名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

実は、音部記号っていっぱいあるんです

音部記号

 私達が楽譜に触れるとき、タイトルの次くらいに目に入ってくるであろう音部記号。ト音記号とかへ音記号とか音楽をやらない人々でも教科書なんかで見ましたよね。

でもあんがい音部記号ってたくさんあるんです。

 今日はかつて強弱記号色々を紹介した回の続編ということで、音部記号に焦点を当ててみようと思います。全部知ってたらあなたは相当楽譜の達人です!!

 

・基本的な音部記号とその成り立ち

まず基本的に私達が普通に見る音部記号とその成り立ちについて見てみようと思います。

 ト音記号

ト音記号

 これは一番馴染みのある記号ですね。音楽といったらこの記号を思い浮かべる人も多いはずです。ではこの記号の意味とは何なんでしょうか。
 音部記号とは簡単に言えば、どこがなんの音を示すかによって決まっているのです。つまりト音記号はどこが「ソ」の音を表すかを示しています。なので「ソ」の和名である「ト」を冠して「ト音記号」、外国では「G Clef」と言ったりするわけです。この記号自体驚くことに「G」の変形なんです。

ト音記号の成り立ち

 え?無理がある?そんな事私に言わないでください。昔の人を呼び出して小一時間説教しましょう。


でもこれで音部記号の意味がわかりましたね。

 ということでこのクルッと巻いてるところが「ソ」の音(固定ドです)を表しているので、ドレミファソラシドはこうなるんですね。

ト音記号の音階

 

 -へ音記号

へ音記号

 次によく見かけるのがこのへ音記号ですね。そこのあなた、もう音部記号の意味はわかってると思うので、この記号の意味するところもわかりますね?
 そうです。この記号は「ファ」の音の位置を表していて、ファの和名「ヘ」を冠し、外国では「F Clef」と呼んだりするわけです。ならばこれは「F」の変形なのか?そのとおりです。成り立ちを見てみましょう。

ヘ音記号の成り立ち

 そもそもの「F]と向きが逆になってる?だからそれは昔の人を殴ってくださいね。私も一緒に行きますから。
 そんなわけでこの記号の書き始めの部分と「:」の間が「ファ」の音を表しています。なので「ドレミファソラシド」は以下のようになりますね。

ヘ音記号の音階

 -ハ音記号

ハ音記号

 さて一般的には上記2つ以外はあまり馴染みがないかもしれませんが、実は主要な音部記号にはもう一種類あるんです。それがハ音記号です。当然音階の「ド」の位置を表していて、その和名の「ハ」を名乗り、外国では「C Clef」と言ったりします。
 何だ一番わかり易いじゃん!でもちょっとまて、この面妖な記号が「C」の変形なんて言わないよな?


いいえ言います!

 

ハ音記号の成り立ち

 何もかもが違うだろ!!
 知りません。私のせいではないです。昔の人を殴(ry
 ということでこれはこの「3」みたいな部分の真ん中が「ド」の位置を示しているんです。「ドレミファソラシド」は以下のようになりますね。

ハ音記号の音階

 なんでこんな面倒くさいことになったかと言うと、五線の中になるべく音を収めたほうが読みやすいから、声の音域や楽器の音域に合わせて丁度良くなるように編み出されたと考えておけば間違いありません。
 

しかし、こいつら重大な秘密を握っています…。

 

「私達、動くんです」

 

 は?動かれたら困るやん!!

 いいえ音階の特定の音を示すのが音部記号の役割なので、当然動いてそれぞれ示す音の位置を変えることができるんですよ。だからこそ示す音が決まっているとも言えるんです。とにかく一番動くのが「ハ音記号」です。それでは実際、ハ音記号の華麗なる世界を御覧いただきましょう。

ハ音記号色々

 この通り、五線の線上をすべて示す記号が存在し、それぞれ固有の名前も持っています。そして名前を見るとわかりやすいですが、もともとは合唱の声部の音域を示すものだったんですね。
 今でもこれらの記号は一部の楽器には使われます。
 例えば、ヴィオラはアルト記号で書きます。チェロ、トロンボーンユーフォニアムなどにはテノール記号が使われることも多いです。しかしそれ以外はなかなかお目には書かれないかもしれません。ちなみに対位法の学習の際は古い表記で書かれた楽譜で演習することが多いのでちょっとご覧に入れましょう。

対位法の課題

 げ!って感じですよね。すぐには読めないと言うか。
でも読めないのはあまりにもト音記号ヘ音記号に慣れすぎているからなだけで、これらも読譜の訓練を積めば普通に読めるようになるんです。慣れないだけで嫌がってはいけませんよ。

