
いやはや暑い。毎年言っていますが現代の夏は異常に暑い。夏は暑くて当たり前とか、節電を考えてなんて言ってたら命が危ないです。
しっかり冷やして、感染症対策もなし崩しになった危ない外界とは隔絶した空間で、音楽研究に勤しみたいものです。
さて年に何回かやってくる交響曲が聴きたい時期が今年も来ました。しかし今回はいつもと違って、じっくり腰を据えて哲学を探りながら聴くのではなく、もっと単純にエンタメ的に楽しむ交響曲がいいなと思ってしまったので、交響曲としてはやや軽めなものを集めてみました。
そうしてみると、これが不思議なことに、劇伴、アニメ、ゲーム音楽との共通点も多く、あ、これはそういうのが好きな人たちにも聴きやすいのかもと思ったので、いつもの重厚なクラシックファンだけでなく、普段交響曲なんて聴かないという人たちにこそ、試しに聴いてみてもらいたいものばかりになっています。では、早速行ってみましょう。
1.Nittemero Symphony/Elisabetta Brusa

まず一曲目はエリザベッタ・ブルーザの書いた「ニッテメロ交響曲」です。作者のブルーザはイタリア系のイギリスの作曲家で1954年にミラノに生まれました。
幼少期から学才を発揮し、ミラノ音楽院でブルーノ・ベッティネッリ、アツィオ・コルギに師事、その後ピーター・マックスウェル・デイヴィス、ハンス・ケラーにも師事し、1982年にはワシントン国際弦楽四重奏作曲コンクールで第一位を獲得するなどし、その名が知られるようになった作曲家です。
この曲は表題交響曲となっていますが、これ以外にも番号付きのシンフォニーも書いており、現代においてはシンフォニストの系譜に入ると言ってもいいでしょう。
作風はやや保守的ながら緻密でモダンな語法をじっくりと使うようなもので、この曲にはポップスで聴くようなアップグリッサンドの金管楽器の音色から始まり、旋法性を表に打ち出し、決して調的な構造を手放さず、そして劇的で古典的な交響曲の様式を壊さずに書き通されています。小さい編成のために書かれたこの交響曲は、ニッテメロという聞き慣れない言葉が用いられていますが、これはThe Night and Dayの意味を持つ言葉だそうで、一日のあり様を様々な語法できっちりと描いた作品です。
しかし構想とは裏腹にかなり聴きやすく、映画音楽的と捉えても差し支えなく聞こえるのは、彼女がイタリア出身ということで、劇伴の巨匠にイタリア系作曲が多いこととは無関係ではないでしょう。映画音楽好きにはかなりしみやすい楽想ですので、一度重い腰を上げて聴いてみてはいかがでしょうか。
2.Imaginary Symphony/Petr Kofroň

次にご紹介するのはちょっと風変わりな交響曲です。チェコの作曲家で、なかなかのイケオジ、ペトル・コフロンの書いた「イマジナリー交響曲」はまさに多様式という言葉がぴったりな音楽です。多様式主義というとイギリスのマーク=アンソニー・ターネジなどが浮かびますが、もっと多用式でよりPopsよりと言っていい作品です。なので、ミニマルやロック、コンテポラリーポップスなどが好きならこの曲は聴かない手はありませんよ。
作曲者のコフロンは1955年にプラハに生まれ、ヤナーチェク演劇芸術アカデミーでアロイス・ピニョスに師事した後、教育学科の助手として働き、1983年に「アゴン・オーケストラ」というユニークな集団を創設し、自らタクトを執ります。この団体はチェコ伝統音楽、チェコの現代音楽、ワールドミュージック、アメリカのミニマル作品に特化するというかなりユニークな構想を持った団体で、個々での経験や舞台音楽作曲のキャリアから独自の様式を確立していったようです。
たしかにミュージカル音楽的といえばぴったりかもしれません。そういう意味ではミュージカルファンにはなんの違和感もなく入ってくる音楽でしょう。終始バンドサウンドとビッグバンド的な音で貫かれつつ、ときおりポリリズムや極端な変拍子も顔を出すなど、かなり風変わりな交響曲であると言えます。短いですし気軽に聴けます。こんな表現の仕方もあるんですね。
3.Symphony No.2/Alexander Jacobchuk

三曲目は少し辛めの作品ですが、ある種のゲーム音楽、特にホラー系の音楽に見られる響きとよく似たテイストであり、そう思えばゲーム好きには案外聴けてしまうのではと思って取り上げてみました。作曲したのはウクライナ出身でカナダに移住したアレキサンダー・ヤコブチュクです。
作者は1952年にウクライナ生まれ、キーフ国立音楽院に学び、国際音楽コンクールでの複数の受賞歴を持つ作曲家です。戦火に揺れるウクライナ国内では出版も多くなされているようですが、現在の政情からそれを手にするのは難しそうです。交響詩、交響曲、コンチェルトなどオーケストラ作品に力を発揮し、また24の前奏曲とフーガも書いているとのこと。コレクターとしてはぜひ楽譜を入手したいところです。
作風は現代的でモダンな手法を使いこなす一方、調性から極端に離れることはなく、非常な勇壮さを表に出し、エネルギッシュで格好の良い曲を書くタイプのようです。
この第二番のシンフォニーも怪しいオープニングから一転、今度はRPGの世界に入ったかのような楽想に変わり、しかし不穏さが見え隠れする展開はたしかにとてもゲームっぽくもあります。
ある意味で保守性を持っているのだろうと思いますが、かといって現代語法を遠ざけるわけでなく、自分の美学に忠実に語法を選び、しっかりと仕上げてくるタイプと言えると思います。BGMでかけておいても大丈夫と思いますし、これからRPG等の音楽を書いてみたい諸君にはネタ帳としても機能すると思う、なかなかに面白い曲です。
現在はカナダのオンタリオに生活の拠点をおいているようですが、写真が乏しく、近況もよくわかりませんでした。ともかく聴いてみましょう。
4.Symphony No.8/Steve Elcock

