最近は番外編が続いていた本シリーズですが、今回は久しぶりに研究経過発表の意味も込めて「淸一二」について書いてみようと思います。
相変わらずこの作曲家を知る人はごくごく僅かでしょう。そしてその再評価の機運も全く高まっているとは言えません。しかし名作同ではこの作曲家に注目し、今年行われる二台ピアノのオンラインコンサートでも取り上げることにしています。
淸一二についてはまず名前の読みからルビが必要でしょう。古い資料では旧字体表記が基本のようですが、JASRACのデータベースを始めとする新しい資料では新字体表記で「清一二」と書いてあります。読みは「せい いちじ」です。
どうしても「一二」と来ると、あの有名な将棋棋士のおじいちゃんのせいで「ひふみ」と読みかけてしまいますが違います。さらに「かずじ」と普通に読んでしまいがちですがこれも違います。あくまで「いちじ」なのです。
生まれについてもよくわかっていませんので、名字についてのサイトで当たりをつけてみることにします。
調べてみると生まれの家の家系は古いことが分かります。そうなると後で拡がった地区と考えられる、神奈川県や北海道は除外できるかも知れません。
古くこの姓が古くから伝わるのは静岡県、宮崎県、徳島県、鹿児島県であるということからそのどれかではないかと当たりをつけられます。ちなみに最も多くこの姓がお住まいなのは静岡県であるようですね。
次に生年についてですが、没年と合わせてそのことが分かるサイトは現状1つしか無いと言えます。
このサイトの内容は、サイト内の表記にもある通り、アカデミア・ミュージック刊の「A checklist of published instrumental music by Japanese composers」という本で、著者は松下均さんという方です。
この資料は出版された作品とその資料名、そしてその作曲家の名と生年没年が分かる範囲で記載されている、極めて重要な資料です。
ということで淸一二は1899年(明治32年)12月26日生まれで、没年は1963年(昭和38年)3月12日で有ることがわかりますので、63歳没ということになります。
またこのことから2021年(令和3年)現在、淸一二は没後58年ということで、70年に伸びた著作権保護期間内ある作曲家ということができるため、その作品には著作権があり、おそらくご遺族がその版権者ということになっているはずです。
※ご指摘により2014年に失効した著作権は延長後に復活しないはずとのことで、基本的に彼の曲の著作権は失効している模様です。
※ただし歌詞のある曲については、作詞者の著作権があるのでそちらの著作権が生きているケースが有るようです。
このことをターゲットに国内最大手の著作権管理団体JASRACのJ-WIDで楽曲の信託状況を調べてみることにします。
J-WIDは検索結果のアドレスを張っても無効になるクソ仕様なので結果をキャプったものを画像で貼ります。
意外と言っては失礼ですが9曲の信託があることが判明しました。
これらの作品群は、そのタイトルからみてもおそらく童謡か唱歌では無いかと思われますが、この曲が載った資料は見つけられませんでした。
とは言え、淸一二の仕事の片鱗が明らかになってきたとも言えますので、これはこれで大きな成果とみることができます。
一般に童謡や唱歌を多く書いている場合、その作曲家は教育分野に近いことが多く見受けられます。
これはやはりこれらの歌の性質上、教育自体と密接なつながりがあるからと言うことになりますが、その線で更に調べを進めてみます。
今度はおなじみ「国会図書館」の蔵書検索をしてみます。
この結果、4点の資料を発見することができます。
・日本作曲年鑑 昭和16年版(大日本作曲家協会 編. 共益商社)
・日本作曲年鑑 昭和14・15年版(大日本作曲家協会 編. 共益商社)
・日本作曲年鑑 昭和13年度(大日本作曲家協会 編. 共益商社)
・情操教育新らしい学校劇(日本児童劇協会 編. 宏元社書店)
この中で最後の資料に注目してみましょう。
「情操教育新らしい学校劇」
日本児童劇協会 編
宏元社書店
この資料はデジタル化されており、国会図書館デジタルコレクションの図書館間閲覧が利用可能です。
あるいは非常に稀ではありますが、古書として流通することがあります。
※現在売り切れ
この著作物の内容から共同著者について調べてみることができます。作曲者として挙げられた人々について抜粋してみます。
犬童信蔵(1879.4.20-1943.10.19)、別名犬童球渓、詩人、作詞家、教育者。熊本県人吉生まれ、東京音楽学校卒、1943年人吉市で自殺。
宮良長包(1883.3.18-1939.6.29)、作曲家、教育者。沖縄県石垣市出身。沖縄師範学校卒、県師範学校唱歌担当教諭。
尾形茂春 不明。
三津屋義男 不明。
この本はどうやら学校劇の台本とその挿入歌をまとめたもののようで、主に教育関係者用として作られたもののようです。
またそこで作曲者として名を連ねている方々は、皆さん教員であり、また唱歌等の教育音楽の作曲に携わっていたメンバーであるようです。
さらにその人々は基本的に九州地方に偏っていることから、先程の姓についての調べと合わせて考えるに、淸一二は宮崎県か鹿児島県の人ではないかと予想を立てることができます。
ということでこの資料を入手してみることにしました。
すると、この中に以下のようなページを発見することができます。
「作曲 宮崎縣立高千穂實業學校 淸一二 先生」
確証ということまでは行かないものの、淸一二が宮崎県出身の人らしく、また宮崎県立高千穂実業学校の教職にあった人であることが分かりました。
