本記事は、なんすいの理論記事シリーズの続きです。過去記事で紹介した用語を基本断りなしに使うので、本記事最後の用語集を眺めてから読むのをおすすめします。
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こんにちは、なんすいです。
前回は、音列からスケールを生成する方法を紹介し、そしてチャーチスケールの1つであるリディアンスケールが"べき倍音列"から生成されることに触れました。
"べき倍音列"とは何だったでしょうか。
べき倍音列
べき倍音列とは、ある数の倍数を0から順に連ねた音列です。
一般に、(0, p, 2p, ... , (k-1)p) を「べき数p, 位数kのべき倍音列」と呼びます。
さらに、べき倍音列から生成されるスケールを「べき生成スケール」と呼ぶことにしましょう。
例えば、前回リディアンスケールを生成した音列(0, 7, 14, 21, 28, 35, 42)は、7の倍数を7個並べた音列になっているので、「べき数7による位数7のべき倍音列」となります。
そして、リディアンスケールはべき生成スケールとみなすことが出来る、と言えます。
さて、当たり前ですが、べき倍音列は上述の(0, 7, 14, 21, 28, 35, 42)以外にも、べき数p、位数kを変えることでいろいろ作ることが出来ます。
そこで今回は、べき倍音列から生成されるスケールたちを観察してみようと思います。
「べき数7、位数kのべき倍音列」によるべき生成スケール
さて、私たちにとってスタンダードである12音律のもとで、べき数7は固定、位数kをいろいろ変えてべき倍音列を設定したときに、生成されるスケールがどのようになるのか見てみましょう。
位数kが増えるとべき倍音列の長さが単純にのびるわけなので、kが増えるのに伴ってべき生成スケールの成分も1つずつ追加されていきます。
そして最終的に位数12の段階で、べき倍音列(0, 7, ... , 77)の各成分は12音律の全ての音0~11にちょうど1つずつ対応し、べき生成スケールは(0, 1, ... , 11)すなわちクロマティックスケール(半音階)となります。
これ以上位数を増やしても、新たに追加される成分はもう無いので、生成されるスケールはクロマティックスケールのままです。
階名で表すなら、べき数7のべき倍音列は「ド、ソ、レ、ラ、ミ、…」と連なっていき、12半音の全ての音を被りなく網羅するような音列になっている、と言えます。
では、今度はべき数を変えてみましょう。どうなるでしょうか。
「べき数9、位数kのべき倍音列」によるべき生成スケール
べき数を、例えば9にして、同様に位数kを増やしながら生成スケールを見てみましょう。
なんだかさっきと様子が違いますね??
位数4以降、どれだけ位数を増やしても生成スケールは(0, 3, 6, 9)から変化していません。どうしてでしょう。
スケール生成とは、音列の各成分に対してMODを施し、小さい順に並べ替えるという操作でした。
今、べき数9のべき倍音列にMODを施してみると…
MOD( (0, 9, 18, 27, 36, 45, 54, 63, 72, ...) )
=( MOD(0), MOD(9), MOD(18), MOD(27), ... )
=(0, 9, 6, 3, 0, 9, 6, 3, 0, ...)
このように、0,9,6,3,だけが繰り返し出てきます。
したがって、どれだけべき倍音列の位数を増やしたとしても、生成スケールに新たな成分が追加されないため、上表のような結果になったのです。
つまり、べき数9のべき倍音列は、べき数7のそれとは異なり、12音律の全ての成分を網羅出来ないということになります。
これを音楽の現象で説明すると、「転調」によりすべての調を網羅出来るかという問題に言い換えられます。
べき数7の場合、7半音=完全五度の転調を繰り返していくと、すべての調をちょうど一回ずつ経て元の調に戻って来れます。
いわゆる「五度圏」と呼ばれるものは、べき数7のべき倍音列の"網羅性"のおかげで成立していると言えます。
対してべき数9の場合……9半音=長六度、つまり実質短三度の転調を繰り返すと、4回の転調で元の調に戻ってきてしまいます。
したがってべき数7の場合のようにすべての調に広がっていかないので、五度圏に対して「六度圏」のようなものは作ることが出来ません。
では、べき数がどのような数のとき、べき倍音列は"網羅性"を持つのでしょうか?
