名古屋作曲の会(旧:名大作曲同好会)

“音楽”を創る。発信する。

トルコ5人組についてーエルキン、サイグンそしてアクセス

こんにちはgです。今回も前回に引き続きトルコ5人組の話をしていきたいと思います。

 

前回はトルコ5人組という概念とそのうちの2人のレイとアルナルについてお話ししました。今回は残りの3人についてです。

前回についてはこちらからどうぞ

nu-composers.hateblo.jp

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ウィルヴィ・ジェマル・エルキン(Ulvi Cemal Erwin)

1906年―1972年

 幼少期からピアノを始め19歳で政府派遣奨学生としてパリへ渡り、そこで音楽の専門知識を学んだのちにトルコへ帰国し音楽教育者として活動した。1936年のアンカラ国立音楽院の設立に伴いピアノ科教授として迎え入れられた。1949年には同音楽院の院長を務めたこともある。

 後年は教育者として活躍していたこともあり、作曲家として作品を残したのはおもに20代後半から30代前半にあたる1930年代から40年代のものが多い。エルキンの作曲技法はトルコ民謡の原形をそのままに西洋的な和声付けを施すものであると分析されている。トルコ第二世代の作曲家からは「容易に受け入れられる、そして心に残るトルコ旋律を探し出し、これらに心地よい和声を施した作曲家」と評価されている。

 

 代表曲としてトラキア地方の民謡の旋律をそのまま用いた「チョチェキチェ」などが挙げられる。2,2,2,3から構成されるいわゆる「アクサク・リズム」と呼ばれる9拍子が使われている。

・Ulvi Cemal Erkin - Köçekçe (Olten Filarmoni - 18.04.2018) (1943年作曲)

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・Ulvi Cemal Erkin - Beş Damla (1931年作曲)

 

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また、特筆すべき特徴として生涯を通した作曲数が5人組の中で最も少ない35曲ほど(未完成含む)であり、楽譜の所在がハッキリしていることなどが挙げられる。

 

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アフメト・アドナン・サイグン(Ahmet Adnan Saygun)

1907年―1991年

イズミルで生まれたサイグンは、多くの校歌を作曲したことで有名なイスマイル・ズュヒテュに西洋音楽の個人指導を受け、独学で和声法や対位法などの技術を体得し1928年に政府奨学生としてパリに渡りスコラ・カントルムでヴァンサン・ダンディに作曲を学んだ。1931年に帰国しアンカラ音楽師範学校で教師として働くが、1936年にアンカラを離れてイスタンブル市立音楽院へ移る。また、この年に行われたバルトークによるトルコの民謡収集調査に同行した。1937年には自ら黒海地方に赴き民謡の収集を行った。

また、この時期にサイグンは音楽学者マハムート・ラーグプによって提唱された「ペンタトニズム理論」に傾倒するようになる。「ペンタトニズム理論」とは「ペンタトニック(五音音階)が存在する場所には全てトルコ民族の影響が存在する」という今でこそ否定された理論だがトルコ共和国民族主義イデオロギーと共鳴し一部で熱狂的な注目を集めた理論である。トルコ共和国初代大統領ムスタファ・ケマルもこの理論に興味を示しており、1934年に2度にわたってサイグンを呼び寄せ「ペンタトニック」について説明を求めたとされている。

1939年にアンカラへ戻り共和人民党(GHP)の音楽担当顧問を務め、GHPによる教育施設「人民の家」で活躍した。1955年にはアンカラ民族学調査研究所の設立に携わり、1964年から1972年のアンカラ国立音楽院にて作曲を教えた。晩年に至るまで音楽民族学研究者として活動し、トルコの伝統的な旋法(マカーム)とペルシアやギリシア旋法との比較研究を行った。また、トルコ初のオペラ『オズゾイ』の作曲を行った。

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ウィキペディアでの画像、先ほどの印象とはうってかわって優しそうに見える

作曲傾向としては様々な学説が存在し、ユルマズ・アイドゥンの分析ではフランス印象主義の影響を受けながらトルコの伝統リズムや旋法を用いた一期、オラトリオなどの西洋的音楽形式を採用しながらトルコ的色彩を持つ二期、マカームを抽象化し独自の理論を追及した三期に分けて論じられている。しかし、サイグン自身はこうした年代に沿った分類方法に対しては否定的な見解を示している。

なお、豆知識としてサイグンは五人組の中で唯一自分の作品に作品番号を付けている。

 

・サックスとダラブッカの為のデイヴェルティメント

Divertimento Op.1 (for large orchestra with saxophone and darbuka)

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・オペラ Özsoy 第一番

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A.Adnan Saygun ~ Yunus Emre Oratoryosu / Alto Arya ~ F. Say, piyano - S. Demircioğlu, mezzosoprano

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・10のトルコ民謡

Ahmed Adnan Saygun - 10 Halk Türküsü ( 10 Turkish Folk Songs )

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ネジル・キャーズム・アクセス(Necil Kazim Akses)

1908年―1999年

幼少期からヴァイオリンの教育を受け高校時代にイスタンブル市立音楽院にてレシト・レイから和声の授業を受ける。1926年にウィーンへ渡りヨーゼフ・マルクスに作曲を学び1932年からさらに2年間プラハで学んだ後1933年にトルコへ戻ったアクセスは音楽師範学校で教鞭を取りながら当時ドイツから招聘されていたパウルヒンデミットと共にアンカラ国立音楽院の成立に大きく関与した。

アクセスの音楽も大きく三期に分類して分析されており特徴的な点として二期後半から三期にかけてマカームに加えてセリー音楽や、無調の音楽を押し出すようになっていく点が挙げられる。アクセスは91歳の生涯を通して69曲の作品を残したが楽譜の所在が明らかになっているのは半分程度にとどまっている。トルコ五人組の中で最も前衛的な作曲家であったと言える。

 

・チフテテッリ

Hasan Ferid Alnar - Üç Oyun Havası - Çiftetelli (2)(1934年作曲)

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・ミニアチュール

"Miniatures" by Necil Kazim Akses

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交響詩「平和のための戦争」(アタテュルク追憶の交響詩

Necil Kazim Akses - War for Peace, Symphonic Poem(1981年作曲)

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トルコ五人組については以上である。

トルコ共和国民族主義に影響を与えながらもそれぞれ特有の特徴をもった素晴らしい作曲家であった。

なおこの記事については

濱崎友絵 『トルコにおける「国民音楽」の成立について』早稲田大学出版部 2013年

などの書籍を参考にしました。ご意見ご感想などあればぜひコメントしてください。