名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

このブログについて

さて、第1回の記事があんな内容になってしまったので、あまりにも今更ですが、改めてこのブログでやっていくつもりのことについて話しておきたいと思います。

 

我らが名大作曲同好会は、現時点で12名の会員を抱えています(2019/06/10現在)。

普段の活動はほとんど僕一人で管理している訳ですが(Instagramのみ榊原宣伝部長に一任してる)、そうするとせっかくの会員たちが目立たなくなってしまう。

普通の体育会系の団体や吹奏楽団なんかであれば、メンバーが積極的に舞台に立つことになりますが、なんせうちは作曲団体です(演奏者なども募集してるけども)。

活動自体が、地味とは言わないまでもあまり外から見えるものではありません。

せっかく幅広い会員が集まっているんだから、その豊かなバラエティを活かしたい……。

 

という訳でこのブログです。

今後、有志の会員によって一週間ごとに当番を交代し、各々の自由な話題で記事を書いてもらいます。

会長の僕自身、どんなブログになるのか想像がつかず楽しみです。

軽い内容もあれば重い内容もあり、ポップな内容もあればガチガチの芸術論もあると思います。

ちなみに、僕は軽めが多い予定です。

たまには真面目にも書いとくつもりですが。

(と言いつつ真面目なのばっかりになる未来が見えます。フラグですね)

 

そんな訳で、随時ブログは更新していきます。

ごった煮のようなブログになると思いますが、これからどうぞお楽しみに。

はじめての曲作り

 今回は真面目に、当会のオルゴールコンサートのために作った曲を紹介します。

 

33弁オルガニートとピアノのための小品集「ノスタルジア

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33弁オルガニートとピアノのための小品集「ノスタルジア」より「灯り」
 
 
この小品集は「夕暮れの公園」「灯り」により構成されています。
 
 
「夕暮れの公園」は、後からタイトルをつけました。オルゴール企画を言い渡され、何も作曲をした事がない私は戸惑いましたが、とりあえず自分の耳を頼りに無心で書きました。オルゴールならではの演奏方法や、豊かで繊細なメロディーを意識して作りました。そして、この次に紹介する「灯り」のストーリーと関連づけて、「夕暮れの公園」というタイトルがつけられました。
 
「灯り」は、ピアノ伴奏付きのオルゴール曲です。この曲は夜の白川郷をイメージして作りました。雪が降る中で、家々に「灯り」が付いていて、寒いけれどもなんだか暖かいような、そんな曲になっています。また曲の最後には「夕暮れの公園」で出てきたメロディーが採用されています。
 
拙い文章でしたね。実際に聴いた方が伝わると思うので、ぜひオルゴールコンサートにお越しください。

ジャパノイズ入門

これまでのあらすじ

20XX年、日本はガラパゴス化しまくり、

もう手遅れなくらいに音楽後進国となってしまった。

しかしながら、ノイズミュージックにおいて、

かつて日本のものはジャパノイズと呼ばれ、一定の評価を得ていたそうな。

 

いうことで過去の栄華を懐古していこうと思います。いやまあその過去には僕は生まれてすらいないんですけどね!

 

そもそもノイズミュージックとは?

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ノイズといえば砂嵐

 

いやノイズなのにミュージックってなんやね〜ん

と思う人も多いでしょう。

 

まあまあ、百聞は一見にしかずということで聴いてみましょうよ。

 

ということでハイドーゾ↓

 

う~ん、騒音!

 

これほどまでに名が体を表すジャンル名ってあんまりない気がしますね(そういうミュージシャンを意図的に選んでるのもありますが)。

 

今回はジャパノイズ入門ということで、さらっと数組紹介していきます。

 

まずはこちら

 

 

ボアダムス


ギターの山本精一は、2001年以降リーダーから電話がかかってこない

 

多分一番聴きやすい部類なのではないでしょうか。

 

ボアダムスは一回作風がガラッと変わったんですが、これはそのノイズから太陽崇拝トランスに移り変わったくらいの時期の映像です。いや太陽崇拝トランスってなんだ??

 

ちなみにボーカルはshine in, shine onって言ってます。そうは聞こえんぞ?

 

 

灰野啓二

 

なにがうまくできないんだおまへは...

