名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

rei harakamiに見る “編曲”の奥深さ

突然ですが、YouTubeとかで曲を探していて、「あった!」と思ったらよく知らん人のカバーver.でイラっとしたこと、ありませんか?

僕は掃いて捨てるほどあります……。

カバーならカバーだと明記するよう刑法で義務付けるべきだと思いますが(早口)、それは一旦置いといて、今日の話題に移りましょう。

 

世の中に蔓延るカバー曲のほとんどは、ただ人気歌手が原曲をカラオケしただけか、それプラス歌手の音域に合わせて無理やり移調されてひどいことになってるか、要するにつまんないものが多いです。

その理由は、カバーとか編曲というものを軽く見がちな風潮にあると思います。

イカした歌があったらカバーして自分の曲にしたくなるし、イカしたビートがあったらアレンジして自分の曲にしたくなるし、童謡唱歌があったらリハモして自分の曲にしたくなるのは分かります。

それが人情ってもんですね。

しかし、既存の曲を”自分の曲”にするためには、単なるカバーやリアレンジ、リハモ*1というのはただの手段の1つにすぎません。

原曲を超えることができなければ、ただの劣化コピーになってしまってダサいだけですし、原曲を貶めることにもなります。

だからこそ、①原曲に対する解釈の深さと、②それを用いて自分が新たに表現したいもの、この2つの土台がはっきりしていないとロクでもないカバーやアレンジが生み出されてしまいますね。

 

僕がこんなことを考えるようになったきっかけは、rei harakamiというアーティストのカバーやアレンジを目の当たりにしたことです。

rei harakamiは僕が最も好きな作曲家の1人で、このブログでも何回か名前を挙げていると思います。

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レイ・ハラカミ

彼の曲はそれ自体素晴らしくかっこいいですが、今回は彼の編曲作品に特に焦点を当ててみましょう。

彼は短い生涯で多くのアーティストとコラボし、たくさんのアレンジ作品を残しています。

 

1.終わりの季節細野晴臣

まず、細野晴臣の「終わりの季節」のカバーを紹介しましょう。

細野晴臣といえば、YMO坂本龍一バチバチいってたことで有名なあのおじさんですね。

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細野晴臣

その作風は、アメリカ(特にカントリー)からの影響を感じさせつつはっきりと日本的で、どこか浮き世離れした自由なものです。

rei harakamiは彼に心酔していたらしく、彼の曲を自身のヴォーカルでカバーしています。

まず、原曲はこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=sDe-l0bZ-qk

めっちゃ牧歌的ですね。

てか正直ダセェ

細野ミュージックはこの絶妙なダサさがいいんですよね(マジで)。

そして、それをrei harakamiがカバーしたものがこちら。

 いやクッッソかっこいいじゃn……???

すげー変わりようです。

しかしここで強調しておきたいのは、単にカッコよくなっただけではないと言うことです。

まず、聞いたときに浮かんでくる風景が原曲とは全く違いませんか?

細野ver.は広大で自由で余裕のある印象ですが、rei ver.は冷涼で繊細で都会的な印象です。

そして、歌詞の意味が微妙に違って聞こえませんか?

細野晴臣は歌詞が詩的かつ雄大でいいなあと思いますが、この歌の歌詞も

”人の出会いと別れは悲しいけど、海や空と比べたらちっぽけなもんだなあ~”

みたいなメッセージに思えます。

ところがrei ver.では、同じ歌詞にも関わらずそういったゆったりしたメッセージには感じられません。

”人の出会いと別れは時の流れの中で決して戻らないが、僕らはそれを受け入れるしかない”

みたいなメッセージを感じます。

この辺は人によって感じることが結構違うと思うので、「自分はこう感じる!」という人はぜひコメント欄に書いてほしいです。

が、ともかくreiのアレンジは、こうして
楽曲の意味合いを変えてしまっている
ということが言えると思います。

 

