アイドルコードとの邂逅
初めまして。3度の飯より9・11・13度のテンションコードが好きな弾け弾です。バーチャルユーチューバー(VTuber)の配信を見るのがルーティーンです。
2010年代、アイドル戦国時代と呼ばれる時代では、外見の美しさに加えて際立った個性が求められるようになりました。
その円熟期、2020年代目前には、他とは一線を画し次元を超えたアニメの姿のバーチャルユーチューバー(VTuber)が頭角を現し、その姿でアイドルとして活動するアイドルVTuberも生まれました。
元々アイドル鑑賞とは無縁だった私ですが、アイドルVTuber事務所ホロライブのそのYouTube配信をメインとする活動スタイルは、仕事帰りでYouTubeばっかり見ている私の生活を侵食していったのだった・・・
何はともあれまずは、ホロライブ1期生・ゲーマーズの白上フブキさんが歌う下記の楽曲を聴いていただきましょう。
〈Brand New Life / トマト組, 白上フブキ〉
いや今回はホロライブの魅力を語る回じゃないんですよ。記事タイトルを思い出してください。
今回魅力を追っていくのは、0:25~や0:36~の後ろで鳴っているコードです!
♪コンペイトウみたい、イガイガ甘い
この部分、新鮮な響きが聞こえてきませんか?
歌詞の通り、とがった部分がありつつも甘い雰囲気もある・・・アイドル的要素を兼ね備えた響きに聞こえます!
白玉の音符にすると、こんな構成になります。(Cメジャーキーに移調しました)
解析すると、G7sus4の部分が「とがった雰囲気」、G7の部分が「甘い雰囲気」に対応していそうです。
でもG7sus4の上にBが鳴っているというのか、G7の中にCがあるというのか、どっちとも取れず曖昧模糊なキャラクターですね。(そこもまた魅力です)
少なくとも一般的なコードシンボルで書くことはできません。本記事では以降、このコードを便宜的にアイドルコードと呼ぶことにします。*1
なぜ流行らない!?アイドルコードの転回の落とし穴
この不思議なコード、その美しさを持っていながら、なぜ使用頻度が少ないのでしょうか?
実はアイドルコードが持つそこらのコードとは決定的に違う常識を覆す特徴、「3度と4度の共存」にその理由の一端が見えます。
前述したアイドルコードのボイシングを転回させてこのように3度堆積の形を作ってみると、
3度のBと4度(テンションコードで言うと♮11th) のCの短9度音程が生まれていますが、この音程は代表的な不協和音なんです。故にG7上でCは使ってはいけない音程とされています。
ドミソ、ミソド、ソドミが全て同じ和音に聞こえるように、和音は転回してもその機能は変わらないのが通説です。だったら転回するだけで醜い姿になってしまうアイドルコードって一体・・・?
なるほど。アイドルコードが、何故市場に出回っていないのかの理由が何となく察せてきたんではないでしょうか!?
転回するだけで破綻するコードなんて取扱注意な腫れ物、誰も使おうとしないんでしょう。
むしろ、この醜い形の方が3度堆積として自然であるので、最初のボイシングの形で認識されること自体が無いのかも。
――でも、それだけでアイドルコードを忌み嫌ってしまうのは、勿体ないですよね。裏を返せば、転回するだけで美しい響きになるんですから。
水と油、犬猿の仲であるはずの2音をお供に従えて澄んだ音響を生み出している。
まさにアイドルならば戦国時代の覇権を握る可能性を秘めたコードといえるでしょう。
使用事例
そんなアイドルコード、ネットで調べても全然事例はヒットしないんですね。そもそも名前が浸透していない時点で探し始めることすらままならない状態です。
あくまで私が同定した中で、他にこのコードが使われていると判断した稀少な楽曲を2つ紹介します。
〈September/Earth, Wind & Fire〉 2:18〜
R&Bの大家Earth, Wind & Fireの超有名楽曲にも実は使われているんですね!
ベースのA,ギターのGの上にrootのメロディー、コーラスの3rdにブラスセクションが乗ってビビッドで重厚なハーモニーを作り出しています!
〈フラッシュ/坂本真綾〉 0:34~
こちらはシンセのサウンドで、Aメロ直前のブリッジとしてコード自体が明確にフィーチャーされているような使われ方です。
作編曲家の冨田恵一のWikipediaから見つけたこの楽曲、アニメ『カードキャプターさくら』のゲームの主題歌だそうです。冒頭のBrand New Lifeもアイドル楽曲であったように、いわゆるアキバ系サウンドにこのコードが使われやすい傾向があるんでしょうか?
また、2曲とも渋谷系サウンドの雰囲気を持ち合わせています。渋谷系のR&Bを含む多様なジャンルを受け入れる態勢が、このアングラなコードをポップへと昇華させているといえるでしょう。
更にはアキバ系+渋谷系=アキシブ系という音楽ジャンルがありますが、アキバ系の「萌え」と渋谷系の「おしゃれ」の出会いという、アキシブ系サウンドの誕生それ自体が、アイドルコードにおける甘美な3度と鮮烈な4度の融合とのアナロジーを想起させるのです。
アキシブ系サウンドとアイドルコードは高い親和性を持っていると私は思います。
であるからしてアキシブ系アーティストの皆様!ホロライブ楽曲提供者の皆様!今度ともアイドルコードを何卒よろしくお願いいたします!
まとめ
名作会初寄稿にして極めてプライベートな欲望を大放出したところで、まとめに入ります。
今回はなかなか耳に触れることの少ないアイドルコードの魅力を紹介いたしました。
コード界の禁忌、3度と4度の共存を協和音として可能にしたアイドルコードの行く末がどうなるのか。
このまま歴史の表舞台に君臨することなく眠りにつくのか、ブラックアダーコードのように引く手数多のセンター枠を勝ち取るのか?
皆さんも、本物のアイドルと同じく「成長過程を楽しむ」コンテンツとして、アイドルコードを推してみてはいかがでしょうか!
というわけで、不思議なふしぎなコードのお話でしたが、次回はクラシック音楽の視点からその正体を紐解いていきたいと思います。お楽しみに!
*1:
留意事項として、このコードの存在は巷で認知されていないこともなく、ネットで調べると下記のブログがヒットします。そこでは、sus4の上の3度についてテンション10thという呼び方がされています。ただこれはコード全体の名称ではない為、本記事で言うアイドルコードとは厳密には区別される概念と考えます。