
三度の飯より17度が好きな弾け弾です。
以前紹介した、なかなかお耳にかかれない17と名付けたコード。これと#9、改め♭17は、クラシックの二次転位音(当記事ではその中でも上部倚音の上部倚音を指しています)だと解釈できるという説明をしました。
実は「コード」という形ではないものの、二次転位音が使われている楽曲はそこで挙げた以外にもまだまだあります。今回は私がかき集めた珠玉の二次転位音コレクションを紹介しつつ、その使い方の特徴を探っていきます。
当記事は、弾け弾の独自研究を多分に含みます。専門家の見解とは異なる場合がありますがご了承ください。
第一音の二次転位音:17度
まずは、改めて17の響きがある曲を聴いていきましょう(♭17は今ではコードとして広く使われ馴染んでいるため、当記事では省略します)。第一音の二次転位音である17度は、原位音から長3度上がり、第三音の一次転位音である完全11度と共に使われます。
ノクターン Op.9-2 / ショパン
前記事でも紹介した例。ショパンが17の響きを大切にしていたことが、それがテーマの最高音に登場していることからわかります。もし左手のE♭(11度)を省略してしまったら、この曲らしさは一気に失われます。
今回は原曲譜に加えてオシアで和声だけ取り出したものを併記し、その歌詞の位置に下から第一音、第三音、第五音それぞれのテンション(と第七音)を書くことで、一つ一つが和声音にどう解決していくかがわかるような表示にしてみました。非和声音は必ず和声音に向かうという原則により、17の和音は、最終的には単純な属七の和音に向かっていくことが見て取れます。

それでは次の曲・・・と行く前に、ここで立ち止まって注目いただきたいのが、解決の順番です。これに注意を払うと、二次転位音の聴き方のレベルがグンと上がります。
まず赤色で示した二次転位音が一次転位音に解決し、ちょっとタイミングをずらして青色で示した第三音が一次転位音から原位音に解決しています。この順番は大切で、もし第三音が先にDに解決してしまうと、その音は第一音の二次転位音なのか、第三音の原位音なのか、区別がつかなくなってしまうんです。また第一音の二次→一次の解決と、第三音の一次→原位の解決が同時に起こったとしても、声部をまたがるとDが継続して存在しており、まだ二次転位音が残っているような曖昧な状態になってしまいます。落ち着いて考えれば、第一音はC(一次転位音)の位置にいるのだから、同時に二次転位音としてのDが存在するのはおかしいからこのDは第三音しか有り得ないと推理はできますが、いちいちそれを考えるのは脳に負担がかかるので、やらない方がいいかなと思います。
以上をまとめると図のようになります。このように解決の順番を考えていくと、作曲家が巧妙に仕組んだ和声の横のつながりの美しさに浸ることができます。

愛の夢 第3番 / リスト

こちらもロマンチックな曲です。属九和音の各音度が刺繍されながらヴォイシングが上昇していく音型です。譜例2小節目でG(17度)が鳴った瞬間は、A♭(11度)が無いため一度E♭7かな?とも思うのですが、少し遅れて左手のアルペジオにA♭が現れ、GがF(9度)に解決していることから、これは17の響きを狙って書いたものと考えるのが自然な気がしますが、一方で、1拍目の時点では明確にドミナントセブンス(orナインス)に解決しており、2拍目裏からもう一度11度の緊張を起こしているという解釈もアリかもしれません。
自分の立場からいうのもおこがましいですが、弾き手として、どちらで解釈しているかを明確にすることは大切です。リストはペダル記号を省略しているようですが、例えば前の小節のペダルを離すタイミングを少し遅らせるなどすれば、前の小節の♮11を残したままGを鳴らせるので17の響きとして聴かせることができるし、早めに離して前の響きが完全に無くなってからペダルを踏めばドミナントセブンスとして聴き手に伝えることもできます。
また、この用例は左手に9度があり、厳密には17度と同居してぶつかっている形になりますが、ヴォイシングとして離れている点でそこまでの濁りはなく聴けますね。後は音型として弾きやすさの都合というのもあります(おそらくこれが一番の理由)。
ピアノソナタ 第4番 / スクリャービン

