同詩異曲-つまり同じ詩に別の作曲家が別の曲をつけた音楽のことである。
皆さんは案外この同詩異曲が多く存在しているということを知らないのではないだろうか。
特にPOPSなどではメロ先といって、まずメロディを作ってから歌詞を流し込んでいくことから、詩に対しての意味合いが純文学的なそれより価値が下がり、詩が詩だけとして独立に見られることが少なく、一つの楽曲の一部として認識されることから、ほぼ起こらない現象になるといえる。
しかし純音楽では、大抵の場合詩のほうが先にあって、それに曲をつけるという形になってくる。
昔は歌謡曲もメロ後であったが、いつの間にか、効率を追う中でメロ先が普通になってしまった。
なので今のPOPSの作家はメロ後の作曲が大抵できない。
かつてあるコンポーザーにメロ後の話をしたら「それじゃ曲が作れない」と言われたことがあって、失笑を通り越してすべてのやる気が無くなったことがある。
まあそれだけ作曲のテクニックが劣化し、幼稚な児戯にも劣る領域にまで堕落したということだ。
話を戻そう。
純音楽では今でも尚、メロ後の原則は大体において守られており、偉大な詩人の芸術作品に、作曲家としてその魂をかけて挑んでゆくという行為が行われている。
そうなってくると、名作と言われる詩であったり、音楽的に非常に魅力を引き出しやすいと思われる詩は人気が高くなってきて、多くの作曲家が曲をつけてみたいと思うようになるのだ。
その結果、同詩異曲というものが誕生するのだが、それだけに各作曲家の詩へ理解や思い、考えや作風を比べるのには最適の素材となる。
今回はいくつかそんな同詩異曲を通じて、作曲家の眼差しにアプローチしてみようと思う。
西洋のクラシックで同詩異曲が多くあることで有名なのはゲーテの書いた詩「野ばら」であろう。
日本では特にシューベルトのものとウェルナーのものが有名である。
これは近藤朔風による訳詞とともに知られたという経緯があるからなのだが、実はゲーテの詩にはその他にもブラームス、ベートーヴェン、シューマンなどといった名だたる巨匠が曲を付けているのだ。
まずはそれらをざっと聴いてみよう。
ハインリッヒ・ウェルナー
あれ?ベートヴェンも書いたと書いてなかったっけ?
その通り。ベートヴェンもこの詩に挑んで作曲を試みている。しかも3回も。
しかしいずれも満足行く結果を出せなかったのか、未完のまま放置され完成されたものにはならなかったのである。
ベートヴェンはもしかするとこのゲーテの詩に、他の作曲家とは違う深遠なものを見出していて、それが故に完成に至らなかったのかもしれないというのは、些か勘ぐり過ぎかもしれないが、こうやって詩に負けてしまうということは、作曲家にはしばしばあることなのだ。
さてでは日本語詩ではどうだろうか。
実は沢山あるのだ。
加藤周一という評論家で医者だった人物が居た。
彼は国内外の様々な大学の教授を歴任したほか、まあ色々異論のあるところだが大江健三郎らと「九条の会」を結成、呼びかけ人の一人になった人物だ。
その一方で医学から文学へと歩みを変え、韻律をもった詩を残すなどした。
そして書かれた代表作の一つが「さくら横ちょう」という詩である。
この詩は「再会」をテーマに桜の花とその儚さ、人との距離や過去を映し込んだ、なんとも憂いに富む美しい詩である。
この詩に魅了され、また見事な解釈で曲を付けた二人の作曲家がいる。
一人は日本歌曲のレジェンド的存在である中田喜直だ。
日本の音階をほのかに感じさせる処理を加えた、流れるような音楽には、日本的な翳が宿っていて極めて美しい。
中田喜直はその花と再会に陰影を見出して、日本的な情緒の中に淡々と、そして少し熱っぽくその過去を乗せてみせたように感じる。
もう一人は徹底的にロマンティシズムに満ちた作風を貫いた別宮貞雄である。
別宮はこの詩の中の情熱の影に着目したように感じる。
再会の裏にある悲しみや、情熱を桜の花に象徴させていると読んでいるかのような前奏と、個人の思い出のような独唱を舞曲調のリズムが支える。
長くこの詩には前述の二人の名作があって、これに挑もうという人は現れなかったが、声楽家の神戸孝夫が新たにこの詩に挑んだ。