ちなみに「宮崎縣立高千穂實業學校」とは現在の「宮崎県立高千穂高等学校」の前身にあたり、宮崎県西臼杵郡高千穂町に存在します。
また「宮崎縣立高千穂實業學校」の名称が用いられていたのは1929年(昭和4年)4月1日から1945年(昭和20年)3月31日までであったことが以下の記事から分かります。
大分作曲者の横顔が見えてきたように思います。
話を先程の本の中身に移して行くと、この本は台本と劇中歌で構成された著書という事がわかりました。
この中で淸一二が作曲を担当したのは「コンナコトハヨシマセウ」「討れぬ敵」「百兩の說敎」「米は土から人も土から」の4曲です。
参考までにどんな感じで記載されているか見てみましょう。
なるほど台本に挿入歌の楽譜が書かれており、簡単な伴奏もしっかり付けられています。曲調はどれも唱歌的で簡便、簡素であり、際立って歌いやすいメロディが付されている点も見逃せない要素と言えそうです。
さて作曲者について大分わかってきたところで、その他の資料、つまりは大日本作曲家協会の「日本作曲年鑑」に目を移していこうと思います。
淸一二の曲が件のシリーズに記載されたのは3回で、そのうち昭和13年度版収載の「月下の秋」と昭和16年版収載の「惜秋譜」はピアノ曲、昭和14・15年合併号収載の「船の灯」は山村耕二の詩につけた短い歌曲となっています。
これらの作品はJASRAC信託はなく、おそらく事実上「難民楽曲」という宙ぶらりんな状態になってしまっていると考えられます。
ちょっと各曲について見てみようと思います。
唱歌を主に手掛けていたと思われる淸一二ですが、これは流石に唱歌より遥かに複雑で、情感のたっぷり感じられる歌曲になっています。
シンプルなピアノ曲ですが、こちらも情感を表に出しており、タイトルも味わい深い言葉が使われています。作風は穏やかで極めて保守的ですが、それは普段のお仕事を考えても納得の行くところです。
淸一二の確認できる作品の中で最も充実していると思われるのがこの曲です。
はじめは意外な和音から展開し、響きを中心とした前半部分、そして舞曲調の後半からなる、比較的演奏時間も長めの楽曲です。
また前半はややフランス的な情緒を、後半はドイツロマンの流れを感じさせ、淸一二が多くの楽曲を研究していた、あるいは実際にピアノで演奏していたのではないだろうかと想像をたくましくしてしまう部分でもあります。
と、ここまで調査してきましたが、全く忘れ去られてしまっていた淸一二の作品、実際に聴いてみたいなと感じる方もおられるのではないかと思います。
そこで名作同の力を借りつつ、私が展開しているYouTubeチャンネルRMCのプロジェクトとして、この「月下の秋」をデータ化して公開してみています。
なるほど格調高い楽曲で、極めて保守的ではあるものの情感がたっぷりで、なんとなく郷愁を刺激される佳曲ではないかと思います。
しかし「うーん打ち込みか」と思われたあなたに朗報です。
名大作曲同好会では今年会員の新曲発表、演奏会員の演奏発表を兼ねてオンラインピアノコンサートを企画しています。
非常に凝ったプログラムで綴る、日本の四季の流転をテーマにしており、普段聞けない曲が目白押しな上に、私を含む4名の作曲家の新曲初演もあるという内容です。
コロナ禍にあえぐなか、当会でも当初は通常コンサートとして企画していたピアノコンサートが実行不可能になってしまい、また安全の目処が立たないと判断しての配信コンサートです。
配信機材を揃えるなど、お金もかかってしまう上に、配信自体はYouTube上で行うために収益を上げることは難しく、チケット代わりと言ってはなんですが、クラウドファウンディングも計画しておりますので、皆様のご支援と、何より当日のご視聴、名作同チャンネルの登録をこの場をお借りしてお願いいたします。
この様に当会では日本が営々と積み上げてきた音楽文化を後世に残すために今後も積極的に発掘、発表を続けていくつもりでいます。
そして普段はRMCチャンネルにてこれらの研究成果を発表していきますので、RMCチャンネルの登録も是非お願いいたします。
名大作曲同好会チャンネル
RMCチャンネル
少し宣伝になってしまいましたが、上記のように作曲家淸一二について、殆ど残っていない情報を手繰り寄せていくことで、大分とその実情と生きた足跡が見えてきたように思います。
こういった作曲や作品を、このまま忘れ、埋もれたままにするのはあまりに惜しく、そして先人に対して後輩としての敬意を欠く行為だと思えてなりません。
音楽とは経験芸術です。色眼鏡なく多くを聴き、多くを読み、多くを演奏することで、作曲家の息吹や思考に迫り、それを学び取りながら後世へ伝えることこそが、作曲を生業として選んだものの、創作意外の大きな使命なのではないでしょうか。
淸一二先生の音楽も、そんな我々の活動を通じて、もう一度知られ、もっと演奏されるようになったら良いなと心から思います。
最後にここまで判明している淸一二の作品を一覧にしてご尊顔とともに今回を締めくくりたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。
淸一二 作品一覧
器楽曲
・月下の秋
・惜秋譜
歌曲
・船の灯
唱歌・童謡
・雲のかいだん
・雫の汽車
・旅のしらさぎ
・トンボの船頭さん
・萩の花こぼれるころ
・ひまわり草
・ひよこ
・螢のランプ
・水鳥
学校劇
・コンナコトハヨシマセウ
・討れぬ敵
・百兩の說敎
・米は土から人も土から
※Erakko I. Rastasさんのご指摘により、本文の一部を訂正しました。