と思わせておいてからの、自分のまねが、という歌詞(?)。結構ゾクッときますね。

 

ノイズミュージックはこういう心の叫びや恐怖と非常に親和性が高いです。

 

 

The Gerogerigegege

 

「(シャウト)1234!!!」→(轟音)

を70回以上繰り返します。

 

タラちゃんのオ◯ニーとかマスオさんとサザエさんのセ◯クスとかそんな題名ばっか。

これがエクストリームパンクらしいんです。

 

どうでも良いですが、ジャケットが蛭子能収の絵で非常にイカしてますね。

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鬼畜漫画家こと蛭子能収

 

このグループは飛び抜けてヤバいので、このアルバム以外は人前で聴かない方が良いです。このアルバムでも十分致命傷ではありますが...。

 

特に「昭和(アルバム)」「B面最初の曲(というタイトルの曲)」はダメですね。社会的信用が地の底に落ちます。聴けばわかるその理由。

 

 

ちょっと一息

 

流石に疲れてきたと思うので、ここで普通の曲を一曲。

 


戸川純平沢進と仲が良い

 

......普通ではない(特に歌詞)ですが、さっきまでと比べるとやはり普通です。テクノ歌謡ですし。

 

 

 

で、

 

 

 

これが、

 

 

 

 

 

 

どうしてこうなった。

 

元々が可愛らしい(?)ヤンデレの歌だったのが、好きな人絶対殺すウーマンな歌になっています...

 

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好きな人絶対殺すウーマンの典型例

 

 

あ、そうだ(唐突)

あまちゃん」や「いだてん」の劇伴作ってる大友良英もノイズやってるんですよ。

ターンテーブルとは何か(哲学)

 

余談ですが、大友良英はかつて「題名のない音楽会」の30分間ノイズミュージックを紹介し続け、佐渡裕がドン引きする伝説回に出演した男です。

 

当時ピチピチ中学生だった榊原少年は、この放送日を機にノイズミュージックに目覚め、以後廃人のように聴いています。大友は責任を取れ。

 

(伝説回にて大友が結構いいこと言ってるので、この記事も合わせて見て欲しいです。大友良英『題名のない音楽会』でノイズ語る「当時のスタンダードからするとビートルズはノイズ」 - Real Sound|リアルサウンド)

 

 

さいごに

 

ノイズミュージックはどうあがいても万人には理解されない音楽です。上に挙げたような曲が街中で流れ続ける世界を想像してください、地獄絵図ですね(僕には天国ですが)。

 

でも、

世界に70億人の人がいるなら、そのうち1000人くらいは変わった好みの人がいてもいいと思いませんか?

 

ポピュラー音楽=みんなが聴くものというより、もっといろいろな形で存在すべきなんだ、と大友良英がそう言ってました。

僕もそう思います。

 

だからまあノイズミュージックに限らず、好みじゃない音楽があったとして、好きにならなくても存在くらいは認めてやって欲しいですね。

そこにポピュラー音楽がポピュラー音楽である意義があるので。

 

 

おしまい。

 

タイトル考 ~芸術家の苦悩の果に~

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タイトルを考える

 |タイトルとは

芸術家にとって最も大切かつ最も厄介な問題が

「タイトル」

である。


熟慮に熟慮を重ね、言葉を手繰り寄せ、

自作を表現するにふさわしいものを撚る
あるいは至極適当に意味もなく。
色々なスタイルはあれど、

タイトルを付けないと始まらないのは変わらない。

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偶然の神様

筆者も若い頃

タイトルには苦戦して、

むしろタイトルを付けるプロセス

「偶然性」

に頼って、
出来上がった言葉の羅列

一心不乱に表現しようとする

シリーズをやったこともある

(なにやってんだよ)

そんなやり方だから

当然変な言葉のオンパレードになる。

 

「Night Device -金管五重奏のための」
「死神の顔を見に行こう -トロンボーン四重奏のための」

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典型的な死神

題名のない音楽会

いつだったか自分の若い頃、

まだ黛敏郎先生がお元気だった頃の

題名のない音楽会
変なタイトルの曲というのを

特集していたのを思い出す。


あの頃の題名のない音楽会は、

日曜の朝から容赦なく

現代音楽を発信しまくる

超過激番組だったが、
この回でもたしか黛先生の自作品

「スフェノグラム」

を抜粋ながら演奏したり、


武満徹

「鳥は星型の庭に降りる」

の触りを演奏したりと、

オール現代音楽であったのを覚えている。

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黛敏郎

|珍タイトル巡りの旅 前編

変なタイトルの曲って

現代音楽にしか無いのか?

いやいや全然そんなことはなく、

大昔からタイトルは難問であったことは変わらないらしく、
歴史的「珍タイトル」曲は

たくさんあるのだ。

今は便利な時代で、

気になればすぐに

Youtube

を探してみれば良い。
結構な曲が実際に聞けてしまうのだから。

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Youtube

さてとりあえず一曲聞いてみようか。

www.youtube.com

この曲のタイトルは

「Leck mich im Arsch」である。
え?ドイツ語わかんないって?