さてこちらも作曲者がなかなかのイケオジですが、スティーブ・エルコックという作曲家の第八番をご紹介をしようと思います。
作者は1957年にイギリスに生まれ、15歳から独学で作曲を開始、その後オックスフォード大学で専門的に学ぶチャンスを得るも、数週間で退学し、なぜかフランス語の教師になるべく勉強を開始したというかなりユニークな経歴を持っています。そしてその成果が実ったのか、妻と二人フランスに渡り、語学サービスに従事しつつ、自らアマチュアオーケストラで自作を演奏するなど、ほとんど趣味としての音楽を楽しんでいたようです。
近年になって彼の作品がプロオーケストラの目にとまり、演奏、放送されると音楽界に知られることになり、これをチャンスと見た彼は、自作のシンフォニーなどをレーベルの社長に送るなど営業活動したところ、その熱意に打たれたレーベル社長が彼のことを業界に知らせ、これをきっかけにプロとしての活動を開始できるようになったという、なかなか在野作曲家集団を標榜する名古屋作曲の会のメンバーも影響を受けても良いような人生のストーリーではないかと思わされます。
そんな遅咲きの独学の作曲家エルコックの作風は、単純ではありませんが基本は調性音楽であり、伝統様式に則った襟を正した風格と、独学ならではの自身の美学への率直さが現れた実に美しく聴きやすい音楽となっており、とくにこの第八番は傑作の呼び声が高い名曲として知られています。おそらく多くの作品を聴き、スコアを読んで学んだでしょう、シベリウス、ニルセンの影響を感じさせる作風であり、そこにフランスに渡ってからの研究による影響か、オネゲルやウォルトンの影響が混ざり合うテイストを持っています。
独特の音階を使ったり、オクタトニックを偏愛するなどしていますが、語法は独学とは思えない緻密さを持っており、こちらも映画音楽の一シーンを見るような引き込まれ方をします。映像作家などは、この曲を聞きながら映像を想像するなどという楽しみ方もできるのではないでしょうか。ちなみに交響曲はこれまでに11曲、大量の室内楽曲など、旺盛な創作姿勢を示し続けており、今後の作品にも要注目ではないでしょうか。味わってみましょう。
5.Symphony No.2/Michael Hersch

さて今日最後はアメリカの作曲家マイケル・ハーシュの書いた第二番をご紹介します。奇しくも今回は1950年代生まれの作曲家の作品に偏ってしまいましたが、ハーシュは1971年アメリカのワシントンDCに生まれた作曲家です。その後バージニア州で育ち、弟から見せられたショルティの振るベートヴェンの映像を見て音楽の世界を志すようになったといいます。
ピーポディ音楽院でモリス・コーテルに師事、そして珍しいことにその後モスクワ音楽院に渡り、アルバート・レーマン、ローマン・レデネフに師事、さらにジョン・コリリアーノ、ジョン・ハービソン、ジョージ・ロッホバーグにも師事し母校に戻って修士号を取得、そのまま母校で指導に当たるようになったとのこと。
彼が知られるようになったのは、女性指揮者としてレジェンド的な存在のマリン・オルソップが彼の曲を取り上げたことが大きいようで、これがきっかけでクリストファー・ラウスに師事し、2000年にローマ賞、翌年にはベルリン賞を受賞するなど一気にそのキャリアを高めていったとのこと。
さらにヨーロッパ滞在中にはヘンツェやベリオとの共演も果たし、それぞれの影響を受けた作風を確立、ニューヨクタイムズ紙は「閉塞感と爽快感の混在、暗い技巧の中に崇高な美が隠れている」と評し、その個性を高く評価しています。たしかにラウスのような火山を思わせるエネルギッシュさがあるものの、全体には閉塞感を伴う暗さが包んでいて、その中に作者の美学見え隠れする職人芸的な作風と感じられます。そしてそのことが音楽の劇性を高め、結果として映画音楽や舞台作品、あるいは予算の多い人気ゲームとも共通する世界を有する、なかなかに個性的なスタイルとなって現れていると言えます。
この第二番のシンフォニーもその作風どおりであり、メロディや調的中心を持ちつつも、様々な技巧がそれらを単純な表現から、深い森の中に埋めたような雰囲気を形作り、衝動性とリリカルさの混在が、飽きさせずに物語を聴かせてくれるようでもあります。ちなみにピアニストとしても高名で、数時間にわたる大作を書き、自ら弾いて録音しているとのこと。さて締めに相応しいと思うこのシンフォニー聴いてみましょう。
いかがだったでしょうか、今回は確かに現代音楽であり、芸術的意義も持ち合わせていつつも、一般的にも聴きやすい要素を持った現代の交響曲を5つご紹介してみました。なかなか普段クラシックを聴き慣れない人に交響曲を聴くというのは大変かもしれませんが、見方を変えて大衆的な印象によって、専門的ではなく感覚的に、大雑把に見直して、これは映画っぽい、これはゲームっぽいといったとっつきやすい部分をクローズアップしてみたら、案外楽しめるのではないかと思い、こういう形でまとめてみました。
ぜひ普段聴かない方にこそ聴いていただき、感想などコメントしてもらえたらそれは望外の幸せと言ってもよいかと思います。
もちろん、最近クラシック音楽離れしている当会の会員にも、聴いてもらい、しっかり土地に足をつけた創作活動を見直して欲しいと思うところです。浮かれて軽い音楽ばかりに目を奪われているうちに、あなたの人生の時計はいつの間にか終わりを告げてしまいますよ。