…ん?ということはまさか…

 そうです嫌なことに気がついたあなた。素晴らしい慧眼をお持ちですね。他の音部記号も動いちゃうんですよ。しかも「ド」の位置を表す記号でないので読みにくさマシマシです。

 -動くト音記号の例

フレンチヴァイオリン記号

 動くト音記号は残っているものが少ないのですが、一応こんな感じでフレンチヴァイオリン記号なんて言われるものがあるんです。超分かりにくいですよね。

 -動くへ音記号の例

へ音記号色々

 もちろんへ音記号も動きます。主に低域を表す記号なので、低さの質で何種類か存在するわけです。示す音は「ファ」なのでなかなかこれも慣れるのには苦労します。
 でもまあ安心してください。ハ音記号で示す内容と結果的に意味が被る記号も多く、移動するト音記号ヘ音記号は今やわざと読みにくくする意図で書かれた一部のソルフェージュ課題ぐらいでしか出会いません。
 そもそもソルフェージュ課題にこれらをモリモリにして読みにくくする意味も実際には全然ないと言っていいと思います。無駄なんですよ、無駄。アカデミアのやることには無駄が多いんです。これらを使うとこんな事もできます。無駄を体験してみましょう!

音部記号による音階表記

 これ音符の位置を変えずに音部記号だけでドレミファソラシドと書いてみたものです。呆れますね。

 

 さあこれで音部記号の世界は終…るわけもなく、まだまだあったりします。そもそもの音部記号の意味なんて吹っ飛んでいくものの数々をご覧に入れましょう。

 

・オクターブを示す意味を付加したものたち
音部記号はそれぞれ示す音があることは述べましたが、さらに高音、さらに低音を示そうとすると五線からはみ出すことも当たり前に起こります。こういうときには楽譜に「8va」とか「8ba」のような記号を書いて補うのですが、これを音部記号に合併してしまう例があります。

オクターブ上昇ト音記号

 なるほどこれは理にかなっていますね!とてもわかりやすいです。え?もっと高いのとかあったりするのか?
 ええ。ありますとも。ピアノなど音域が広いですからね。

2オクターブ上昇ト音記号

 2オクターブ、3オクターブを示すものも存在します。
 さらに人によって書き方が違ったりもします。

ダブルト音記号

 ダブルで書いてオクターブ上げろという意味のものです。ちょっと強引ですね。

ソラブジのオクターブ上昇ト音記号

 これは一部の作曲家、ソラブジやフィニッシーが使う記号です。ぱっと見分かりにくいですよね。

 

 というように音域範囲をオクターブで変えるときに使う記号たちがあるということ知ることができました。これでめでたく今回の内容は終…るわけはやっぱりありません。

 

・打楽器の記号
 そもそも「音程」の概念のない打楽器の場合はどうでしょうか。どこがなんの音か示しても全く意味をなしません。相対的な高さやどこがなんの楽器を表しているかその時によって別なんですから当たり前です。そこで考案されたのがこんな記号です。

打楽器記号

 この記号は「打楽器記号」「Neutral clef」などと呼んで、特に音程の指示はないことを意味する記号なんです。こうなってくると音部記号なのかどうか怪しいですよね。

 

・ギターの記号
 ギターはもともとちゃんと五線に楽譜を書いていたのですが、色々な大人の事情により、よりわかりやすい書き方が模索されました。その結果「タブ譜」という表記が生まれてきます。ちなみにこれはギターの弾く弦とそのポジションを同時に表したものです。なので弦の数によって五線ですらなくなります。
 しかしメリットもあって、弦を特殊チューニングにしたときに五線表記よりずっと読みやすくなります。

TAB記号

 これで表記されたギターやベースの楽譜はこんな感じです。

TAB譜の例

 Poppsの世界の人は実に見覚えがあるものではないでしょうか。五線は読めないけどタブ譜は読めるなんて人もザラに居るんです。逆にクラシック畑の人には驚きの事実なのではないでしょうか。

 なるほど。楽器の実情に合わせた表記として音部記号を改造するってのは、アイディアとしてはいいんじゃないかなということを知ることができましたね。これであなたも音部記号博士…なわけもなく、此処から先はその深遠なる世界を更にご覧いただくことになります。深淵どころかただのホラーかもしれません。

 

ラッヘンマンの開発した音部記号群

ヘルムート・ラッヘンマン

 作曲家ヘルムート・ラッヘンマンはクラシックの伝統を深く愛するがゆえ、それらを逆張りして、異化することで今までの音楽とは異なるベクトルの音楽を作り上げた現代音楽の怪物です。
 その音楽は非常に多くの特殊奏法が用いられ、本人の言葉では「生楽器による具体音楽」(意訳すれば生楽器をシンセサイザーのように見立てる)というもので、一つの楽器から多数の音を取り出して、音色のパレットを拡大することがその音楽の中心的な位置を占めます。
 しかし少しでもそれらの特殊奏法を「彼なりにわかりやすく」示そうとした結果、オリジナルの音部記号を山のように開発してしまうことになったのです。

