名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

私とクリスマス(なんすいの場合)

もうすぐクリスマスですね。

2019年のこの時期、名作会の企画で、皆でクリスマスについて記事を書くよーというのをやってました。

私は当時それに参加していなかったので、今参加します。

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これまでのクリスマスを自分がどのように過ごしてきたか、正直あまり思い出せません。少しずつ思い出していきます。

大学時代はTwitterをいっぱいやっていたので、当時のツイートが残っていました。

 

2020年

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2021年

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2022年

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思えば、中学、高校、大学と、クリスマス周辺は何かと忙しくしていることが多かったかもしれません。

 

私は中学からずっと吹奏楽部に入っていたのですが、毎年冬にはアンサンブルコンテストがあり、それに向けてのハードな練習がありました。

それから、受験勉強の山場もこの時期でしたよね。

学生時代の私にとって、この12月という月は、必ず何か大きなイベントがあり、そのために重いストレスを掛け続けられる、そういう時期でした。

 

そして、ストレスで潰れそうになりながらもなんとか凌いだ先には、人工甘味料のように露骨なエモーショナルがあったものでした。

部活の練習帰り、えも言われぬ気持ちで帰り道を歩く、それを迎えてくれたのはクリスマスの煌びやかなイルミネーションの光で、良く出来たものだといつも思っていました。

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クリスマスの時期になると、よく思い出すエピソードがあります。

中学生の頃の話です。

 

クラスメイトに不登校の子(Sくんとします)がいました。

先生たちはSくんを何とか学校に通わせたいと思っていたようでした。

 

私は先生や(私の)親から、クラスとSくんとの接点を失くさないため、Sくんと定期的にメールでやり取りしてあげてほしいと頼まれました。昨日何食べた?とか、普通に雑談するだけでいいから、と。

クラスとSくんの中継者として私が選ばれたのは、Sくんが学校に来ていた頃に仲良くしていたのが私だったからでした。私自身、そうした形で必要とされたことが嬉しくて、喜んで中継役を受けました。

 

しかし実際のところ、Sくんと私はよほど仲がいいわけでもなかったし、私は私で学校に親しい友人関係が出来てきていたので、Sくんとメールをやり取りするモチベーションは急速に無くなっていきました。

メールを2,3通やり取りして、すぐにSくんとは何も話さなくなりました。

 

先生や親は定期的に「最近Sくんどう?」と私に聞いてきました。

そのたびに私は、適当に口から出まかせで、Sくんとの架空の会話やエピソードを喋っていました。

 

ある日、私のメール履歴を親に見られてしまい、私がとうの昔にSくんへのメールをやめていたことがバレました。

クリスマスも迫る、冬の夜でした。

心臓が恐ろしく速く打ち、気持ち悪い汗が止まりませんでした。親は怒らず、悲しい顔をしていました。

 

今にして見れば、不登校の生徒とのコミュニケーションを私一人に丸投げする大人もどうかしているかもと思いますが、それも今やどうでもいいことです。

卒業式の日、久しぶりにSくんが学校に来ていました。Sくんとろくに喋ったこともなさそうな陽キャたちが物珍しそうにSくんに話し掛けている中、私は目も合わせられずにいました。

今でもクリスマスのたびに思い出す、ということが確かです。

 

特に学生時代、新年度となる4月に全てがリセットされ、そこから人間関係などの「無理」が徐々に蓄積されていき、それが何かの形で崩壊するのが12月くらいになるってことだと思います。

もしも日本の新年度が10月だったら、私がクリスマスに抱くイメージは大きく違っていたことでしょう。などと思う時もあります。

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クリスマスの時期になると街が活気付くように見えますが、その実は、みんなそれぞれ各々の時間を過ごしているので、逆説的によそよそしさを感じるような気がします。

他人同士のゆるやかな繋がりは薄れ、自然と感情が内向的になります。

そういう時は、一人でスーパーへ出掛け、シャンメリーと、少し珍しい野菜を買ったりします。今の私はそういうクリスマスが好きです。

 

こどものとき…

幸福なことに、私の家にはサンタさんが毎年来てくれていました。

5歳の頃、サンタさんにお願いしたのは電卓でした。25×64が1600(ぴったり!)になることを発見して、祖父母、親戚、宅配便の人などに自慢し回ったのを覚えています。

 

アクエリアスをお願いした年がありました。

チープ過ぎてサンタさんが哀れと思ったのか、翌朝、大量のアクエリアスと全然頼んでないおもちゃが届いていました。

 

今年はサンタさんが何を持ってきてくれるでしょうか。

 

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