名大作曲同好会

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我が国の作曲家番外編4「資料について」

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シリーズ我が国の作曲家

 もうこのブログの読者の方なら、私が日本の忘れられた作曲家や、再評価の進んでいない作曲家について真剣に調べ、音源化しあるいはその経歴についても纏めていることはご承知だろう。
 しかしこの研究も中々骨が折れるもので、普段平生の生活の中での「調べ物」の領域を遥かに超えた情報の深度を常に求められるし、またそうしなければ目的のデータにありつけもしない。

 

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スマホ文化

 

 現代というのはインターネットが発達し、スマホ文化も新たに花咲き、一見調べ物には困らないように見えるし、若い人はさぞかし調べ物がうまいと思われがちだ。しかし結論から言うとこれは真逆であって、多くの情報が氾濫しているだけで、重要な情報はかえって減ってしまっている。さらに多くの情報のノイズに大切な情報がかき消されて、返って調べにくいものになっている上に、若い世代、いわゆるスマホネイティブ世代は、何かにつけてスマホでいくつか情報を見て、見つからないとそこで諦めてしまうのだ。

 

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昭和なWeb

 

 少し前の時代なら、あちこち図書館に赴いたり、その筋の専門家に意見を求めたり、ネットでも超ニッチフィールドの記事を探し出して参考にするなどしていたが、今は全てに渡って精度が下がってしまっている。これは情報提供側にも問題があって、情報を提供する目的が純粋な発表や文化的発信でなく、いわゆるアフェリエイトなど黄金稼ぎのためにどうでもいい情報を冗長に振りまいているに過ぎなくなっているからだ。その結果、役に立たなまとめ記事が乱立、その類を参考にしたと思われる劣化模倣記事が氾濫し、ノイズを構成していくことになる。そして前時代的な本当に重要な記事が書かれたページは、そのサービスの終了とともに一部をWeb Arvhiveなどに拾われる程度で消えていってしまうのだ。

 

 そういった中、私のような調査研究をするのは面白くもあり、ノイズにまみれながら、現代の野卑な欲望と闘う作業でもあるし、ある種方法論も遡及的なものにならざるを得ない。これは私が郷土史研究に携わっていたときも全く同じであった。

 さてそういったわけで、この作曲家研究の基礎資料となっているものを今回は紹介してみようかと思う。同じ研究をする方が、なるほどと思って頂けたら嬉しいし、その逆にこんな資料もあると教えて頂けたならさらにこの上なく幸せである。


 まず古い作曲家、忘れられている作曲家について調べるに際しいくつかのアプローチがある。

・古い時代の楽譜を調べる
・古い時代の音源を調べる
・雑誌をあたる
・纏められた資料からピックアップする

 古い時代の楽譜を調べるというのは、そのまま明治から戦中くらいまでに刊行された楽譜を直接参照する方法である。そうすると全く聴いたことのない作曲の作品に出会うことは結構ある。このときによく出てくる出版社は「共益商社出版」「龍吟社」といったものである。

 

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日本作曲年鑑

 これは「大日本作曲家協会」が取りまとめ「共益商社出版」が出版していた「日本作曲年鑑」である。このシリーズでも何度か登場している資料で、全部で9巻発行されている。戦前から戦中の西洋音楽事情を見ることができ非常に貴重な資料である。
 またこの資料には収録作曲家の顔写真が大抵載せられていて、これも非常に貴重な資料たる点となっている。しかしながら個々の作曲家の経歴については記述がなく、住所録が載せられているだけなのが厄介なところで、このことでプロフィール不明の作曲家を量産してしまうことになるのだ。

 

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チェレプニン・コレクション

 これはチェレプニンコレクションといって、ロシアの作曲家「アレクサンドル・チェレプニン」が日本に来て、その頃の作品を集め纏めたものだ。これらの作品はチェレプニン本人が演奏を残し、楽譜は「龍吟社」から発行された。
このシリーズもユニークな仕事をした作曲家を探すのには基本的な資料と言える。しかし発行部数も少ないようで本当に入手が難しい。また龍吟社はこれ以外にも多くの楽譜を出版しており、基本的に出版社名から探し始めると、面白いものが見つかることも多い。

 

 こういった方法で古い時代の楽譜を漁っていくことで様々な作曲家の作品に直接出会うのはまず基本と言えるだろう。

 

 

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再生環境

 つぎに同じように古い時代の音源をあたるという方法がある。しかしこれは再生環境や資料の劣化具合などが障害となってしまって、中々進めにくい方法論であることがネックである。
 そこで活躍してくれるのが国会図書館歴史的音源」というライブラリーである。一部はネットでも聴くことができ、さらに図書館間送信を使えばその量も広がる。また音を聴かないにしてもどのような資料があるかは検索できるので、そこから作曲家名を洗い出していくことができる。

 

れきおんWeb

rekion.dl.ndl.go.jp

 

 

