名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

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徹底観察!Giant Stepsの調性システム

弾け弾です。

と~にかく転調が多いジャズの難曲、サックス奏者のジョン・コルトレーンが作曲したGiant Steps。ご存知の方も多いと思います。


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私も知ってはいるが、この曲に対して語れることは何か。残念ながらコード理論の解説サイトで知って以来、「コルトレーンチェンジ」あるいは「マルチトニックシステム」のために書かれた曲だという浅い認識しかなかったのです。

最初に断っておくとGiant Stepsがそういったコード理論を超えて後世に多大な影響を与えた楽曲なのは疑いようがありません。ただ和声の側面に注目するあまり、他の要素への感受性が欠けている私には正直心に響き切らないところもあったのです。そんな私でもGiant Stepsの深遠を見ることはできるのか?長年考えたり考えなかったりしてきて、ある時、自身の得意とする和声的アプローチは保ちながら、ちょっとズームアウトして調性で観察することにしてみました。ただのコード分析ではなく、音楽をビジュアルにして捉えなおしていく、故に「観察」です。

そうして曲を捉え直してみると、思いもよらぬ真に驚くべき発見があり、楽曲に溢れる生き生きとした緊張感と奥行きを初めて感じることができたのです!今回はその過程をブログに書き記すことにしました。

付記

YouTubeの個人チャンネルで、今回の記事の内容に関連するShortsに投稿しています。実際に曲に合わせて五度圏上のトーナルセンターの動きを表していますので、映像の方が直感的に理解しやすいという方は合わせてお使いください。

テーマが3回繰り返される間に、1周目:観察①・②、2周目:観察③、3周目:観察④を表す内容になっています。


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観察①:使われている調

観察の手始めに、まずはリードシートを見てみましょう。

調号こそ書いていないですが、臨時記号だらけであることから、転調が多分に含まれることがわかります。Bメジャーから入ったかと思えば、2小節目にはもうGメジャーに転調しています。一体この曲は何回転調するのか?

見通しをよくするためにドミナントモーション、つまりD7→G、B♭7→E♭のようなV-I進行、そしてAm7→D7→GのようなII-V-I進行といったベースが完全5度下がるコード進行をグルーピングしてみます。

最初のコードのBだけ孤立しているように見えますが、一番最後のC#m7→F#7→からループしてつながると考えられますのでここもグループにしておきます。

その結果、Giant Stepsはすべてのコード進行がドミナントモーションの一部であり、ドミナントモーションのグループの中のコードは、すべて同じ調に属することがわかります。その調を専門用語でトーナルセンターといいます。まあそう書いておけば「調」と書くよりは格好がつくというだけなので、適宜トーナルセンター=調と読み替えてもらって(少なくとも私の書いたこの記事では)大丈夫です。

逆に、グループが変わるとそこで調が変わっていそうだと見えてきます。そして実際その通りになっています。これで、転調のタイミングが把握しやすくなりましたね!

ドミナントモーションの行き着く先をトニック(主和音)と見なして、トーナルセンターの変化したタイミングを抜き出すと下表のようになります。

小節 1 2 3 5 6 7 9 11 13 15
調 B G E♭ G E♭ B E♭ G B E♭

これでGiant Stepsのテーマは転調が頻繁に起こるものの、その回数は10回に限られ、使われているトーナルセンターはわずか3つだということがわかります。1オクターブの12の調(短調を含めると24の調)どれにでも転調できる可能性があるなか、3つのトーナルセンターに絞り込んだからこそ、曲の統一性と個性が生まれていると言えるのです。

つまり、Giant Stepsは、3つの調に転調する曲だ!と言うことができます。

…しかし、それを結論とするのは早計でしょう。実際には、コードシンボルだけでは読み取れない、より制限されたルールに従っているのです。そこで今度は視点を変えて見てみましょう!