べき倍音列がすべての音を網羅する条件
突然なんですが、実は次のようなことが言えるんです!
(証明が気になる場合は何かしらの方法でなんすいに聞いて下さい)
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n音律のもとで、
0, p, 2p, ... , (n-1)p たちにMODを施したときに0, 1, ... ,n-1の各値がちょうど1つずつ全て出てくるための必要十分条件は、nとpが互いに素であることである。
(pはべき数)
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上述のべき生成スケールたちは、みんな12音律のもとで生成されたものでした。
したがって、べき数7の場合、n=12、p=7となります。12と7は互いに素なので、べき倍音列は網羅性を持つということになります。
一方、べき数9の場合、12と9の最小公約数は3なので、12と9は互いに素ではありません。したがって、べき倍音列は網羅性を持たない、と分かります。
12音律の正規べき生成スケール
過去記事「チャーチスケールの近縁を探す」では、チャーチスケールに近しい性質のスケールを見つけるために、"正規性"という指標を定義しました。
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《スケールの正規条件》
①各インターバルが長さ2以下
②長さ1のインターバルが連続しない
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この指標を、べき生成スケールにおいて考えてみましょう。
つまり、べき生成スケールであってかつ正規性を満たすようなスケールはどんなものがあるか調べます。
ここで前提として、次の事実があります。
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★正規スケールから1つでも成分を取り除いたり加えたりすると、正規性は失われる。
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まず、スケールの正規条件①②より、正規スケールにおいて「一個挟んで隣同士」の二要素のインターバルは3または4となるので、正規スケールから1つ要素を取り除くと、その部分に長さ3以上のインターバルが生まれ、正規条件①を満たさなくなります。
また、正規条件①より、正規スケールの隙間に要素を1つ追加すると、その要素はもともとのスケールの2つの要素と両側から挟まれることになります。したがってこの部分で正規条件②を満たさなくなります。
以上から★の事実が分かります。
正規条件を満たしている状態とは、これ以上音が増えても減ってもダメな、ギリギリのバランスを保った状態であるわけですね。
さて、これを踏まえて、12音律の正規べき生成スケールを探しましょう。
ここで、べき数pが12と最小公約数d>1を持つとき、先に述べた事実からべき倍音列は全ての音を網羅しません。
さらに、このとき十分な位数のべき倍音列により生成されるスケールは
[0, d, 2d, ... , (d/n-1)d]となります。(容易に示せます…)
これは全てのインターバルがdとなっているスケールです。
したがって、pが12と互いに素でない場合、正規条件を満たすべき生成スケールはd=2のとき、すなわちホールトーンスケール[0, 2, 4, 6, 8, 10]のみであることが分かります。
一方pが12と互いに素のとき、すなわちp=1, 5, 7, 11のとき、もしあるpによるべき生成スケールたちの中に正規なものがあったとすると、それはあるただ1つの位数の時に限り正規で、それより位数が多い/少ない生成スケールは全て正規でないということになるはずです。(★の事実から)
p=1, 11の場合、べき倍音列は(0, 1, 2, ...)あるいは(0, 11, 10, ...)とインターバル1で連ねていくだけなので、生成スケールが正規条件を満たすことは無いと容易に分かります。
p=7の場合は、位数7のときに限り正規条件を満たします。すなわちこれは冒頭からずっと登場していたリディアンスケール[0, 2, 4, 6, 7, 9, 11]です。
そしてもう1つ、p=5の場合、こちらも位数7のときに限り正規条件を満たします。このときのべき生成スケールは[0, 1, 3, 5, 6, 8, 10]、すなわちロクリアンスケールです。
まとめると、12音律のべき生成スケールで正規条件を満たすものは
ホールトーンスケール [0, 2, 4, 6, 8, 10]
