最近、韓国のアーティストを積極的に聴いている。

私は日本人だ。
日本人から見た韓国の印象は、おそらく人によって大きく異なると思う。
政治的には、日本と韓国の関係性は一筋縄でない。
私が通っていた高校では、修学旅行で毎年韓国に行くのが通例だった。
しかし私の年は日韓関係が悪化している時期で、やむを得ず台湾へ行先が変更されてしまった。
韓国へは今でも行ったことがない。
一方で、特に最近の若者の中で、コスメ、グルメ、映画など、韓国文化は様々な形で浸透している。
音楽で言えば、K-POPアイドル。
私の世代では、子供の頃にKARAとか少女時代が流行っていた。今はILLITとかaespaか。
思い返せば、今まで私はタイポップとか中国ポップとかは積極的に聴いてきたのに、韓国の音楽はほとんど知ろうとしていなかった。
K-POPという大きなジャンルが日本に浸透しているだけに、なんとなく知っている気でいたんだと思う。
でも、私が想像する「韓国」のイメージは一枚岩ではない。

女の子が憧れるILLITとかaespaの研ぎ澄まされた彫刻のような美しさだけでない、韓国とはもっと不可解で、多面的で、魅惑的なもののはずだ。
いわゆる「K-POP」のイメージの裏に隠れた多くの韓国の音楽、いわば「K-POPでないK-POP」について、もっと知りたくなった。
ということで、複数回の記事を通して、私が出会えた韓国のアーティストたちを紹介していきたいと思う。
今回は、韓国に根付いた伝統音楽等を再定義した、コリアンポップミュージックの国民楽派的なアーティストたちを紹介する。
LEENARCHI

LEENARCHIは、いわゆるパンソリ・ポップのパイオニア的存在。
したがって、LEENARCHIを説明するにはパンソリ・ポップを説明しなければならない。
パンソリ・ポップを説明するにはパンソリを説明しなければならない。
パンソリとは、韓国の伝統芸能であり、その歴史は17世紀(朝鮮時代中期)にさかのぼる。
1人の歌い手(ソリクン)と1人の太鼓奏者(コス)で数時間もの物語を演じ奏でる、ミニマルなオペラのようなものである。
そして、このパンソリ特有の節回しや物語性を、現代のポップ・ロック・クラブミュージックなどと融合させたジャンル、それがパンソリ・ポップである。
(パンソリ・ポップというジャンルネームがどれくらい浸透しているものなのかは微妙かもしれない…)
元となったパンソリは、2人という超ミニマルな編成だった。
対してLEENARCHIは複数のパンソリ歌手、2人のベース、1人のドラムで構成されている。ギターはいない。バンド的な拡大にしても、ちょっと歪だ。
しかし、音楽を聴いてみると納得。
ビート重視のダンスっぽいサウンドが、土着的なパンソリの質感と親和している感じがする。
ベースもとてもクール。
「Tiger is Coming」はLEENARCHIの代表曲。
複数の歌い手が時にカオスに重なり合い、(私が韓国語の意味を全然理解出来ないのも相まって、)パンソリという伝統芸能をサウンドテクスチャの膜として提示されたような印象を受ける。
SsingSsing

続いてのアーティスト、SsingSsingは、パンソリとはまた異なる韓国伝統音楽、民謡(ミンヨ)をベースに、グラムロック・ディスコ・サイケなどを融合させた作風のバンド。
パンソリ・ポップもひっくるめて、朝鮮ポップとでも呼べば良いだろうか。
民謡はその字の通り、朝鮮で伝えられてきた伝統的な民謡のことである。日本のそれと全く同じように。
SsingSsingは2017年にTiny Desk Concertに出演しており、一躍国際的な注目を集めた。
一聴して、先述のLEENARCHIとは全く異なる種類の「伝統音楽」をやっていることが分かるはずだ。
というか、日本の民謡の歌い方に似てるかも。ボーカルの声も心なしか、うちの地元の祭りを仕切ってたおっちゃんの声にそっくり。
アルバムの曲もぜひ聴いてほしい。
民謡に対して合わせるバックミュージックのセレクトとか、ボーカルの熱を込めた歌なんかに、韓国特有のセンスを感じる。日本だとこうは作らない気がする。
似ているけどどこか違う。SsingSsingはそんなリアルな異質さを感じられるアーティストだと思った。
なお、2018年に解散してしまっているよう。
250

「250」…というのが活動名義である。韓国語で「イオゴン」と読み、本名のイ・ホヒョンに因んでいるらしい。
彼は有名な韓国アイドル「NewJeans」の主要な楽曲に関わっており、作曲者としても多くクレジットされている。
そんな250だが、今回取り上げたいのは彼のソロアルバム、「Ppong」。
ポンチャック・ディスコを現代に再定義した挑戦的なアルバムで、高い評価を得ている。
ポンチャックとは、韓国の伝統的な歌謡曲のスタイルを基にした大衆音楽のジャンルである。
簡単な2拍子のリズムが特徴的で、日本でも一瞬だけ流行ったらしい。
しかしこのジャンルは一時代、古臭い・安っぽい音楽として受け止められていたことがあり、ポンチャックという言葉もやや揶揄的に使われたものらしい。
「Ppong」では、そんな古臭いイメージであったポンチャックを敢えて、改めて取り上げた。
現代風の理知的なビートとして、見事に再解釈されている。チープなシンセによるメロディは、どこか哀愁を漂わせる。日本のシティポップが今エモいのと同じ感覚か。
250がNewJeansのようなK-POPアイドルの音楽に携わっている一方で、このようなアルバムを出していることはびっくり、ユニーク、非常に意欲的だなぁと思う。
------------------
今回はここまで。
日本に伝統音楽や大衆音楽があるのと同様に、韓国にもそれがある。
それらを過去の遺物だと思う人がいたり、時代遅れだと思う人がいたり、そこに色褪せないルーツを見出そうとする人がいたり。
ここで流れるように告知です。
我々名古屋作曲の会では、来たる2026年2月14日に風変わりなピアノコンサートを開催します。

戦災で楽譜の多くが消失した「幻の作曲家」の作品、巨匠の隠れた小品集…日本人作曲家の作品には、演奏機会の極めて少ない名曲がたくさんあります。
そうしたレア曲を発掘し、本演奏会で実演します。
かなり熱い。
失われていた日本のルーツが、ひとつ、またひとつ蘇るコンサート。
ぜひご来場頂き、その現場にお立ち会いください。
▼事前チケット購入はこちら▼
▼コンサート特設ページはこちら▼
さて、我々の活動と同じく、韓国でもそのルーツに挑戦する様々なムーブメントがあることが分かった。
私は韓国のそれに、たえず形を変える炎のようなエネルギーと、決して日本的な心とは相容れぬ確かな異物感を覚えた。もちろん悪い意味で無く。
皆さんはどう感じただろうか。