お久しぶりです。榊山です。
名作同では新作のCDの発表があった関係で、緊急企画をやっておりましたが、皆さんお楽しみいただけましたか?
そしてCDはお求めいただけましたでしょうか?
ということで、不可解な疫病への不安が社会に満ちてきていますので、ネット企画くらいはほっと和んで楽しみたいですよね。
名作同では今後も、そんな企画を沢山発表して行く準備も行っていますよ。乞うご期待です。
さて日本の作曲家を紹介するこのシリーズ、前回に続けて二本目です。
今回紹介するのは「林松木」という作曲家です。
なんだかとても草食系なお名前ですね。
それにどちらが名字で、どちらが名前かも…。
このシリーズを書くにあたって、出発点となっている資料があります。
それは昭和初期に刊行されていた「大日本作曲家協会」刊行の「日本作曲年鑑」です。
昭和9年から昭和16年まで刊行され(途中二年合併号などを含む)、当時の作曲家の手による歌曲、器楽曲が掲載されている貴重資料です。
中古市場でわずかに取引されるばかりになっていたこの資料は、前回の細川碧の回にも触れたとおり、図書館送信限定ながら国会図書館デジタルコレクションとしてネット上で閲覧ができるようになっています。
そこでこの資料にある作曲家の内、今までに聞いたことがなかった、あるいは作品を知らない作曲家を選びだします。
次にそれらの作曲家の譜面を研究し、個性的と思えるものを抽出、抽出量の多い作曲家、飛び抜けて個性的と思われるものから順に、作曲家自身の調査をするという方法で基礎研究をはじめてみました。
今日紹介する林松木はこの資料に頻出する作曲家の一人で、器楽曲、歌曲ともにその作品を発見することが出来ます。
そこで追跡調査を行ってみると、実に現在では殆ど知られていない作曲家だということがわかってきました。
まずWikipediaには林松木についての項目がありません。
また日本作曲年鑑には作曲家自身の写真と、住所が記載されているものの、作曲家のプロフィールは載っていません。
これでは基本的なプロフィールすらわからないので、図書館に赴いてすでに入手困難となっている細川周平、片山杜秀監修の「日本の作曲家 近現代音楽人名辞典」を調べてみました。
そうすると同書の中に林松木の名を発見することが出来、以下のようなことがわかってきました。せっかくなので顔写真付きで紹介してみましょう。
林 松木 はやし・まつき
1897年(明治30年)12月1日群馬県生まれ。東京音楽学校出身で戦前は「父さん恋しろ」「初雪」「五月のぼり」で知られる童謡作家で、戦時下では「決戦の秋は来れり」などの戦時歌謡を書き、楽団新体制促進同盟に参加する新体制派であった。
また早くから教育音楽に力を注ぎ、学芸大講師から同大教授職、土浦短期大学教授等歴任した。
混声四部合唱「水の新潟」、カンタータ「天地の秋」など代表作。1992年(平成4年)10月21日没。
(細川周平、片山杜秀監修「日本の作曲家 近現代音楽人名辞典」より林松木の項から抜粋、筆者改変)
どうやら探していた作曲家は群馬出身で学芸大教授を務められた教育者であったことが掴めてきました。
ということなら、以下の仮説が立てられます。
1.学芸大等に論文、研究結果などの資料があるのではないか
2.教育的な作曲家なので校歌を手掛けていないだろうか
3.代表作が新潟に偏っていることから新潟と縁の深い仕事をしていたと考えて、手がかりを探れないだろうか
ではまず、この「1」について調べてみます。
結果から言うと類推は正しかったようで、以下の研究要項を見つけることが出来ました。
学芸大の図書館OPACによれば
「初等輪唱及合唱の指導並に指揮」(音樂教育書出版協會)1936年
「高等小学唱歌の解説並その指導、第1学年用、新訂」(音楽教育書出版協会)1935年
「同上第2学年用、新訂」
の三つの資料が存在することがわかります。
さらに国会図書館デジタルコレクションの図書館送信限定資料に
「東京学芸大学研究報告.2」があり同書に「Bach's Fugeについて」という研究を
「同.8」に「小学校唱歌"故郷"の主題による10の変奏曲」という楽曲を寄せている事がわかりました。
これらによって教育者として、また特に児童合唱の分野において力を入れておられたことと同時に、バッハの研究家でもあったことがわかってきます。
そしてこの結果を、再三述べている日本作曲年鑑収載の楽曲が証明してくれることになります。
この調査結果を踏まえて彼の作品について見てみることにします。