観察②:調の選ばれ方

ここからは、1つ1つのコードについては捨象します。注目すべきポイントは、B・G・E♭の3つのトーナルセンターがどのようにして選ばれたかです。A・B・CとかF#・G#・A#とかも3つのトーナルセンターの組み合わせになりますが、なぜその3つになったのか。

それは視覚的なツールである五度圏を使うと見えてきます。

五度圏とは1オクターブの中の12の調を円形に並べたものです。五度圏上で隣り合うB MajorとE Major、もしくはB MajorとG♭(=F#) Majorは、調号のシャープ・フラットの数が1つだけ変わります。色相環の隣り合う色が似ているように、五度圏上で近い配置のものは相性が良いのです。

五度圏上に先ほどのB・G・E♭を見つけて、線で結んでみると綺麗なトライアングルができます。これは、先に挙げた例A・B・CとかF#・G#・A#では作れない形であり、B・G・E♭が選ばれる必然性が見えてきます。

ここから2つのことが言えます。

  • 3つの調が可能な限り離れた位置に配置されています。そのため、調同士の相性はそこまで良くはありません。逆に言うと、雰囲気がガラッと変わり転調したぞ!感が出やすい3つを選んでいるということができます。
  • それぞれの調の距離(辺の長さ)が同じなので、どの調からどの調に行っても同じくらい転調したぞ!感が得られます。

この調性システムはコルトレーンチェンジ、あるいは3トニックシステムと呼ばれています。

一般的に、五度圏で等しい距離にあるn個の調に転調する曲をnトニックシステム、まとめてマルチトニックシステムといいます。ここでnは12の約数である2、3、4、6、12をとります(1は普通の転調しない曲なので除外)。

その中でも3トニックシステムは、転調の前後で長3度トーナルセンターが変化します。この音程はジャズ史上でも他の音程と比べて転調に使われる機会が少なかったため、その意味でもコルトレーンチェンジは画期的なシステムでした。

こんな複雑な難しい理論を作って作曲し、即興演奏するコルトレーンはすごい!

私が過去Giant Stepsに関して得た知識はこのようなものでした。

しかし、それだけで十分なのでしょうか。マルチトニックシステムが生まれてから65年、そのシステムを用いて作られた曲は聞きません。コルトレーン自身による楽曲を除けば、有名なものはないといってもいいのではないでしょうか(ご存じの方がいたらぜひ教えてください)。理由の一つにコルトレーンの卓越した技巧や作曲技術を真似できる人が極めて少ない、ということはあるでしょう。結果としてマルチトニックシステムは理論としての名声ばかりが広まり、実質的には超絶技巧を誇示するための手段、音楽的価値の乏しいものとなってしまった感があります。

Giant Stepsは、実際はそんなマルチトニックシステムという理論の枠に収まらない作品です。より緻密に構成されたルールに従って作られていて、そこにこそこの曲の真価を見出せるのです。

もっともっと眼を見開いて観察を続けましょう。

観察③:転調のタイミングと、前後の調の関係

次に注目するのは、転調のタイミングと、前後の調の関係です。先ほどの表を再掲しておきます。

小節 1 2 3 5 6 7 9 11 13 15
調 B G E♭ G E♭ B E♭ G B E♭

転調するタイミングの小節の間隔に注目してみると、1小節に1回したり、2小節に1回したりと様々なタイミングで転調しています。表に行を追加し、前の転調から何小節後に転調したか(小節の変化)を書き入れます。

小節 1 2 3 5 6 7 9 11 13 15
小節の変化 - 1 1 2 1 1 2 2 2 2
調 B G E♭ G E♭ B E♭ G B E♭

小節の変化の次は、トーナルセンターの変化を見ていきます。

前準備としてトーナルセンターの変化を定量的に表すための数値が必要になります。ここで五度圏を再登場させます。

五度圏のBを0とすると、右回りにG♭は1、D♭は2、翻って左回りにEは-1、Aは-2と"数円"(数直線に対応した概念。はした金ではない)上に数値を割り振ることができます。

その数値を落とし込んだ表がこちら。

小節 1 2 3 5 6 7 9 11 13 15
小節の変化 - 1 2  1  1 2 2 2 2
調 B G E♭ G E♭ B E♭ G B E♭
調の数値 0 -4 -8 -4 -8 -12 -8 -4 0 4