リディアンスケール [0, 2, 4, 6, 7, 9, 11]
ロクリアンスケール [0, 1, 3, 5, 6, 8, 10]
の3つであることが分かりました。
特に、12と互いに素なべき数によるべき生成スケールであるホールトーン以外の2つのスケールは、調性空間を網羅する"圏"を構成するため、広がりのある和声理論の基礎としての役割が期待されます。
実際、べき数7のべき倍音列から生成されたリディアンスケールは下属音を持つように変位を加えられ、7半音=完全五度によって全調を繋ぐ五度圏を構成します。そしてその構造のもとに、機能和声やジャズ理論など様々な複雑な和声理論が構築されてきました。
また、リディアンスケールと対称的にべき数5のべき倍音列から生成されたロクリアンスケール、これを基にして作られた理論が存在しています。
それは、当会会員であるトイドラくんが提唱している「トイドラ式ロクリア旋法理論(TLT)」です。
特性上五度圏での処理が難しいロクリア旋法を扱うために、「四度圏」上で機能和声や対位法を展開するというもので、やはり複雑な構造作りに十分耐えています。
べき数5のべき倍音列は、べき数7のべき倍音列を逆さに並べたものに等しいので、このような対称的な結果が出るのは当然と言えば当然ではあります。
しかし、少なくとも「べき生成スケール」および「正規性」という2つの構造的指標のもとにおいて、リディアンスケールとロクリアンスケール…五度圏と四度圏が同じだけの可能性を持って並置されるというのは、これまでの五度圏中心の音楽史を思えば驚けることかもしれません。
また、四度圏音楽は「自然倍音の観点から根拠が薄い」と批判されることがありますが、調性音楽における構造的な広がりにおいて五度圏と同じ強度を持つことこそ、四度圏音楽が成立する重大な根拠になると私は考えます。
音響を切り取るだけが音楽ではありません。音がいくつも連なり進行していく上での構造もまた、音楽の重要な側面だと思います。
次回
12音律、飽きてきましたよね。
これまでずっと音楽理論記事なのに数学的な記述を取り入れてきましたが、これのいいところは一般的な話をしやすいところです。
次回は馴れ親しんだ12音律の世界を飛び出して、いろんな音律のべき生成スケールを見ていきます。
それではさようなら。
【定義・表記集】
数列によって音列を表記する方法:インターバル構成など単に音列のときは()、スケールを数列で書くときは[]で囲むことで区別する
スケールのインターバル構成:スケールの各インターバル(隣接音程)を順に並べた数列
巡回同値関係:2つのスケールを適当な巡回によって一致させることが出来るとき、2スケールは巡回同値関係で結ばれているという
巡回同値類:どの2スケールを取っても巡回同値関係で結ばれているようなスケールたちの集合を巡回同値類といい、そこに含まれるスケールを1つ取ってきて括弧でくくり表記する
位数:スケールに含まれる音の個数
正規条件:①各インターバルが長さ2以下②長さ1のインターバルが連続しない
正規条件を満たすスケールを正規スケールと呼ぶ。
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スケール: n音律のスケールとは、次の3条件を満たす音列である:
①要素に0を必ず含む
②全ての要素が0以上n-1以下の相異なる整数である
③要素が左から小さい順に並んでいる
スケール化可能性: n音律のもとで音列aが次の条件を満たすとき、スケール化可能であるという:
①要素に0を必ず含む
②各要素a_jに対してMOD(a_j)が相異なる
スケール化: スケール化可能な音列に対して、その音列の各要素を小さい順に並べ替えてスケールを生成することをスケール化、生成したスケールを生成スケールと呼ぶ。
MOD: n音律のもとで、MODは次のように計算される:
単音eに対して
MOD(e)=(eをnで割った余り)
音列a=(a[0], a[1], ... , a[m-1])に対して
MOD(a)=( MOD(a[0]), ... , MOD(a[m-1]) )
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べき倍音列: ある数の倍数を0から順に連ねた音列。(0, p, 2p, ... , (k-1)p) を「べき数p, 位数kのべき倍音列」と呼ぶ。
べき生成スケール: べき倍音列から生成されるスケール
べき倍音列の網羅性: n音律のもとで、0, p, 2p, ... , (n-1)p たちにMODを施したときに0, 1, ... ,11の各値がちょうど1つずつ全て出てくるための必要十分条件は、nとpが互いに素であること(pはべき数)