名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

谷川俊太郎作「なんでもおま〇こ」は俗悪な詩なのか

谷川俊太郎を知らない人はいないでしょう。

日本で最も高名な詩人の一人で、小学生の国語の教科書に載っている詩「いるか」や、合唱曲としても有名な「生きる」 、鋭い切り口で孤独をとらえた「二十億光年の孤独」なんかが有名ですね。

彼の詩は、非常にシビアでありながら時に優しく寄り添うようで、しかし鋭く切り裂くような詩的表現、残酷なほどまっすぐなひらがな詩、韻律への愛や究極的な孤独など、多岐に渡りながら僕はとても好きです。

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まだご存命

で、彼には現代詩作家としての一面もあり、こんなタイトルの詩も残しています。

 

 

 

「なんでもおまんこ」

 

 

 

 

!????!?

?、???!?!、???

 

なんでもおまんこ

この詩は、極めて衝撃的な一言から始まります。

 

”なんでもおまんこなんだよ”

 

左様ですか。。

 

とりあえず全文はここから読んでいただけますが、とにかく衝撃的な言葉の連続ですね。

ご存じない方のために解説しておくと、「おまんこ」とは女性器のことです。

普通なら口にするのも躊躇う単語ですが、なんせ「なんでもおまんこ」らしいですからね。

もうオンパレードですよ。

 教育ママなんかが目にしようもんなら一発で発狂、男子中学生は狂喜乱舞天地鳴動青天の霹靂と、フェミニスト走って逃げだしそうな勢いです。

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それじゃあ、この詩は下劣で品位のない俗物なのでしょうか?

 

それが、そんなことはないんですよね。決して。

 

大名作「なんでもおまんこ」の怖さ

 さて、まずは詩の冒頭部分を眺めてみましょう。

 

なんでもおまんこなんだよ
あっちに見えてるうぶ毛の生えた丘だってそうだよ
やれたらやりてえんだよ

 

この詩の形式は、口語自由詩です。

全体にひらがなが多く、ややひらがな詩の印象も受けますね。

さらに、口調はとても粗野です。

これらが表すことは、この詩の主体が思春期の少年であるということです。

さらに読み進めていくと、極めて直截に性行為を想起させるような表現(というか性行為そのもの)が文中に現れてきます。

 

"なんか抱いたらおれすぐいっちゃうよ
どうにかしてくれよ"

そこに咲いてるそのとだってやりてえよ

とはもうやってるも同然だよ

 

勘がいい人は気づいたでしょう。

この少年は何故か、大自然とのセックスを渇望しているのです。

実際彼はこうも言っています。

 

女なんかめじゃねえよお

 

そんな彼は、詩の大部分を使って自分の異常性癖さんざん開陳するわけです。

ついには、彼の渇望はほとんど狂気と言えるレベルにまで達します。

 

おれ地面掘るよ
の匂いだよ
もじゅくじゅく湧いてくるよ
おれにかけてくれよお
葉っぱもいっしょくたによお

 

そしてなんと、戸惑う読者を突き放したまま、この結びの言葉です。

 

 

でもこれじゃまるで死んだみたいだなあ


笑っちゃうよ

 


おれ死にてえのかなあ

 

 

 

 

さて、鳥肌は収まりましたか

ちなみに僕はまだ収まってません。

 

結びつく「性」と「死」

結局のところこの詩は、「性=死」であるという極めて重いメッセージ性を持っています。

詩の主人公である少年は、今まさに思春期のただ中にあって、耐えがたいほどの煩悶を抱えています。

平たく言えばヤりたくてしょうがないということです。

世間ではこういうことを、「下品だ」とか「汚らしい」とかすぐ言いますよね。

だから誰しも、こういった性的衝動、それによる悶えや苦しみは隠し、目を逸らそうとするわけです。

でも、これって生き物である僕たちの宿命じゃないですか。

僕たちの先祖、祖父母、あるいは両親だって、この宿命の渦に飲み込まれて僕たちまで命を繋げてきたわけですよ。

そして、この少年は今まさにその事実を知ろうとしているのです。

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人はいつまでも純真でいられない

清らかで純真でいられた幼少期は終わりを告げ、否応なしに第二次性徴に苛まれます。

避けられない自然の摂理に巻き込まれ、自分の意志と関係なしにセックスばかりが頭の中を占領していく不安

少年は考えるでしょう。

考えざるを得ないほどに渇望するのだから。

「これは何なんだ。」

何となくいけない気がする汚らしいと思う、でもやりたくてしょうがない

僕の親も、その親も、そのまた親も

それどころかそこの鳥も、犬も猫も、虫でさえも

 

やってるんだ。

やったんだ昔。

 

そして死んでいくんだ。

命を遺して悔いなく死ぬんだ。

 

そうやってこの世界は紡がれていったんだなあ。

 

だからなんでもおまんこなのでしょう。

大自然の仕組みと自分の生きる意味生かされてきた道のりをにわかに悟ってしまった少年。

自分の意志とも、道徳ともルールとも無関係に押し寄せる衝動。

命を繋ぐという営み、それと切り離せない

この衝撃的な結びの言葉は、あまりにも如実に少年の大きすぎる気づき生命の真実を言い切っています。

 

 

 

 

おれ死にてえのかなあ