調の数値は必ず4の倍数になっている、これは3トニックシステムならではの特徴ですね。

鋭い観察眼の持ち主であれば、小節2から3の、GからE♭の転調について、図ではE♭が4なのに表では-8になっている!と不思議に思われるかもしれません。

これは数円ならではの特徴で、差が12の倍数になる数は、同じトーナルセンターを表します。この事実は当記事の結論として重要な鍵を握るので、頭の片隅に置いておいてください。

よって1つのトーナルセンターを表すのにも無限通りの数値が考えられるわけですが、ここでは一旦-4であるGからE♭に転調するのに4より-8のほうが距離が短かったので、-8を選びました。

そしてその移動した距離を調の変化として算出していくと、

小節 1 2 3 5 6 7 9 11 13 15
小節の変化 - 1 2  1  1 2 2 2 2
調 B G E♭ G E♭ B E♭ G B E♭
調の数値 0 -4 -8 -4 -8 -12 -8 -4 0 4
調の変化 - -4 -4 +4 -4 -4 +4 +4 +4 +4

このようになりました。さて、小節の変化と調の変化に法則が見えてきます。

小節の変化1のときは調の変化が-4小節の変化2のときは調の変化が+4になっている!

10回あった転調が2パターンに分類され、だんだんGiant Stepsのコード進行が抽象化されてきました。

さらに、この言い方を洗練させるために「調速度」という概念を定義しておきます。

一般に速度は、ある時点からある時点までの物体の移動量の指標です。通常、2つの時点は任意に選べますが、調速度の場合は「転調したタイミング」に限定されます。ここでの転調したタイミングとは、この記事内の取り決めと同じようにその主和音が鳴る時点を指します。

また一般の速度は具体的には距離÷時間で求められますが、ここでの距離は「五度圏上の距離」とします。これは先ほどの「調の変化」に相当し、数値が1変わると5度動くことから単位を[fifth]としておきます。(つまり、距離は五度圏上の角度に対応しているので、調速度は速度の中でも角速度に近い概念です。)

時間の単位には「小節の変化」を使用し、小節を表す一般的な単位である[bar]を採用します。

調速度は、fifthをbarで割って算出するので、fifth per bar、略して[fpb]と表記します。

まとめると、

調速度[fpb] = 調の変化[fifth]÷小節の変化[bar]

つまり、Giant Stepsは転調から1小節後に次の転調がくる場合は調速度が-4[fpb]、2小節後の場合は調速度が+2[fpb]となる

と表現できます。

ここで、グラフを作ってみます。

上段のグラフは小節ごとのトーナルセンターの変化を、下段のグラフは小節ごとの調速度の変化を示しています。下段において調速度は2つの値しかとっていないことがわかります。

 

抽象度がさらに上がったことで、むしろ意外とシンプルな進行だったんだ・・・とさえ思えてきますね。でもこれで終わりではありません。

このグラフは「見かけ上の調速度」を表しているにすぎないのです。

観察④:真の調速度

思い出してください。トーナルセンターを数値に置き換えたときに、E♭の表し方が4と-8、2通りありましたね。

差が12の倍数になる数は、同じトーナルセンターを表すのでした。

今まではトーナルセンターに対応する数値を一意に定めるのに、前の調から最も近い距離で選ぶ方法をとっていました。これが言わば、「見かけ上の調速度」です。

今度は、必ず調の変化が負になるようにトーナルセンターの数値を選んでみましょう。

小節[bar] 1 2 3 5 6 7 9 11 13 15
小節の変化[bar] - 1 1 2 1 1 2 2 2 2
調 B G E♭ G E♭ B E♭ G B E♭
調の数値[fifth] 0) -4 -8 -16 -20 -24 -32 -40 -48 -56
調の変化[fifth] - -4 -4 -8 -4 -4 -8 -8 -8 -8
調速度[fpb] - -4 -4 -4 -4 -4 -4 -4 -4 -4

すると驚いたことに、調速度がすべて同じ値になります。

これを改めてグラフにすると


拍子抜けするほどシンプルな、直線になりました!