右手で連打される和音に17の響きが含まれています。今までの例と違うのは、第七音が短7度ではなく長7度になっていることです。その長7度は導音の役割を持ち、和音の機能としてはIを保持した属和音と言えます。譜例では省略していますが、実際に直前の和音は属和音で、その響きを残したままベースだけ主音が添えられるという流れになっています。ただ二次転位音という考え方を使うと、この和音が主和音からの派生と考えることもできるのです。譜例の2小節目の4拍目が正に属九の形になっています(オシアでは根省で書いています)。17度から始まるトップノートは、クロマチックに1度までゆーっくりと降りてきます。この四小節の解決までの道のりは数学の証明をたくさんの補題と共に解きほぐしているようで、ショパン的、ロマン派的でありながら、その域を超える魔性の美しさがあります。今回は敢えて全てを偶成和音として度数で書きましたが、経過的なものが多く、単独で使うのは難しいものもあるでしょう。
また終楽章のコーダはこのテーマの再現が現れ、テーマが発展し最高調に達するときにこの17の和音が再登場します。そこからの解決も味わい深いので、ぜひ聴いてみてください。
ノクターン Op.9-2 / ショパン (その2)

またショパンに戻ります。先ほどの例がI保続の属和音の例でしたが、それでいうと実はこの曲には1小節目からいきなり17度が登場していました。いきなりステーキならぬ、いきなり17度です。2拍目の9度が刺繍されて、一瞬17度になっています。これは短調の属九の根省がIに乗っかったと分析できます。複雑なロマン派の和声の正体は二次転位音だと分かると、より響きの深みを感じられ、聴く姿勢が変わる気がします。
この例は和声の流れに注目すると今までの例とは違う面白いことが起きています。
まず、この和声はE♭の長三和音に解決すべきですが、解決のタイミングでベースがDとなって完全な解決とはなっていません。これは次の和音に経過的に移るためで、もう解決を待たずして次の緊張が始まっているのです。ゆっくりした曲では、テーマの途中で一度解決してしまうともうそこで区切れて終わってしまいそうなので、連綿と緊張を続けることで聴き味を作っているわけです。ただここでは一旦解決しましたということで、オシアではE♭をベースとする主和音として表記しました。
また、それよりも面白いのは、オシアで第一音の二次→一次の解決と第三音の一次→原位の解決が同時に起きているように見えることです。一見解決の順番の法則に反していますね。しかしこれは原曲を見ると分かる通り、第三音の解決は分散和音で遅延されているため、まず第一音の解決をしっかりと認識させてから第三音を解決させるという作法をきちんと守っているのです。和声分析はしばしば分散和音をクオンタイズしてしまいがちですが、時にはこういった細かいずれが重要になることもあるという好例です。
第三音の二次転位音:19度
さてここからは、今まで紹介していない他の和声音に対する二次転位音を見ていきましょう。
繰り返しになりますが、第一音が二次転位音になれるのは、その上の第三音が11度に転位しているときでした。同じように考えると、第三音が二次転位音になれるのは、第五音が13度に転位しているときになります。その第二次転位音となった第三音は、原位音から短3度上がり、根音から見ると完全5度になります。これは一次転位音の11度の、さらに転位音である19度と呼ぶことにします。
そして解決の順番としては、まず13度が5度に解決してから、11度が3度に解決します。そんな譜例は数少ないですが、やはりショパンが使っていました。
バラード 第1番 / ショパン
先にお断りしておくと例として挙げるには結構厳しいです。もっとドンピシャの例があると良かったのですが。

Dが長い間バスで保続されており、その上はコードが変わっていってるという解釈が普通ですが、すべてD7に向かうまでの長い非和声音と考えることもできます。まず1小節目は、属音保続の上でさらに属音に対する属九の根省があり、その第五音が転位しています。ややこしい書き方ですが、言ってしまえば先ほどのノクターンの和音が属和音になっただけです。
そしてそのV上の属九の根省が3小節目まで続くのですが、今度3小節目では第七音が転位しています。なおここではバスのDが省略されてしまっているが、演奏上の都合なのであくまで頭のなかでDを補完してください。するとこれが19の響きです。機能的に分析すると根省したはずのAがまた現れるという変な事態になっています。でもこのAはダブルドミナントの根音とは明確に違います。4拍目でGに解決していますからね。
その後4小節目は、一般的にはIの2転と呼ばれるドミナント系の和音です。ただそうやって機能的に区切ってしまうと19の音が宙ぶらりんになってしまうので、あくまで属和音への解決の途中だと考えると、第三音は――直前の第三音は二次転位音が第五音の転位音に経過的に移ったため1、2拍目には省略されていますが――3拍目の左手に一次転位音として現れています。注意して聞くと遅延されて解決されたように聴くことができると思います。その間第五音は一次転位音を継続しているので、解決の順番としておかしなことは起きていません。そして最後、5小節目にようやく第三音・第五音が原位音に戻ってきて属和音におかえり!という状態になります。お察しの通り、右手の分析は早々に諦めました。
長々と書いていてもう何が何だか自分でもわからなくなってきました。そもそもこの曲は、イントロの最後の和音に長い九度があるが、その音は合っているのか?と今でも議論の的になったりしているくらいで、当たり前のようにショパンは九度を和声音のごとく扱っています。この時代一般的には九度が和音として使われるのは属九の時くらいなのですが、ショパンくらいになると最初から属和音でない九度にも和音として役割を与えていたのかもしれません。その上で非和声音モリモリですから、分析困難になってしまうのもやむなしと言い訳しておきます。
まあ難しい話はさておいて、この行き場を求めて彷徨う雰囲気はバラード第1番の最大の魅力です。その魅力には二次転位音が不可欠だったというわけですね。
第五音の二次転位音:21度
最後は、第五音の二次転位音です。第七音が長七度、つまり導音として使われるとき、第五音は原位から短3度上がって二次転位音になる資格があり、21と呼ぶことにします。根音からは短7度の位置にあります。この場合第七音は転位しているわけではないので、解決に順番はなくただ第五音が順当に下がっていけば解決になります。
この和音は意外にもロマン派から時代を遡り、古典派の作曲家が使っていました。
ピアノソナタ 第9番 / ベートーヴェン

