25は本によるとFリディアと書かれていたが,Dドリアの間違いなのかどうかよくわからなかった(おそらく,mm23最初の和音の一番上がFの全休符から始まるので,それをもってFリディアと判断しているのかと最初は思いました.)

8.mm26は[CDEFGAB]Cイオニアの構成音がすべて出ていた.

9.mm29ここから,同じ形の和音の連続となるmm33からはB♭が出るが,構成的には変化がない

10.mm42-44-47[CDB♭A♭]で構成されているが,mm46でいったんそれが途切れてE音が追加された,すなわち,大局的にみると[CDEA♭B♭]という全音階のような形が出ていて,そのような意味でインターヴァルサイクルに対して音を追加することで[CD]というCイオニアンの構成音から[CDB♭A♭]となり,最終的に[CDEA♭B♭]という形がでて全音階と近くなり調性が次第に外れてくるということの表現がインターヴァルサイクルへの操作を通じて理解することが出来ると思う.その意味でこの場面は重要なところである.

11.mm50-54は[C♯D♯EF♯G♯A♯B]という嬰ト短調(?)の構成音で展開されている.

12.mm55からは嬰ハ短調(?)に戻る

13.mm63の最後から,[CDEA♯]→[CFGB]→[DFAB]→[CG♯BE♯]というように,構成音について隣接する音がいくつか半音ずつずれながら展開している.

14.mm64からは,[D♯F♯G♯B♯]で構成される和音と[C♯D♯GA♯]で構成される和音の後,[D♯F♯G♯B♯]から,[C♯FG♯B]で構成される和音に移り,若干解釈に困ってる.

15.mm74は,構成音のインターヴァルサイクルが[CDG][DEA][CEG(BC)][CDG][DEA]...とループする和音になっている

 

 

結論

と,ながくなってしまいましたが,一番伝えたかった部分は1.2.7.10あたりで,印象派音楽では確かにFリディアといった教会旋法をつかっていたり,完全5度の和音の連続を多用してたり,インターヴァルサイクルに音を追加していき,Cイオニアから全音階にだんだんと近づくといった意味で調性の崩壊を表現していたのではないかと少なくともこの曲からは推測されます.後はお気持ち分析なので適当に見流していただけると嬉しいです.

まだ基本となる考えという章なので,インターヴァルサイクルという概念が出て,実際に利用したときに調性の崩壊をどの程度表現できているかを観察するといった段階ですので,あまり本質的なことはしていないかもしれませんが,ご了承ください

最初はこの本を読んで一通りレビューしようと思ったのですが,端的に書けるほどのものでもないので,今回はこのような形でのレビューになってしまいました.もし次書く機会があれば,この続きや,先の章の古典派音楽におけるインターヴァルサイクルの解釈,また現代音楽におけるインターヴァルサイクルの応用などを書いていければと思います.

 

ご精読ありがとうございました.