名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

♡桃色片想い♡のサビ頭について

〜お知らせ〜

2026年2月14日に、本山駅近くの「美 Silent Hall」にて、邦人作曲家にフォーカスしたピアノコンサートを行います。 演奏機会の極めて少ない作品も上演される予定ですので、お時間、ご興味ある方は是非お越しくださいませ。

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ヨネダ2000はえらい!

弾け弾です。今では昨年の話になりますが、普段アイドルVtuberのオリジナルソングをよく聴く私は、それらが影響を受けているであろう往年のアイドルソングも改めて聴いてみようと思いまして、 つんく♂さんプロデュースの楽曲を色々と流していたところ、松浦亜弥さんの『♡桃色片想い♡』にハマりました。

どうやら近年は「平成最後のソロアイドル」である松浦亜弥さんの再評価が活発なようで、こと『♡桃色片想い♡』に関してはGirls²、Pastel*Palettes×マイメロディといった 女性ボーカリストのカバーが2025年続々リリースされていました。 そのラストを飾ったのは、同じく女性ボーカリスト(?)であるヨネダ2000でした。 M-1グランプリ2025で『♡桃色片想い♡』が歌われていたのは、まだ記憶に新しいです。

そこで私は、個人的なブームかと思っていた『♡桃色片想い♡』が生放送で聴けるなんて!と思うと同時に、ヨネダ2000誠さんのある歌い方に気づきました。 サビの始まりの歌詞「桃色の片想い 恋してる」の部分をこぶしを利かせて 「んーもーもーいーろーのー」と歌っていたのです。

これは実は松浦亜弥さん本人の歌唱の忠実な再現になっています。 嘘だ!と思った方は原曲を聴いてみてください。 www.youtube.com

このサビ始まりの「んー」、昔からCMなどで飽きるほど聴いていたはずなのに、存在に気づいたのは最近改めてちゃんと聴いてからでした。

しかも、先ほど名前を挙げたこの曲をカバーしているボーカリスト達も聴く限りではしっかりと時間を取って「んー」を発してはいないのです。

何故カバー曲で「んー」が歌われないことが少ないのか? その理由として、一つは歌詞カードに載ってないからというのがあるでしょう。でもそれだけなら、原曲をたくさん聴いている人なら補完できるはずです。

積極的な理由としては、原曲がリリースされた時期とは違ってカバーのリリースはいずれも2020年代、令和に入ってからであることです。 YOASOBIのアイドルの世界的大ヒットに代表されるようにボーカロイドのような非有機的な声質が評価される時代です。 ボーカロイドが非楽音的な表現をするのは苦手であり、ベタ打ちでは作りこめない部分です。でもその欠如した部分に自分を投影するのが魅力です。 ボーカリストの表現として歌詞や声質自体は大切なのですが、それさえあればよくて、文字情報以外の楽音的でない部分が目立つとその人主体の曲になりすぎて曲に入り込む隙がありません。 そんな時代では自我を出さず、「んー」を削ぎ落とす方が時勢に合うという判断があったのかもしれません。

あるいはもっと認知的な理由として、日本語の語頭に「ん」が来ないという音韻規則も関係しているのかもしれません。 歌いだしの「んー」が聞こえる、つまり耳には入っていたとしても、脳神経レベルでは非言語的な情報、ノイズとして処理され、切り捨てられる。 だとしたら、カバーの為に何度原曲を聞こうとも「んー」を聴くことはできません

というわけで、そんな聴くことさえ難しい「んー」を意識して取り入れられるヨネダ2000はすごい!という話でした。

「んー」の効果

ではここからはそもそも何故松浦亜弥さんは原曲で「んー」と歌ったのかについて考えていきます。

https://www.uta-net.com/user/column/104.html

こちらの記事では松浦亜弥さんの「んー(ゥン)」が生まれたきっかけが語られているので引用します。

実は、最初はこの歌い方ではなかったという。当初は普通に歌い始める予定だった。それをレコーディングの当日、つんく♂が閃いたアイデアをもとに、こう変えて歌入れしたのである。