譜例は第二楽章です。ホ短調の属和音上で、これもやはりダブルドミナントの根省が乗っており、その第七音が転位することによって21度の響きが生まれます。
驚くべきは、8分音符のほんの短い間ですが、この瞬間なんとA・A#・Bが同居しています。信じられますか?いかにも和声音とは思えない堆積が21の最大の特徴です。加えて、BとA#はかなり低域でぶつけています。ベートーヴェンは元々込み入ったヴォイシングを使うという前提はあるので、もしかするとこの音を聴いてもまさかそんな特異なぶつかりがあるとは思わなかったという方が多いかもしれません。少なくとも私は、この曲を長い間知っていましたが、21の響きに気づいたのは最近です。ベートーヴェンの底知れぬ恐ろしさを思い知らされます。
狩猟者の月 / ヴィンター
最後は時代を下って20世紀の作曲家です。この曲はホルンとオーケストラのために書かれた曲で、今までの曲と比べると知名度は下がるかもしれませんが、親しみやすいメロディの曲です。
そんな中にも、あの恐ろしい21度の響きが大々的に使われているので紹介したいと思います。こちらです。

なんとも惹きつけられるメロディで、ジャズのエッセンスも感じますね。この流れで、C・B・B♭が同居する音が挟まるのですが、誰もそんな事件が起きていることは気に留めないと思います。
今まで19、21の譜例は短調の曲でしたが、今回は長調です。なのでこのI上の属九は、短調からの借用になります。それがジャズのブルーノートの語法と呼応して複雑な和声を包み隠す甘美な響きを作っています。
この曲を取り上げた理由としてもう一つ、譜例のアウフタクト後の1小節目に19の響きも出てきていて、それが一次転位音の♮11を経ずに3に解決しているという点も面白いです。解決しているとはいえ、途中の音を省略して逸音的な効果を生んでいます。もうここまでくると「19の和音」と言ってしまっていいかもしれませんね。おっと、そうすると第五音の解決の順番が気になるところですが・・・これもショパンのノクターンと同じく、譜例では小節頭から少し遅れて登場するので、第三音の19と干渉することはありません。なお繰り返しでよりスケールが大きくなった時には明らかに第五音も第三音の解決と同時に鳴らされますが、最初に欠落させて第五音の解決のイメージを印象付けているので、次干渉していても気にせず聴けるようになっています。第五音の欠落にも意味がある。この抜け目なさは見習うべきです。オーケストラ譜の方は確認できていないので、実は最初から第五音が同時に鳴ってたら私の分析が的外れだということです。
ところで21度の方もモチーフを繰り返すという音楽の原則からすれば一次転位音を経ずに原位音に降りてきても良さそうですが、ヴィンターもそれは流石に尖りすぎだろうと一次転位音を挟み込んでメロディーに丸みを与えたのかもしれません。でも19度は尖った方を採用した。モチーフと響きどちらを重視するか、そのさじ加減も作曲家の個性として見えてくるのが面白いですね。
まとめ
今回はひたすら二次転位音の実例を紹介しつつ、第一音・第三音・第五音それぞれに二次転位音が存在し、第一音・第三音に関しては解決の順番に法則があることも説明しました。分析は私の技術が追い付いていないところもあり読み苦しくなってしまっているかもしれませんが、とにかく二次転位音の響きの楽しさ、そしてこんな有名曲にも二次転位音が使われていたなんて!という驚きが伝われば幸いです。
そして二次転位音の使い方に関する疑問を「解決」させたところで、そんな二次転位音がテンションノートとして使えたとしたら、一体テンションコードは全部でいくつになるんだろう?という次の「緊張」を残して本記事を終えたいと思います。ありがとうございました。