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月刊楽譜

 これは「月刊楽譜」という雑誌である。
 松本楽器から山野楽器という発行者遍歴をたどり明治最末期から昭和初期頃まで発行されていた付録付き雑誌である。この付録は当時の様々な作曲家のピアノ曲や歌曲が収められていて、その中には全く忘れられてしまった作曲のものも眠っている。

 

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音楽芸術

 これは音楽之友社発行の「音楽芸術」という雑誌である。
 同じように様々な付録が服をつけて発行されていた雑誌で、もう少し新しい時代1946から1998まで出されたようだ。この付録には今活躍しているベテランの若かりし頃の作品や、全く知られていない実験的な作品など、実験時代の楽曲が多く見られるのが特徴だ。

 

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音楽新潮

 こちらは1924年から1941年まで音楽新潮発行所から出されていた「音楽新潮」という雑誌である。
 こちらは様々な人が多くの記事を書いており、その中にはその頃発表された曲の評論を多く載せていて、その中に未知の作曲を発見することがある。

 

 こういった雑誌類は国会図書館や、古書を頼って読むことになるが非常に意義深いものが多く、作曲家調査以外にも非常に勉強になるものである。

 

 


 最後にまとめられた資料からのピックアップということで、これは先行研究からピックアップする方法である。多く使うことがある資料をいくつか紹介しようと思う。

 

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日本の管弦楽作品表

 日本の管弦楽作品表/楢崎洋子
 これは1912年から1992年までに発表演奏された日本の管弦楽曲を纏めた一級の資料である。この一覧の中には全く名もしれぬ作曲家が随分と出てくる。そしてそれらがすべてオーケストラ曲を書くほどの実力があったことを示しており、追いかけて研究すれば未知の名曲が出てくる可能性が大いにあるわけだ。

 

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日本の作曲2000-2009

 日本の作曲2000-2009/片山杜秀、白石美雪、楢崎洋子、沼野雄司
 この本も上のものに少し似るが、網羅的な資料ではなく座談会形式で作品について論評したものである。この中には83人の作曲家が紹介されており、これも資料としては揃えておきたいものである。

 

 さて上記のような資料から作曲家のピックアップ作業を行ってみた後に、更にその作曲家について掘り下げるためには、もっと資料が必要になる。と言うよりも埋もれてしまった作曲家なのだから、そもそも資料が殆どないというケースばかりになる。その中でも助けになってくれる優秀な資料が以下である。

 

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日本の作曲家

 日本の作曲家/片山杜秀細川周平
 この本はすごい。わが国の作曲家についての網羅的研究の金字塔と言って良い。この本にかかれば多くの作曲家についてその経歴を知ることができるだろう。

 

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日本の作曲20世紀

 日本の作曲20世紀/音楽之友社
 これは「音楽芸術」の別館として1999年に出されたムックであるが、我が国の音楽史と主要作曲家について非常に細かく纏められた名著である。またわが国では作曲家の小集団がかなり多く組織されては消えを繰り返してきたのだが、こういったグループについてもかなり網羅されており非常にありがたい。

 

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A checklist of published instrumental music by Japanese composers

 A checklist of published instrumental music by Japanese composers/Hitoshi Matsushita
 これは1989年にアカデミア・ミュージックから出版された資料である。日本の作曲家の出版作品と生没年が分かる資料として重宝である上に、ネット上でも見ることができる。

musicsack.com

 

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現代作曲家作品事典

 現代作曲家作品事典/マザーアース
 これは2020年に出された新しい本であり、マザーアース社に関係する作曲家を中心として多くの作曲家の作品表や経歴を調べることができる。ただ少し不満として、生没年の表記がない作曲家がかなりいて、これは大きなマイナスポイントである。

 

 上記のような資料に加え、各作曲家協会や連盟の会員名簿や作曲年鑑、学校や研究機関に載っているプロフィール、場合によっては出版物のデータベースを当たって追い込んでいくのである。それでもわからない作曲家については、オンライン・オフラインを問わず有識者に直接聞いてみるなどして補完することもあるし、ご遺族とコンタクトが取れて詳細が分かる場合もある。
 しかしそれでも完璧ではない。全く手も足も出ない状態の作曲家も残ってしまう。今後はそういった全く不明の作曲家についても、少しずつ調べを進めていきたいものだが、完全な行き詰まりを見せた作曲家の場合次にどこから手を付けてよいかすらわからなくなってしまい、非常に悩ましいものである。


 なんでそんなことをするのかと問われれば、音楽は経験芸術だからだと答えるだろう。知ること聴くこと演奏することを経ることで、私の中の蓄えが一層自分自身の言葉の厚さとなってゆくのである。
 それに大好きな音楽のこと、知らないことがあるのは気持ち悪いじゃないか。専門家としてやるということは、誰よりも知らなくてはならないはずだ。


 音楽家だから適当に楽して音を並べて遊んでいるだけで果たして良いんだろうか。