PHONONが閉店した。
これは僕にとって、決して小さな知らせではありませんでした。
別に行きつけだったわけでもなく、店長と見知っていたわけでもなく、たまに大盛カレーをつつきに行く程度の小さなカフェ。
それにもかかわらず、その閉店を耳にしたとき僕は大きな衝撃を受け、そして初めてカフェPHONONの存在の大きさを実感したのです。
曲紹介最終日の今日は、私トイドラ作曲の「Rainy Phonon(good-bye edition)」について語ろうと思います。
この記事は曲紹介3日目「Rainy Phonon」の続編です。
森見登美彦の小説「夜は短し歩けよ乙女」では、否が応にもつながり無限に広がり続けていく人と人との縁について書かれています。
PHONONの閉店を知った時、僕が真っ先に思い浮かべたのは特殊音楽研究会長のキタダさんでした。
入学したての頃の僕にPHONONの存在を始めて教えてくれたのは彼です。
キタダさんはノイズミュージシャンで、僕も彼のCDを一枚買ったことがあります。
彼自身PHONONの店長と仲が良かったらしく、よくPHONONの話をしてくれていました。
ある年の文化祭、キタダさんと僕が特殊音楽研究会としてステージに立ったことがあります。
極めて楽しかったこの時の体験は過去記事を読んでもらうとして、このステージを用意したのは「大学生の自由研究」という非公認サークルでした。
大学の公式ステージとは別に、道端に仮設のエクストラステージを設置して、カオスな企画を色々とやったのです。
そんなカオスな「大学生の自由研究」は、会長のエサカさんによって作られたサークルです。
キタダさんは「大学生の自由研究」の会員でもあり、エサカさんとは親交を深めていました。
エクストラステージの出演準備の時にも2人は話していましたが、人並みにコミュ障だった僕がエサカさんと親しくなるのはそれから2年も後の話です。
ちなみに、当時このエクストラステージを見に来ていた人の中には、後に名作同宣伝部長になる榊原も含まれています。
エサカさんは情報文化学部の学生でしたが、同じ情報文化学部には名大1,2を争う奇人モザイクエンペラーことハヤシさんがいました。
彼女は主に大学に段ボールハウスを建築したことで有名ですが、実際には他にもいろいろなことをしていました。
彼女はエサカさん・キタダさんと親交があり、しかもPHONONの店長ともかなり仲が良かったらしいです。
僕は2019年4月に行われた「大学生の自由研究」のイベント「花見ない会」にて彼女と知り合い、PHONONや大学生の自由研究の話で盛り上がりました。
彼女は店長に気に入られていたらしく、閉店時間までPHONONにいては片付けの手伝いなどしていたと聞きます。
エサカさんやハヤシさんの話を聞くと、PHONONには名大の中でも独特なコミュニティが形成されていたことが段々と分かってきました。
どうやら店長が大変な文化人だったらしく、名古屋大学で文化的な活動をしている人はどういうわけか皆PHONONの店長の話をしていました。
そう考えると、基礎セミナ一B「テクノロジーと音楽について考える」の担当教員日栄先生がPHONONの店長と親交を持っていたのも違和感がありませんね。
よくよく考えると、僕の周りでは2年前からずっとPHONONの存在がちらついていました。
入学早々にキタダさんから話を聞き、その次の年には授業で「Rainy Phonon」なる曲まで制作したのです。
エサカさんともっと早く知り合っていれば、PHONON閉店前にハヤシさんと知り合えたかもしれません。
それにもかかわらず、僕は2年間この伏線を回収することなく放置し続けました。
「いつか店長さんとは話してみたいな~」とボンヤリ思っていながら、僕はそれを実行しないまま2年の歳月を過ごし、ある日PHONONは閉店したのです。
僕はそのことに俄かに気づきました。
この後悔を無駄にしてはいけない。
全ての過去は未来のためにあるのであって、その逆は有り得ないのだから。
そうして、僕は改めて過去を顧みることにしました。
すると、僕が過去に作った「Rainy Phonon」のことが思い出され、これを編曲しようと決めました。
よくよく考えてみると、過去は未来への伏線であふれていました。
エクストラステージで僕とキタダさんが演奏した曲は、高校生の頃に考え出した改造楽器「改造騒音リコーダー」のための曲です。
そのステージを見た榊原くんは、後に名作同に入会してくれました。
彼は僕に rei harakami という素晴らしいアーティストを教えてくれました。
「Rainy Phonon」を作曲したころの音楽研究は、僕にTLTという新しい作曲法を授けてくれました。
改めて「Rainy Phonon」の旋律を見直してみると、偶然にもロクリア旋法で和声付けするのに極めて好都合な形のメロディになっていました。
僕は新曲のタイトルを「Rainy Phonon (good-bye edition)」に決め、全編をTLTによるロクリア旋法で書こうと決めました。
こうして出来上がったのがこの曲です。
最後に、曲中で読み上げられる詩をここに記して曲紹介の締めとしたいと思います。
あの日見た景色は、美しい夕暮れだった。
僕は細く伸びる雲の茜色を見て居た堪れなくなったが、
どうしてそんな感情を持ったのか分からず戸惑った。
細い雲の切れ端が風の流れに抗えぬように、
僕らも何かに吹かれて、ただ前へ前へと戻り得ぬ旅路を行かされているのかも知れなかった。
そうだとしたら、僕らは振り返ることは出来ても立ち止まることは出来ない。
でも、きっと僕らはこれからも目の前の景色を追い続けて、
二度と手に入らないものたちを手放し続けながら歩いていけば良いんだと思う。
だから、
さようなら。
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