出版された楽譜が入手困難になっているのは少々もったいない気がする作品である。
過去思いだすと、その情熱が胸を高鳴らせ、儚く散った思い出の断片に桜の花が散るように感じさせる美しい曲である。
神戸孝夫
歴史的名作ともなると様々な形でそれに挑む芸術家が現れてくる。
その一つの例が宮沢賢治の書いた「春と修羅」であろう。
生前に完成された第一集は69編の詩からなるもので、個々に含まれる詩を何らかの形で用いた作品は枚挙にいとまがない。
更に未完ではあるが同名の詩集は三集まであり、これらを考えると付けられた曲の全容を追うことはかなり難しいだろう。
そこで「春と修羅」というタイトルに限定してみよう。
まず大人気の合唱作曲家信長貴富氏の挑まれた合唱曲が出てくる。
氏の作品はそのポップ感あふれるキャッチーなメロディと、適度にシリアスなハーモニーが人気だが、この作品はかなりシリアス寄りの作品と言えよう。
また男声合唱のための楽曲としてやはり合唱界のレジェンドたる新実徳英氏も曲を付けている。
こちらも非常にシリアスな雰囲気に満ちた難解な楽曲である。
春と修羅の詩集冒頭の「序」に混声合唱を付けたものとして塚本文子氏の楽曲もある。
この曲はシリアスさは抑えられているし、個人的には表現が隅々に行き渡ってるようには思えず少し残念である。
声楽を専攻され、青島広志氏に作曲を学んだ引野裕亮氏も同名の男声合唱曲を書いている。
こちらはなかなかに緊張感が全体に行き渡っており、有名ではないが良い楽曲であると感じられる。
最後に昨今注目の作曲家藤倉大氏が映画「蜜蜂と遠雷」のために書かいた「春と修羅」というピアノ曲を紹介したい。
歌ではないが、こういった形で宮沢賢治のそれに挑む方法もあるということをしっかり示している素晴らしい名作だと思う。
この他にも堀悦子、鈴木輝昭など錚々たる顔ぶれがこの詩に曲を付けている。
それぞれの作曲家の生き様が、宮沢賢治の名作に重なっていくさまは、まさに芸術と芸術の高まり合いと言えるだろうし、ある種の闘いのようにすら感じる。
作曲家に最も人気の詩人というと谷川俊太郎の名を挙げなければならない。
そして人気であるということはまた、同詩異曲の宝庫ということでもある。
特に人気のある「生きる」という詩に付けられた曲を聴いてみよう。
ただし、谷川は同名のタイトルの詩を複数書いているので、ここではひとつの「生きる」に絞ってみることにする。
もちろん初めは不動の人気を博する三善晃先生の書かれた曲を挙げないわけには行かない。
谷川は「生きる」ということは「あなたとあなたのすべて」であると詩に託しているのだが、それを反語的に解釈し「死」の影に満ちた「レクイエム」に書いてみせたのがこの楽曲であると思う。
同じ詩でも本当に「生きる楽しさ」にフォーカスアップして書かれたものもある。
こちらも合唱の大家である大熊崇子先生の書かれたものだ。
あまりの違いに戸惑いさえ感じる。
そしてこのコロナ禍にあってやはり合唱界の大物である松下耕先生も「生きる」を動画で配信されている。
英訳された同詩を用い、演奏は有志が各家庭で録音したものを編集したのだという。
こちらは「生きる」ということは希望の光に満ちていると言わんばかりの優しい音楽である。
また日本和声の体系を作られた中西覚先生の娘さんで、昨今注目の作曲家であるなかにしあかね氏もこの詩に挑戦している。
非常に明瞭で、また温かさに満ちている楽曲であるが、ほんの僅かに薄っすらと影を加えているのが楽曲の彫りを深くしている。
この他にも数曲この詩には曲が付けられている。そしてその多くが再演率が高いということは、いかにこの詩が力に満ちているかを端的に示しているようである。
このように多くの同詩異曲の例を見てきたが、私たち作曲家はある時、名作の詩に立ち挑まねばならないのかもしれない。
そしてそこで討ち死にするのか、はたまたイーブンの拮抗を見せるか、なぎ倒し我が物にするのか。
まさに死闘となるであろう名作との闘い。
我が名作同でもそろそろそういうチャレンジを聴いてみたい気もする。