日本語では

「俺の尻をなめろ」と約さ…

 

お断りします!

 

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Work Hard

実はこれかの有名な

モーツァルト

が書いた曲である。
当時の貴族たちの

下賤な趣味に応えるために、

半ば遊びで書かれたとか。
それにしてもこんなタイトルなのに

素晴らしいカノン

に仕上げられていて
むしろ才能の違いを痛感させられる。

 

せっかくなので

モーツァルトより古い例

見てみよう。

www.youtube.com

1656年生まれ1728年に亡くなった

マラン・マレが書いた

「Le Tableau de l'Opération de la Taille」

をご存知の方はいるだろうか?
え?またわからないって?


日本語では

「膀胱結石手術図」と約さ…

 

お断りします!

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膀胱

いや病気は断れないでしょう。
私も胆嚢炎はやったことがあって、

あまりの激痛にのたうち回ったわけですが、
膀胱結石尿管結石

ものすごい痛みだt…

 

お断りします!

 

|珍タイトル巡りの旅 後編

ここらへんで気分を変えてみましょう。

正露丸の主題による4つの変奏曲」

 

お断りします!

 

 

いやいやまあとりあえず聴いてみようじゃありませんか。

youtu.be

ご覧のように

トランペット五重奏曲になっています。
それもそのはずこの曲を書いたのは

ケンツビッチとありますが、
これはあるとても高名な

日本人トランペット奏者

ペンネームなんですよ。

それと現在は

「胃腸薬の主題による4つの変奏曲」

と改題されているようですね。
多分大人の事情ってやつでしょうね。

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大人の事情

じゃあこの曲は

大人の事情には触れないんでしょうかね??

「ケンタッキー・フライドモンキー」

いやいやいや猿揚げちゃだめでしょ!!

 

まあ可愛い曲なので聴いてみましょう。

youtu.be

 

これは三枝成彰作曲の

こどものためのピアノ曲集「ブルドックのブルース」

に入っている一曲です。
実は子ども向けの曲って

変なタイトルの宝庫なんですよね。

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フライド…


可愛いかったり

面白かったりしないと

弾いてくれないじゃないですか。
だから作曲家も

ちょっと洒落を効かせるんですね。

 

さて今回の最後を飾るのはこちら!!

 

歌曲集「歳をとるほど大胆になるわ」

 


お断りします!

 

まあまあ聴いてからでも遅くない!
とはいえこの曲は全曲の音源が見つからないのでその中の一曲

「失うものはなにもないわ」

をお聴きいただきましょう。

 

www.youtube.com

 

まあこれは歌曲なので作曲した

加藤由美子さん

に罪はないですね。
元の詩はイギリスの詩人アストラで、

これを岡田宏子が約したもの。
ちゃんとこの訳詞で出版されているんですね。


この詩集は女性と老いをテーマにした作品で、

びっくりするタイトルの連続です。

 

「淑女って誰?」

「閉経の安らぎ」

「貧乏人は殺せ」など。


え?もうお腹いっぱいだって?

 

た、たしかにそうですね。
今回はこのへんで終わりにしましょうか。

 

ということで今日紹介したのは

氷山の一角もいいところ。


変わったタイトルの曲は

まだまだ山のようにあるので、
これはシリーズ化して

また書いてみようと思います。

 

お断りします!

え?

自作解説「塑像 ~オルガニート独奏のための~」

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塑像

|作曲動機

 

「オルゴールのコンサートがしたい」

会長のレッスン中の一言がこの曲を書く動機の最も原初のものであるのは間違いない。


トイドラは私の作曲の弟子である。

そして彼は現代芸術に理解を示し

類まれな音楽への才能を武器に

新たな音楽の地平を切り開こうとさえしている。


そんな彼の期待に応え

いやあるいはその期待を超え

裏切り

さらに表現の表現たる奥深さを示し

聴衆に「それが芸術である」

と訴えることができるか。

 

作曲行為というのは時に謎掛け、禅問答のそれである。

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-現代芸術とはなにか
-現在の主流とは
-それが最も嫌うものは
-類例はないか
-なぜそれが存在しうるか

 

私の頭の中はいつもこういった一見不毛な問いかけで満ちている。

 

