名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

回顧へと向かう音楽 ーリバイバルの波ー

2022年、アメリカの音楽ユニット「シルク・ソニック」がグラミー賞を総なめにする快挙を達成しました。

しかもたった1曲のシングルで。

その曲こそが、この「Leave the Door Open」です。

この曲を聴いて、僕は

「なんか『Stop, Look, Listen』っぽいな……」

とふと思いました。

しかし、改めて調べてみると『Stop, Look, Listen』はなんと1970年代の歌。

2022年のグラミー賞受賞曲からそんな太古の響きがするとは驚きです。

しかも、懐かしいのに決して古臭くなく、どこか新しい、そんな不思議な響き。

そう、近年の音楽業界では、90年代以前のカルチャー・リバイバルがすっかり流行になっているのです。

 

今回は、そんな回顧をはらんだリバイバル音楽について特集したいと思います。

 

 

大衆文化・情報社会・そして回顧へ

リバイバル音楽の火付け役ともなった「Vaporwave」「Lo-fi Hip Hop」といったジャンルは、いずれも2010年代に生まれたものです。

インターネットが普及し、情報の波に飲まれ、大量生産・大量消費を繰り返す目まぐるしい世の中が2010年にはありました。

そうした世相の中で、リバイバル音楽は海外を中心に広がっていきました。

”古き良き過去”を回顧するような低音質、実際に既存のレコードをサンプリングしたり、反復したり、あえて作家性を排除し自らぼやけていくような音像。

現代社会に対する疲れ・商業主義にうんざりした者たちの息遣いが、そこからは感じ取れます。

アンディ・ウォーホルが無数のマリリン・モンローを毒々しく描いて見せたのと、その本質は似ているかもしれません。

アンディ・ウォーホル ポスター マリリン・モンロー1962 A1482|アート&フレーム|絵と額縁の専門店

Vaporwave

「Vaporwave」は、実験音楽的な要素を多分に含んだジャンルです。

一昔前の低音質な音楽(有名ではない曲もしばしば)をサンプリングし、テンポとピッチを落とし、何度も反復させて作る音楽とされます。

ミニマル・ミュージック的な執拗な反復が、何とも言えないトランス感を生み出していますね。

誇張され、彩度を過度に上げられたたレトロ感、とでも言いましょうか。

ナンセンスな表現とも結びつき、ときに完全に著作権アウトな音楽・画像・映像のサンプリングさえ多用されます。

ある種反権力的ながら、もはや思考を拒否したような脱力感があるといえるでしょう。

 

Lo-fi Hip Hop

それに比べると、同じく過去曲のサンプリングを特徴とする「Lo-fi Hip Hop」は少し違った趣がありそうです。

不気味さはなく、よりイージーリスニングで、純粋にLo-fiな音質を楽しむ娯楽性があります。

日本の昭和アニメ風のMVも特徴的で、YouTubeのLo-fi Hip Hop専門ラジオでもジブリ風の女の子のアニメーションがリフレインされています。

90年代の日本産アニメがアメリカに輸出され流行したことがきっかけとなっているようです。

名前の通りLo-fi(低音質)なサウンドと、全体的にかなり不安定なリズムが特徴的です。

また、ジャズのレコードなどをしばしばサンプリングすることで、直截にレトロな響きを指向します。

リフレインが執拗で、音の輪郭がぼやけていて、作家性が薄いという点は「Vaporwave」とも共通していますね。

また、日本では「Nujabes」が有名で、日本で流行したきっかけとなっています。

 

反動のはずが新たな潮流へ

このように、過去の音楽のリバイバルは、行き詰った現代からの逃避として安易なサンプリングから始まりました。

没価値的で、そこに新しい価値のある何かを求めてはいなかったのです。

 

しかし、こうした退廃的なコンセプトとは異なり、純粋に新しい音楽がそこにあると考えていた人たちもいます。

韓国人DJのNight Tempoは、日本の昭和歌謡をサンプリングした上でダンサブルなビートを付け加え、「Future Funk」というジャンルを創始しました。

日本の昭和歌謡の中でも、おしゃれなコード進行・チャキチャキした音使い・歩くくらいのテンポ感の踊れる音楽性など、洋楽指向のものは「シティ・ポップ」と呼ばれます。

そんなシティ・ポップに対し、テンポを上げたりリズムを足したりして、Daft Punk風のアレンジを加えたのです。

youtu.be

 

ただ、Night Tempo自身はすでに「Future Funk」を捨てています。

フォーマットの決まった音楽性に新鮮味を感じなくなってしまったようです(参考)。

とはいえ、彼がきっかけとなって日本のシティ・ポップが世界中に流行しています。

山下達郎大瀧詠一のレコードがとんでもない価格で取引され、若者世代の耳にまで届いています。

それだけでなく、こうした日本昭和歌謡っぽい音楽を新たに作るアーティストも増えてきました。

アメリカのバンド「Ginger Root」は、2020年ごろからかなり昭和アイドルソングっぽい音楽を製作するようになりました。

また、K-popアイドルたちがシティポップ風の新曲を披露して世間を騒がせています。 

 

Night Tempoは「Vapor Wave」に影響を受けて「Future Funk」を始めましたが、そのコンセプトにはかなり差を感じます。

「Future Funk」を発端に注目されたシティ・ポップは、もはや商業音楽として世界中で消費され始めているからです。

 

アウフヘーベンとしてのリバイバル音楽

当初はアンチテーゼとして生み出された実験音楽であったリバイバル音楽が、ようやくアウフヘーベンされつつあると感じます。

正直、シティ・ポップを安直に取り入れただけの音楽が作家性に欠けるのは事実です。

一方で、たとえば上に挙げた「Ginger Root」の音楽では、Lo-fiな音質の中に明確に現代を感じさせる捻じれたコードやHi-fiな音色・エフェクトが混在しており、独特です。

また、紅白歌合戦にも出場した藤井風は、アメリカ90年代のR&BやLo-fi Hip Hopを取り入れて新たなJ-popを生み出しています。

 

こうしたアウフヘーベンの頂点として生まれたのが、シルク・ソニックの「Leave the Door Open」だったのではないでしょうか。

メインカルチャーが飽和し、反動が溢れ出したと思えばそちらも行き詰まりを見せ、そのあとようやく新しいものが生まれる。

こういった流れを見ると、まさしく文化だなあと思います。

 

一方で、日本のシティポップにみられるリバイバルは、現代J-popが世界にとって魅力を失ってしまったことを意味します。

このままで良いのでしょうか。

山下達郎のLPがどれだけ売れても、令和の日本が高く評価されたことにはならないのです。