これこそが彼のアレンジであり、編曲の奥義なのです。

原曲に込められた意図をくみ取り、それを乗り越えてなお表現したいことがなければ、こういうアレンジはできないでしょう。

僕がこれを初めて聴いたときは、マジでぶっ飛びました。

 

 2.バラの花/くるり

上で紹介したrei版「終わりの季節」ですが、実は矢野顕子が歌ったバージョンの方が有名です(個人的にはrei歌唱ver.の方が好き)。

rei矢野顕子は、2人で「yanokami」というユニットを組んでいたほどの仲なのですが、そのきっかけとなったのがreiのアレンジしたくるりの「バラの花」だったそうです。

reiのアレンジを聞いた矢野顕子がそれを気に入り、じきじきに声をかけたそう。

矢野顕子坂本龍一の元妻であり、YMOと同じ世代のシンガーソングライターです。

reiはやはり矢野にも心酔していたそうで、声がかかった際は驚いたそうです。

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矢野顕子

「バラの花」の原曲はこちらです。

reiと同じく京都出身のアーティスト、くるりの楽曲です。

 そして、reiがアレンジしたものがこちら。

こりゃ矢野顕子rei世界遺産と賞賛したのも分かりますね。

やはりメチャかっこいい。

くるりサウンドはバンドらしく少々青春と静謐な思春の香りがしますが、reiのアレンジからはやはり回顧と哀愁と抑えきれぬ熱情の香りがしますね。

個人的には特に「暗がりを走る~」のところがマジでぐっときます。

 

 3.ネイティブダンサー/サカナクション

次に紹介するのは、皆さんご存じサカナクションの「ネイティブダンサー」です。

サカナクションと言えば、映画「バクマン。」の主題歌新宝島で一躍ミーム的有名を馳せましたが、個人的には初期の歌の方がオリジナリティがあって好きです。

そんな彼らは、実はreiに大きな影響を受けていたことを公言しておりレコード店で「終わりの季節」のアレンジを聞いたのがきっかけらしい)、自身の歌のアレンジをしてもらう形で彼とのコラボを果たしています。

まずは原曲をどうぞ。

いやー原曲も相当にかっこいいですね。

 それに対して、rei ver.がこちら。

やはり全く別の曲になってますね。

サカナクションreiに薫陶を受けているぶん多少雰囲気が似ていますが、やはりrei ver.はreiの曲になってます。

正直、第1印象のカッコよさではサカナクションver.の方が上だと思いますが、rei ver.はもはやカッコよさとかではなく達観した客観視と諦念の味がする仕上がりです。

それと比べると原曲はやや思春期的な若さがあり、感性の鋭さはreiとかなり張り合っているものの表現の爛熟の度合いが違う気がします。

どっちの方が好きかは人それぞれな気がしますが……。

 

4.花/ASA-CHANG

さて、今度は少々変わりダネです。

ASA-CHANGによる「花」は、彼らの2ndミニアルバムの表題曲であり、映画「けものがれ、俺らと猿と」のEDでもあります*2

みなさんにとっては、アニメ惡の華のEDである「花 -a last flower-」の原曲だと言った方が分かりやすいかもしれません。

 ところが、「花」が「花 -a last flower-」として編曲され「悪の華」のEDとして使われるより10年以上前(2002年)に、reiによるアレンジがアルバムに収録されていたのです。

それがこちら「あたらしい花」。

「花」の歌詞(?)は、

”花開いてしまった狂気に対する慈愛と、それが許されないことに対する哀嘆、善と悪の転倒”

 みたいなメッセージ性をはらんでいると思います。

ところが、原曲「花」の方では悲哀の感情と諦念が前面に押し出されているのに対し、「あたらしい花」はもっと客観的でまるでグリム童話を読み聞かされているような気分になります。

ここでもreiの達観した感性が表れていますね。

個人的に、一番最後の「光は要らねえ、水をください」の部分がマイナーチェンジされているのが示唆的だなあと思います。

「花」では声を二重にかぶせてあったのが、「あたらしい花」では普通に1人の声で読み上げられていたのは、「光は要らねえ、水をください」が別に異様なセリフではなく普遍的なものだという意味かなあ、などと考えたりもします。