これがGiant Stepsの真の調速度

Giant Stepsの調速度は一定だった、そう考えることができます。

ただし、テーマの先頭に戻る部分だけは2小節で-4[fifths]進んでおり、他の速度が違っているので、厳密にはGiant Stepsのテーマの調速度は一定、と言えます。

実はハ長調イ短調といった慣れ親しんだ「転調しない」状態も、速度が常に0という意味で「調速度が一定」という概念に含まれます。そもそも元々は調速度なんて概念無いものなので、これを悪用して「転調しない」を「調速度が一定」と包含関係ではなくイコールの概念と再定義してしまえば、Giant Stepsのテーマは転調していないとさえ言えるのです。

まあそれはいくら何でも言いすぎだとしても、観察を重ねた結果、複雑に思えた曲がここまで単純な原理から成り立っていたという事実はかえって楽曲から醸し出されるヴィルトゥオジティと相反するかのようで、その原理から複雑な即興演奏が創発されることこそが、この曲の本質的な美しさを形作っているのだと感じます。

力学とのアナロジー

調速度が一定という調性システムは、五度圏上で力学の概念と関連付けることができます。

まずは転調しない音楽を考えてみましょう(例えば、Creepy NutsのBling-Bang-Bang-Bornのような)。その調性を五度圏上に配置すると、一点に静止しているのみですね。これは外力が加わっていない、自然な状態といえます。次に、転調する音楽を見てみると、例えばサビで半音上に転調するYOASOBIのアイドルのような楽曲は、五度圏上ではある点からある点に「瞬時的に」移動しています。これは明らかに外部からの力なしには起こりえないイレギュラーな動きです。対してGiant Stepsのような調速度一定の曲は、五度圏上で見ると一定速度の回転運動を(タイムラプスで)見ているようです。それは地球の周りを回る月のように、あるいは自転する地球の上に立つ私たちや富士山のように、向心力以外の力を必要としません。

故に、調速度一定の音楽は転調しない音楽と同程度に「あって構わない」存在であり、五度圏上の力学的な観点からはむしろ突然転調する曲より「自然に」存在すると考えられるのです。転調しない音楽とのただ一つの違いは、その調性システムが持つ運動エネルギー。これこそが、Giant Stepsが持っている特別な力、聴衆を体ぐるみでのめりこませる、並々ならぬダイナミズムに繋がっているのかもしれません。

まとめ:Giant Stepsが持つ音楽的な美しさとは

本記事ではGiant Stepsについて、使われている調やマルチトニックシステムという概念による分析からさらに推し進め、調速度という概念を定義することで、極めて単純明快な調性システムによる作品であることを明らかにしました。

勿論、Giant Stepsは理論にとどまらず、技術面でも音楽的にも優れた名曲です。こうした分析をせずとも魅力が伝わる、という方も多いでしょう。しかし、コードという観点からでさえ、少し視野を広げるだけで――現実世界の力学を音楽の世界に取り入れる調性システムの自然な拡張により――Giant Stepsの核心に迫ることができました。

Giant Stepsは目まぐるしい転調を繰り返しながらも一つの楽曲として成立しています。その背景には運動エネルギーと等速度運動という2つの力学が存在するのです。この視点に立てば、Giant Stepsが単なる理論のための音楽ではなく、コルトレーンチェンジが技巧を見せつけるためのギミックではない、もっと根源的なものなのだと理解できます。

調性に速度が在る、そして在っても良いという発想の転換。これはドミナント(減5度)による緊張をトニックの解決へ向かう推進力としたことに始まる、破壊が新たな秩序となり成長する音楽の有機的な営みを思い起こさせます。理論を不要としてアトランダムに作曲するでもなく、生成AIのような既存の音楽を組み換える帰納的作業とも違った、枠組み自体を壊しては構築していく動的平衡性。それこそが、私がGiant Stepsに、ひいては音楽に見出す美しさなのです。