名大作曲同好会

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我が国の作曲家シリーズ「番外編1」

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我が国の作曲家シリーズ

このところずっと研究しているこのシリーズだが、今回は少し軽めの内容にしようと思う。


これまでは一人の作曲家に絞って、その作曲家についてわかっていることを調査し、できる限り作品表を作るということを眼目において書いてきた。


今回はそんな作業もできなくなっている作曲家、つまりは「本当に忘れられてしまっている作曲家」についての状況をいくつか紹介してみることにしたい。

 

昨今のにわかDTMerだか似非コンポーザーだかナントカPだか知らないが、そういう雑多の見栄っ張りとは違って、昭和の戦前戦中に音楽をやる作曲家をやるというのは実に大変なことであったはずだ。


そして歴とした作曲家として、作曲家協会員の座に付き作品の出版までされているとなると、ますます現代のそれらとは訳が違ってくる
なのにも関わらず、その経歴が全く完全に不明となってしまっている人は、存外多いのである。

 

先日忘れられた音楽シリーズでちょっとした実験的試みとして、昨今流行りのAIシンガーであるAIきりたんを使って童謡を打ち込んでみた。

 

長谷基孝作曲、久保田宵二作詞の「つくしの小坊主」という可愛らしい曲がそれだ。

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この曲を書いた長谷基孝についてもほとんど情報がないと言っても良い。

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長谷基孝

多くの童謡を手掛けたこと、コロムビアレコードからのレコードのリリースが多いこと、歌手の中島けい子、飯田ふさ江などが彼の門下生にいたということはわかっているので、おそらくコロムビアレコード所属の作曲家だったのではないだろうかと類推することはできるが、確証があるわけではない。


またこれも先日同じシリーズで紹介した大村泰敏作曲の「夜曲」というピアノ独奏曲である。

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この大村泰敏という名について調べると、ある著名人の記事が多く出てくる。
それは維新の十傑に数え荒れる長州藩大村益次郎の玄孫にあたる、元子爵の大村泰敏氏である。

 

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大村益次郎

大村益次郎といえば一説に日本初の軍歌・行進曲と言われる「トコトンヤレ節」の作曲者とも言われており、一瞬音楽との関係を疑った。
しかしその玄孫であられる泰敏氏は日本ヨット協会顧問の職にあられ、どうも同一人物という感じがしない。
二人のご尊顔を並べてみても、うーんはっきりわからない。

 

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作曲家・大村泰敏

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元子爵・大村泰敏氏

このことについても確証を得るに足る資料には出会えておらず、ここに書いた事自体が全く誤りなのかもしれないし、ご存じの方がおられたら是非情報をお寄せいただきたいと切に願うところである。

 

こういった具合に経歴についてその生没年すら不明になってしまっている例を並べると、実にきりがないのである。
そのうちこれも忘れられた音楽シリーズで紹介するつもりだが、田中久雄という作曲家についても同様である。

 

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田中久雄

大日本作曲協会刊行の日本作曲年鑑に数作収載された作品以外には彼の存在を今に示すものさえないのだ。


幸いなことに、この日本作曲年鑑には協会委員名簿が付されており、それによれば田中久雄はどうやら神戸在住であったということがわかっている。


しかしその住所を調べてみてもすでに変わり果て、調査の糸も一旦ぷつんと切れてしまった。


流麗で技巧的な楽譜から、恐らくピアニストであったのだろうという類推はできるが、それ以上のことはわからない。

 


私達が無知であるが故にその人のことを知らないというのは最もよくあることである。
しかしその存在に気が付き調べれば調べるほどに分からないというのは、実に儚く悲しく虚しい気がしてならない。


そしてそれらの人物の「辛くも残ったメッセージ」がその曲たちだとする、我々今に生きる音楽家にはこれらを守り伝える使命のようなものが有りはしないかと思えてくるのである。

 

多くの人は通常その人生の足跡を親しい人々の記憶の中だけに残してこの世を去るものである。
だから芸術家としていくつかの作品が出版されただけでも幸運といえば幸運なのであろうか。

 

私はそうは思わない。

 

その影に記録や作品すら残らずに消えたものももっと多くいただろうことを考えると、わずかばかりでも足跡を残すことができた作品をさらに忘れさせるわけには行かないと思うのだ。

 

引き続きこのシリーズは続けていくことになるだろうし、ライフワークに近いものになるだろう。

 

そして実に禍々しい中国武漢を発生源とする新型コロナウイルスの蔓延によって、その研究すら満足にできない日々が続いてしまっていることは、まさに悲しみと怒りをもって見つめる以外にない。


早くこのなんとも陰謀めいた流行病が消え去り、これら先輩方の足跡を追う研究に本格的に戻りたいものだ。