 

5.ペチカ/山田耕作

最後の曲になってしまいましたが、こちらもある意味変わりダネ。

童謡として知られる「ペチカ」も、reiによってアレンジされているのです。

このアレンジは、「にほんのうた」という唱歌童謡に焦点を当てたアレンジアルバムの第4集に収録されているのですが、編曲者や歌手にもうヤベえ顔ぶれがバシバシ並んでいるので、唱歌マニアの諸君は絶対チェックした方が良いでしょう。

「ペチカ」原曲はコチラ。

www.youtube.com

 そして、rei ver.はこちら。

https://youtu.be/gtYi5z9eFFk?t=1565

やはり歌詞の意味が違って聞こえますね。

端的に言うと、原曲は暖炉を囲む郷愁と愛に満ちたあったかい家庭の様子を描く歌詞に聞こえます。

が、rei ver.ではこの歌詞が「ペチカ」という物体*3について歌った歌詞にはもはや聞えません。

「ペチカ」という童謡があることを踏まえたうえで、その歌のようにあったかい郷愁と愛を想起させる何かを”ペチカ”に置き換えて(一種の暗喩)歌っているように感じられます。

何しろ曲調がめっちゃ都会っぽく先鋭的なので、古風な暖炉をそのまま表現した曲にはちょっと聞えません。

つまり、rei ver.の方は原曲の存在を前提にしたメタ的な曲になっているのです。

多分、形は変われど今も昔も変わらない暖かな家庭の様子を描き出したかったのだと思います。

 

rei harakamiの編曲とは

このように、reiの編曲は原曲の表現を超越したところにあるという点で僕は衝撃を受けました。

パッと聞いた感じ、彼の編曲で一番大きい要素はリハモでしょう。

彼の独創的な和声感は、アレンジでも大いに発揮されています。

次に、大胆な曲想の変更も挙げられます。

彼のアレンジでは多くの場合、「原曲の雰囲気を大事にしよう」ということは考えられていないような気がします。

結果的に雰囲気が似ることがあっても、彼が大事にしているのはむしろ原曲の意味と新たな表現の方でしょう。

上に挙げたリハモも、ただ奇抜な音を並べ立てただけではなく、あくまで表現の一部として成立していると言えるでしょうね。

 

ところで、ここには挙げなかったもののrei harakami自身の曲のリアレンジも行っています。

ただでさえヤバい彼の曲に難解なアレンジが仕掛けられていて面白いので、聞いてみることをお勧めします。

 

おわりに

というわけで、僕の編曲観についてアツく語りまくってしまいましたがいかがでしたか?

もし共感していただけたなら幸いです。

そんなアナタにはぜひ僕のアレンジも聞いてほしいですね。

多くの方にご好評いただいた名作同2ndアルバム「机上の空中散歩」には、僕の過去作Rainy Phononとそのリアレンジver.Rainy Phonon (good-bye edition)が収録されています。

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机上の空中散歩

このリアレンジには相当な熱量を注ぎました。

ここまで語ってきた内容に恥じない曲に仕上がっていると思います。

ぜひ聞いて感想をネットの海にバシバシ流してほしいですね。

もうCDの在庫はあとわずかですが、近日中に各種音楽配信サービスで配信する予定なのでお楽しみに。

 

 

僕「記事の最後に番宣とか人気俳優気取りかァ???」

僕「うるせえ」

 

*1:リハーモナイズの略。メロディラインを変えずにコード進行だけ変えること。

*2:余談ですが、この曲の伴奏のストリングスはSadeによる「Pearls」からのサンプリングだそうです。

www.youtube.com

*3:ペチカとは、ロシア式の暖炉のこと。現代にはほとんど残っていないので、ピンとくる人はまずいないでしょう。