名大作曲同好会

“音楽”を創る。発信する。

「四季を巡る」自作解説② 冨田悠暉「巡るものたちの輪舞曲」

どうも、冨田です。

ちょっと前までトイドラと名乗っていましたが、最近はアート活動の時には本名で通すことにしています。

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冨田悠暉フェイス

 

そんなことより、コンサートですよコンサート。

あれは正直面白い企画になりました。

ぶっちゃけて言うと、コンサートの企画は2年近く前からずっとしていたんですよ。

それが色んなこと(コロナとか)があって、中止になったり延期になったり、会長として肝を冷やした時期もありました。

でも、随分と遅くなってしまった代わりに、時間を使って企画をちゃんと磨き上げることができました。

最後の問題は、私たちの新曲の出来だけ、ということですね。

 

もくじ

 

僕の新曲

「巡るものたちの輪舞曲」という曲を作りました。

「輪舞曲」と書いてロンドと読みます。

この曲、6/26のコンサートで初演されるんですよ。

最高ですよね。

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巡るものたちの輪舞曲

 

一丁前にコンセプト練って、小っ恥ずかしいタイトルつけて、それに何週間もの時間をかけて。

自分の中の一番大事な部分を裸にして。

自信たっぷりに僕が生み出しました。

そんな僕の分身が、舞台の上で全世界に暴露されるわけです。

いや~最高。

 

というわけで、その一丁前なコンセプトとかを全部話していこうと思います。

 

季節・時・循環

音楽はアートですが、全ての音楽がアートというわけではありません。

僕には、この曲を通して訴えかけたいことがあります。

それは音楽として、響きで、音で訴えたいメッセージです。

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アートとは

最初、「四季」をテーマにしたコンサートをやると決まった時、僕は

「え、曲作るの難しそう……」

と思いました。

テーマがありきたりな気がして、どう広げていけばいいか分からなかったからです。

しかし、いろいろ考えていくうちに、こ~んなことを思いました。

  • 過去の作曲家たち、「春」とか「夏」とか個別の季節をテーマにした曲作りがちじゃね?
  • でも、そもそも季節を春夏秋冬の4つに分ける根拠なくね?
  • 季節は時間の流れに伴って移り変わるので、本質的には始まりも終わりもなく切れ目なく連続しているはずじゃね???

だとすると、春夏秋冬という言い方だけで季節を把握した気になるのは固定観念です。

季節が春から始まる道理はないし、4つの季節がはっきりとした境界線を持っているわけでもないからです。

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また、こんなことも考えました。

  • 季節を感じているのは自分なので、単なる時間の流れが「四季」として体験されるには「わたし」という存在が不可欠なのでは?

僕は9月生まれなので、僕にとって季節の始まりは秋だったはずです。

それに、僕にはこれまで22回ずつ体験してきたそれぞれの季節に対して、僕なりの思い入れを持っています。

澄んだ空気を湛えた、透明な秋。

全てが白く繊細で、張りつめた冬。

半年ぶりの暖かさに、子どもらも面映ゆい春。

重厚な緑の中、うごめく夜を感じる夏。

一般的な四季観とは違っても、僕の中にある僕だけの季節観を、情緒を、音にしなくてはならないと思いました。

 

これらの考えを音にするにあたって、僕はこんな発見もしました。

  • 1年は12か月でできててグルグル巡っていくけど、1オクターヴ12半音でできててグルグル巡るから同じ(大発見)

ピアノの鍵盤を半音ずつ上にたどっていくと、やがて1オクターヴ上の同じ音にたどり着きます。

時の流れに似ていますね。

本当は、ピアノの鍵盤もドから始まるとは限らないのかもしれません。

 

巡る「者たち」の終わらない輪舞

季節について考えを巡らせた結果、3つのキーワードが浮かび上がってきます。

  • 時の流れ
  • 「わたし」
  • 無限に続く円環

これらのキーワードが指し示すもの。

それは…………

 

 

はい、どう見ても 生命の輪廻 ですね。

本当にありがとうございました。

 

真面目な話をすると、僕は無神論者なのでべつに輪廻転生とか信じていません。

でも、輪廻って多分

「親が子に、子は孫に、次の世代へ命を託していく」

ということを宗教っぽく言い換えただけだと思うんですよ。

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生と死

命には、始まりも終わりもありませんよね。

ちょうど季節や時の流れと同じように。

だとしたら僕らは、連綿と繋がれてきたこの「命」というものを通じて、終わらない踊りを、つまり輪舞曲を踊らされているのかもしれません。

 

この「巡るものたちの輪舞曲」では、僕が生まれた9月、すなわち秋から音楽が始まり、1か月経つごとに半音ずつ上に転調していきます。

季節の流れは連続していて、秋の終わりには冬の兆しが、冬の終わりには春の兆しが、当然のように顔を覗かせてくれます。

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秋のシーン終盤

それぞれの季節はライトモチーフによる主題で表しました。

秋・冬・春・夏それぞれの季節の間には「『わたし』の主題」が差し挟まれ、全体としてロンド形式を形作っています。

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素材集

季節を眺める「わたし」の存在は、あるとき突然生まれ、外界を彩る季節に、時の流れと共に触れます。

彼が再び秋を迎えたとき、1年前と同じような秋を迎えたとき、それは何を意味するのでしょう。

 

 

それが僕の伝えたいことです。

「巡るものたちの輪舞曲」、聞きに来てください。

以上。

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表紙

 

追伸

このコンサートは、オンラインの無料公演です。

よって、開催には皆様のご支援が不可欠となってきます。

クラウドファンディングへのご協力、切に、よろしくお願いいたします。