しかし没後まだ28年なのでそのすべてを公開することは出来ません。
ここでは作品を少しでも知ってもらうために、著作権に配慮した方法でその作品の片鱗をご紹介しますが、問題があればご指摘ください。
これは「日本作曲年鑑 昭和13年度」に掲載された林のFugeの楽譜です。
フーガという音楽は、対位法を駆使しテーマを追いかけ合う形で作られる音楽ですが、作曲家なら多く基礎的修練を経ている作曲法ですが、それを自由に使いこなし、高い音楽性を持つ楽曲に書き上げるのは並大抵のことではありません。
この譜面から変答唱の絡む四声のフーガになっており、その構造は前述の研究が示すとおり大変バッハ的な内容になっています。
この曲以外にも例のシリーズで林は
・Fuga a tre sogetti ed a 4 voci
・Fuga Doppia
と多くのフーガを発表しており、どれも非常に高い技術で書かれた素晴らしい内容のものとなっています。
またフーガ以外の器楽曲は同シリーズには発表しておらず、先程の研究として書かれた変奏曲以外のものも知られていません。
これは帝国書院から1938年に出された「音楽:伴奏附.1」という資料、これはおそらくは教科書と思われるものに掲載された唱歌でしょうか。
飯田龜代司の詩につけた短い曲で「通草の花」と題されたものですが、歌いやすさ、親しみやすさ、そして詩の持つ情感にしっかりと寄り添った秀作ではないかと思います。
このあたりからも児童教育、特に唱歌に力を入れていた作曲者の姿が見えてくるようですね。
上記のページは新潟市立中之口東小学校さんのWebから、校歌のページにリンクしたものです。
xpsファイル形式なので専用のリーダーソフトが必要になりますが、林が手掛けた校歌の楽譜を見ることが出来ます。
唱歌調のオーソドックスな中に、やはり先程の「通草の花」のような歌いやすさと、美しいハーモニーラインを持っています。
そうです、仮説の2はやはり正しく、林松木は多くの校歌を手掛けていることがわかってきました。
「わかってきた」というのはどういうことか。
実は校歌というものは、非常にその全容の把握が困難なものなようです。
私もこの作曲家シリーズをはじめた後、全国の校歌が網羅的にわかるデータベースなり資料なりがあるものと思っていましたが、そのようなものはどの行政にも基本的にはなく、国もそれを集積している感じではなさそうでした。
もしかしたらそういった資料はあるのかも知れませんが、簡単にアクセスできるものではなく、基本的に校歌の管理自体は各学校に任されているようです。
このため、特定の作曲家がどれくらいの校歌を手掛けたかということを、校歌側から探るのは、全てのデータを手動で調べ上げることになるため、ここでは未調査が広大であり、確定したものではないということを付け加えねばなりません。
現在この点については、その他の協力者のお力を借りながら、すこしずつ前に進めて行っているところですので、またその過程で発見が出てくることになるでしょうが、今現在把握できている林の手掛けた校歌は末尾に掲載しておこうと思います。
さて残る3の仮説です。
実は発見した校歌の多くも(少なくとも現時点の調査結果を見ると)新潟県の学校に偏っている印象があります。
そして代表作としてあげられている2曲も新潟に関係するものです。
校歌が多いということは一般にその作曲家が教育現場に近いことを示していると言えます。
例えば文部省教科書編纂委員だった平井康三郎に校歌の作品が多く、また東京に大きく偏っている点もそれを証明しています。
であるならば学芸大教授職であり、教科書執筆や児童合唱を手掛けていた林が教育現場に近い人物であることは疑いようもなく、そのため校歌が多いという結果については合点がいきますが、新潟に偏っているという点については、これを示す証拠を拾うことは出来ませんでした。
しかし校歌の偏りを見るに、こういったことが縁になって新潟に関する大規模作品を書くことに繋がったと見るのは無理がないところではないでしょうか。
ということでここまで林松木の足跡を追いかけてきましたが、もちろんこれはまだ途上です。
なにしろ先程の事典にあった2つの大規模作品について、同書以外にその作品名を探し出すことも出来ていません。
これだけの対位法の力があり、合唱に通じた作曲家の筆であれば、手堅く古典的なフォルムの中に、いぶし銀の技術を凝らしたものでは無いだろうかと気になります。
徐々に作曲家の背中が見えてきただけに、引き続き追いかけていきたいものだなと思います。
って文章だけで音源はないの?