オルガニート(αオルゴール)のための作品は試作を含めて数曲経験をさせてもらった。
そこで今回はその

表現の地平

を超えようと試みることから思考実験を開始した。

 

|現在の作品として

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Helmut Lachenmann

 現在コンテンポラリーミュージックの世界は大きく二分してると言えよう。

その一つはエレクトリックアコースティックの流れをくむ潮流で、

その源流の一つにはドイツの巨人

Helmut Lachenmann

の名が登場するのは間違いない。


彼の登場以来

音楽の言語に音響作法として様々な可能性が体系付けられて整えられ

更に非常に苛烈な特殊奏法の山を用いて
「伝統の異化」という表現方法が定着していくことになった。


彼は伝統を愛すること

そして理解することを下敷きにそれを全く別の姿に歪曲させ

伝統が積み上げてきた語法を歴史のそれに習い

根本的な否定の連鎖に落とし込んだ。


その考えの一つに「楽器を別のものとして扱い直す」という眼差しがある。


私もこれに習ってオルガニート単なる箱と位置づけて、

児戯の如く遊ぶことからこの楽器の地平を超えてみようと企んだ。


その結果、大量の特殊奏法が得られたので

それらを少しずつカテゴライズして群に分けることにした。

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大量の特殊奏法

異化の度合いが濃くなるようにこれらを数直線化して並べ直し

境界には逡巡のフィルターを施すことで滲みを得ることにした。


かくて無意味な行為を含む「オルガニート自体」から発せられるノイズは

それを本来「回すだけ」だったはずの演者を、
舞台上で「箱と格闘する狂人」へと変質させた。

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ノイズ発生機



当然「調律された音を奏でる」はずのオルガニート

「ただのノイズ発生機」と化していくことになる。

偉そうにいっちょ前に異化をまとって

一流の現代音楽の顔をし始めたわけである。

 

|ラディカル

しかし面白い。

本来既成概念を、伝統を破壊してなおラディカルであり続けようとしたはずのLachenmannの哲学
多くの支持と熱狂的な信仰を生み

権威へとのし上がってしまっているではないか。

私はここで正しくLachenmannの一言を思い返そうと思う。

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ラディカル?

 

「ラディカルであり続けること」

 

であるなら異化を否定しなければただの模倣ではないか。
そんな類例に過ぎないものには芸術としての存在価値など無いに等しい。

 

葬ろうではないか。

 

オルガニート本来の奏で方を用いて。

 

しかしそれとて普通の姿で用いても過去へ帰るだけの懐古趣味だ。


用意されたシートを無限に繰り返せるようにするために

はじめと最後をテープ止めして輪にしてみよう。

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輪っか



そして通常一定の速度で回すはずのレバーを、

全くでたらめな回し方をしてみたら何が聞こえてくるのだろう。

 

過去を取り戻したかのように見えて、

もともと演奏法を知らなかった者が

おずおずと試した原始的な瞬間。


それは歴史的な原初ではなく

いくつも分岐していたであろうパラレルワールドの一つを覗いた

という意味での原始だ。

 

無意味と意味の再獲得をまったく経験のない手法上で展開するとどうなるか。


演奏者は無意味に途方もない疲労を感じ、

まったくに音の出ない練習に打ちのめされるだろう。


まさに「塑像」となるのだ。

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有名な塑像



その塑像を目撃する聴衆もまた、

非日常を楽しみに来たはずのコンサートの空間で
箱と格闘する男を見させられ、

それが音楽だと理解しようと必死になり、

やがて「塑像」に成り果てるだろう。


かくて権威は「ナンセンス」な解体によって「塑像」となり、

それを実行した作曲者もまた連鎖の中で「塑像」となることが約束される。

 

|残滓

偉そうに語る急進改革のシュプレヒコールはいつの時代も同じである。


それが権威になればどれも等しく色あせて行くものだと

はじめから分かっているのに、

奴らはいつもそのことを見て見ぬふりなのだ。


馬鹿馬鹿しい。


この世には

「塑像」

「塑像になることが決まっているもの」

しかないだろうに。

盗まれたオルゴールと思い出めぐり

それは、名作同が発足する1年半前のこと。

どういう経緯だったかは分かりませんが、僕はある楽器の存在を知り、さんざん苦労してやっとその楽器を手に入れました。

超稀少楽器αオルゴールとの出会いです。

そして昨日、その愛機が。

 

盗まれました。

 

最初の記事にしては内容がやや暗いかも知れませんが、今日は「僕とαオルゴールとの思い出」を回想してみようと思います。

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我が愛機

 

