名大作曲同好会

“音楽”を創る。発信する。

童謡「てるてる坊主」の謎

どうも皆様お久しぶり。

トイドラ会長こと冨田です。

昨日、名大作曲同好会は4thアルバムの配信を告知しました。

名大作曲同好会4th Album「YOURS HOURS」特設サイト

今までのアルバムに比べて内容・量ともに破格の出来です。

これは本当に必聴ですよ。

 

……というわけで、企画が忙しく久しぶりのブログとなってしまった会長ですが、本題に入っていきましょう。

今日のテーマは童謡「てるてる坊主」

梅雨・てるてる坊主と窓のイラスト | フリー素材 イラストミント

この童謡に隠された謎について迫っていきます。

あ、と言っても別によくあるホラー的なやつじゃないですよ。

あくまで音楽的な意味での謎ですので。

 

〈もくじ〉

 

 

「てるてる坊主」の調は?

さて、まずは「てるてる坊主」を聞いてみましょう。

とても日本的な曲調に感じますね。

メロディ部分を楽譜にしてみると、こんな感じです。

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さて、それでは質問です。

この曲の調は何ですか

 

「え……ロ短調でしょ?」

 

と考えた人は優秀です。

たしかに、#が2個ついたこの楽譜を見れば、ロ短調だというのは納得がいきます。

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しかし……。

ナントカ長調とかナントカ短調という調では、普通「ナントカ」の部分の音が中心的な役割を果たしています。

この場合は「ロ」なので、すなわちシの音が中心になっているはずです。

本当になっていますか??

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楽譜の2&3段目のフレーズを見てみると、ちゃんとシで始まりシで終わっていますよね。

なので、この部分のフレーズはちゃんとロ短調になっているとい言えます。

ところが……

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楽譜の1段目のフレーズには、これは当てはまりません

この部分だけ、シではなくが中心となっているのです。

 

「……それって、ただ転調しただけでしょ?」

 

と思ったアナタ、しかし事態はそう単純ではないのです。

楽譜の1段目の調を考えてみると、どうやら長調短調では説明がつかないもよう。

結論から言うと、ここの調はハ音(ド)から始まる陽旋法になっているのです。

 

「陽旋法」というのは、日本古来の民族音楽で用いられていた調で、西洋音楽には存在しない概念です。

詳しくは、過去のブログで解説したことがありますね。

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……というわけで、「てるてる坊主」は前半と後半で調が違うどころか、前半は日本的後半は西洋的な音楽のつくりになっていることが分かりました。

これは相当異質なことです。

例えるなら、ちょんまげ頭の人がスーツを着ているようなものでしょうか。

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なぜこんなことになってしまったのでしょう。

 

「てるてる坊主」の歴史

ここで、「てるてる坊主」の歴史を探ってみましょう。

実はこの歌、そんなに昔からある歌ではありません。

大正10年にあたる1921年、『少女の友』にて発表されたのが初出であり、今からたった100年前にできた歌のようです。

作曲者は、他にも多くの童謡や流行歌を残したことで知られる、中山晋平

masayuki@音楽youtube on Twitter: "#中山晋平… "

 

同じころに日本で流行っていた歌として、「浜辺の歌」や「ゴンドラの歌」、「カチューシャの歌」、「朧月夜」、「東京節」、「ペチカ」などがあったようです。

いずれも西洋風の音楽で、この頃はすでに西洋音楽が広く受容されていたことが分かります。

 

過渡期、1920年

しかし同時に、この頃は新民謡という動きもみられた時期です。

新民謡とは……

しん‐みんよう ‥ミンエウ 【新民謡】

〔名〕 古来民謡に対して大正年間一九一二‐二六)以後に、新しく作詞作曲された地方唄。野口雨情作詞中山晉平作曲の「須坂小唄」を初め、「ちゃっきり節」「龍峡小唄」「八戸(はちのへ)小唄」「三階節」などの類。 (出典:精選版 日本国語大辞典

新民謡

新民謡(しんみんよう)とは、大正期後半(1920年頃)から昭和期にかけて、地方自治体や地方の企業などの依頼によって、その土地の人が気軽に唄ったり踊ったりできて愛郷心を高めるため、またその地区の特徴・観光地・名産品などを全国にPRする目的で制作された歌曲。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア』 )

というわけで、まとめると

 

「本当に歴史ある民謡じゃないけど、それっぽい雰囲気で新しく作ったご当地ソング

 

ということですね。

そして、「てるてる坊主」の作曲者である中山晋平も、数多くの新民謡を残しています

幾つか聞いてみましょう。

おお……

なんか、どれも非常に田舎っぽく、盆踊りで流れてそうですね。

実際、よくよく聞いてみても、これらの曲は西洋的ではなく、ちゃんと日本民謡のつくりになっています。

先ほど話した陽旋法というヤツです。

 

ただ、ウィキペディアによると、

ただし内容的には上記のように民謡を限りなく模倣しているが、音楽的には必ずしも全てが民謡的であるとは限らない。…(中略)…行進曲調など洋楽を元にした流行歌と変わらないものも存在した。洋楽調であるものは「民謡」の定義からは外れているとも言えるが、制作目的が冒頭の定義に沿えば「新民謡」として扱われた。

とのことで、厳密に民謡調でないものもあったようです。

これらのことから想像すると、この1920年代あたりの時代は音楽的に相当カオスだったのではないでしょうか。

西洋と日本の音楽がごっちゃくたになって、どちらも受容されていた時代なワケです。

 

「てるてる坊主」は日本音楽史示準化石

ここまでで、「てるてる坊主」がいかにスゴイ歌か、分かっていただけたのではないでしょうか。

西洋音楽日本民謡がかくもあからさまに、それでいて自然に融合してしまった、音楽史のキメラが「てるてる坊主」なのです。

しかも、それが起こりえた時代は恐らく1920年代ごろの一時期だけです。

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というわけで、最後に改めて「てるてる坊主」を聞いてみましょう。

できるだけ当時のレコードっぽい音源を探してきましたので、じっくりと味わってみてください。