実はそうなんです。
代表作は記載のみで、演奏歴も見つかっていません。
そして私の見つけた器楽曲4曲も演奏されていないので動画も音源も見つかりません。
演奏家の皆さん、出番です。
しかしそれではあまりにも悲しいのでいくつか見つかった校歌の音源をご紹介することにしようと思います。
こちらの動画は新潟市立新関小学校の校舎建て替えに際して、思い出のアルバムとして作られた動画のようです。
この中に林の書いた同校の校歌の伴奏が聴けます。
この伴奏が林の手によるものかは正確には確証がありませんが、少々面白い和声進行が見られるように思います。
こちらは東京都八王子市立第四小学校校歌を打ち込みで作られた動画です。
唱歌調のメロディにはっきりした和声がついていますが、それでもちょっと意外性のある進行が隠れているのが面白いですね。
児童合唱に精通した林の手による校歌は、ほんのりと気持ちの温かくなる曲調のものが多く、なんとなく美しい日本の原風景を思い起こさせてくれる気がします。
林の紡ぎ出すメロディのような世界が、次代に引き継がれると良いななどと思ってしまいましたが、最後にここまでの調査でわかった林の作品一覧を載せて今回も締めたいと思います。
少し構成を欠く内容で冗長だったかも知れませんが、作曲家を調査するということの実際を少しご紹介できたらと、自分のとったプロセスをそのままに書いてみました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
林松木 暫定作品一覧
混声四部合唱「水の新潟」
カンタータ「天地の秋」
小学校唱歌「故郷」の主題による10の変奏曲
Fuga
Fuge
Fuga Doppia
決戦の秋は来れり(詩・三好達治)
盟主の日本(詩・藤田徳太郎)
暮の浜
水ぐるま(詩・山田せんし
かくれんぼ(詩・中村雨紅)
父さん恋しろ(詩・中村雨紅)
仔猫の小鈴(詩・中村雨紅)
ねんねんね山(詩・中村雨紅)
蛍とぶ頃(詩・中村雨紅)
種子(詩・柳澤健)
風(詩・柳澤健)
春が来た(詩・藤田健次)
初雪(詩・河野ひさし)
落葉(詩・ヴェルレーヌ、上田敏)
春のけはひ(詩・長田恒雄)
早春(詩・飯田龜代司)
通草の花(詩・飯田龜代司)
早春(詩・北原白秋)
月と鐘(詩・石川啄木)
かかし
月
峠から
朝顔ラツパ
春の曲
祭の宵
僕等は子供
ほろ馬車
五月のぼり
新潟市立鐙郷小学校校歌(詩・巌谷小波)
新潟市立大形小学校校歌(詩・石崎文四郎)
新潟市立内野小学校校歌(詩・飯田一朔)
新潟市立赤塚小学校校歌(詩・飯田一朔)
新潟市立新関小学校校歌(詩・青木嘉吉)
新潟市立亀田小学校校歌(詩・手塚義明)
新潟市立結小学校校歌(詩・伏木弘照)
新潟市立中之口東小学校校歌(詩・武島又次郎)
長岡市立日吉小学校校歌(詩・手塚義明)
三条市立井栗小学校校歌(詩・手塚義明)
佐渡市立加茂小学校校歌(詩・本間茂世)
八王子市立第四小学校校歌(詩・巽聖歌)
八王子市立第六小学校校歌(詩・第六小学校職員)
八王子市立横山第二小学校校歌(詩・横山第二小学校)
東村山市立化成小学校校歌(詩・新田勤)
新潟市立宮浦中学校校歌(詩・安藤一郎)