出会い

高校3年生だった頃、受験勉強を苦にした僕は常に発狂寸前、既に引退していた吹奏楽部によく遊びに行き奇声を発して転げ回っては後輩に呆れられるいう有様でした。

受験生のみんな、辛くても正気を保とう。

そんな日常の中で、いつしか僕は一つの楽器に惹かれるようになっていました。

確かTwitterか何かで見かけたのだと思います。

オルゴールであるにも関わらず、思うままの旋律を奏でられる楽しさ。

紙巻き式でクランク付きという、どこか古風な見た目。

木目調に似合いすぎる奥ゆかしい音色。

そして何より、自由な半音階。

その楽器の名前が、「33弁オルガニートαオルゴール」というのだと知りました。

 

明けても暮れてもネットサーフィン

 ニコニコ動画で調べると、αオルゴールの演奏動画は結構あります。

www.nicovideo.jp

 が、そのどれもが既存曲をオルゴールアレンジしたもので、

 「それ、オルゴールである意味あるのか?」

というものばかりでした。

つまるところ、僕はこの楽器で自分の曲を作りたくてたまりませんでした

 

もともと珍しいもの好きでもあった僕は、すぐにネットの海を探して回りました。

もともとαオルゴールを販売していたと思われるサイト(ココ)を発見し、¥37,000で売られていた形跡を見つけるも、販売は数年前に終了。

αオルゴールの製作者の名前が載っていたので、直接メールで聞いてみましたが、やはり販売再開のめどは立っておらず、手に入れるのも難しいとのこと。

数々のネットショッピングやオークションサイト、オルゴール同好会やオルゴール博物館のサイトに至るまで、調べ尽くしてもαオルゴールの影さえ掴めませんでした。

結局、僕はオルゴールを諦めてしまったのです……。

 

と思った矢先、なんと販売しているショッピングサイトを見つけました。

しかも4つも。

おまけに、そのどれもで定価¥37,000のはずのαオルゴールがなぜか¥20,000で売っています。

いや怪しいだろ。

後輩たちに嬉々としてこのことを話しますが、

「どう考えても怪しい」「詐欺に見える」「やめとけ」

などと賢明極まりないことしか言ってくれません。

それでも僕は止まらない。

若さって怖いですね。

ついには、購入したい旨のメールを送ってしまいました。

 後日届いた返信には、ここに払ってくださいと銀行口座が指定されていました。

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いや異国情緒溢れる名前だな??

流石の僕も疑い始めました。

よく考えたら、サイトの名前も「dacjponrions」「hanfaleca」など、読み方すらよく分からない意味不明な名前です。

Amazon楽天とは大違い。

あとメールの文章がやや日本人離れしてるし。

 

そうです、詐欺でした。

会社名で照会したら、全く関係のない会社の名義を流用していたようです。

サイバー警察に通報しておいたら、数日後にサイトがなくなってました。

こうしてあやうく詐欺にまで遭いそうになり、ついに僕はαオルゴールを手に入れるのを諦めてしまいました。

 

運命の達磨オルゴール大学

もう諦めようと思っていた折、一つのサイトを偶然発見しました。

それこそが、運命の「達磨オルゴール大学」だったのです。

見てみると、今までのサイトのような怪しさは微塵もなく、ただただオルゴール愛溢れる色々な写真や文章が踊っていました。

そして、なんとあのαオルゴールが当たり前のように売っているではありませんか。

値段は¥100,000

共鳴箱にこだわっており、高級になっているようでした。

とても買える値段ではないが、猛烈に欲しい。

ダメ元で、社長さんにメールしました。

内部のメカニックだけでも安く譲っていただけないか。

我ながら無理な頼みだったと思います。

 

ついに手にした喜び

そして数日後、僕の家にはあの愛機、αオルゴールが届いていました

社長さんのご厚意で、一台だけ残った練習機を¥30,000でお譲りいただいたのです。

本当に、本当にあのときの感謝は忘れません。

その日は一日中、αオルゴールと戯れていました。

本当に嬉しかった。

 

せめて愛されて

そんなオルゴールが、昨日盗まれました。

鍵を掛けたとは言え、大学のロッカーに置いたのがまずかったのかも知れません。

完全にこのオルゴールを狙っての犯行でした。

前から狙われていたのだと思います。

現在企画中の「オルゴールコンサート」、主役を飾るはずだったαオルゴールを失いました。

いつまでも落ち込んではいられませんが、犯人が見つかる見込みは低い気がしています。

せめて元気で愛されて、僕のオルゴール。

お前で舞台を飾りたかったが、何とかコンサートは実行するから!

元気で!!