記事ではこれより深い理由までは紹介されていないですが、とにかくつんく♂さんのアイデアで取り入れられた意図的なものということはわかります。入れた方が楽曲にプラスになると考えたわけです。

どういった点においてプラスなのかを私なりに分析して2つの理由を挙げてみます。

リズム面での理由

まず、この曲のサビ頭「桃色の」の部分はそもそも特徴的なリズムを持っています。 「んーもーもーいーろーのー」の6音で1小節になるのですが、「んー」の部分を除けば非常に中途半端な部分から歌いだす形になります。 しかもさらに厄介なことに、頭サビは「んー/もー/もー/いー/ろー/のー」の6音で(3+3+2)x2になっていて、大サビでは2拍3連とよばれるリズムx2となっています。

どういうことか楽譜で示すとこのようになります。

桃色片想い♡ サビ頭のリズム
楽譜上だとまだ長さの違いがわかりづらいので、横幅を時間に合わせて表示してみます。

                       
                       

非常に似通ったリズムではありながら、確かに違っています。

普通の曲だったらこのような間違いにも聞こえてしまうような微妙なリズムの違いはどちらかに合わせるべきです。 実際は曲中では何度かこの2拍/3音のリズムがあるのですが、頭サビ・大サビの入り以外は3・3・2だったり2拍3連だったり混ざっていて気まぐれにも聞こえてしまいます。

でもこの曲がその違いを残しているのはおそらく意図的でしょう。 片想いの相手に告白するかどうかの葛藤がテーマの曲なので、2つのリズムを混在させることであえて聴き手、さらには歌手が戸惑いを覚えるように誘導している。 そしてラスサビで前のめりのリズムを使って畳みかけることで歌われる主体の気持ちを後押ししたり、芽生えた気持ちの高まりを表しているのかな?と考えることができます。

故にこそ歌のテーマの根幹であるこの頭サビと大サビの歌い分けが重要になってくるのですが、その違いを要求された歌手にとっては大迷惑です。 おまけに歌詞の上では拍頭に音が来ないため、さらに難易度は上がるのです。 だから「んー」はこの複雑怪奇なサビ頭をせめて安定して歌い出すために絶対的に必要だということが分かります。

編曲面での理由

「んー」の理由1つ目はボーカリスト側の観点でした。一方、歌を盛り上げる編曲側の観点からみると2つの手法が関係しているといえます。 1つにはサビ前に一時的にボーカル以外の楽器を消すという手法です。

この曲では「桃色の」の小節頭で一斉に楽器が鳴りやみます。 これによって聴き手の意識をボーカルに誘導させることができ、またサビが来ることを予感できます。

もう1つは歌の中のキーワードを強調するために、楽器でメロディーをなぞったり装飾してボーカルをサポートするという手法です。 この曲の1番のサビでは「桃色の」というタイトルにもあるキーワードを強調するためにグロッケンを使っています。

この2つの手法は互いに喧嘩する形になるように感じられますが、曲中ではどちらも生かされています。 その両立を可能にしているのはボーカルが一瞬「んー」と先手を打っているからなのです。

あややんー(1つ目の手法で聴き手の意識を歌い手に集中)桃色の(2つ目の手法で楽器が入ってキーワードを飾り付けることでより印象付ける)」という流れです。

編曲のワザを最大限に生かすためにも「んー」は無くてはならないのです。

まとめ

『♡桃色片想い♡』は2002年のリリースであり、四半世紀近く前の楽曲にもかかわらず、令和になってもアニメのエンディングに使われたりと、色褪せない名曲です。 そのロングヒットの裏には、つんく♂さん、松浦亜弥さんのサビ頭の拘りぬかれた職人技がありました。 皆さんもカラオケで『♡桃色片想い♡』を入れたときは是非「んーもーもーいーろーのー」と歌ってみましょう。