名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

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映画「BILLIE」レヴュー -ジャズ歌手ビリー・ホリデイについてー

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BILLIE

先日、我らが名作同の会員で映画を見に行ってきました。

ビリー・ホリデイ」というジャズシンガーのドキュメンタリーです。

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Billie Holiday

僕は、そもそもビリーホリデイという歌手の存在を知りませんでした。

彼女の生涯はかなり壮絶で、悲惨ともいえるかも知れません。

そんな彼女に共感し、関係者たちにインタビューを重ねてドキュメンタリーを書きあげようとしたのは、ジャーナリストのリンダ・リプナック・キュール。

妨害を受けながらも、なんとかビリーの伝記を書きあげようとしていた彼女は、しかし不可解な死を遂げてしまいます。

この映画は、リンダが残した録音テープやビリーの秘蔵映像をまとめ上げてドキュメンタリーにしたものです。

 

というわけで、今回はこの映画の感想を書いてみようと思います。

映画の内容には多少踏み込みますが、このレヴューを読んでから映画を見ても十分楽しめると思います。

名古屋の小さな映画館「シネマテーク」にて、9/17まで上映されていますので、気になる方はぜひ。

 

 

「黒人差別」というテーマ

映画「BILLIE」では、大きなテーマとして黒人差別が挙げられています。

ビリーは1900年代中ごろの黒人女性歌手ですが、作中では当時のアメリカの生々しい様子が語られています。

当時は今と違い、黒人が差別を受けることが普通と思われていたわけで、作中ではこんなエピソードが語られます。

  • 黒人は給仕を断られることがあるので、ビリーはいつもハンバーガーを余分に注文して持ち歩いていた。
  • 演奏先のキャバレーで白人警官に「black bitch(アバズレ黒人)」となじられ、バンドメンバーが警官をクラリネットでぶん殴って乱闘騒ぎに。
  • ビリーと組むのを了承しない白人奏者が多数いた。

みたいなエピソードが山のように語られるんですが、中でも映画の山場となるのが「

Strange Fruit(奇妙な果実)」という歌です。

ひとつ聞いてみましょう。

この歌は、白人による黒人リンチに抗議する内容の歌です。

「南部の木には奇妙な果物がなる……」

という歌詞は、木の上に首を吊ってぶら下げられた黒人の死体のことで、かなり生々しくむごい情景が歌われています。

この衝撃的な歌は当時ニュースになり、コロムビア・レコードがこの歌の収録を拒否するなど、センセーショナルな影響を引き起こします。

 

ただ、リンダはビリーが被害者として描かれるのを嫌っていたと言います。

事実、ビリーの知り合いが故郷の黒人街について

「貧しかったが、自由で幸せだった」

と語っているシーンもあり、印象に残っています。

後にも語る通り、ビリーは単に”差別を受けた可哀想な黒人”という以上の壮絶な闇を抱えており、この映画は彼女のそういった真実を初めて明らかにしているかもしれません。

 

酒・薬・セックス

ビリーは44歳という若さで亡くなりましたが、晩年は酒と薬物依存でボロボロだったといいます。

また、性的な倒錯も多く語られており、作中ではこんなエピソードが語られています。

  • 女性と好んでセックスしたので「ミスター・ホリデイ」というあだ名がついた。
  • 彼氏とさんざんセックスした後、さらに男娼を呼んでいた。
  • 極度のマゾヒストで、暴力癖のあるクズ野郎と好んで交際していた。

 

しかし、同時に彼女がこうならざるを得なかった背景も語られています。

黒人の地位の低さや貧しさ、彼女の生い立ち、今とはだいぶ違う世相など、理由はたくさんあってどれか1つに絞れるようなものではありません。

ありとあらゆる事柄が絡まりあって、否応なく彼女という人間を生み出したようなのです。

事実、彼女は生涯に何度も薬物所持で逮捕されていますが、

「有名人だから、若手警官が名を上げるための食い物にされた」

という見方もあり、むしろ彼女に同情する立場の人もいたようです。

また、出所後すぐの公演にも多くの観客が集まり、列をなしたとか。

 

映画を見ると、何度も逮捕される彼女に対してある種の悲しみを感じこそすれ、「なんて悪い奴なんだ!」という気持ちは抱けませんでした。

芸能人がちょっと不祥事やるとすぐ大騒ぎして社会的制裁を加えようとする現代日本、多少は相手の視点を想像してみてもいいんじゃないでしょうかね。

作品に罪はないんだし。

 

未完の伝記という生々しさ

この映画、先に述べたようにジャーナリストのリンダが不可解な死を遂げたため、伝記としては未完の状態です。

なので、映画を見ていてもこれといったオチはなく、ただ色々なことを考えさせられて終わっていきます。

ストーリーに分かりやすい着地点がないし、ビリーについての関係者の証言も食い違いが多く、何が真実なのかもわかりません。

これが非常に生々しくて、リアリティがあっていい。

しかも、リンダの死んでしまった経緯が不自然すぎて、何かしらの陰謀があったのではないかと勘繰らずにいられません。

アメリカという国の闇を余すところなく、リアリティたっぷりに抉り出した作品だったと思います。

 

まとめ

この映画を通して、歌で表現するということの壮絶さ、残酷さと異常さを感じることができました。

一見の価値ありです。

上演期間が短いので、見たい方はお早めにどうぞ。