 -String Clef

String Clef

 これは弦楽器の弦の位置を示すために考案されました。ちなみにIとかIIとかはそれぞれ弦楽器の弦の番号を意味しています。そもそもはG線とかA線みたいに言っていたのですが、現代音楽になるとスコルダトゥーラと言って、特殊チューニングも普通に使われるので、その都度弦の線の名前が変わっては分かりにくいのでもはやI線とかIV線とか番号で表してしまったわけですね。

 -Behind the Bridge String Clef

Behind the Bridge String Clef

 これも上の記号に似ていますが、弦楽器にはブリッジという弦を持ち上げるような部品があります。これの向こう側、つまりブリッジとテールピースの間には余りのような弦があるのですが、これを弾けということを表すために開発されました。もちろん普通は弾かない場所ですが、現代音楽ではここも弾いちゃいます。実に不安定な妙な音がします。しかしうまく図案化するものですね。

 -Bridge Clef

Bridge Clef

 ラッヘンマンの発案でもっとも普及したのがこの音部記号でしょう。もう意味がわかりませんが、これは弦楽器というものは弓の弾く位置で音が変わるということと関係しています。
 指板と呼ばれる弦を普段左手で押さえる場所の上、あるいは近くで演奏すると音は柔らかいものになります。これはもともと「Sul Tasto」とか「Flautando」などと呼ばれていて、普通に存在する奏法です。
 逆にブリッジに近づくと音は非常に硬質で不気味なものになります。これも「Sul Ponticello」などと言って普通に昔から使われる奏法です。
 ラッヘンマンはこれらをいちいち書いていくぐらいなら、弾く位置を図示してしまおうと考えたわけですね。で、一つの音部記号を作ってしまったというわけです。

 -Bow Clef

Bow Clef

 こちらは今度は弓に着目した音部記号です。正確な名前はつけられていないようですが、便宜的にBow Clefとしました。弦楽器は弾くときの弓の場所でもおとが変わってきます。そこでそれをゾーニングして記号化してしまったものがこれというわけです。例えば弦の根元付近で強い圧力で弾くなどというときにこの記号で表すと効率的ですよね?(圧
 これもなんと他の作曲家も積極的に使うようになってしまったものの一つです。

これら以外にも以下のものがあります。

Tuning Key Clef

 これはチューニングキーを弾けという意味の音部記号です。

Head Clef?

 こちらは弦楽器の頭の渦巻きの部分を弾けという意味の記号です。

 え?音出るの?と思いますが、出ても出なくてもラッヘンマンの音楽の本質には変化がなく、そこに何らかの演奏行為があるという概念上の行為自体の重要性が問われているわけです。
…まあ小難しいことは良いとして、これら以外にも現代音楽では特徴的な音部記号が図案化され用いられていますので、その代表的な例を次にもう一つだけ示そうと思います。

 

・ピアノの内部奏法とそのゾーンを示すもの

Internal Piano Clef

 現代音楽では、ピアノの内部、つまり鍵盤ではなく弦が張ってあるところを色々いじくり回す奏法が多く用いられます。そこでそれを効率よく表すために作られたのがこの記号です。
 ピアノの内部は仕切りによっていくつかのブロックに区分けされていますから、それらのゾーンを示すように点線を使ってゾーンを示したわけですね。案外わかりやすいですが、そんなに中ばっかりいじってたら楽器が傷みそうじゃないですか?ええ傷みます。そんなこと新しい響きのためにはやむを得ないんです。

 

 とまあこの調子で見ていくと、作曲家オリジナルの記号がどんどん増えてしまいます。ということでここで一旦打ち止め。あとは発見したときに注意書きを呼んでみてください。そこにはたゆまぬ作曲家の好奇心と想像力、そしてアイディアが詰まっているはずです。キワモノといってしまえばそれまでですが、創造というものはそうやって多くのアイディアを積み重ねてきたものですから、私達が普段普通と思っているものだって最初は普通じゃなかったかもしれません。色眼鏡で見てはいけませんね。
 もちろん作曲家全員がこういう方法を採るわけではありませんが、こんなところにも発見があるというのが「楽譜の風景」そのものです。絵画の鑑賞のつもりで楽しんでいただければ、現代音楽の作曲家も喜ぶはずです。
 音楽の要素を表すネタはまだまだあります。今後もちょこちょこ紹介していけたらと思います。箸休めのつもりで、楽しんでいってください。ではまた。